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六十四話

 男は帝国軍の諜報部に所属する士官だった。帝国軍は魔法が広く使用されるこの世界において近代的な軍であると言えた。


 制式採用された銃はお世辞にも高性能とは言い難いのが現状ではあったが、魔法は才能に左右されるために非常に扱い辛いのだ。


 皇族に魔法適性のある者が生まれにくいというのも一つの原因であった。


 誰しもが魔力を有しているものだが、中にはエバンスの様に属性魔力が全くない者も存在する。


 魔道具は魔力を必要としない代わりに魔石が必要不可欠であり、魔道具の多くは迷宮(ダンジョン)から冒険者が持ち帰った物を解析した魔導具の劣化版である。


 血統に優秀な魔法師が生まれないのは支配層としては欠陥ではあるが、多くの人民と土地を支配している帝国は強大な国であるという事は否定できない。


 だが、帝国で主に信仰されているオリエンタル教の教えの中では、魔法は神が与えし、恩恵であるとされている。


 そして帝国と教国の関係は対等であるが表向きは皇帝を任命するのは教国の教皇である。


 帝国は支配圏を確立していなかった頃に周辺国家を併合するために宗教が都合が良かった為に今の関係が続いている。


 帝国には多くの信者がおり教国内で地位を築いているために両国家は互いの領域を侵害しない様にして共存してきたのだ。


 男が使用した魔道具はランスカ王国を侵略することが決定された際に、商人となっていた草を通じて手に入れた物だ。


 帝国内にある迷宮から発見された物であり、魔石の消費は大きいが、潜入工作にはうってつけである。男は冒険者としてクライン領で活動しており、パーティで魔境を冒険した事もある。


 登録上の冒険者ランクはCだが、単独で潜入任務につく工作員が弱い訳がない。


 冒険者を殺した風魔法の発動には数秒もあれば十分で、遺体を隠す為に使用した魔導具で魔力を消費しても息は切れていない。


 戦闘中にステータスを確認する余裕はなく、稀人(プレイヤー)と違って大地人(NPC)は数値として知っていても殆んど意味がないからだ。


 同じ魔法でも威力・射程距離で消費する魔力は変化し、魔力切れの兆候として倦怠感・頭痛があるだけで一流の魔法師ほど感覚で残存魔力を把握する事が可能であるからだった。


 この街で数年を過ごしてきた男にとって街の地理や人間関係を把握する事は容易い事だった。


 一番の目的は軍衣系貴族であるクライン伯の動向を監視するのが目的であり、男にとって外国でしかも重要とはいえ辺境で生活する生活から脱出する絶好の機会とあっては、高揚する気持ちを抑える方が難しいくらいだった。


 他国との貿易品があるとはいえ領都クラインは帝都に比べれば田舎も良いところだ。


 士官とは言え一介の諜報員でしか無い男が軍で出世するには功績が必要であり、成功すれば帝都情報部に栄転することも可能である。


 街中にある宿に泊まり安い酒を飲む冒険者になりすます事は男には容易な事だった。


 しかし、幾ら男が帝国軍の援助を受けていてもポートロイヤルに内通者を作る事は困難であり、単独行動の危険な任務である事は間違いようのない事実である。


 男は急報を伝える伝令になりすまし冒険者ギルドへと足を踏み入れた。


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 アリシアはサブギルドマスターの補佐となっていたが、冒険者ギルドの防衛システムの起動準備を行っていた。


 冒険者ギルドの性質上、支部が置かれた国と敵対することも視野にいれなくてはならないからだ。


 ギルド本部とは距離があり、国と敵対するともなれば多くの冒険者の離反も考慮に入れなくてはならず、国にばれない様にギルド支部を要塞化するのは当然のことであった。


 アンデスで用いられている魔法障壁に地下からの脱出ルートも用意されており、ギルドカードによって敵・味方の判別も可能であった。


 そしてギルドカードはこの世界においてオーバーテクノロジーであり、一般には知られていない機能も多い。


 血を垂らす事によって個人情報を記録するが、本来であれば血によって個人を認識する事は技術的に不可能とは言わないが困難である。


 科学捜査技術の発達によって認知される事になったDNA鑑定だが、そこまで科学水準は高くない世界なのだ。


 現実世界にはない力【魔力】によって個人を認識しているにしても個人を特定するためには膨大なデータベースが必要になり、それがなければ現実世界ではDNAがあっても近親者の特定すら本来であれば出来ない。


