六十三話
「ソラ。ここにいたのか」
アンデスで防衛戦に参加していたはずのハロルドがそこには立っていた。
「何でここにいるんだ」
ソラの疑問は最もだった。アンデスの状況はよくないと聞いている。Cランク冒険者だとしてもアンデスは今、戦力を必要としているはずだった。
「アンデスでは高ランクの魔物が出て攻略組も半滅した。イベント中とは言え、移動が出来ない事はない。半数が死に戻りしたが、多くのCランク冒険者のプレイヤーはポートロイヤルへの強行軍を選んだ」
殆んどの確率で死に戻るくらいなら少しでも役に立った方が良いと考えるプレイヤーは多かった。多くのプレイヤーは帝国が侵攻してきた事を知っている。
その褒美に叙爵される可能性があるのならばこの機会を逃すべきではないと考える者も多かったが帝国との戦争に参加するには辺境であるクライン領は遠かった。
ポートロイヤルに飛ばされたプレイヤーは厳密にはランスカ王国民ではない。それは所属がランスカ王国でないことを示している。
結束を高める為に便宜上ランスカ王国所属を名乗っているに過ぎないのだ。
ランスカ王国所属となるためにプレイヤーがとるべき道は平民になるか騎士になることだ。
国民として所属するだけなら王国に戸籍登録を行えば良いが厳密には管理されておらず、直轄地で登録しない限りはランスカ王国民である前に領地を治める貴族と隷属契約を結んだのと変わらない行為に躊躇したプレイヤーは多かった。
ギルドに登録するだけなら身分証は必要ない。寧ろギルド証がこの世界における身分証で現実世界における運転免許証みたいなものだ。
ギルドはギルド員を管理・統轄するがギルド員になるためには自国民である必要はない。冒険者ギルドは広域かつまた設立の経緯から国の干渉を受けない力を持つ。
他のギルドも何とかギルドの独立性を維持している。
「国に所属する利点がないとは言えないが、欠点も多そうだな」
「異物扱いされるよりかは良いんじゃないか。実際に俺達は日本に生まれただけで日本人だし多くの恩恵を受けているだろ」
ハロルドがいう通り国に所属すると言うことは帰属意識を持つと同時に権利と義務が生じる。
先進国か発展途上国に生まれたかではその後の生活は一変するだろう。未だ内戦を行っている国もあれば宗教の違いによる紛争も絶えない。
被害者から見れば許す事の出来ないテロリストもテロリスト達から見れば聖戦に参加する戦士だ。同じ行為でも見方や考え方が違えば受けとる印象も変わるものなのだ。
MMOでは有限であるアイテムや経験値と言う資源をプレイヤー同士で争わせているに過ぎず、それがギルド対抗戦だったりクラン対抗戦という形で表れている。
殆んどのプレイヤーは最強を目指す。承認欲求は社会的に脱落した廃人と呼ばれる人種の方がゲームの中では強く表れやすい。
社会的に認められているのであればゲームの中で優越感に浸る必要はないからだ。
どんな事情で社会不適合者となったかは人によって異なるが現実逃避であることも少数のMMOプレイヤーの一部の側面である。
昔の様に課金する輩は減ったが、それならば余りある時間でカバーすれば良いと考えたのが廃神だ。廃人達にすら尊敬の念を込めて廃神と呼ばれるプレイヤーは無職であるのと同時にプロ・セミプロのプレイヤーで中には月収が二十万を越える強者もいる。
「パーティは組んでいるのか。俺は通常の作戦には参加していないぞ」
クランの立ち上げ条件を満たしたプレイヤーがいない為に未だプレイヤーはパーティと呼ばれる六人組で動いている事が多い。
システム的な人数制限はないが、経験値の分配が敵に与えたダメージと戦闘における貢献度であるとされているために多くが六人組で行動をしている。
ソラは言うまでもなくソロプレイヤーでプレイヤーとしては孤立している。
