七十話
ダリル平原
ランスカ王国の存亡を懸けた戦いが今、始まろうとしていた。
ランスカ王国軍は総勢一万三千の兵力を集め、帝国が平原に集めた兵力は二万を少し越えるくらいである。
後詰の兵力が三万ある帝国にとってもランスカ王国は組み易し相手ではない。
制空権を確保するためにはゴドラム公爵家の竜騎隊を退けた上で魔導船を破壊しなくてはならないのだ。
帝国空軍も多くの魔導船を有していたが、超大型魔導船の使用許可が下りずに多くは中・小型の小回りは利くが攻撃力・防御力に不安を残す艦隊で艦隊戦を行わなくてはならない。
竜に対抗する為には竜を用いるか、上級魔法師数名と魔法師を護る前衛、もしくは大弩で対抗するのが一般的である。
帝国軍の竜騎隊は亜竜である為にゴドラム公爵家の竜騎隊には複数であたるのが妥当である。
臨時指揮権を得たマーチン大佐は後方支援だけの実績でその地位まで出世してきた軍人だった。
兵力で勝っていても指揮官が無能であれば勝てないのが戦争であり、失敗が少ない方が勝つのだ。
王国側はクライン家のアーノルド号を先頭に上空に陣を敷いた。
千人を収容することが出来る超大型艦は船員を中に収容すれば竜が待機することすら可能であり、小回りの利かないアーノルド号の護衛として数艦の戦艦が配置されていた。
それに続くのが王国空軍を始めとした魔導戦艦であり、主砲は一般的な魔砲の威力を遥かに凌ぎ、敵戦艦へと打撃を与えられる様に魔砲士を束ねる騎士が配置されていた。
地上の動きに干渉がし辛くなるが、クライン伯ジョセフの指揮下で既に魔砲に対して魔力の充電作業が終わっている。
後は後方に控えるゴドラム公ドームの指示で開戦の狼煙を上げるのがジョセフに与えられた役目である。
「辺境伯閣下。連絡係として配備されました。ガームでございます。後は公爵閣下ドーム様の指示を待つのみでありまする」
「分かっていても緊張するものだな。公爵閣下なら機会を逃すまい。その時まで暫し休まれよ」
ガームは公爵家家令序列二位、下手な騎士爵よりも配下の数は多く、家令とは言え昔には従軍した経験を持つ。
現役を退いてはいるが王国の危機に何か出来る事はないかと思い、連絡役に志願したのだ。
戦争は魔砲や魔導船の出現によって戦術が見直されたが数を多く用意できる歩兵が主体であることには変わらないが、本来であればガームは戦場に出れる様な身分ではないのだ。
王国は最前列に大盾を持つ盾士を並べ、剣士・槍士・弓士を万遍なく配置し、最後尾には魔砲士と魔法師・騎兵を配置していた。
一方の帝国は塹壕を掘り銃士に魔砲士部隊と編制はかなり偏っていた。
どちらの軍も遠距離攻撃で敵の兵力を削りながら突破口を作るのが戦いにおける定石と言えたが、帝国は接近されれば乱戦となり、如何にして敵を近付く前に減らすのかというのが戦術の要となっていた。
アーノルド号に乗る殆んどの兵は対人戦闘の経験はあるがそれは紛争レベルであり国家の存亡を懸けた戦いをしたことのあるのは退役した父・祖父の代である。
ジョセフですら帝国軍相手に敗北し、カイトに助けられなければこの場にいなかったぐらいなのだ。
近年の王国の大規模戦闘の経験は教国によって起こされた聖戦だけである。
緊張するなと言う方が無茶であり、緊張し過ぎなければ問題はない。そして待っていた合図がきたのだ。
火竜の咆哮が戦場で響き渡る。ゴドラム公爵の弟であるラドムの騎竜であり、騎竜部隊が動き始める合図である。
ジョセフは砲撃手に命じて敵の戦艦が密集した地点へと主砲を発射した。轟音と共に魔砲が発射された。
同系統に統一された魔法は威力を減衰させることなく敵艦隊に向けて一直線に飛翔した。
直撃した艦からは火の手が上がり始め、後方にいた艦も魔障壁を展開していなかった艦は早くも戦闘能力を低下させていた。
「舵、敵艦隊側面。他艦との距離感に気をつけながら前進」
艦隊戦では魔障壁を張るタイミングもまた肝要となる。
障壁は魔法を弾く代わりに魔法攻撃を仕掛ける事が出来なくなる。
多くの大砲を積んでいれば別だが、大砲は重量があり、大型船でも多くは積めないのだ。
