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七十二話

 前線で戦う王国兵士は銃撃に晒されながらも前進していた。帝国の銃弾は金属製の盾を貫き、多くの兵を殺していた。


 命中率はそれほど高くはないが、数を撃てばそれだけ多くの兵に当たり、王国兵も魔法と弓で応戦しているが、接近しなくては殆んどの兵は遊兵となる為に歩兵単体で考えた場合、王国は不利だった。


 空を見上げれば多数の戦艦が互いに砲撃を加えており、竜騎兵達もブレスを吐きながら交戦していた。


 地に足をつけて戦うしかない陸戦部隊は、目の前の敵以上に頭上の味方にも気をつけなくてはならなかった。


 敵の攻撃を受けて墜落してきた味方が地上部隊を巻き込んでいたからだった。


 王国側の兵士達の大部分は貴族領から徴兵された農民であり、職業軍人である帝国兵と比べると練度はお世辞にも高いとは言えなかった。


 王国の存亡の危機である事から士気は高かったが、一方的に攻撃に晒されるストレスに耐えられるものではない。


 王国兵士を指揮する騎士達も農民でしかない国民を戦場に立たせる事に心苦しさを感じていた。


 王国の剣として敵を切り裂き、王国の盾として国民を護るのが騎士の役割なのだ。


 騎士は平民出身でもなることは出来るがそれは一部の優秀な人材のみでいくら実力があっても貴族の子弟の使い走りにされるのだ。


 建国王アレキサンダーの理念は年を重ねる事に形骸化し、貴族の腐敗が目立つ様になってきたのも当代王ギルドバルドの祖父の時代からである。


 元々、ランスカ王国では王族の力はそれほど強くは無かった。


 だが王家を支える四公爵家の忠誠心は揺るがず、王家は民の事を思い政治を行えば良かったのだ。


 その中には名君もいれば愚君もいたが、亜人国家との同盟もあってランスカ王国は国としての体裁を保つ事が出来たのだ。


 だが、貴族の中には貴族家に生まれた事を鼻にかけ努力を怠る者が多くなったのもまた事実である。


 貴族と平民との溝は埋まる所か広がる一方であり、王はその溝を埋める為には王権を強くするしか無いが、力が王家と四公爵家に分散した今の状況で上手く行っている事もあって権力を握り絶対王政を敷く事に固執する必要性も無かったのだ。


 王家と四公爵家の五家がランスカ王国の最高権力者である王になる事が出来るのだ。


 比較的に新しい家では、五家に対抗するべく派閥を作り貴族派と呼ばれていたが、貴族としての務めを怠ればいくら温厚な王家でも家を取り潰しにする可能性は高くそれは伯爵以上の高位貴族でも例外では無いために五家にばれない様に力を蓄えて行ったのだ。


 クラウド侯爵家の裏切りが起きたのは必然だったのだ。それがどんなに逆恨みでしか無かった状況であってもランスカ王国は帝国に付け入られる隙を与えるべきではなかったのだ。


 クラウド侯爵家が裏切らなければ、ライアスが己の守る為にランスカ王国に侵攻する作戦自体が成り立たなくなり、皇帝に作戦を上奏する必要も無かったのだ。


 それは時が経つ程に失われていく命も必要無かった事になる。それでも最終的にはランスカ王国と帝国の間で戦争は起きただろう。


 帝国の最終的な目標は大陸の覇者となる事であり世界最強の軍事国家として君臨する事である。


 その目的を達成するためには教国が起こした聖戦に幾度となく勝利し、人種が治める国家でありながら亜人種と積極的に交わるランスカ王国は邪魔でしかないのだ。


 亜人国家から見てもランスカ王国は盟友ではあるが、亜人から忌み嫌われるハーフが多く生まれる事もあって人種国家の中では親交があるが、自国を危険に晒してでも援軍に駆けつけるかは微妙なところである。


 フォーレン子爵を使者にして行われた竜国に対する援軍要請の結果もまだランスカ王国には届いていない。


 妖精国も同じであり、地下に巨大な国を築いているドワーフの王国も同様である。


 援軍が遅れればそれだけランスカ王国が滅亡する可能性が高くなるが、亜人国家だけで需要と供給を満たしており、防波堤としては必要であるが、なくなっても構わないと考える者も亜人の中には一定数は存在するのが現実なのだ。


 兵士達は後ろにいる守りたい家族を恋人を友人を戦友に任せ黄泉の世界へと旅立っていった。


 兵士が戦場で命を散らせるのは珍しくはなく、人の集団が国を作ってから永遠と行われてきた営みのひとつでしか無かったが、敵兵に対する恨みを募らせ障気が大地へと染み込んでいく。


