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七十七話

 メディスンは村長宅の一室を借り、製薬に励んでいた。


 絶え間なく襲ってくる魔物を撃退する村人達は疲労していた。当然、負傷者も少なくない。


 クルト村で一番安全であるのは村長宅である。護衛の上級剣士に竜騎士もいざという時の為に待機している。


 村で戦えない者を集め、一ヵ所に纏めておいた方が分散しているよりは効率的であり、村長宅の地下には堅牢な地下室にはいざという時の食料も潤沢に保存されている。


 メディスンがクルト村で求められるのは植人としての知識である。


 エルフの古老すら作ることのできない秘薬を代々、受け継いで来た一族の出身であり、メディスンの技術と知識に匹敵する者はこの世界で十指にも満たないだろう。


 製作者のスキルによって効果には振れ幅があり、聖級ともなると一段階くらい強い効果が出る様になると言われている。


 稀人(プレイヤー)でもない限りは大地人(NPC)は体感でしか残りの体力を知る事が出来ない。


 パーティーのHPを管理する治癒師は戦闘全体を把握し回復魔法をかけるが、魔力は有限であるため回復薬の性能が生死を分ける事になるのだ。


 出来れば十年草になるまで成長させたかった薬草を摘む事をメディスンは決意した。


 それは将来の重症者を見捨てるに等しい行為ではあったが、今いる怪我人を放置することもまたできなかったのだ。



 メディスンはカイトに薬草畑の拡大を進言する事を決意した。人工で薬草を栽培する技術は人種はまだ未熟であり、エルフや植人には及ばない。


 ひとつの場所に縛られる事はリスクでもあったがカイトの人柄を信用しており、ランスカ王家もまた植人に対して寛容である為にクルト村に住んでいるに過ぎないのだ。


 それは王国にとっても利のあることだ。薬学に精通した植人の知識を手に入れることが出来なくとも生活のためにはその技術力を活かさない手はない。


 植人は鬼人と違い戦闘能力はお世辞にも高いとはいえず食べ物が豊かな森の中で生活でもしていない限りは他種族との関係を完全に絶つことは難しい。


 どのような理由があるにしろ氏族を離れたら生活をする術として知識と技術に頼らなくてはならなくなる。


 植人を差別して敵対するよりもよほど賢い行動であるといえ少ない秘薬を渡す理由になるのだ。


 素材が稀少であるが故に必要な時に必ず手に入るというものではないが、可能性があるというだけでも他国より恵まれていると言えた。


 そして聖人同士の繋がりは薄いが、メディスンとカイトの絆は深い。


 カイトが負傷し生死が不明となっていればこれ以上の負傷者が出ることは必然であり治療するために知識を出し惜しみしないことからもわかる。


 上級剣士を城門の外に展開して、後方から魔法師が攻撃している。


 剣士の体力も魔法師の魔力も有限ではあるが大量の魔物達を上手く捌いていた。



 地方軍である領主軍でも本来であれば耐えきれない数だがカイトが鍛えた兵は精鋭であった。


 武器の消耗もアーウィン士爵家専属の鍛冶師達が盾となっている剣士の命である剣や刀の修理に精を出していた。


 一方、アルトはというとクルト村の防衛に積極的に参加していた。


 客人とはいえ大暴走(スタンピード)は人類には許すことの出来ない天災である。街や砦など防御施設の整った場所であれば被害を抑えることができるかもしれないが村はそうではない。


