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パンをかじる理由は生きるため、それでも生きる目的が出来たらそれだけでパンの味も変わります。
そんなお話。
「ジャンヌ様、私上手に踊れてますか?」
「上手よお。あっちでレオが悔しがるくらい上手に踊れてるわ」
やっぱりニコニコと笑顔を浮かばせるジャンヌ様が広間の隅っこに視線を向けるとレオポルト様が一人で佇んでいた。
ジャンヌ様が言う様にレオポルト様は確かに凄く悔しそうな顔付きだ。
私もついジャンヌ様と踊りたくて彼との約束を破ってしまったから申し訳ない思う。この会場で一人ぼっちと言うのはとても恥ずかしい事だと後になって知った。
皆んな結婚相手を探してる訳だからダンスを踊らないと言うのはフラれた様に見えるらしい。だからレオポルト様もそんな風に見られているのだとジャンヌ様は言った。
レオポルト様はあんなにカッコいいのに。たったそれだけの事でそんなふうに見られちゃうんだ……、貴族って大変だなとつくづく思う。
「マリー、私ねマリーと出会えてとても幸せなの」
「わ、私も幸せです。だってジャンヌ様が私を必要としてくれたから……好きだって言ってくれたから……私はジャンヌ様と出会って生きる事の意味を知ったんです」
「マリー、過去を無かった事には絶対に出来ないの。だったらそれがどうでもいいと思えるくらい今を素敵にしちゃいましょう。思い出す暇なんて無いくらい幸せを噛み締めるの」
「昔の私はただ空腹を満たすためだけにパンを齧ってました。だけど今はジャンヌ様とずっと一緒にいたいから、それが素敵な事でずっと続いて欲しいからパンを齧るんです」
「マリーにそう言って貰えると私も嬉しい。そんな真剣な目で言われると抱きつきたくなっちゃう」
ダンスの最中に私たちは語り合った。
如何に今の自分が幸せか、その幸せは互いに手を取り合う相手がいないと成立しないものだったから胸が熱くなる。
私にはジャンヌ様が必要で、ジャンヌ様も私を必要としてくれている。
私にはそれだけで充分だ。
ジャンヌ様と出会ってレオポルト様やフランツ様と知り合えて、四人が揃うと時間が経つのも忘れるくらいお喋りが続く。
晴れた日はレオポルト様の剣の稽古を見学するために庭に足を運んでそれをずっと眺める。レオポルト様は口下手な私の話を最後まで聞いてくれるから一緒にいるのが楽しい。
フランツ様は週に何度か屋敷に訪問する様になった。彼はジャンヌ様と仲が良いからそのやり取りを見ているのが楽しい。時折思い出したみたいにフランツ様はジャンヌ様との会話の最中に私に笑顔を向けてくれる。
彼の笑顔を見ているとホッとする。
ジャンヌ様はお茶を淹れるのが上手でお喋りで喉が渇くと何時もの笑顔で私たちにお茶を振舞ってくれる。レオポルト様から「お前、主人にお茶を注がせるの?」と呆れられた時は少しだけ恥ずかしかった。
言われてみたらそうだと思ってその時は顔を真っ赤に染めてしまった。
だから最近は自分でもお茶を淹れてみようと毎日練習するけど、やっぱりジャンヌ様には敵わない。ジャンヌ様が言うにはお茶を淹れるのもコツがあるそうだ。
だから私はジャンヌ様がお茶を淹れる時はジッと観察をしてみたけど、そうしてるとジャンヌ様がニコニコ笑顔で手を振ってくれる。私も思わず笑顔になって手を振り返すと、気付いた時にはジャンヌ様はお茶を淹れ終わっている事が多い。
そう言う時は一部始終を見ていたフランツ様に「マリーはジャンヌの掌の上で転がされてるねえ」と笑い飛ばしてくれる。
どうやらジャンヌ様は単純に人にお茶を振る舞うのが好きらしい。
まあ私が淹れたお茶でもジャンヌ様は美味しそうに飲んでくれるからいいのかな?
レオポルト様に視線を向けるとため息を吐きながら口パクで何かを伝えてきた。上手く読み取れなかったけどジャンヌ様が言うには「次は絶対に俺だからな」と言っているのだそうだ。
壁にもたれ掛かったレオポルト様は何人かの女の子からダンスの誘いのために声を掛けられていたけど、それを私のために全て断ってくれていた。
レオポルト様には後でちゃんと謝っておこう。彼にはダンスのレッスンにも付き合って貰ったからやっぱり申し訳ないと思う。
レオポルト様には私のダンスが上達したところを見て貰いたいし。
「……そろそろ曲も終盤ね。マリーと離れるのは私も寂しいわあ」
「でも屋敷に帰ればずっと一緒にいられますよ?」
「それもそっか? じゃあ今日も一緒にお風呂に入って同じベッドで寝ましょう」
「……こんな私ですけどずっと一緒にいてくれますか? ジャンヌ様の隣にいていいですか?」
「私は大歓迎よ。それにマリーは私の影武者なんだからそれが仕事でしょ?」
ジャンヌ様はやっぱり何時もの笑顔を振り撒いて私を勇気付けてくれた。
ずっと一緒にいていいと言ってくれた事が嬉しくて涙出そうになるけど、今は我慢しよう。だって今の私はジャンヌ様を装う影武者で、それが周囲にバレたら大変だから。
私は二度目にお願いを口にした。
そのお願いに私の大好きな人が笑顔を返してくれた事が嬉しかった。
こうして今日の社交界は無事に終了していった。屋敷に帰る途中の馬車の中でレオポルト様がずっと頬を膨らませてジャンヌ様に文句を言っていたけど、それも楽しかった。
だって私と踊りたいと思ってくれていたからレオポルト様は怒ってくれたのだから。何気ない会話の一つ一つが私の宝物になっていく。
こんな日がずっと続けばいいのにと私は密かに願う様になっていった。
だけど終わりとは突然やってくるものらしい。
私はその夜、ジャンヌ様との約束を破ってしまった。
私はジャンヌ様と一緒にお風呂に入って上がるなり、ジャンヌ様が私と一緒にベッドで本を読みたいからと書斎に向かうため「先にベッドに行ってて」と言われたから素直にそれに従った。
ジャンヌ様の自室に向かう私は一人だった、完全に油断をしてしまった。
一人きりだった私は何の前触れもなく攫われてしまう。
それも私を煙たがっていた筈の実の父の手によって私は屋敷から有無を言わさず運び出されてしまった。大人の力で悲鳴を上げさせないため口を押さえ付けられた私は心の中で必死に願った。
ジャンヌ様、私を一人ぼっちにしないで、と自分勝手に願った。
雨が降り頻る真夜中に私の心は実の父が誘拐犯だった事の悲しみとジャンヌ様から離れていく事の寂しさで満たされていった。




