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七十一話

「何でこんな事になっているのだ」


 マーチン大佐は指揮権の譲渡を受け意気揚々と戦場に赴いたが結果は自軍に甚大な損害を与えての撤退だった。


 マーチンは将官では無いために専用の戦艦は与えられておらず後方の本陣で指揮を執る事にしていた為に負傷をしていなかった。


 帝国空軍はランスカ王国空軍に対して損害を与えたが、艦隊としての行動は既に難しい状況まで追い詰められていた。


 帝国が大陸の覇者として振る舞えていたのも空軍によって制空権を確保し、大軍を以て侵略していたからである。


 空軍を組織するための費用は馬鹿にはできず、遺跡から発掘された魔導船を修理した空賊が幅を利かせている国があるくらいで国が魔導船を管理する理由である。


 機動力において魔導船より秀でている竜騎兵も数を揃える事が難しい事もあって帝国は力押しでも今まで問題は無かったのだ。


 しかし、ランスカ王国は竜と縁のある竜人が住む土地である。


 ライアスが皇帝に上奏した作戦においても艦隊戦の重要さが説かれており、攻め寄せる王国軍を迎撃する形で布陣を行い、空と陸からの一斉射撃によって王国空軍を抑えている間に敵本陣を大軍を以て攻め落とすつもりだったのだ。


 王国に軍を編制させる時間を与えないのが肝要であり、その為に帝国軍から見た南部の大貴族であるクラウド侯に内応させ、コロナド砦を陥落させたのだ。


 そこで得た捕虜は人間爆弾として役に立って貰う予定であり、発覚さえしなければ有効な道具となり得たのだが、王国側にも優秀な指揮官が居た為に予定より早く発覚する事となった。


 撹乱として王国内部で少数の部隊によるゲリラ戦も当初より予定されていたが、その成果はライアスが想定していたよりも低かったのである。


 そしてライアスは国境線に待機させていた帝国軍の指揮を信頼できる部下に任せ、王都に潜入するも発覚し、虜囚の身となったのだ。


 もし、ライアスの完全な指揮の下で戦争が行われていたとしたのであれば今頃はランスカ王国は帝国の属国となっていたであろう。


 帝国軍内では異例の出世となったマルタ軍曹も帝国軍を裏切ること無く、危険を承知で敵地に侵入し、要人の暗殺を成功させていただろう。


 例え要人に護衛が居たとしても知覚外からの長距離狙撃は簡単に防げる物ではないからだ。


 物理と魔法の両面からの警戒が必要で魔法を感知する魔法や術はあるが、王でもない限りそこまでの労力を割く事は容易ではないのだ。


 上級魔法を相殺する為には上級魔法が必要になり、相性によっては相殺できない事もある。


 使い捨てになりやすい暗殺者に上級魔法師を使う贅沢な事は出来ないがそれで国家指導者を暗殺できるのであれば試す価値は十分にあるのだ。


 その為に帝国は素質があると認められた兵士を狙撃兵として育成を行っており、魔法大国では魔法王を守護する九人の魔法王親衛隊長(ナンバーズ)によって国の邪魔になる人物の暗殺が行われていると噂されているのである。


 マーチンに怒りをぶつけられたザイーブとしてはそれは貴族による横暴でしかないと考えていた。


 帝国軍は実力主義を謳ってはいるがそれは一等市民の中だけであり財力や縁故もまた実力だと考えられているのだ。


 ザイーブは貴族の後ろ盾を得る事によって少佐まで出世してきたが、帝国軍の実情は他国が考えるよりも腐敗しているのだ。


 軍の高官は軍儒物資を扱う商人から賄賂を受け取り私腹を肥やしている。


 軍の制式装備には厳格な規格があるのだが、その基準に満たない粗悪品も軍で使用されているのだ。


 平民であれば、将官となる者は極僅かであり士官学校を優秀な成績で卒業していても役にも立たない貴族の方が上官となるのである。


 だが、帝国民が豊かさを享受しているのも事実である。


 他国に理不尽さを強いた上での事であり、それで問題が起きれば武力で解決してきたのだ。


 文官も人気ではあるが、文官の採用試験は平民にとって狭すぎる門であり、それならば武官である帝国軍人となった方が出世も望めるのだ。


 そして志を持って入隊した者も貴族に取り込まれて腐って行くのである。


 心情的には馬鹿貴族であるマーチンを見捨てて帝国に帰還したいところであるが、戦争の敗北の責任は誰かが負わなくてはならないものである。


 軍上層部の思惑通りにライアス将軍に負わせる事が出来れば良いのだが、肝心の将軍は今は別行動中であった。


 ライアスの腹心とも言える優秀な同期達が指揮を取れば劣勢を跳ね退け、互角に持って行く事も不可能ではなかった筈だが、指揮権の譲渡をマーチンに打診してきたのだ。


 それまでは頑なに勅命を盾に指揮権の譲渡を拒んできたのに突如としての方針転換にザイーブは疑問に思ったが、戦功に目が眩んだマーチンが引き受け指揮を丸投げしてきた時には内心で罵倒するばかりであった。


