六十六話
オノゴロは部下である傭兵を抑えるのに苦労していた。略奪を早々に切り上げた事で今回の実入りはあまり良くない。
戦闘をしたことで負傷した者もいるが戦況を見極め、生き残ってきた傭兵団の求心力はオノゴロにあった。金を貰って人を殺す傭兵は蔑視されている。
冒険者は依頼人や仲間を護る為に殺める事はあっても金の為に殺す事は先ずない。
犯罪者として街中で生活できなくなるのは余りある程のデメリットであり、冒険者であればその日、暮らしで生活に余裕が無くても生きて行くこと自体は可能だ。
宿や武器の購入であればギルド公認店であれば格安で利用できる。
国としても犯罪者として治安を乱すくらいなら安くても手に職をつけて貰った方が面倒がなくて済む。
傭兵は確かにリスクの高い仕事ではあるが、その分、報酬もよい。
戦場でしばし捨て駒として扱われる事もあるが、それは両陣営の力関係を正確に見極め指揮官の性格を把握していれば避けられる事である。
戦場で情報収集を怠る様な間抜けが生き残れるほど傭兵は甘い世界ではない。
旗色を見て戦場から離脱するのも生き残る為に必要な事である。
確かに依頼主を裏切れば仕事は減るだろう。だが死んだ傭兵と泥水を啜ってでも生き残る傭兵では後者の方が優秀な傭兵であると言える。
黒鷹傭兵団は数多くの戦場で戦い抜き時に仲間を失う事はあっても未だに傭兵稼業を続けている事が出来るのはオノゴロがいるからである。
戦場で培った剣は騎士の剣の様に綺麗なものではないが、実戦で磨かれてきた牙である。
必要があれば依頼主にも容赦なく襲いかかるが、戦場では生き残る事が大事であって今回、躊躇することなく撤退を選んだオノゴロは間違ってはいなかった。
ゴドラム公爵軍の竜騎兵と言えば敵に回してはいけない敵のひとつだ。空中にいる敵に対して有効打を与えられる手段は限られており、上級魔法師を抱えている傭兵団は少ない。
上級魔法師になる実力があるのなら国に仕官した方が安全で安定した生活を送る事が出来る。
上級剣士ですら名の知られている傭兵団に数人いれば良い方で中級魔法師がいれば恩の字だろう。
遠距離攻撃のメインになるのは弓士だが、目に当てない限りは竜に傷を与える事は困難で大抵は矢が届く前に回避されるかブレスで焼き払われる。
実際に調子に乗って略奪を行っていた傭兵団の多くは壊滅し、ライアスの作戦通りに甚大な被害を受けた。
今こうして話していられるのもオノゴロの機転があったからで、団員たちもそれは理解していたが赤毛の若い剣士の格好をしたリズは納得できていないようだった。
「だんちょお~。とっておきの戦場を用意してくれるって言ったのに酷いですよ。約束は守って下さい」
燃える様な赤い髪に獲物を見つけたから逃さない鋭利な目。
見た目はおっかないが美人である事は間違いなく、傭兵団の二世代目であり、戦場が日常であり、その過酷さを身をもって知っている歴戦の傭兵だった。
「ああ。分かってるさ。帝国には殺されそうになった。ランスカ王国は帝国に勝つ事は現状では難しいだろうが、報酬次第で味方するのが傭兵だ。傭兵には傭兵の戦い方がある事を教えてやろう」
小型とはいえ魔導船を保有している傭兵団は少ない。ランスカ王国であれば魔導船の運用は王家が専有しており、貴族には貸与という形をとっている。
帝国でも同様でほとんどの魔導船は軍の所有物であり、個人が自由に使用できるものではないのだ。傭兵団の団旗を堂々と掲げ、王都を目指す。
竜騎兵であれば追い付く事は可能だが、ランスカ王国では竜騎兵は希少であり、話の分かる貴族さえいれば義勇兵として参加する事も可能だろう。
オノゴロの目は遠い未来を見ている様であり、ランスカ王国は貴重な情報を得ることとなった。
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「戦況は」
クライン伯ジョセフは独立遊撃隊としての任を拝命し、気分は高揚していた。
その昔、ジョセフが殿を務め窮地に陥った際に二本の剣を巧みに使って救ってくれたカイトは傍にいない。
ジョセフが帝国との最前線に来られたのも臣下を信用していると言う事もあったがカイトとトルウェイが居たからである。
元王国筆頭魔法師の名は伊達ではなく、トルウェイの操る魔法は敵を絡めとる。
本来であれば、魔法師よりも騎士よりであったが森魔法は特殊であり、前衛も出来るトルウェイに東部を任せる事で戦場で効率良く運用するために就任することになったのだ。