 遺跡・迷宮から発見される魔導具・魔道具から古代に現在よりも発展した文明があった事はこの世界の歴史学者も認めている。


 神が実際にいる世界なのだから何でもありと考える事も出来るが敵・味方の判別が出来るだけでも防衛に有利になることに違いはない。


 魔物には魔石があり、人種・亜人種には魂石がある。魔道具に使用されているために警報が鳴っても誤報の可能性が高くなるが、この街に住む冒険者が持つ魔道具はギルドは大まかではあるが把握している。


 住民に対しては、自己申告をさせればよく、最悪の場合は戦時徴収も視野に入れれば良い事だ。


 アリシアも当然ながら暴徒となった住民がギルドを目指して移動していることを知っていた。


 ポートロイヤルでは予め周囲の村に対して避難民を受け入れる旨を通達してここよりも安全だと思われる領都クラインに冒険者の護衛付きで避難させている。


 西に移動する分には魔物や盗賊に気をつけて行動する必要はあるがその危険度は東に移動するよりも低いのだ。


 他国が侵略するのには旨味のない土地であるために帝国や教国などの他国の侵略軍に気を配る必要はない。考えを巡らせるアリシアの近くで警報器が鳴る音がした。


 ----


 伝令を纏める立場にいたBランク冒険者は、臨時で部下となったポートロイヤル所属の冒険者に声をかけた。


「ヘズ。まだ交代の時間じゃないはずだ」


 街中を見周り、情報を集める冒険者は単独行動をしなくてはならない事もあって、短い時間で交代するがそれにしても早すぎる故の事だ。


 そして冒険者は気付いてしまった。ヘズは長年もの間、冒険者をしていた事もあって魔物から受けた傷で左手の小指を欠損しているのだ。


 利き手ではないが小指を失うと握る力が上手く入らずに戦闘では不利になるために、一線から退き街中で情報収集を専門にする冒険者になったのだ。


「まあ、良い。報告があるのなら着いてこい」


 冒険者が誘導したのは普段はギルド職員しか使用しない区画にある一室だった。


 近くには仮眠室もあり、交代で専属冒険者やギルド職員が休憩をとっている。冒険者は懐から閃光玉を取り出して地面に叩きつけた。


 閃光玉は強い衝撃で光を発する素材で出来ており、どのような方法でヘズになりすましたのかは検討はつかなかったがそれは問題ではなかった。


 冒険者は金になる魔道具についてはそれなりに知識がある。特に男は情報を扱う冒険者なだけあって情報の大切さを知っていた。


 セズになりすました帝国士官が持つ魔道具も広くは知られていないが、騎士になるような者なら対策を練っている。


 誰にでも簡単に出来るのはステータスを確認することだ。貴人も貴族であることを証明するためにステータスオープンを従者にかけさせるのは常識であるために抵抗される事はまずない。


 次に簡単なのは符号を予め決めておくことで魔法師であれば魔力を探知すれば、会ったことのある人なら判断できる。


 余程の親しい仲か相手が貴族で無い限りは魔力波を覚える者は少数ではあるが。


 しかし帝国士官は目をつむることで閃光玉の光をやり過ごしていた。冒険者も足下へ視線を向け目を瞑ったのは一瞬で短剣を既に抜いている。


 近距離であれば、魔法師である帝国士官よりも斥侯を兼ねており、罠の解除なども行う冒険者の方が有利であり、当然の様に気闘術を習得していた為に一気に距離が詰められる筈だった。


 帝国士官の持っている短銃からは煙が上がっており、気闘術の肉体強化は使用者の肉体の強度に準じているために銃弾が体を貫通した。


 消音器(サイレンサー)などこの世界には存在していないので布で銃口を覆い、風魔法で周囲に音を漏れにくくしたに過ぎない。


 違和感に気付いた冒険者が向かってくる可能性は否定できないが、その時には既にこの部屋にいないので問題は無いと帝国士官は考えていた。


 そうして冒険者の意識は途絶えた。


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 ソラが異変に気付いたのは、ログインしてタイラーに会った直後の事だ。強制ログアウト前に余裕を持ってログアウトし、食事や雑事を終わらせていた。


 その時に鳴った気がしたのだ。実物の銃を撃ったこともなければ触ったこともなかったが、ソラは海外の刑事物のドラマが好きで本物でなくても似せられた銃声をテレビを通して聞いていた。