 帝国が後退してからはランスカ王国は負傷兵の治療にあたっていたが、突然の戦争であり薬も食料も武器も何もかもが不足しており、助からない命は冥界を司る神の御許へと送られた。


 追撃をオムネ将軍に進言し騎士団を率いたナターシャだったが、期待した戦果を挙げる事はできなかった。


 そしてゴドラム公爵・オムネ将軍・クライン伯爵をはじめとしたランスカ王国軍の指揮官達は挙兵した帝国の軍がこの程度の損害で祖国まで退却するとは考えていない。


 今後の対策を協議していたがランスカ王国側が受けた損害も決して無視できるものではなく、兵の補充もままならない状態である。


 北の貴族は騎士(軍人)になるものが多いとは言え、帝国との全面戦争に耐えられるだけの領主軍を組織していない。


 常備軍の軍費は領の財政の負担となり、王家に痛くもない腹を探られない為に少数精鋭であることが好ましいのだ。


 領主として税の一部を免除する領民は使いにくい存在でもある。


 敵軍に対する略奪の規制は王国兵や王国騎士より緩いが、今回の戦争は攻められる立場であり、命を賭け金としている割には見返りが少ないのだ。


 国が所有する戦闘奴隷も戦っており、多くが命を落としていた。それでも戦っていたのは、帝国に負ければ明るい未来はないからだった。


 人種でさえ虐げられている。


 彼等の主張する神敵である亜人に対して慈悲を求める方が間違っているのだ。


 そうして戦場で多くの命が失われて行く中で、ランスカ王国は制空権を得たが未だ兵数は帝国軍の方が多かった。


 国王の名の下に義勇軍が組織されることとなったが、その扱いにおいても議論が必要であり王国軍にも領主軍にも属さない独立部隊として扱うしかなかった。


 王国軍は国王を頂点とする組織であり、領主軍は貴族を頂点とする組織であるが、最終的な統帥権は国王にあるのだから問題はない。


 国民であるとはいえ冒険者や退役軍人である彼等をまとめ指揮を執るには問題があったのだ。そして帝国の侵攻と共に発生した大暴走(スタンピード)が問題を複雑にしていた。


 無事な西部と南部から軍を派遣しようにも距離がある。数万もの軍を移動させる為には、時間も物資も必要になるのだ。


 常備軍である王国軍も領主軍も数は最低限であり、帝国との国境線沿いの戦いもルールのある紛争レベルでしかなかった為にランスカ王国の対応は後手に回らざるおえなかった。


 食料を集めようにも金があれば良いと言う訳ではなく、帝国によって秘密裏に買い集められていたために王国内での食料価格は高騰しており、翌年に使う種は残さないといけない為に金があっても外国から購入するのは時間的にも不可能だったのだ。


 そして軍を組織するために必要なコロナド砦も早々に帝国の計略によって陥落した。


 帝国の攻撃をいなしてきた実績が、国王をはじめとしたランスカ王国上層部の判断を誤らせたのである。信頼できる歴戦の将を配置し、兵達も将の下で戦ってきた精鋭であった。


 国王も大貴族に対して監視の目を差し向けていたが、クラウド侯爵の思惑に気付くことなく橋頭保を築かせてしまったのだ。


 ランスカ王国に長年、魔物との戦いの壁としての役割を押し付けてきた帝国も支配領域を拡大させてしまえば帝国民が魔物によって甚大な被害を受けても問題は無いと考えていたのである。


 ランスカ王国の西部にある小国群も王国が帝国との戦いに敗れれば恭順を示す確率は高くそれだけ覇業を為すのに大きな一歩となるのだ。


 王国兵は戦闘で死んだ仲間の遺体を回収し、一ヶ所に集めて焼いた。


 そうしなければ後の禍根となり大量のアンデットが大きな被害を与える事は想像に容易い。


 従軍神官の祝詞(のりと)によって死者の魂は浄化され残った魂石は可能な限り遺族へと渡される手筈になっていた。


 これで帝国が諦めたとは思っておらずランスカ王国は軍の再編を急いだが、帝国の猛攻によって地上部隊の数は大きく減らしており、王国が劣勢であることは火を見るよりも明らかであった。