剣聖は言うまでもない当代では比類なき剣士であり、剣士の頂点である存在だ。剣は騎士であれば必ず幼い頃より鍛練する。
騎乗や貴人に対する礼儀作法も必要ではあるが騎士には先ず強さが求められるのだ。
王家に任された土地は開墾が困難ではあるが面積だけは広かった。
ジョセフが伯爵になるまではクライン家も決して裕福とは言えなかったが、今ではある程度は余裕を持った領地経営が出来ていた。
それは弟であるシャルルの力も大きいだろう。線が細く武人としては大成しないだろうが、シャルルにはそれを補うだけの頭脳があった。
兄を支える事をシャルルは伯爵家に生まれて来た者の義務だと考えているようだったが、臣籍に下らずに本家の一員である事はジョセフがシャルルを頼りにしているからであった。
「帝国軍は布陣した位置から動く気配はなさそうです。また、領地の大暴走対策もシャルル様の指揮の下で解決策を模索しております」
ジョセフとしては情報を得る為にゴドラム公に謁見する事も視野に入れていた。
詳細な情報が無くては作戦行動に移る事は難しく、先に戦場に着いたゴドラム公であればジョセフよりは情報を持っていると考えたからだ。
竜騎兵によって広範囲を索敵できるのは大きな強みである。アーノルド号は巨大故に戦場では味方の士気をあげる要因となるが、偵察には向かない。
小型・中型魔導船もクライン家は保有していたが、機動性という点において竜騎兵に劣るのだ。
ここで帝国軍の進軍を止めておかなくては、ランスカ王国は国としての体裁が保てなくなるほど衰退するだろう。
それ以上に民を大切にするジョセフは民が傷付き死する事を容認できるほど敵には寛容ではない。民を思う気持ちが攻撃を熾烈にさせ、戦闘が始まるまではその怒りを心の内に秘めているのだ。
ゴドラム公に出した伝令が返事を携えてジョセフの下へと駆けつける。
「閣下。ゴドラム公ドーム様が面会を許可して下さいました。つきましては御足労ではありますが、天幕までの移動をお願い致します」
「分かった。暫し待て」
深い親交があるとは言え相手は四大公爵の一人である。
戦時である為に華美な装飾は不要だが、それでも目上の者に対して礼儀を尽くさなくて良い理由にはならない。
王国軍事顧問の正装へと着替え、ジョセフはドームの天幕へと移動した。
「公爵閣下。謁見を許可して戴き有り難く存じます」
「良い。護国の英雄に頼まれては断れぬ。ここには誰も居らぬ。畏まった礼は不要だ」
ドームとジョセフは十五歳以上離れている。ドームが初陣の際にお目付け役を陛下から受けたのがジョセフであり、爵位の差はあるが師弟関係にも似た関係を二人は築いていた。
目下の伯爵とは言えジョセフが継いだクライン家は魔物の脅威が未だ強く残る地域であり、ジョセフは成人してから直ぐに領主軍の一部を率いて魔物を討伐している。
国境沿いの紛争にも数度参加していた。高貴なる者の義務として率先的に領内の脅威を排除するのが領主の務めであり、それは王都周辺に領地を持つゴドラム家も変わりはなかった。
戦場で命を救われた恩は爵位を問わず尊いものだ。だからこそジョセフは殆んど面識の無かったカイトの後見役を務め、寄り親となっているのだ。
「クライン伯。これが我が竜騎隊が偵察した結果だ。帝国軍は布陣してからあそこを殆んど動いていない。此方から攻めるのを待っているかの様で不可解だ」
ランスカ王国が、ダリル平原に到着したのは、帝国軍よりも後の事である。
ランスカ王国は紅騎士団の報告によりコロナド砦が失陥した可能性を考え迂回してこの地までやってきた。
マージ五千人長の判断は間違っておらず、ナターシャが出した使者は捕虜の身となったと考えるのが妥当だと判断された。
王都まではまだ幾つかの砦はあるが、コロナド砦や城塞都市アンデスの様に強固な防御力を持つ砦ではない。
収容人数は三千人が限度であり、多くの敵に囲まれてしまえば多少の損害を与える事は出来ても必ず敵の手に落ちることになるのは明白だった。
ランスカ王国はコロナド砦の防衛能力を過信していたとも言える。
建国以来、帝国の攻撃を阻み続けて来たのだ。守将も経験豊かな指揮官に任せていたために防衛が困難になっても北部の貴族の援軍が駆けつけるまで持ち堪えると盲信していたと言える。
確かにゴドラム公爵家が誇る竜騎隊で一日も掛からない場所にコロナド砦はあった。