 何となくではあるがその銃声に似ていた気がしたのだ。


 ソラの地位は冒険者ギルドの中では低いが、大暴走(スタンピード)対策本部の中ではマルコの補佐となっており、対策会議に出席する権利を持つ。


 ポートロイヤルでは槍聖エバンスの弟子である事は周知の事実となっておりリースからは魔法を教わっている。


 領内での優遇はクライン伯ジョセフの後援もあって余程の無茶を言わない限りは、周囲もソラの希望に沿える形で行動するだろう。


 音がした方向へ急いで向かうが、気闘術は使用しない。


 熟練していない為に無駄にスタミナを消費することを避け、侵入したアント討伐を行うのがソラに与えられた役目だったからだ。


 ソラとしてはゴウキを捜索したいところだったが、冒険者ギルドには割ける戦力がなかった。


 先ずはラビット系の王級を確実に討伐した上でエレメンタルブレイブから戦力を出すべきでエバンスも向かったというのだから討伐自体は問題なく行われるだろう。


 対策会議で何度か言われていたことだが、帝国の動きはランスカ王国が大暴走(スタンピード)に襲われるのを事前に知っていたかの様な動きだ。


 何らかの神託が下ったにせよランスカ王国にも神託の神官・巫女はいる。


 東部の安定は後顧の憂いなく帝国との国境線の紛争に戦力を向ける為に必要なことでその為に王国は王国騎士を派遣している。それにクライン家は領主としてゴトフリーに率いられた精鋭を送ってきた。


 数は少ないが余剰戦力がないポートロイヤルにとって有難いことであり、やっと統一意思の下で対策が出来るようになったのだ。


 数々の妨害を考えれば、帝国の関与を否定する材料はない。

 日本であれば出た被害に対して政府に対して損害賠償請求することは珍しくないことなのかも知れないが、ここは民主国家ではない。


 当然、ランスカ王国にも国法があり、貴族の領地には領法があるがそれは領主(王族・貴族)が決めた法であって幾らでも都合が良い様に改正できるものだ。


 ソラの戦闘能力は冒険者としては駆け出しを抜けた所にあるが、一ヶ月と少ししか経っていないことを考えれば十分である。


 稀人(プレイヤー)の利点は死を恐れなくてよい事にあるのだが、ソラは未だに死に戻りをしたことが無いことを含めれば異質であるとも言えた。


 職人のプレイヤーでも初期の頃には資金不足から魔物相手に戦わざるおえない立場にいる。


 そうでなければ各分野の一部のトッププレイヤーだと言うことになる。タイラーでさえ師ナガマサに指示されて己の力のみで得た鉱石を製錬し、武器に鍛えた経験を持つ。


 タイラーは魔鉱石や魔物の素材を使用しない分野でみればトッププレイヤーであり、現実世界で刀匠をしているのだから当たり前だと言えた。


 ソラも多少の武術の心得があるとはいえ素人同然であったが、エバンスに師事することで実力を確実に伸ばしていた。


 命の危機に晒されていないという事を含めなくても立ち振る舞いに隙がなくなっている。そんな中での不審な出来事だ。


 好奇心を抑えることは難しく、ギルド内で発生したと言うこともあって原因を調べる必要があると感じたのだ。


 同じ様に寝ていた冒険者も気付いており、一人でなかった事も後押ししていた。ソラが見たのは血を流して倒れる冒険者だ。


 名前は知らなかったが、顔は対策会議で見た事があった。銃創など見た事は無いが、止血しなくてはならない事は誰が見ても明らかであり、一刻を争う。


「誰か布できつく縛って止血してくれないか。心得があるものなら傷口を焼いてくれても構わない」


 ソラはそう駆けつけた冒険者に告げた。傷口を焼くことでもHPは減るが、そのまま血を流すよりは良い。


 深い傷口なために高価なHP回復ポーションが必要になるが、ソラだってリースから魔法を習っており、効率は物凄く悪くはなるが、回復魔法が使える。


 回復魔法で重要なのは、傷病者と魔力を上手く同調することで、人体に精通していると効率が良くなる。


「命を育む地神よ。我が魔力を血を傷付きし者に与えん【アースヒール】」


 戦闘を行う予定があったので半分くらいの魔力を注ぎ込んだ。


 親指に傷を付けリースに習った魔法陣を描いた。


 熟練すれば、魔力の同調だけで回復可能だが、ソラの土魔法のレベルはまだ低く、現代人が知る医学知識だけでもこの世界の平均的な治癒師よりも上なので誤魔化せているだけであった。