攻撃力が増す代わりに戦闘可能時間が減り、特攻艦でもない限りは精霊石と魔石の出力を考えて行動しなくてはならないのだ。
快速艦であれば搭乗員である魔法師によって重力の軽減または推進力として魔法を使う事もあるが、魔法は使えば魔力を消費し回復には時間がかかる。
移動と攻撃どちらに重点を置くかではあるが、どちらにも利点と欠点はある。アーノルド号の砲撃によって王国艦隊は動き始めた。
帝国側も竜騎兵を出し、敵艦を沈めようとするが、高高度を取られランスカ王国の竜騎兵に翻弄されている。
竜と亜竜であれば当然、竜の方が強い。亜竜の殆んどは無属性のブレスを吐き、飛翔できる高度も竜よりも低いものなのだ。
小回りが利く為に魔導船の砲撃では撃墜しにくいというだけであり、それが竜同士であれば後は単純にどれだけ相手より高度をとり組織的に攻撃するかにかかっている。
「右舷より敵竜騎兵、接近」
帝国竜騎兵がアーノルド号に取り付く為に数騎で寄って来たが、王国竜騎兵は気付いていても援軍に駆け付ける余裕がない。
船窓から魔法師が攻撃魔法の詠唱しているが、帝国の竜騎兵がブレス攻撃をする方が速かった。
アーノルド号の装甲板は魔抗石を加工しており、魔法攻撃に対して耐性があったが数発もの攻撃を受けて弾け飛んだ。
「右舷、被弾。損害は軽微。被弾した装甲板は使用不可です」
ジョセフは部下の報告を聞きながら一度、後方に下がるかを迷った。アーノルド号は王国艦隊の旗艦ではない。
王より独自行動の自由も認められている。しかし、アーノルド号が後退すれば王国の士気は下がるだろう。
それほど強大であり、ジョセフの名前は王国中に武人として知られているのだ。
そして、損害が機関部であったのなら生きている部下を救う為に不時着を試みるだろう。
「戦闘は継続する。魔障壁の展開の確認を怠るな」
魔道具による魔障壁が展開できないとなれば、魔法師達が人力によって展開しなくてはならない。
それは、攻撃力が落ちる行為ではあるが魔導船が墜落すれば船員達は船と運命を共にしなくてはならず、沈められる訳にはいかない。
それは敵も同じであり、魔導船と言う巨大な構造物が落ちれば地上の部隊にも甚大な被害を与える事になるだろう。
一方、地上部隊で騎兵を指揮するのはナターシャである。彼女はライン砦で待機を命じられた後、オムネ将軍に直訴をした。
部下は未だ囚われたままなのだ。コロナド砦が敵に落ちたと判断されたが、奪還作戦が立案される事はなかった。
王国の存亡が懸かる戦いを避ける事は最早、不可能である。ならば国の方針としてコロナド砦に固執することなく国全体を守護しなくてはならないのだ。
大の為に小を切り捨てなくてはならない。それは辛い決断ではあるが誰かがやらなくてはならない事なのだ。
騎兵を突撃させるのは、前線に突破口を作った後であり、その為には空で行われている戦いに勝利しなくてはならない。
そうでなければ、幾ら敵陣を崩壊させ敵指令部に迫っても上空から一方的に攻撃されては堪ったものではない。
歩兵同士の激突は轟音と共に多くの血を大地に流していた。北方将軍オムネが指揮を執り、膠着状態になった。
「前面に兵を動かして面を厚くしろ。本隊の護衛は最小限で良い。半包囲し、時間を稼げ」
王国兵の殆んどは隊長格を除けば上級職に就く者は殆んどおらず、冒険者で言う所のBランク相当が限界である。
領主軍兵士であれば巡回で領内の魔物と戦う事もあるが、騎士は警察権を領主や国王から委任されているために対人経験はあっても対魔経験が全くないという者も多い。
人種や亜人種からしてみれば魔物は強靭な肉体を持つ為に決して侮れない敵であり、そんな魔物と日々戦い、生活の糧を得ている高位冒険者が戦争に参戦できないのはもったいないと感じる。
しかし、冒険者規約で禁止された行為であり、それが人類の最高峰の戦力と言えるSランク冒険者でも処罰の対象となるのだ。
しかし、冒険者にも愛国心もあれば護りたい家族や仲間がいるだろう。その為に契約で縛れない義勇兵のみを許可したのだ。
高位冒険者のギルド脱退は冒険者ギルドの立場を危うくする。
冒険者は立場に縛られなければ無法者とあまり変わらずしかも力を持った無法者は山賊や海賊より質が悪い。
