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六十五話

 領主軍の代表として指揮を執っていたゴトフリーに急報がもたらされたのはギルドが襲撃されてから二十分後の事だった。


 水晶によってステータスを確認することは領主やギルドマスターの権限の一つだったが、クライン領では非常事態宣言がなされており、クライン伯ジョセフの名代として派遣されたゴトフリーもステータスの閲覧権限を持っていた。


 そして領主軍幹部であり、上級騎士であるゴトフリーには裁判なしでの断罪も認められている。


 裁判権はあくまでも自領民だけにあり、良識ある領主は裁判なしに断罪することはあり得ないが、現行犯の犯罪者の場合、騎士の判断により斬首される事は良くあることだ。


 ギルドで冒険者が襲撃され、襲われた冒険者は戦闘が得意でないとはいえ腐ってもBランクである。


 クライン伯領の新米騎士がCランク相当の実力であることを考えれば襲撃者はAランク相当の凄腕であるとされており、領主軍にも警戒を促す為に情報が伝達されたのであった。


「巡回している兵には、領民の保護を最優先させよ」


 上がってくる報告では、街中には食い散らかされた領民の遺体が散見され、各門にもアント達が押し寄せている。


 魔物は人を襲うものだが、厄介なのは人肉を知ってしまった魔物だ。大なり小なり人は魔力を有している。他の動植物よりも魔力所持量は多い。


 冒険者ギルドが認定している脅威ランクはそれだけ人類にとって有害であり、貴重な魔道具の動力源になることを示しているのだ。


 冒険者はボブゴブリンと戦えて一人前という言葉があるが、ボブゴブリンは決して強い魔物ではなく、単純に対魔・対人の経験を積むのに適しているというだけなのだ。


 それでも数の暴力によって村が甚大な被害を受ける事もあるために常に討伐依頼は出されており、野生種であってもクライン領に出る魔物は魔境が近いからか、他地方の魔物より強い事が多い。


 その分、危険は高くなるが平均的なレベルも相対的に高くなるためにクライン領で生まれ育った冒険者はランスカ王国各地で活躍している。


 本来であれば、エレメンタルブレイブ程の実力があれば迷宮都市で活動した方が金になるが、冒険者はAランクになれば金に不自由しない。


 貴族である領主も領主軍とは別に戦力があることは良い事なので優遇している。クライン領など魔物の脅威に晒される土地にエレメンタルブレイブがいる事は不幸中の幸いとも言えることなのだ。


 部下に命令を出しながら門を死守する事が最優先されるとゴトフリーは考えていた。


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 先行していたミーシャとレイはラビットを倒しながら奥地へと進んでいた。二人で大暴走(スタンピード)中に行動する事は本来であれば自殺行為であったがAランク冒険者の名は伊達ではなかった。


 スモールラビット・ミディアムラビットは短剣で殺し、ラージラビットには魔法で止めを刺していたがまだ魔力には余裕があり、上級MPポーションも数個ではあるが持って来ている。