国境線には分散されながらも幾つかの砦が設けられており、大軍が動く際にはコロナド砦の傍を移動せざるおえない。
紛争レベルの百~千人くらいの軍であれば、コロナド砦に辿り着く前に帝国領へと撤退せざるおえない状況にするのは今まででは不可能では無かった。
「こうなると王都の護りが心配です。王国近衛騎士は騎士を名乗っていても賊の討伐くらいしか経験の無い者も多い。我がクライン領主軍とゴドラム領主軍が防衛にここに派遣されている以上は王都を攻められれば永くは持ちますまい」
「そうだ。だから寄り子であるフォーレン子爵家へ王都防衛を要請した。当主は竜国へ赴いているとは言え遊ばせておける竜騎兵はない。数が少ないとは言え竜騎は一騎当千の猛者。先代のトルウェイが引退したとはいえ、リムも今年で十八歳になる。備えとしては十分な戦働きが出来るだろう」
ゴドラム公爵家とフォーレン子爵家の厄介なところが血筋である。
竜王の血を引く当主は継承順位を持つため竜王になる資格がある。フォーレン子爵家はゴドラム公爵家の傍流にあたる為に本来であればスペアのスペア扱いされる。
ところが、竜王は力こそが正義であり、正しく原始龍人の血を引き攻撃力に劣るとはいえ癒しと成長の力を司る森龍人であるトルウェイの方が竜国での継承順位がドームよりも高いのである。
ランスカ王国の元貴族でなければ継承権第一位でも可笑しくはないが、あくまでも両者はランスカ王国で生活しているためにドームの方が偉いと言うことになる。
面倒事を避けて来たトルウェイが進んで竜王になるとは思えないが、継承権とは本人がどの様に考えていても否応なしについて回るものである。
竜国との関係の悪化を望んでいない王家からしてみれば藪を突いて蛇をわざわざ出す必要はない。
帝国が本格的な侵攻をしてこなかったのもランスカ王国と竜国が友好関係にあり、二カ国相手に戦争をするのを避けて来たからである。
帝国皇帝がその禁を破って侵略戦争を仕掛けたのもライアスの作戦提案書が良く出来ており、またライアスに実績があったためだ。
実際に自軍の損害を軽微で済ませ、戦術的に価値の高いコロナド砦を占領している。
ライアスはあくまでも保身の為に行っているに過ぎないが真剣であり、失敗すれば破滅である為にランスカ王国に対して容赦はしないだろう。
狙撃兵と観測手であるマルタとクードを敵前逃亡させているがそれは軍上層部の失態であってライアス個人の失策ではないのだ。
マルタの覚悟を知っていればライアスも督戦隊の指揮官を誤魔化し、作戦の邪魔である為にランスカ王国の兵士に殺されたことにするぐらいの事は出来た筈だが、それは後の祭りである。
後手を取っているとジョセフは感じながらもドームに進言する事は叶わなかった。
軍の上層部を今、批判しても意味のない事で独自行動を認められているのだから。
ジョセフは自身の持つ戦力で対処が可能なのかを情報を集め分析するだけである。最終的にはクライン領主軍が壊滅的な損害を受けても王国が占領されなければ良いのだ。
場合によっては法衣貴族から批判を受け貴族派の貴族から権限を奪われそうになるだろうが、功と減殺する形をとれば面目だけは守れるだろう。
だが、今回の戦争に出兵した兵士の家族からは恨まれるだろう。
領民は貴族の所有物と断言してしまえばそこまでたが、奴隷でもない領民は領主である貴族が保護するべきだと考えるジョセフには辛い事だ。
大貴族でありながら割りきれない自分を愚かであるとはジョセフは思わない。生まれが貴族であっても愚者はいるし、平民であっても賢者はいる。
才能を活かせていないと言う点では平民に同情するが、クライン領は平民であっても己の才覚次第では、平民の中ではあるが裕福な暮らしは可能なのだから十分であるとも考えていた。
情報は流動的であり、領地で発生した大暴走の事も気掛かりではあるが、意識の外へ追いやって目の前の戦に集中することにした。
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「お前に良いことを教えてやろう」
尋問官である帝国士官から聞かされたのは、クラウド侯爵領の領都グラムが帝国軍の手によって陥落した事であって、捕虜とされた伝令の男からしてみれば最悪の事態であった。
北方騎士団に所属しているのであればその重要性を理解できない訳がない。