 少数の部隊であればザイーブも指揮をした事はあるがその数は千を越える事は無かったのだ。


 今回、任されたのは万を越える軍であり、マーチンも佐官としての教育は受けていたが、実戦経験はなく出す案は机上の空論ばかりである。


 ライアスが補給路を確保し、軍の編制を行っていなければ戦う事すらも満足にできなかった可能性は高い。


 一部の脱走者を出してしまったが、軍が後退できたのもザイーブが予め後退する可能性を考慮し、作戦案としてマーチンに進言していたからである。


 ザイーブは軍人は現実主義者であるべきだと考えている。あらゆる事態を想定し作戦を立案し、その中には敗北する事も含めなくてはならないと考えていた。


 帝国と共和国が拮抗状態となっているのも本格的な本土侵攻がなく、他国を舞台とした代理戦争を行っているに過ぎない。


 国力の差で何とか戦線を維持している事を理解しなくてはならないのだが、貴族はそれを認めず、皇帝の勅命に従って惰性で戦争をしているのだ。


「マーチン様。確かに我が軍は損害を受けましたが、帝国軍にとっては微々たるものです。将が動揺すれば必ず兵に伝わります。ここは余裕がある姿を兵に見せる事がマーチン様の役目でございます」


 要は余計な口を出さずにただ座って見ていろと言うことなのだがおだてられたマーチンはザイーブを疑う事もせずに軍を任せた。


 出自が平民か貴族であるかと言う事は当人の能力には関係のない事である。


 貴族の方が惜しみなく教育に金をかける事を考えれば全く無関係ではないのだが才能がなければ金をかけても無駄である。


 多くの帝国貴族がそうであるように目の前の人物は傑出した才能がある訳ではない。


 世間知らずの典型的な坊っちゃんであるマーチンにそこまでの能力を求めても無駄である事は今までの軍人生活で理解していることではある。


 マーチンは軍閥一門として軍部に多大な影響力を持っている事がここまで事態をややこしくさせている原因である。


 ザイーブが恐れるのは、この戦闘の責任を取らされる事である。


 高価な魔導戦艦を沈められ下級士官である飛行戦術特科隊【竜兵科】もランスカ王国の竜騎兵によって多くの死傷者を出した。


 帝国の支配は揺るがないが、ランスカ王国の奮戦に奮起し属国が独立戦争を起こさないとも限らないのだ。


 それだけ帝国は属国に対して圧政をしているとも言え、共和国との戦争もある。


 誰だって帝国最大の権力者である皇帝に悪い意味で目をつけられたくはないのだ。


 皇帝に目をつけられると言う事は死を意味している。特等市民の中でも建国から続く名家を貴族と呼ぶが、そんな権力を持った貴族でさえ待っているのは死だけなのだから。


 帝国と敵対している共和国もその者に余程の価値がない限りは亡命者と認める事はないだろう。


 そしてエリート街道を歩くザイーブにとって今の生活を手放す事など決してできるものではなかったのだ。上手くやらなくては自身が破滅する。


 ライアス将軍の思惑通りに動いている気がしてならないザイーブだったが、国境後方に待機させていた三万の部隊を追撃を逃れる為に合流させる事にした。


 ----


 アーノルド号の指揮を執るジョセフは追撃するかを迷っていた。防御障壁を何枚か抜かれ、船体は無傷ではない。


 落とした戦艦も多かったが、その分だけ兵達の消耗も早かった。搭載した弾薬はもう一会戦くらいの予備はある。


 だが、船も傷ついていれば人も死傷している。だが、帝国軍の戦力を削る絶好の機会であるのも確かな事なのだ。


 ジョセフが若ければ単身であったとしても敵軍の喉元に牙を立てる事に躊躇いを持たなかっただろう。だが、ジョセフには領民の財産と生命を護る義務があった。


 後退していく艦隊に向け遠距離からの砲撃に徹する事しかジョセフには出来ず、追撃で使用した弾薬と成果を比べると追撃しなかったよりはましだとしか言えない結果であった。


 本陣後方にあるライン砦まで後退して魔工師による修繕を受ける事になった。


 飛行能力に問題はなく、修理にも数時間かかるだけで優先的に行われる。


