第五話 ハム公と賢者
「ハム公に昨日の記憶はない」
唐突に勇者が言い放った。
賢者は聡い。
他人の考えてることはおおよそ分かる。
かけて欲しい言葉も察しがつく。
もちろん欲しくない言葉も。
いつかこんな日がくるとは思っていた。
来て欲しくなんてなかった。
勇者からハム公との別れを切り出された時、勇者の本心に気付かないふりをするのが精一杯だった。
勇者とは勇気ある者。
勇者のことを疑ったことはない。
彼は実力も実績も勇気も、全て兼ね備えた、紛れもない勇者である。
ハム公のように、恐れを知らないことを決して勇気とは呼ばない。
勇者が苦しんでいることは知っていた。
ハム公と強さを比べられることじゃない。
何も恐れることのないハム公に、いつか勇者の勇気が追いつかなくなるのではないかと。
勇者の声色が変わった時、僅かに震えたのを、見て見ぬふりをしながら、賢者は言葉をしぼり出したのだった。
その晩、焚き火の前で眠る勇者とハム公の寝顔を眺めながら、ハム公に杖を向ける。
まだ、足りないー。
「私たちが覚えているからね」
そう呟いた瞬間、賢者の目から涙が溢れた。
ハム公に昨日の記憶はない。
目を覚まし、右手の爪と左手のひまわりの種を見る。
周りには誰もいない。
いつだったか、何か大切なモノを失った気がする、、、などと思うこともない。
ハム公は歩き出す。
はるか遠くに見える城壁を目指して。
第一部 おわり