タイラーは鍛冶師であるために素材集めでもない限りは街を出ない。本物の腕を持つタイラーはプレイヤー間では有名人となりつつあるが本人は武器が打てれば良いのであって彼には本業があるために常にログインをしてはいない。
ハロルドは恐らくだが自分と同じ様にログインしている為に働いてはないのだろう。よほど仲が良くない限りは現実世界の話をするのはタブーだ。
「普通に防衛戦に参加する分には問題ないと思う。まだ街中のアントは完全に討伐しきれていないだろうし、アントの数は脅威だからな」
ギルドに協力的な鍛冶師・薬師には早くからギルドに合流をして貰っている。
素材の殆んどはギルドが冒険者から買い取ったもので他ギルドに売却する前のものだ。冒険者の中にも素材を加工できる知識・技術を持つ者もいるが本職には敵わない。
基本的に弱い魔物だけで構成されている為に戦線の崩壊には至っていないが戦闘が長引くほど冒険者達は不利になっていくだろう。
街中の戦闘は徐々に防衛側の優勢となりつつある。今まで拠点防衛に徹していた領主軍が掃討戦に参加したからだ。だが失った命は返ってこない。
そしてその怒りは領主軍へと向かっていた。ギルドに入ってきた男は無言で二階に向かう。
その光景に嫌な感じがしたソラはハロルドに別れを告げて後をついて対策本部へと向かった。
「急報。一部の市民による暴動が発生。暴徒はここを目指して進んできております」
「防衛部隊はどうしている」
サブマスターは自分につけられたエバンスの秘書アリシアに問う。
「部隊のすべては防衛にあたっています。今のギルドに余剰戦力はありません」
顔には出さないが、当たり前の事を聞くなと周囲の冒険者は思った。誰もが防衛の為に傷付き命を落としている。
ポートロイヤルに安全な場所があるとしたらここ冒険者ギルドしかない。リースは治癒師としても有名だが、魔法師としての才は冒険者の中でも格別だった。
指揮所が全滅すれば組織的な抵抗は難しくなる。自警団長のトトですら自警団詰所の防御を薄くしてでも冒険者ギルドと治安維持の巡回を決定して少しでも住民が被る損害を少なくしようと動いていた。
「会議するぞ」
サブマスターの意見は間違っている。冒険者、自警団員、領主軍兵士と立場は異なる者達がここには詰めていた。それに会議で何を決めるのだ。
暴徒鎮圧。守るべき住民を害する為に兵を出せば、両者に被害が出て士気も落ちる。だが、暴徒達が対策本部の指示に素直に従う事も難しい。
それにこちらに向かっている暴徒にアントが群がらないはずがなかった。
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「痛ぇよ」
男は群衆の内の一人に過ぎなかったが、アントにはそんな事情は関係ない。柔らかく高栄養価の獲物が自らやってきたのだ。
捕食しない理由はない。群衆は一部の人間によって扇動され、不満を持っていたポートロイヤルの住民達は自分達が生き残るためにギルド支部を目指していた。
蟻酸によって表面を焼かれ命を落とす住民達。栄養価の高い腹部と胸部にある心臓を傷付けては女王に献上することが出来ないからだ。
ナイトアントはもっと残酷で首を鋭利な歯で切り落として血抜きをした。同じ集団にいた住民達は我先にと逃げ出した。
誰かを襲っているうちは自分が襲われる事はないと信じて。だが結果は残酷だ。情報を本部に伝達する役割を担っている冒険者は介入できなかった。
アントの数は多く混乱しているところに武力介入を行えば自分達の身が危険に晒されるからだ。
出来るなら冒険者も住民を救いたかったが戦力が不足し、周囲の状況を確認したが一番近くにいた領主軍もまたアント達との戦闘状態に陥っており、駆けつけるのには時間が必要だった。
建物なら住民が避難するためには鍵を壊せば侵入できるだろう。
ソラ達が籠城したように出入り口を塞げば今の様に攻撃に晒され続けるという事もないはずだが、声を出せば屋根にいるとは言えアントに気付かれる。