ここコロナド砦から後方支援の拠点として利用されているライン砦を迂回しての作戦であり、ライン砦に駐屯している荒鷲騎士団が帝国の動きを察知できていないことを示しているからだ。
帝国の魔導船は技術大国であるミネルバよりは劣る物ではあるが、莫大な資金を投じて建造された造船所は最新の兵器を産み出しているのだ。
魔導技術の多くは魔工師ギルドによって独占状態となっており、魔導船の技術で劣れば制空権は把握された様なものだ。
少数の竜騎兵では制空権の確保には限界があり、竜のブレスより魔導船に積載された魔砲の方が射程距離は長い事が多いためだ。
魔導船だけが最新で魔砲の性能がおざなりになっている事は考え辛く、竜母艦であっても最低限の武装をしているのが常識であるからだ。
口の中の血を吐きながら男はこう言った。
「そこまでの戦力があるのであれば、私の情報など必要ないだろう。私とて貴族の端くれだ。国を裏切るくらいであれば自害する覚悟はある」
長く続いた拷問が男の精神力を消耗させていた事もあったが、目の前で何人もの兵士が悪戯に殺され、今後の生活が困難になる様な重度の障害を負わされた。
貴族である為に魔・気封じをされていたが、口を割らせる為に拷問しているのであって喋れないと意味が無いために猿ぐつわがされていなかった。
舌を噛みきって自害することは勇気のいる行動であり、草でもない男は毒薬を歯に仕込んでいることも無かった為に他に方法が無かったのだ。
口の中は既に鉄の味がしていた為にそこまで大きな味覚の変化を感じなかったが、舌の半ばまで噛みちぎり、男は痛みのあまりに意識を手離した。
尋問官である士官は嗜虐性の強い性格をしてはいたが、軍の尋問官として専門の技術を持った技官である。
しかし、手加減を間違える事は起こりうる事であり、平民の兵士を殺害するのと貴族の騎士を殺害するのでは意味が異なる。
原則的に捕虜をとらないことにしている今回の戦争が例外であり、捕虜交換や身代金の支払いによって解放することはこの世界では普通に行われている行為だ。
様は地位のある人間は相応の対応が必要であり、慣習を守る事で自分が捕虜となった際に身を守る術としてきたのだ。
各国家は比較的に兵士や騎士に対して温情的な措置を取るが、それは基本的に同種族に対してのみである。
他種族に対しての差別は根が深く、ランスカ王国の様に人種と亜人種が共存している国家の方が少なく捕虜となった他種族は戦奴隷として消耗品の様に扱われ一部の例外を除いては生存が絶望的になるのだ。
敵の敵は味方は同種族のみに適応されることであり、思想的に対立している教国と共和国が手を取り合う事はあり得ないし、共和国と帝国が手を取り合う事もまた難しいだろう。
尋問官の男は口を無理矢理開けさせた上で回復薬を流し込む。医官が来るまでの緊急措置であり、薬師も軍にいる。
医官の多くは教国で知識を身に付けており幾ら魔法に対して強いアレルギー反応を見せる帝国であっても治癒魔法の有用性までは否定していないのだ。
尋問官からしてみれば自ら死を選ぶその行為は良く分からなかった。確かに死ぬと思う程の拷問を行う事で多くの情報を引き出して来たが、この男に対して行った拷問はまだ軽いものだ。
肉体的にというよりは精神的に追い詰めたに過ぎなかったが、捕虜の誓いを行い、従順であればここまでする必要もなかった。
意識的に捕虜の誓いをさせない様に誘導したとはいえ、この男に情報を吐かせるには薬物を使用した方が楽そうだった。
ここには既に本隊はおらず必要最低限の戦力しか置いていない。
作戦実行部隊以外の多くの戦力はランスカ王国の油断を誘う為に帝国の南部に集まっており、五万の戦力も戦闘部隊だけをみればその三割から四割くらいしか存在していない。
軍を動かすという事はそれほど大変であり帝国がランスカ王国を本気で侵略しようとしている証左であった。
ランスカ王国は知らない事だが、作戦は順調に行っている。
重要な証言がとれればそれだけ昇進が近いということである尋問官の男は、これから始まる虐殺に思いを馳せ嗜虐的な笑みを浮かべたのであった。
PV約25,000 ポイント約140 ありがとうございます┏○ペコッ 2021年8月21日18:00 時点
まだまだストックはありますが、諸事情によって執筆ができていないために連載が滞る可能性があります。別作品の更新の兼ね合いもありますが、暖かく見守って頂けると幸いです。
( ´・∀・` )