 多くの国家にとって発展する余地のある土地は既に他国や自国の土地であり、そうでない場所は魔物の領域である。


 開発する余地はあっても費用対効果が低いと考えられている土地であることが多い。


 ランスカ王国は人口を養うだけの農地を確保していたが、迫害から逃げてきた種族の全てを受け入れられるだけの土地はなかった。


 種族が違えば習慣も違い信ずる神も違う場合もある。特に仲の悪い種族もいたがそれを表面に出さないのがランスカ王国での暗黙の了解であった。


 クライン領、アーウィン領の開発はランスカ王国の国策であり、人類の盾として機能してきたランスカ王国の急務である。


 大暴走(スタンピード)の発生もそうだが、帝国の侵攻も解決できる問題であると信じて行動するしかないのだ。


 殺した魔物から魔石だけを取り出して焼く。それも疫病を流行らせないために必要な行為であり、魔石の力を防衛力に換える為に必要な事であった。


「怪我をしたものは下がれ。各門の指揮官は伝達を密に」


 壁に囲まれたクルト村は外敵を阻む盾として未だに機能していた。


 だが多くの魔力を練り込み築きあげた壁も時の経過と共に劣化し、フーカの魔力以外でも補強されていたために綻びを誤魔化しながら運用してきたのだ。


 魔境に対する前線である為に備えを欠かしていなかった事が今まで村規模でしかないクルト村が耐えてこれた理由だ。


 そうでないクライン領の村々は都市部へ移動するために村を放棄する事を決定し、西へと移動した。


 それでも強敵であるクルト村や城塞都市アンデスを迂回して移動した魔物達によって体力のない者達から生きたまま喰われた。


 直ぐに殺された者達はまだましだったかも知れない。人目を憚る行動がゴブリンやオークといった人型の魔物によって行われ大地に恨みが染み込んでいき、魔物達が行動しやすい環境が出来つつあった。


 魔物と敵対し、殺す事によって日々の生活の糧を得ている冒険者ですら過酷な状況が続いているのだ。


 敵兵と戦い国を守ってきた国軍兵士も家族を村人を護りながら戦うことは難しく、自分の身を護ることで精一杯であり、傷付きながらも行動していた。


 メディスンはただ戦う力がない事を嘆き、アルトやクルト村の自警団達は戦う力を持ちながらも自分の手の届く範囲でしか護れない事を歯痒く思いながら。


 敵を殲滅させる事に集中していた。それが少しでも弱き者達の力になると信じて。


 ----


【鬼兵隊】は鬼人によって構成された傭兵団であった。活動地域はランスカ王国と亜人国家であり、金で動く事でも有名であったが、彼等にも信念があった。




 彼等の祖先は迫害され彼等自身も迫害の対象となっていた。



 それを保護したのが初代ランスカ国王アレキサンダーであり、歴代の国王との盟約に従って帝国軍で工作を行う部隊とランスカ王国防衛部隊に分かれて行動していた。


「俺達の役割は敵の殲滅だ。それは帝国軍だけではない。魔物も動くもの全てが敵だ」


 ランスカ王国内で活動する事になった団長エンギ率いる鬼人達は一騎当百の歴戦の猛者であった。


 強靭の肉体が鬼人達の武器であり、素手で岩をも貫く彼等が脅威でない筈がなかった。


 人種国家ではただでさえ亜人に権利が認められておらずその中でも鬼人は最底辺におり、本来であれば同胞である亜人達にすら迫害された歴史を持っていた。




 どの種族も魔人、魔物を毛嫌いしており、魔物を祖としているとされる鬼人が好意的に扱われる筈が無かったのだ。


 鬼人とオーガを見分けるのは難しく、知性の有無によってしか判断出来ないことも多いのが厄介な事であった。


 同じくハーピーと混同されがちな鳥人が亜人から迫害を受けていないのを納得しているものは少なかったが、鳥人の特徴である飛行能力にも制限があり、鬼人ほど脅威に映らなかったからだとされているが主張しても仕方がない事であった。


 世界最大の宗教であるオリエンタル教では神を模して創られたのが人種であり、人種の出来損ないこそが亜人である。



 神は基本的に大地世界に対して不干渉であり主神オリエンタルが世界を去っている為に神罰が与えられる事もない。


 真意は主神オリエンタルの心の中だけにあり、代わって世界を見守っている高位神ですらその心中を想像することすら不敬であるとされている。



 ただ魔族に対応するための加護を与え続けているために神々の庭からは去ったが已然として世界を優しく見守っており、何れ戻られる際に世界を残しておくことが神々の務めとなったのだ。


 ランスカ王国の混乱は収拾がつかなくなるほどに坩堝(るつぼ)となっていた。


 東部の冒険者達は魔物の迎撃の為に駆り出されたが、ベテランとされるBランク冒険者の数はそう多くはない。


 一人前とされるDランクになる前から既に選別は始まっており、生きて冒険者を引退する者は全体の極一部であり、実力は関係無かった。


 傭兵は更に生存率が低く一つの戦で正規軍に死者が出ないことはあっても傭兵が死なないということはまずない。


 冒険者にすら事情があってなれなかった者が就く職業が傭兵であり、傭兵に信用はほとんどない。


 一般人からしてみれば金次第で人を殺す傭兵と近付きたいと思う者は変人もしくは狂人扱いされ、いつ味方を裏切るか分からない傭兵を重要な作戦で重用する国軍の指揮官はいないからだ。