 王級であれば中級魔法では耐えられる可能性があった為に上級魔法を撃つ準備だけはしていた。


 二人で放った上級魔法は東門に押し寄せる魔物を倒すのには十分な威力を持っていたが流石に全ての魔物を倒すほどではなかった。


 ミーシャとレイは自分達であればラビット系の王級であれば倒せると考えていた。


 最弱とも言えるラビット系の王級であれば龍の眷族である属性竜を倒したことのある自分達なら問題がないと考えていたのだ。


 冒険者ギルドが定める脅威度はコモン級を基準としており当然、等級が上がる程に厄介な存在だがラビット系は毒も持たなければ魔法を使うこともない。


 ゴブリンを代表とする人型であれば、魔法を使用してくることも視野に入れる必要があったがラビットでは警戒する必要はあるがそれほど神経質になるのは馬鹿馬鹿しいことだ。


 高価な魔導船を動かそうとしてくれたゴトフリーには感謝するが戦いにおいて足手まといを連れて行けば自分達の命を守ることすら難しくなる。


 基本的に騎士や兵士の相手は人型であり、戦闘力が高い者もいるが、冒険者ほど汎用性はない。


 高位の冒険者であれば住民から尊敬されるが低位の冒険者の多くはゴロツキと変わらず、街中で積極的に住民の依頼をこなす冒険者でもない限りは厄介者扱いされるのだ。


 模範的な者が多いクライン伯領主軍ではそうではないがどこにでも不正を行う者はいる。


 冒険者と治安維持組織である領主軍は基本的に仲が悪いもので両者に真の信頼関係が構築されることは殆んどない。


 ラビット系にアント系、そしてゴブリンと低級ではあるが数が厄介な魔物を倒して進む二人。魔闘術でも魔力を消費しており、二人は気闘術には慣れていない。


 それでも覚えたてのCランク冒険者よりは遥かに高水準で使用することが出来るが、アルトの様に武術にも魔法にも精通している冒険者はそう多くなく、精霊使いであるアルトは例外である。


 二人は魔物から魔石を抜き取る手間すらも惜しんで奥へと進んで行く。冒険者にとって魔石は魔物の素材と同じく主収入源の一つだ。


 高ランクになるほどにゴブリンなどの魔物を狩る機会は減るが、それは低位の冒険者の仕事を奪わない為であり、倒した魔物の権利を放棄することとは同義ではなかった。


 魔石を抜き取れば厄介なアンデットになる事はない。同様に魂石を抜けばアンデットになる可能性は限りなく低くなるが、障気の強い場所では障気が結晶化することで魔石となり遺体がアンデット化すると考えられていた為にこの世界で火葬が一般的である。


 ポートロイヤルに拠点を置きこの森での探索にも慣れているが強者だったとしても少しの油断が死を招くのがこの世界のルールである。


 身体強化をしていたり、レベルが上がれば体が頑丈にはなるが、目や心臓が急所であることには変わりはないからだ。


 二人は上級魔法を放った疲労を休息を取ることで回復させたが、魔力が満タンになった訳ではない。上級魔法師でも一日に何回も撃てないのが、上級魔法であり、魔力がない魔法師は無力である。


 二人は魔銀(ミスリル)の短剣を使用しているが、これは王立魔法学園を優秀な成績で卒業した者に与えられる物でありAランク冒険者であったとしてもコネがなければミスリル鉱石を取得する事は困難で更にミスリルを鍛えられる名工は限られている。


 鉄以外の武器を鍛えるのは長い修行が必要であり、その鉄の武器ですら鍛造ではなく鋳造だったりするが長期間の使用を想定している鍛造は基本的に高価なので手が出ない者も多い。


 武器の携帯が必須な世の中で泣く泣く鋳造を使っている者は珍しい事ではない。タイラーが鍛えた鉄の短剣の相場は三千コルから一万コルであり武器のプラス性能によって多少の幅はあるがこれが鋳造の場合では半値くらいの価格になるのが一般的であった。


 魔物の素材を利用した武器は銀貨からで高い物だと白金貨が必要になるくらいで武器の素材の値段もそうだが鍛冶師に支払う対価もそれ相応のものになる。


 冒険者の中で魔金属の武器を使用してこそ一流と言われる所以であり、ミーシャとレイは言われるまでもなく一流の冒険者であった。


 二人は感覚的ではあるが、周囲の魔物が強くなってきている事を感じとっていた。人型の魔物の場合の方が顕著に表れるが群を率いるのは当然その集団で一番強い個体である。


 名付き魔物(ネームド・モンスター)を除けば魔物の集団は同一種で構成されているのが一般的なので目標(ターゲット)に近付いてきている証拠であった。


 魔闘術を使用すると魔力は消費されるが、熟練した使い手にもなると効率化され消費は少なくなる。


 魔力と気力、相反する力である為に片方を極めるだけでも困難であり、砲台型魔法師である二人にとってはあくまでも敵に接近された際の対抗手段でしかない。


 盾使いでありエレメンタルブレイブのリーダーであるゴードンとサブリーダーであるアルトが前衛を務め、魔法師であるミーシャとレイ、弓士兼斥侯であるイット五人でこそ真価を発揮するが単独でもそう引けをとらないのが高位ランクの冒険者である。


