第1話 後編
屋敷中に吸血鬼エネ・ハイドーンの怒鳴り声が響き渡る。
「シーク! シーク・ハイドーン! もう夜よ! 起きなさいッ!」
「クソが……」
棺桶の中でぼやいたシークは鬱陶しそうに起き上がる。
ほぼ同時に部屋の扉が開き、エネが吐き捨てるように告げた。
「今宵はお前の成人を祝う会だ。落ちこぼれのくせにハイドーン家の末席にいられる幸福に感謝しなさい!」
「別に勘当してくれてもいいんだがね」
シークが答えた瞬間、彼の頬を赤い軌跡が切り裂く。
エネの指から放たれた血の仕業だった。
眉間に皺を寄せたエネは冷たい眼差しをシークに向ける。
込められた殺気は、並の生物なら怯え切ってしまうほどの迫力を伴っていた。
しかしシークは表情すら変えずに平然としている。
その態度にますます腹が立ったエネは、厳しい口調で叱りつける。
「たとえ冗談でも、そんな発言は許されないよ」
「冗談だと思ったか?」
「……あんたに期待した私が馬鹿だったようだね」
呆れ返ったエネは部屋から出ていく。
残されたシークは大げさにため息を洩らした。
「まったく、面倒な女だ」
棺桶から出たシークは、姿見の前に立つ。
赤い瞳に青白い肌。
体内を禍々しい魔力が巡っている。
己の容姿を確かめたシークは怪訝そうな表情をする。
「何度見ても信じられないな……よりによって俺が吸血鬼なんてな」
シークは己の前世を憶えていた。
彼はかつて聖騎士ダエル・ハートンだった。
吸血鬼の王ザックとの死闘の末、相討ちとなった人類最強の人間である。
ダエルは記憶を保ったまま吸血鬼シークとして生まれ変わったのだ。
(吸血鬼を殺しまくった人間が吸血鬼になるなんて皮肉な話だ)
衣服を整えつつ、シークは自嘲気味に笑う。
若々しい風貌だが、浮かべる表情には年季が入っていた。
(今夜、俺は成人となって監視が解かれる。城の外で一人前の吸血鬼として活動し、ハイドーン家の名声を高める旅が始まるわけだ)
もっとも、吸血鬼として落ちこぼれのシークはまったく期待されていなかった。
頭数として他の兄弟に加えてもらっている状態だった。
無論、シークとしてはその辺りの事情はどうでもよかった。
吸血鬼として評価されたいわけではなかったからだ。
「俺の目的はただ一つ、吸血鬼狩りだ」
前世で中断していた使命を、シークは再開するつもりだった。