 複数の中・大の魔導船を修理して戦場に出すのなら損傷の少ない超大型艦を戦線に復帰させた方が効果的であるためだ。


 遺跡から発掘された戦闘艦である為に現代の技術力では修理できない物も多くある。


 結局の所、武術も技術もジョブによって左右され、神からの恩恵が少なくなったと言われている現代は鉄の時代に逆戻りしたとも言われているのだ。


 有効な魔道具は高値がつきそれが人を冒険者へと駆り立てているのだが、その行為が人口の抑制と技術の進化を妨げる行為になっていた。


 実際に神罰のある世界だが、神は殆んどの場合を除いて不干渉を貫いていた。


 多くの人に信仰されている主神オリエンタルも例外ではなかった。


 教国の言う亜人差別が妥当なものであれば真っ向から対立するランスカ王国が存在しているのが不思議であり、教国がオリエンタル神の意思に背いているのなら教国はなくなっていないと可笑しいのだ。


 自身の言葉を伝える神託の神官・巫女を通じて意思を示す事はあっても神罰を与えるのは希であるのだ。


 教皇が俗世の権力を握り、帝国の皇帝は教会の信仰心を利用した。


 過去、神の尖兵として戦陣を切り異教徒狩りを行った帝国。


 複数の神を信仰し、オリエンタル神も神の一柱でしかないと考える風潮が強い中でオリエンタル神を最高神であると言うのは人種の立場からのものだ。


 世界を創造した創造神であるというオリエンタル神が実際に世界を創造したのであれば、亜人もまたオリエンタル神の恩寵を受けた存在である筈なのだ。


 人は争いを止められない。


 それは神が人を完璧に作らなかったとも言えるが、数多(あまた)の戦場で多くの死を見てきたジョセフにとって死は身近なものであり、避けられないものだった。


 だが、今は多くの志を共にする戦友達が帝国兵と戦っているのだ。


 負傷者の救護などやることは幾らでもあったが、戦場に出れないというだけでこれだけ不安になるのは身分を超えた友を亡くして以来である。


 漠然とした不安を抱きつつジョセフは部下に休息を命じた。


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 開戦を告げる竜騎が王城に到着したのは開戦から数時間後の事だった。


 効率の問題から国内を一瞬で伝達する方法は確立されていない。


 通信用の魔道具はロスが大きく、国を跨いで通信できる魔道具の殆んどは遺跡からの発掘品であり、国家間の通信に用いられても国内で使用できるほど数が確保できていないのが現状であるからだった。


 しかし、王都はそれどころではなかった。王城の中庭に着地した竜騎は赤いゴドラム公爵軍の軍服を纏い伝令である事を示していた。


 王は展開した血統魔法によって疲労し、開封すると直ぐにミニスター卿に渡して判断させる事しかできなかったのだ。


 王は直前に敵の将であるライアスと謁見し負傷していたのだ。ただでさえ、王都が攻撃の対象になるのは異常事態だったのだ。


 それに国家指導者であるランスカ王が負傷したともなれば全軍に動揺が広がる事は避けられないことだった。


 近衛騎士は王を護れなかった事を不甲斐なく思ったが王に席を外せと命令されて断れる騎士はいないだろう。


 ゴドラム公爵軍の伝令は自分の仕事を終わらした事で安心するどころか、厄介事を背負わされてしまったのだ。


 本陣に合流するために離陸の準備をしていた所に宰相が来た時には竜が主人の危機を悟って威嚇するほどの有り様であったのだ。


 幸いなことに怪我を負わせることなく済んだがゴドラム公爵宛に書簡を預かり帰還する事になったのは不幸としか言い様がなかった。


 宰相はゴドラム公爵への伝令を見送り呟いた。


「王国の未来は御主にかかっている頼んだぞ」


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 ポートロイヤルの守備は綻びを作りながらも何とか決壊せずに済んでいた。低レベルの冒険者ほどレベルアップ酔いの兆候を見せ不調を訴えていた。