「マルコ付きのソラだったな。良くやった。少し休んでいろ」


 そう言ったのも専属冒険者の一人だった。現役とはいえ加齢に伴い全体的な能力は落ち始めている。


 しかし、冒険者としての経験はソラよりも数段上であり、周囲に対して指示を出して現場を掌握していた。


「ここにいるものは指示があるまで動くな。動けば問答無用で斬る。既に対策本部へ人を寄越して判断を仰いでいる」


 専属冒険者は周囲へと何があったかを尋ねた。大半が大きな音を聞いたために駆けつけて来ており、武器を手にしているだけで防具をしていない者も多い。


 ソラは戦闘があるために安いスモールラビットの革鎧をしていたが、動きを制限するものではなく、防御力もないよりかはましと言った程度でしかない。


「ソラは少し休んで魔力に余裕が出来たら再度アースヒールをかけてくれると助かる。必要であればMP回復ポーションを融通するように本部へかけあう」


 一概にどっちが良いかとは言えないが、ポーションよりも回復魔法をかけた方が良いとされている。


 その方が快復が早いためであり、治癒師が他の職業に比べると裕福である理由にもなっている。


 光もしくは水に適性を持つ治癒師であれば、貴族などの有力者が囲う為に不自由の無い生活が出来る。


 そこにリースが駆けつけたが、専属冒険者は制止し、形式上だけだとはいえステータスオープンをさせた。


 内部犯である可能性が高く、本人である事を確認したのだ。


 そうでなければギルドで貴重な治癒師のリースであったとしても捕縛するのが正しい行動であり、冒険者としての危機管理能力である。


 目上に対して目下の者がステータスオープンを強要するのは誉められた行動ではないが、ギルド職員であるリースも些細な事を指摘するのではなく、先ずは治癒をするのが優先だと考えた。


「リース師匠。外傷だけで他に異常が見られなかった為に、先ずは止血を優先し、アースヒールをかけました」


「ソラ。それで十分だよ。後は任せてくれ」


 治癒師は厳密に言えば、魔法師の中で回復魔法に特化した職業であるが、薬にも精通している事が多い。


 リースはハーフエルフである為にエルフほど魔法が得意とは言えなかったが、両親からきちんとした教育がされている。


 両親の種族の特性を引き継ぐハーフは、一部の種族の中では迫害の対象となり、エルフは特に自分の種族に誇りを持っている事が多いためにエルフの集落では生活が出来ずあらゆる種族を受け入れるランスカ王国にやってきたのだ。


 リースは特に優秀でエルフの基準においても魔導師を名乗れる実力があるのにも関わらず、ポートロイヤルでギルド職員をしている。


 ランスカ王国の宮廷魔法師に推薦されたが、魔法ギルドの方針が肌に合わず気ままな冒険者を選択したという異色の経歴を持っていた。


 ソラは師であるリースに任せれば安心だと思い瞑想する。休息をとれば魔力は回復するが、今は手持ち無沙汰となってしまったので積極的に魔力を回復させようと試みたのだ。


 魔法を使用すればするほどに熟練し、発動時間や効果が効率化される。


 レベルが低いよりは高い方が内包する魔力量が多くなるためにアントを狩ってレベルを上げた事は無駄でない。


 効率という意味ではアースヒールは無駄としか言えなかったが、錬金術を使用するために求められる魔法レベルは高い。


 ソラが土魔法で出した土から金属を抽出しているのもレベリングの為であり、今の所は土魔法以外を取得するつもりはない。


 実験的に既存の土から金属を抽出しようとしたが、失敗したこともあった。


 レベルが低い為に成功しなかったのかと疑問に思いソラはリースに尋ねたが、元々、金属を含んでいない土から金属を抽出できる訳もない。


 廃坑などであれば可能ではあるが、いざという時の為に魔力を残しておく事も魔法師の仕事のうちなので、金属を抽出するために魔法を使う方が少数ではあるが、自分で出した土から金属を抽出する事は初心者には推奨される行為であることを教わった。


 ソラはマルコが来た事によって拘束を解かれた。周囲に疑われないためだとしても襲撃した相手を治療する必要はなく、ソラが一番最初にこの部屋に駆けつけた訳でもなかったからだ。


 この部屋は封鎖されギルド職員によって調査されるが、襲撃された冒険者が目を覚まさない限りは進展はなさそうでなにより今は大暴走(スタンピード)の対策が優先されるためだ。


 冒険者ギルドに収容されている住民は不安そうにしていたが今できる事をするしかないと考えるソラであった。

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