 それならば護衛は信頼のおける高位冒険者に依頼したほうが安心であり、金と時間はかかるが裏切る可能性の低い国民を兵士として雇用し訓練した方が安心できるのだ。


 しかし鬼兵隊はランスカ王国において軍上層部の強いては貴族の信頼を得て軍の指揮系統から独立した遊軍としての活動を認められていた。


 戦闘では確かに遠距離から広範囲に渡って攻撃できる魔法師は重宝される。


 軍の理想は抑止力となることで争いを起こさせない事が最上であるとされ、もし戦いが起こってしまったのであれば自軍の損失は最小限に敵軍には最大限の損失を与えるのが役割になる。


 戦術規模の魔法を唱えるのには時間がかかり戦略規模になると王級もしくは複数の上級魔法師が必要となり、それまで持ち堪える為に近接戦闘は不可避となるのだがそこで活躍するのが鬼兵隊であった。


 まず、鬼人と他の種族では元になる身体能力が異なる。


 人種の戦士がやっと持上げられる質量を成人前の鬼人が片手で振り回すなどよくある事だ。


 そして気闘術や魔闘術は身体能力の強化率は元の肉体レベルに準じて行われるために鬼人が行う鬼闘術は他を遥かに凌ぐ代物となる。


 その代わりに魔法に対する適性は低いが強靭な肉体は下級魔法を耐える能力を持っているために近接の間合いにおいては随一の力を持つ事になる。


 ゴブリンが存在進化したオーガの討伐脅威度が高くなる理由であり、近接戦を得意としない魔法職に嫌われる理由である。


 鬼兵隊は今回ランスカ王国から正式に契約を得て参戦した。褒賞金は活躍に応じた出来高であったがそれに文句を言う者はいない。


 鬼人達の目的の一つに王から土地を得て鬼人の安息の地を作る事にあった。ランスカ王国では表向きの差別はないが、やはり過去の経緯から鬼人を敵視する者も多い。


 ランスカ王国で余っている土地と言えば東部であり、魔境さえ切り拓く事が出来れば必要最低限の物資をランスカ王国から購入し、自給自足の生活が出来る様になるはずなのだ。


 元々は過酷な環境で生活していたが、冒険者として収入を得つつ街で生活する事によって弱体化したと主張する鬼人の古老も多い。


 平均寿命が延び部族の数が増えたことは良かったがそれも人種には及ばず常に滅亡のリスクと共に生活してきたのが彼等の日常だった為に死に対する悲壮感はない。


 鬼人にとって死は身近なものであり、自然の脅威に対して無力である事を知っている。


 他の種族が忌避するような魔物の血肉を喰らってでも生き延びてきたことは伊達ではない。


 エンギは氏族を率いる者として決断を迫られた上でランスカ王国を失う訳にはいかないと判断した。


 鬼人の氏族同士の繋がりは強固なもので合流して新たな氏族となることもあってエンギが率いる氏族は鬼人の中でも比較的に大きな方であったが為に傭兵をするだけの戦力と老人や子供を養うだけの財力を持つことを可能とした。


 本当であれば冒険者として一流と呼ばれ迷宮で多くの魔物を狩り高い戦闘能力を持つ氏族の若者にも参加してほしかったが、連絡をとる手段は限られており、携帯電話の様な便利な機械もないことから断念した。


 帝国兵から受けた銃弾は鬼気を纏った肉体を貫通したものもあったが、傷口を焼くという原始的な止血方法で後は患部にポーションを振り掛け体力の回復を待っている。


 鬼兵隊にも死者は出ていたが、まともにぶつかる事になった王国兵よりも数は少ない事が救いであった。


 種族の未来を守る為に今いる同胞を危険に晒す。それは一見すれば矛盾した行動だと誰の目にも映るだろう。


 だが、他の亜人種よりも鬼人が帝国に対して危機感を募らせており、その行動自体は間違いではなかった。他の種族より好戦的な者が多いのは確かだが、だからと言って鬼人の全てが戦いを望んでいる訳ではない。