そんな危険を冒すほど冒険者は愚かではなかった。情報が入ってこなくなれば今以上に被害が出る。それに勧告に従わずに暴動を起こしていた住民を救うほどの戦力はなかった。
しかし、住民達に出回った奇妙な噂もそうだが、ポートロイヤルの中には不穏分子が紛れ混んでいる。
タイミングの良すぎる帝国の侵攻を考えれば帝国軍が何かしらの軍事行動を起こしていると考えるのが妥当だった。
諜報員にも二種類あって普段から定期的に情報を本国に送る者と大事の一度のみしか行動を起こさない者だ。
前者は騎士団や領主軍の調査によって発覚し、処刑されるが後者の場合には、見分けがつかないことが多い。
本人だけなら調べようがあるが、数世代に渡って潜伏していた例もある。帝国は元々あった国を滅ぼして軍事政権が作った国だ。
建国、当初より他国への侵略に積極的であり、国境に面する小国は連合を作って立ち回ろうとしたが、足並みが揃わずに瓦解した。
敬虔なオリエンタル信者が多い帝国民がランスカ王国に潜入することは難しい。
種族差別を禁止したランスカ王国では人種も亜人種も貴族を除けば平等に扱われるからだった。だが今回の暴動が帝国の陽動だったとしたら説明は一応つく。
どうやってランスカ国民として生活していたのかは謎だが、褒美を盾にすれば二等・三等国民は帝国に従うのではないか。
もしくは元王族に取引を持ち掛けた可能性も否定できない。気付いたからには本部に報告しなければならない。だがそれも叶わなかった。
冒険者の首もとは見えない風の刃で裂かれていたからだ。
「悪く思うなよ」
帝国の草はある魔道具を発動させた。そこに居た草は命を断たれた冒険者と同じ姿形をしていた。
手にしていたアントの酸を体に振りかけ、身元が分からない様に細工した。この数刻だけばれなければ作戦は成功でその時には既にポートロイヤルを離れている手筈になっていた。
男が懸念すべきはエバンスと高位冒険者の存在だった。水晶による認証さえされなければなり代わりが発覚する事はない。
影で行われていた諜報活動もいよいよ佳境へと移っていた。
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「でかいな」
キングアントとクイーンアントを見たゴウキはそう呟いた。キングアントは傷がまだ癒えていないのか、本来の攻撃力はないが侮れない相手だ。
クイーンアントの後ろには卵が散乱していて中では幼虫がうごめいていた。その光景は気分の良いものではない。
これだけのアントが街を襲っていたのなら被害が甚大になったのも頷ける。
そしてスモールアントが狩ってきた獲物を肉団子にする作業が行われており、ポートロイヤルの住民と思しき四肢が散乱していた。
魔物に襲われて全滅した村や魔物に負けて死んだ冒険者を見た経験はゴウキにもある。
冒険者をしていたら嫌でも見る風景でそれが嫌なら強くなるしかない。鬼人の中では戦えない事は罪で奪われるのは弱いからだという風習がある。
過酷な環境で生活を強いられているので自然とそうなったのだ。
キングアント直属だと思われるナイトアントをゴウキは殴り飛ばしていく。
ナイトアントの中でも強い方だが脅威度で言えばCランクでしかない相手に苦戦する事はない。連戦で少し疲れていたが迷宮攻略をしていれば嫌でも慣れる。
慣れない者は既に生きていないのが迷宮という場所だからだ。ナイトアント達はその鋭い牙を武器に攻撃してきた。
個なら問題ないが集団ともなれば周囲の気配を気にしながら戦わなくてはならないがただそれだけだ。
ゴウキはわざと攻撃を掠めさせてダメージを与えていく。ナイトアントをいくら倒しても意味はない。
この場で一番優先して倒すべきはクイーンアントであって供給源を断たなくては被害は拡大するのみである。虫の生命力は高い。
しかも、蟻は自身の体重の数倍から数十倍もの重さを移動することができ、ナイトアントは成人男性を上回る力を出す事が出来る。