 クライン伯爵軍の援軍もあって街中のアントの討伐が終わりかけていたのだ。


 ポートロイヤルの住民にとってまだ安心できる状態ではないが、右往左往することしかできなかった若い世代に比べると老人達は機敏な動きは出来ない。


 だが、本当に動けない者を除いては領都へと移動する事を選んでいたためにこの場にはいない。


 流言がなくても生活する場である街が破壊されれば生活の術を失う者ほどポートロイヤルに残らざるおえなかったのだ。


 祖父の代から移住していれば他領に親戚が居る者もいるがクライン領に来た者の殆んどが元居た土地では生活が出来ずに望みをかけて定住した者ばかりなのだから街と共に滅ぶしかなかったとも言えた。


 避難を始める時点では領主軍は防衛に殆んど参加しておらず、命令を無視した一部の領兵のみが、参加していた状態で大暴走(スタンピード)を伝聞でしか知らなかった者に避難を選ぶ決断をしろという方が過酷な事だったのだ。


 トルウェイによってバルドが戦闘不能にされていなければ、アント達の脅威とゴブリン等の人型の魔物を同時に相手にしなくてはならなかったのだ。


 そこにカイトが撤退させたダールがポートロイヤルの襲撃に参加していればアンデットも相手にしなくてはならず、早々に陥落していただろう。


 余談ではあるがソラがクルト村に向けて出発しなければクルトはポートロイヤルの防衛に参加する様に運営は調整していた。


 AIであるとは言えゲーム世界に干渉する術を間接的にしか持たない運営が特定の大地人(NPC)をコントロールする事は難しく、人格を産み出す前に性質を決定することくらいが限度であり、完全には行動を決定する事は難しいのだ。


 大暴走が発生する兆候をエバンスを筆頭に冒険者達は薄々ではあるが気付いていたが、止めを刺したのは間違いなく大量発生した稀人(プレイヤー)の存在である。


 帝国の侵攻も軍事バランスが崩れる事を恐れた皇帝の決断によって強行されたのだ。言ってみれば稀人は擬似的なアンデットみたいなものなのだ。


 魔力という制約がなければ無尽蔵に復活し、時が経つ程に強大な力を得る。味方である内は頼もしいが敵になれば厄介でしかなく。


 稀人の蘇生を魔力の関係以外で断ったと神が感じれば、信仰している神からの加護を神官や巫女は失うのだ。


 一部の素質のある者にしか伝授されず、教会内での立場を守ってくれる加護を失えば教会関係者としての信用は失墜し、政敵には背教者のレッテルを張られる事に耐えられる者はいないのだ。


 帝国も水面下で稀人の囲い込みを行っていたが応じる者は少なく、窮地へと立たされていたのだ。


 日本人はある意味では排他的な民族であったが、宗教観は多様であり、熱心な信者は少ない。


 冒険者として根無し草である日本人プレイヤーを受け入れ発展の兆しを見せ始めていた。


 ソラもレベルアップ酔いと魔力酔いに苦しまされていた。ステータスは上がっていたが以前よりも身体が動かなかったのだ。


 疲労値も蓄積し、宿で休んでいても住民達を受け入れている冒険者ギルドで寝起きしている為に心は休まらない。


 ゴウキも帰還していなかった。そして、王級の討伐は未だに報告されていないのだ。


 稀人であるプレイヤーにはこの大暴走(スタンピード)で受けた被害がどこまで波及するかは未知数である事もどこか他人事になっているのだ。


 トッププレイヤー達の損耗率は初心者(ニュービー)に比べて高い。


 死に戻りが出来る為に無茶が可能でその分だけ危険に身を晒しているという感覚が薄いのだ。


 レベルが高いのは確かに色々な事を可能にする力を与えてくれるだろうが、あくまでも仮初めの力でしか無いことを理解しつつも誤魔化しながら陶酔するのが重度のネット依存者であるトッププレイヤーの実態であるのだ。


 帝国についた一部のプレイヤーも軍部に所属し、サブ職を銃士にし、ランスカ王国に侵攻に加わったが、矢面に立たされて甚大な被害を出していた。


 稀人であっても使えるものは使い倒す恨みを買うリスクも当然、存在するが、地位と金を与える事で懐柔する事は帝国にとって造作もないことだ。


 力が自分達に向く可能性は最初からあるのだ。野心は誰もがあり、何れは国を作ることも大地人からしてみれば容易に想像できる。


 プレイヤーはゲームが開始されてから一ヶ月弱、選択を迫られていた。

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