 地位と名声を手にするのである。クライン伯の庇護の下にいる為に下手な下級貴族では相手に出来ない。


 軍衣貴族であればゴドラム公爵と懇意にしているクライン伯の意向を無視できず、私兵に出来ないのであれば排除するという短絡的な思考の持ち主では貴族として生き残る事は不可能だ。


 順調に進んでいた二人は、魔法攻撃を受ける。初級魔法であるファイアボールだ。ボール系はアロー系に並び属性魔法の基礎とも言え、このどちらかを習得すれば初級攻撃魔法師を名乗る事が出来る。


 魔力を成形するのには経験が必要でそれは全ての魔法の基礎である。


 魔力を多く注ぎ成形した物がランス系であり、この三つの系統の攻撃魔法が使えない者は魔法師では治癒師を除いて殆んどいない。


 戦争であれば人が人に向けて魔法を放つ事はあるが、日常では例え威力が極限までに制限される生活魔法のウォーターであっても処罰の対象になる。


 ボール系だった事から大した使い手ではないと二人は判断した。


 自分達であればただのファイアボールであったとしても中級魔法くらいの威力が出せるし、奇襲をかけるのであれば敵が油断しているときにこそ最大威力の攻撃をした方が損害を与える事が出来るからだ。


 魔力の練りが甘く辛うじてボールの形を維持しているといった印象をこの攻撃から受けたのだ。


 それでも魔法攻撃である事には違いはないので周囲の警戒を怠る事は無かったが厄介である事は間違いなく、戦線が崩壊することは直ぐにはない。


 物量で押し潰されて目標である王級の討伐に支障が出る可能性があったが、それは杞憂だった。よく知った強い気を持つ人物が近付いて来ており、その人物は槍聖エバンスであった。


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 エバンスは東門を出て魔物の死骸を頼りにミーシャとレイを追跡していた。気を周囲へ拡げ、その範囲を完全に把握する事は可能であったが消耗も激しい。


 才能により範囲は変わり十メートルくらいであれば、不可能ではないが全ての生物を感知してしまう為にエバンスが拡げる範囲は広くても二メートルくらいである。


 森に入ると過去に村を襲ったレッドベアを思い出す。人食い熊であり、大した防衛力を持たなかった村は数人が被害にあっても金がなく、冒険者に依頼を出すことすら難しいことだったのだ。


 領主である貴族も対応は悪かった。領主軍を派遣するのは財産を守るためでありそこに住む領民のためではなかった。


 領主にとって領民は富を得るための手段でしかない。だからエバンスは貴族が嫌いだった。冒険者をしていれば貴族と関わる機会も出てくる。


 高位になればそれは顕著で恵まれていなかったとも言える。


 大した実力もない騎士に命令されるのはエバンスの性に合わなかった。ダンデフに出会ってからは貴族の干渉を跳ね退ける力を【暁】は持っていた。


 クランランクがSとなり名実ともに最強クランとなると冒険者ギルドの中でも強い発言力を持ち遂にはダンデフはギルド統帥になった。


 聖級を擁するクランは各国に強い影響力を持つに至ったが改革は成功したとは言えない。


 冒険者の地位は向上したが、搾取される存在である事には違いはない。他の職に就けない者が嫌々なるのが冒険者ではないのだ。


 命を賭金(チップ)としているが、この世界は危険に満ちており、安全な場所などないのだ。


 運営側に回ることで闇を見た。全盛期には程遠い体を引き摺ってこの大暴走(スタンピード)に対応するのが最後の仕事になるだろう。


 引退後の生活が退屈な物になるだろうが、これまでの人生を振り返れば仕方のないことだ。目の前の魔物を倒しながら何とかミーシャとレイに合流することが出来たエバンスであった。


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 コドラム公爵家の嫡子であるミナードは公爵軍を展開させながら掃討作戦へと移行していた。


 襲われたグラムの街のいたる所に討ち捨てられた敵の死体が散見される。多くは傭兵であり身なりは食い詰めた犯罪者とあまり変わりがないように感じられる。


 帝国軍の本隊ではないが規模は大きい。銃を装備していないことから帝国軍である事は有り得ない。


 本来であれば橋頭保にすべく大軍を持って攻めるのが常套手段だ。クラウド侯爵家はランスカ王国にとって防波堤であり、北部を纏め上げる為に王国軍の駐留もあり、侯爵家としては破格の待遇である。