 ランスカ王国は騎兵によって追撃を行ったが、大きな戦果をあげる事はできなかったみたいだ。


 そしてエンギも傭兵団を最前線でただ命を消費する不毛な戦いをするつもりはなかった。


 敵航空戦力を削り制空権をランスカ王国は掌握しつつあったが、已然として帝国軍の脅威は残ったままである。


 そして親亜人国家であるランスカ王国をこのままにして撤退する事はないだろう。


 ランスカ王国は国として存亡を懸けた戦いであるが帝国にとって今回の軍は地方軍の一部でしかないのだから。


 それを誰よりも知っている国王ギルドバルドが無策でないと信じたいが、これまでの対応は完全に後手に回っており、帝国と大暴走は確実にランスカ王国を蝕んでいた。


 国を持たない鬼人。それもただの一氏族の長に過ぎないが誰よりも氏族の事を考えて行動してきたとエンギは自負している。


 鬼人はその歴史から戦神を信仰の対象としてきたが、加護を受けた一人としてこの戦いがこのまま終わる訳がなくまだ多くの血が戦場で流れる事に戦慄する一人の鬼人が居た。


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「なんと人は欲深く罪深い存在なのだろう」


「それが人間というものだ。我々ができるのは来る戦いの為に戦力を集めることのみだ。戦いは英雄を生みそれは我らの貴重な戦力となるのだ。それに我々は大地世界ミットガルドにはそう多くは干渉できん」


 英雄や聖人となった者達の極一部が亜神となり、権能を得る事が出来る高位神ほど出来る事は多く、下位神はその補佐程度の力しか持たない。


 それでもただの人とは隔絶した力を持つのが神族である。オリエンタルの寵愛を競いその戦いに負けたフローディアは堕神した。


 それが力を持たない中級神や下級神であったのならここまで神界が荒れる事もなかっただろう。


 しかし、フローディアは上位神の中でも力を持ち最古神の一柱にも数えられるほどの力を持ち大地世界でも重要な役割を担っていた。


 生ある者は命を授かって成長し、時ともに衰退し死に至る。


 極一部の例外もあるがそれは外法によって得た不完全な命であり、オリエンタルが創造した生命を逸脱した存在である。


 死を司るフローディアは光の象徴とも言えるフレイルを憎悪し、それはいつしか生者を辱しめることへとなっていった。


 そうすることによって生者と死者のバランスは徐々に崩れはじめ最終的には大地世界は晴れることない鬱蒼とした世界になってしまうと神々の危機感を煽るのには十分だった。


 有望な者に加護を与え成長を促すのもその一環であり、稀人をこの世界に招いたのも硬直しかけた大地世界に新しい風を取り込む為に苦渋の決断として行われた。


 神界にはフローディアに組みする者達もおり、神々の力の源となる信仰を集める者すら現れ始めたのだ。


 そうなればそう遠くない未来に神の子供達である人類は魔王を筆頭にした魔族に生活圏を奪われ残された土地を巡って争いが起き人類は絶滅する事になっただろう。


 戦神は戦で命を落とした者を神々の戦士として神界に招く役割を果たしているが、戦闘能力の低い魂を輪廻の輪に戻す事もまた重要な役割となっていた。



 聖級以上の力を身に付ける者は年々その数を減らしており、神界での死亡はその魂の消滅を意味している為に善神側は苦境に立たされる事になった。


 だが闇の勢力が強くなる一方で光も強くなっていた。勇者と英雄の誕生である。


 体に刻まれた傷は強すぎる力を得てしまった代償でもある。


 光を司る勇者は他の属性を司る英雄達を従えて闇を討つのが使命だった。


 神々に集められた信仰の力【神力】を惜しみなく与えられた加護は例外なく強力なものだった。


 それは当代の魔王を討った後に各国の火種になるのには十分であり、オリエンタル教が主張する亜人種の裏切りもあった。


 それよりも勇者・英雄によって与えられた損害の方が大きく、魔王と戦っていた時は無辜の民を救おうと純粋に尽力していた澄んだ心も歪ませてしまう程には。


「だが戦神の加護を持つ者がいなくては魔神フローディアの好きな様にやられていただろう。そういう意味では彼もまた神に至る道を歩き始めたということか」


 カイトが戦神に与えられた加護は強いものだ。加護にも序列があり、神の代弁者たる神託の神官・巫女に暗黙の了解があるのと同様である。


 いきなり強い加護を与えられる者もいるが、加護はその者に対する神の注目度であり、加護が強くなることもあれば失われることもある。


 誓約と判定を司るエンゲージは騎士や商人に信仰されているが、加護を与えることは滅多になく、魔法契約による絶対遵守を誓わせる事が出来る加護者はそう多くない。


 神によって好みの気質もあるが来るべき戦いに力を蓄えなくてはならないからであった。


「我々の干渉もここらが限界であろう。後は勇者や英雄の仕事だがまだ幼い」


「そう遠くない。戦いに万全の備えをすることしか今は出来ない事を歯痒く思うがそれもまたオリエンタル様の思し召しなのだろう」


 そこには大地世界を見守り続けてきた神々の憂いを晴らす希望の光があった。

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