専属冒険者による抑止力が無くなれば被害を受けるのは力を持たない農民や商人なのだ。
それは冒険者ギルド創立の理念に反する行為であり、形骸化している事もあるが一番に守らなくてはならない事なのだ。
ドームの判断は適切だった。空を翔ぶ艦隊に戦力の殆んどを王国は集中していた。
アーノルド号だけでも千を収容出来るだけの大きさがあり、古代遺跡から発掘された物で見た目も巨大だが、今は使い手が少なくなっている空間魔法を固定化する事によって中は外見よりも広くなっている。
小型魔導船であれば二十から五十、中型であれば百から三百、大型に至っては五百人以上の船員を乗せる事は出来るが、その分だけ建造費は莫大なものとなり、維持費でも大金貨が必要となる代物だ。
その分、戦場では獅子奮迅の働きをするのだから、軍備として最新型を保持する事が戦略的な意味を持つのだ。
制空権を抑えれば地上戦で劣勢になっていても逆転が可能であり、王国はそれまで耐えれば次の戦の準備が整うまでは猶予が与えられる事になった。
その時になって竜国に旧き契約に基づいて援軍の要請を出した意味が出てくるのだ。
人種の国家であり親ランスカ王国派が多い大和国も距離はあるが、情勢によっては援軍を出してくれる可能性はある。朝廷と幕府。
権力争いをしている事には変わりはないが、大名であるタチバナ家の次期当主になる事が確実視されているクロウがランスカ王国に居た。
タチバナ家は掟で国内を修行した後に一定期間は海外で修行しなくてはならず、魔物の危険はあるものの政治的野心の少ないランスカ王国に留学するのが当主になる者の務めであるとされている。
滅多に使用することはないが、家紋を見せればランスカ王国貴族に準じた扱いをしなくてはならず。
距離の問題で貿易の量は少ないが両国間で交易を行っており関係は良好なのだ。
タチバナ家だけでも参戦してくれれば有難いが、タチバナ家は将軍を輩出する大和国の御三家の一つであり、冒険者としての振る舞いしか他人には見せないが、良家の子息であることには間違いないのだ。
そんなクロウが交流のあるエレメンタルブレイブのアルトに国を護るのに協力して欲しいと言われて断る事が可能だろうか。
剣の道を極めようとする者として一種の完成形に近いアルトの鍛練の努力を尊敬しているクロウである。
もし、王国貴族としては最下位の騎士爵であるカイトに頼まれたら王国全土は無理でもクライン領もしくはアーウィン領の防衛に助力することくらいはするだろう。
戦闘が始まって三十分。前線の歩兵のぶつかり合いは泥沼化しており、墜落した亜竜・竜によって即死した者も多い。
奇跡的に墜落した魔導船から生き残った兵士も戦場で孤立する事になり、敵陣の奥深くに落ち生き延びた幸運の持ち主以外は捕虜になる道もなく、敵兵に討ち取られていった。
帝国側の騎竜隊は亜竜であった為に戦線を離脱する者が増えてきた。
竜は飛行するために羽以外でも浮力を得る為に魔力を消費しており、ブレスを吐いたり急制動を行えば魔力消費は大きくなり、本陣や魔導船で休ませる必要が出てくる。
一方、属性竜であるゴドラム公爵軍の竜騎兵は追撃を行っており隊行動で魔導船を沈める余裕ができ始めていた。
無論、王国側の竜騎兵も損害がない訳ではない。帝国側も王国の竜騎兵に対しての戦術シュミレーションを行っており、時折手に入る竜人の奴隷を使って戦闘訓練を積んできたのだ。
竜の契約は双方契約であり、竜から一方に解約される事はない。
そんな事になれば契約者自身は生きてはいないし、実力に差があり過ぎる場合、竜は本能で契約する事を拒むからだ。
契約した竜人の一族に庇護を与える竜もいるが、最低でも成竜であり年齢的には古竜と言われるくらいになって初めて行う。
それが原始龍であった場合には同じ属性の竜もしくは著しく力が離れている竜を本能的に従える能力を持つ。
はぐれの原始龍はこの世界に存在しているとも言われているが人の領域に踏み込んだ場合には大暴走を越える天災として扱われる。
そのためトルウェイと愛龍ニール、竜王カグラとその愛龍はこの世界の竜を統べる存在であるとも言える。