 だが、国境に近く大部隊を展開できる場所は限られており、一部とは言えクラウド侯爵領に敵が既に侵入していることはランスカ王国からしてみれば想定外である。


 ランスカ王国は既に大部隊をダリル平原に進軍させており、部隊を後退させるのにも時間がかかる。


 騎兵も歩兵に合わせなくてはならず、騎兵だけでは十分な戦力を確保できないからである。


 帝国軍は人種だけで構成されており逆にランスカ王国は多種多様な種族が兵士として参加する。王国騎士・北に領地を持つ領主軍・王の求めに応じた義勇兵。


 指揮系統はある程度は統合されるだろうが所属が違うだけで軋轢の原因ともなりかねない為に指揮官達は神経をすり減らしていることだろう。


 ゴドラム公爵軍とも言えば竜騎兵を多く擁するランスカ王国の切り札である。


 爵位により保有できる戦力がある程度は決まっているためにトルウェイの実家であるフォーレン子爵家よりも竜騎兵の数は多い。


 全体で見れば上級剣士の数もカイトが興したアーウィン士爵家と遜色はないだろう。空からのブレスによって逃げ惑う敵兵を確実に焼いていく。


 ここで逃がせば盗賊や山賊となり徒党を組んでランスカ王国に害を為す事が容易に予想できる為に容赦のない攻撃が加えられていく。


 時折、矢や魔法で反撃があるが竜の皮膚を貫く事が出来ず、手綱なしで竜を操る竜人達も自前で強固な鱗を持っているために損害は軽微であった。


 クラウド侯爵領の領都グラムが占領されればランスカ王国は喉元に短剣を付きつけられているのと変わらない。


 ゴドラム公爵家の土地よりもクラウド侯爵家の土地の方が帝国寄りとは言え広いのだ。停戦交渉を行うにしても失ったのと反撃を加えた上で撃退したのでは得られる物も失う物も段違いである。


「報告致します。制空権を確保し、ブレス攻撃により甚大な被害を与えましたが、敵に帝国軍本隊を認められません。また、風向きが変わった為に鎮火には時間を要するとのことです」


「分かった。敵国魔導船を発見したら拿捕せよ。不可能ならば確実に撃墜せよ」


「はっ」


 命令を受けた竜騎隊は伏兵を警戒しながら担当区域に敵残存兵がいないかを虱潰しに探していく。


 見付かるのは敵味方の区別なく激しく損傷した兵士の死体であり、子を庇って重なる様に地面に伏している死体もあった。


 激戦区となった領主館付近では血の匂いと鼻の奥にこびりつきそうな死臭がしていたが、完全制圧には至っておらず、クラウド侯爵一家の生死は未だ不明である。


 これだけの被害が出たのだ。宣戦布告なき突発的な戦争であったとしてもクラウド侯爵が責任を追及を逃れる事は出来ないだろう。


 それも生きていればの話であり状況からしてみれば死亡している確率の方が高いが、領の復興をしなくてはならない事に変わりはなく、国王を始めとした国の重鎮は頭を悩ませる事になるだろう。


 ミナードは行政区を中心に布陣をし、報告を待っていたが既に敵と言える部隊はいない。


 功を焦って父である公爵に進言をしてここに来た訳では無かったが、軍事行動をした以上は何かしらの手柄が無くては立場を危なくすることを理解していた。


「父上に報告の伝令を。追撃を行う為に四方へと竜騎を飛ばせ。発見次第、出発する」



「ミナード様。危険であります。あくまでも偵察に留めるべきでございます。敵の規模を把握し、報告することもまた戦功でございます」


 ミナードがここに来たのは強行偵察である。可能であれば敵の制圧をする必要があるが、それは公子の命の危険に晒してでも達成すべき事ではない。


 ゴドラム公は戦場を体験させる為に許可したのであってミナードが暴走しない様に信の置ける臣下を御目付け役として同行させたのもその為であった。


 北の大貴族であるゴドラム公爵家とクラウド侯爵家は交流があり、地理をある程度は把握しているというのも大きな理由だった。


 しかし、王国の腰が重い事には変わらず、帝国軍の位置を掴む事は出来ていなかった。

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