 希望を捨てる者は少なかった。過去幾度となく行われてきた聖戦において王国が劣勢になる度に同盟による援軍と英雄が生まれてきたのだ。


 聖人と呼ばれる多くの聖級職に着いた英雄は、エバンスの様に人類の敵である魔物の討伐で名を上げた者もいればカイトの様に対人戦において祖国の力となり神の加護を受けた。


 魔法王の様に魔法を生活を豊かにする手段として使用し生活水準を上げたなど人類に対して大きな功績を持っているのだ。


 そしてランスカ王国にはその聖級が三名いた。クルト村で薬師として治療を行っているメディスンを含めないでそれだけの数がいるのだ。


 神の代弁者を自称する教国は聖人を認定し、多くの国の国教となり信仰を集めていたが、実際は修行よりも権力闘争に明け暮れている。


 当時は神に最も愛されていると称されたセズさえも異端とし教会を追放しているのにも関わらず神による神罰は下されなかったのだ。


 戦闘の後処理を終えた王国軍は一部の哨戒部隊を残して休息をとる事になった。


 日が暮れてしまえば人種にとって戦闘の難易度は高くなるのだ。


 亜人には月夜の光を増幅して日中と変わらない視界を確保できる種族もいたが少数の部隊で大軍に対して戦果を挙げる事は難しく、食料や弾薬を焼き払う工作部隊を派遣しても分の悪い賭けになるしかない。