帝国は特殊な魔道具によって亜竜を支配しているがそうで無かったのなら基本的には幾ら数が居ても属性竜の成竜に向かって戦いを挑む事を本能的に拒否するために戦闘行為自体が不可能である。
しかし、劣勢となった帝国軍は兵を引く事はなかった。
指揮官であるマーチン大佐は、大軍を以て敵国を討ち滅ぼすことしか知らず兵力は損害を受けた今であっても帝国軍の根幹は揺るがない。
士気の崩壊は軍の壊滅に繋がるが帝国軍は督戦隊を使い何とか保っているだけだ。
兵達も殺されるぐらいなら敵を殺した方が良いと思っているが、それにも限界はある。
兵の混乱は指揮官を殺してでも逃亡する一歩手前まで来ていた。
帝国軍の強さは身をもって知っていたが、それは弱者が嘆いても今更どうしようも出来ない事である。
死地で生き残る事は困難を極めるが、それでも生を諦める事が出来ないのが人間と言うものである。
オムネ将軍は味方の士気を上げる為に通常の大砲部隊。魔砲部隊を前衛の後ろへと移動させ、発射命令を下した。
「大砲・魔砲部隊。一斉射撃開始」
帝国軍の大砲部隊の射程ギリギリを見極めており、大砲・魔砲部隊に損害が出ないものと思っていた為に大砲部隊に砲弾が直撃した際にはオムネは驚愕した。
ライアスの足を引っ張る為に用意された武器は銃だけでは無かったのだ。
砲身が割れ自軍にも被害を出したが確かに王国軍にも一矢報いていた。逃亡した帝国軍兵士にも甚大な被害を出しつつ帝国軍は自軍の部隊を再編制したのだ。
王国での一般兵の殆んどは税を免除される代わりに徴集された農民だった。
農民に被害が出れば必然的に翌年の収穫量に影響が出るために王国は一般兵を使い捨てにする用兵はし辛くなるのだが、流石は大陸の覇権を手中に収めようとしていた帝国というところだろうか。
臨時指揮官となったマーチン大佐は上から命令するだけでありそれは戦術に適ったものでは無かったが貴族のボンボンにつけられる副官は優秀な帝国軍人なのだ。
功績こそ指揮官のものとなるが、貴族の子弟にとって階級はステータスであり、金なら腐るほど持っているのだ。
それならば平民の副官には金を与えて地位を買い取った方が安全であり、表向きは禁止されているが大した罰則もなく横行しているのだ。
将として兵を物として見る事も確かに必要な事であるが、それは将に人望があった場合である事を失念してはならない。
王国側も乱戦となっていれば捕虜を捕る暇は無いが落ち着けば金を得る為に積極的に捕らえていく。
それが騎士や兵の臨時収入となるのだから戦争には利を国王はある程度は認めている。
そこで帝国兵は決断を迫られる事になる。このまま指揮官の下で戦う道。
戦場から逃亡し、流民となる道。そして、王国軍に投降し戦争奴隷になる道である。
優秀な指揮官が指揮しているのならそれを為す必要はなかったかも知れない。
帝国とランスカ王国の国力を考えればランスカ王国が最終的に戦争に勝利することは難しく良くて条件付きの停戦である。
逃亡は帝国軍では銃殺刑になる重罪であり貴族でもない限りは、軍事法廷が開かれること無く殺されるだろう。
そして一番、現実的なのは投降だったが、王国としても捕虜を無碍に扱う事はしたくはないが、穀物の生産量は決まっており、自国民だけで精一杯である。
奴隷として戦う事を強制された亜人であれば国に送る事を惜しまなかっただろうが帝国軍人の殆んどは人種であり、無抵抗の敵兵であっても国民と同等の待遇を与える事は不可能であった。
戦争奴隷は国営の奴隷商を通して国内に流通するが、そもそもランスカ王国は奴隷制度に対して否定的である。
初代国王アレキサンダーも奴隷は忌むべき存在であると遺したが、必要悪でもある為に奴隷を主が酷使できない様に努めるだけであり、制度自体を禁止することは無かった。
他の技能があれば農奴として流用される事もあったが、認識的には雇用費の安い従業員と言った印象である。
所有する事が商人のステータスにはなっていたが、高額な事もあって所有できる人は裕福な家庭に限られているのだ。
後退していく帝国軍をオムネはただ見送るしかなかった。