攻撃が掠めるだけでアントの骨格を歪める事の出来るのはゴウキが鬼人だからでもある。
大斧を使えば広範囲に攻撃できるが隙を生む。最大攻撃を敢えてしないことでゴウキはキングアントとクイーンアントを油断させるつもりである。
ソルジャーアント・ナイトアントはゴウキの猛攻に晒され数を減らしている。
キングアントの指揮の効果によってアント達は攻撃力・防御力ともに増している。
王を攻撃するためには周囲の兵隊を狩らなくてはならず面倒ではあったが、ただそれだけだ。
巨体に見合わない軽快な回避をゴウキは行い。体を温めていた戦闘民族である鬼人は狂化という切り札を持っている。だがゴウキはまだそれを切るつもりはない。
ここで確実に討てても自分が死んだら意味がなく、マルコ達が救援を呼んでいることを考えれば、一度引くのもまた冒険者に求められる資質のひとつだからだ。
アントの変異種の中には脳を食い破り仕留めた獲物の肉体を操り戦う種もいる。
幸いなことにアントの中でも最も力の劣るノーマル種だからこそ数を個で圧倒していた。
キングアントはゴウキに対する戦法をここで変えてきた。接近戦では徒に戦力を消費するだけだと悟るしかなかったからだ。
蟻酸の一斉射撃を命じ、アントの体内に溜めさせた土を固めて吐き出させたのだ。今までの点での攻撃に対して面で制圧することにしたのだ。
体内で固められた土は魔法師の扱うロックバレットの劣化版ではあるが数はとにかく多い。
ナイトアントの死体を盾に避け続けていたゴウキも被弾は避けられなかった。
深部に至ることはないが目や心臓は鬼人でも鍛えられない部分であり、力を込めた鋼の肉体で致命傷は避けていた。
ゴウキは既にアントと戦うのが少し面倒になっていた。鬼人の固有技を使えば確実に消耗するが、アントの数を減らす事には意味がある。
普段、使うことのない手だが短剣に魔法袋から取り出した瓶の液体を馴染ませて力一杯、投擲した。
瓶の中身は毒だ。砂漠に生息する魔物の神経毒で一滴でも体内に侵入すれば確実に数時間は動けなくなる。毒の脅威度からA-ランクとなっている魔物の毒線から慎重に抽出した一品だ。
クイーンアントを庇ったナイトアントの体を貫通して表皮に薄い傷をつけることが出来た。毒は魔物に対しても有効だがどこまで効くかは耐性次第なので油断はしていない。
アントで毒を使う種類は少ないので一定の効果は望めるが、過信は禁物だ。
体力を使う出産を止められれば少なくともここまで単身で来た意味はある。ポートロイヤルに居る冒険者の実力は分からないが、Bランクの冒険者が複数いれば街中に侵入したアントを討伐するのは可能だからだ。
差別の歴史から他種族の事を良く思ってはいないが流石に死滅するまで攻撃をするほど鬼人の数は多くなく、ランスカ王国では鬼人も保護の対象だ。
集落を作れるだけで危険性は低くなり、氏族を維持できるだけの最低限の生活はできるが街で働く事は難しい。
それだけ鬼人差別は深刻であり、自由を保障されているだけでもランスカ王国は鬼人にとって拠り所でもある。
それが分かっているだけにランスカ王国が無くなることは鬼人にとって由々しき事態で人種国家に虐げられてきた亜人にとっても看過できる問題ではない。
ゴウキは一度、態勢を整える事にした。弱すぎる敵とは言えダンジョン攻略で経験が貯まっていたのだろう。
肉体スピードと脳から出される命令に若干の違和感が生じていたからだ。感覚の変化に慣れる事は可能だが少し時間が必要だ。
一瞬の油断が命とりになるのはどのレベルでも変わらず、敵が強い分だけ僅かな差異が生死を分ける。ゴブリン相手に無双できるようになって調子に乗った冒険者がゴブリンの毒矢によって命を落とす。
肉体レベルの変化が与える影響はレベルが低いほど顕著だったが、ゴウキは自身を過信していなかった。