 戦力で劣るランスカ王国に手段を選んでいる余裕はなく、獣人による特殊作戦の実行をオムネ将軍は認めるしかなかった。


 特殊作戦に従事する事になった獣人達は十人にも満たない。


 大人数では簡単に発見され、作戦は失敗に終わると予想された為に五人の二つの隊に更に分かれて行動する事になっていた。


 隊長はそれぞれ特命を受けた王国騎士である二十五人長が務め隊員も正式な叙勲を受けた騎士であった。


 成功するにしても失敗するにしても中途半端な者を送り込む事をランスカ王国はしなかった。


 そして単独でも生還する可能性の高い者を選抜し、隠蔽の効果のある魔道具【隠者の衣】を貸し与えたのである。


 まだ日があるうちにランスカ王国は帝国が陣を敷いた箇所を少数の竜騎を派遣する事で把握していた。


 本陣はほぼ無傷で手に入れたコロナド砦まで後退し、砦を囲う様に軍を布陣していた。


 そして、特命を受けた十人の中にはコロナド砦に派遣されていた者もおり、内部構造に詳しい。


 一部の騎士だけしか知らされていない脱出路も今回の作戦にあたって必要になるからと誓約魔法を交わした上で教えられていた。


 二つつに分かれた部隊はコロナド砦に侵入する手前で別行動をとることとなった。


 獣人達は人種よりも優れた身体能力を有していたが、魔力の保有量はそう多くはない。


 街ほどの集団で生活しないが、村では農耕もすれば、狩猟も行う。どちらかと言えば狩猟でどれだけ大きな獲物を得るかによって獣人としての価値も左右する。


 狩猟において獲物に気配を探られない事は重要であり、本物の狩人であるのだ。


 そんな者達が気配を消せば限られた者にしか察知される事はないが、監視の目が多ければ発覚は避けられない。


 コロナド砦は天然の要塞であり、帝国の国境に対しては侵入を拒むかの様に進軍できる経路が限定されている。


 ランスカ王国内であり、北方騎士団に所属する十人にとって庭みたいなものであった。


 人的監視をかわす事には問題は無かったが、魔法師による感知結界を警戒する必要が彼等にはあった。


 隠者の衣は気配を隠す事は出来るが、魔法を誤魔化すことまでは難しい。


 いくら魔法技術に疎い帝国軍であっても最低限の警戒をするのが軍であり、金に物を言わせて魔道具を買い漁るくらいの事は出来る。


 夜目の利かない人種の視線に入らない様に気を付けながら、コロナド砦に接近して行く。


 一部の帝国軍指揮官は空気の変化に気付き部下に警戒を促したが、獣人の気配を消す能力と魔道具の効果によって気付く者は少なかった。


 北方騎士達にとってこの砦は帝国に対するランスカ王国の姿勢を示している。


 どんな大軍を以ても援軍が駆けつけるまでこの地を守護する古参の兵達に学ぶ新人騎士は多い。


 堅牢さが王国騎士の精神を表す様に絶対の自信を持っていたが、陥落した事によってその自信が揺らいだ。


 だが、特殊作戦を命じられた十人には、王国の未来が懸かっている。


 戦闘が起きれば確実に生還できないだろう事はこの場にいる者なら誰でも理解していた。


 砦の中にもいたる所に重装備の帝国兵が警備していた。砦内には死角が出来ない様に設計されていたが、隠れる場所は幾らでもある。


 警備が厳重なほど重要人物が居ると言う事だったが、目的は指揮官の暗殺よりも物資の破壊であった。


 軍であれば階級によって次席の者が指揮を執る。その為に階級があると言って良い。


 それに比べて物資を補給するのは困難を極める。


 帝国からコロナド砦まで物資を搬入するのには、運ぶ為の兵から護衛の兵、馬車を動かす馬。


 その人馬の食料が必要にもなる。軍の行動を制限するためには後者の方が効果的であり、砦内の情報を集める為に諜報活動も併せて行う様に指示されていた。


 一組は普段、捕虜や軍規違反を行った騎士や兵の為の営倉へと潜入していた。指揮系統は異なるが、紅騎士団長のナターシャは部下の安否を心配していた。


 守将ダービッツが砦内で監禁されているのであればここにいる可能性が高いと判断されていた。


 王国騎士の格好をしてはいなかったが明らかに貴族の子弟であり育ちが良さそうに見える。


 拷問により衰弱していたが、まだ息はある情報を得る為に意識を取り戻して貰う必要がある。


 生命線でもある回復薬を使用する価値が目の前の男にはあったが、回復させ過ぎてもいけない。


 帝国が占領した砦にランスカ王国の兵士が侵入した事が発覚する事は遅ければ遅い程に生存率は高くなり、それが王国を助ける事になる。


 造血薬として使用される【ブラッドリーフ】は戦場では気付け薬としても使える。鉄の味がし、良薬口に苦しを地で行くが意識を取り戻すには一定の効果があった。


「その姿は王国の兵か」


「そうだ。紅騎士所属の騎士で間違いないな」


 ケーリッヒ百人長はブラッドリーフによって流した血を幾分かは取り戻す事は出来たが本調子とは程遠い状態であり、知っている情報も少ない。


 伝令として紅騎士団より派遣されたが、紅騎士団の到着を伝える前触れでしかなく、到着して直ぐに捕らえられた為に砦が帝国軍に占領される経緯も知らない。


 騎士としての戦闘能力は幼きから鍛えられてきたが、拷問に対する耐性は低く、貴族の子弟である為に危険な戦場に送り出される事もない平穏な人生を今まで歩んで来ていたのだ。


 それは王立騎士学校を卒業した者にとって順当な人生であり、将来を期待される騎士として大切に育てられてきたと言う事である。


「ええ。ケーリッヒ百人長です」


 獣人の貴族はいるが数は人種に比べると少なくなる。


 貴族と平民では確かに身分の差があるが、例え一兵卒であっても危険を承知でここに来た友軍を蔑ろにする事はケーリッヒに出来る筈もなかった。


 命を繋ぐ可能性があるとすれば彼等しかいないのだ。


 誓約魔法によって話せない事も多い。階級によって知らせて良い機密レベルが変わるのは当然の事であり、その為に下級であるとは言え今回の潜入作戦に隊長格が参加したのだ。


 亜人排斥派の帝国軍に占領されているからこそケーリッヒは彼等が獣人であるという事でランスカ王国民であると認識し、服に縫い付けられた部隊章で北方騎士団の所属であると判断したに過ぎない。


 ここに来たのが人種であれば部隊章があっても詳しい状況を話す事はできなかっただろう。


 貴族にとって家の名誉は自身の命より重いと幼い頃から教育を受けて育つのだ。


 特にこの砦は精神的な支柱でもあり、帝国軍に対してランスカ王国軍が劣勢に立っている事を意味するのだから、この地に住む者であれば事態の深刻さが分からない訳がない。


 守将が帝国軍の捕虜となり、偽情報を送っている間に帝国はランスカ王国内で略奪を行った。


 帝国軍は現地微発と言う略奪の限りを尽くし帝国に逆らう事の愚かしさを属国に植え付けて支配するのだ。


 本来であれば民を殺し富を奪うのは長期的な支配を行う上では悪手である。新たに支配した土地が領地となり、収入源になるのだ。


 しかもそれが人種の土地でなければ非難されることなく重税を課すことが出来る。


 この場に居た者は得た情報をオムネ将軍に伝えるべく、散開した。


 ケーリッヒを連れて行く事は出来ないが手持ちの回復薬を置いて。


 ケーリッヒは確かに命の危機を感じていたが、他の王国兵が殺されているのにも関わらず拷問はされても殺される事は無かった。


 帝国がケーリッヒに価値を見い出していると言う事であり、どの位の時間があるか分からないが、殺される事はないだろうと判断された。


 そして一方の潜入班によって火薬庫に火がつけられコロナド砦は騒がしくなった。

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