六十話
「私から説明させていただきます。事の発端は魔の森に派遣した冒険者の報告からでした」
その件は領主軍の高官として知っていた。定期的に冒険者ギルドに依頼をしているのはクライン伯ジョセフ様なのだから当然だ。
過去の大暴走でも魔境でその兆候を察知していた。魔物を刺激しない様に小規模の調査隊と護衛の討伐隊が組まれている。
依頼金を支払ってでも冒険者に依頼しているのは今の時の様な状況に対応するためである。領主軍だけで対応するのは不可能だ。
少しでも多くの戦力を必要としているために税を軽減してでも冒険者を招聘しているのである。
「事態を重く見たギルドマスターはAランク冒険者クロウを派遣。魔の森の境界付近でオーガ亜種のレッドオーガを発見これを討伐しました。また当支部所属の冒険者がポートロイヤル周辺の平原でレア級のゴブリンを討伐した為に大暴走の予兆であると判断し非常事態を宣言いたしました」
エバンスの判断は正しかった。ポートロイヤル市民に通達するのは手続きの関係上、遅れたが多くの領民が村に戻ることなく留まる事を決断できた。
ゴトフリーはポートロイヤルに辿り着くまでに焼けた村を幾つも見ている。
責められるべきは代官の対応であってもし、誤報であればエバンスは職を辞し、王国法に則った裁きを受け入れるつもりだった。
「代官の対応はわかった。ここからはの領主軍の指揮は私が執る事になる。責任は事態が終息したら必ず取らせる」
ゴトフリーの怒気にアリシアとサブマスターは慄く。ジョセフの理想を体現すべき領主軍の失態に今すぐにでも代官の首を刎ねるのかとすら思ったぐらいだ。
「怒気を抑えて下さい。過去は変えられません。貴方が今すべき事はこれ以上の犠牲者を出さない事です。違いますか」
「済まない」
それは領主軍のした事に対しての謝罪だったのかはアリシアに判断はつかなかったが、ゴトフリーが覚悟を持ってこの場にいるのだと二人に気付かせるのには十分だった。
「冒険者の配置を教えて欲しい」
「これが現在の配置と防衛状況です。領主軍には東門への増援と市内に侵入したアント討伐に協力をお願いします」
「了解した。直ぐに精鋭を向かわせる。これで失礼する」
ゴトフリーは騎士の礼をした後に部屋を辞した。階下に行くと傷ついたポートロイヤル市民と冒険者の姿が見えた。
領主軍の対応を歯痒く思いながら直属の兵を率いて官邸へと戻った。
「ポートロイヤルの指揮官は貴様だな。何故、戸惑う市民を救わなかった。貴様を含めてたポートロイヤル防衛部と代官はただで済むと思うな。拘束しろ」
「中級指揮官は如何なさいますか」
「彼等を直ぐには処罰しない。防衛部隊へと編入し、活躍次第で免責をジョセフ様に進言する」
部隊を五つに分け、東門の指揮は自ら執る事に決めた。市内のアント討伐は副官が執り、他は階級に準ずる。
防衛の全権を与えられた事で煩わしい指揮権争いをしなくて済む。ポートロイヤル防衛部の階級が高かろうがここは強権を発動し指揮系統を確立すべき事態だ。
「出撃準備は」
「何時でも出れます」
副官の返答に頷き、従兵に大盾と剣を持って来させた。
「御武運を」
「これ以上の失態は許さない。各部隊に通達を忘れるな」
鬼気迫った表情のゴトフリーは進軍を開始する。各街の区画は基本的に統一されている為に迷う事はない。
「盾隊・剣士隊、前進。魔法師隊に敵を近付けるな」
統率されたゴトフリー隊は東門までのアントを蹴散らし、少しでも早く辿り着く事を目的としていた。
だが、まだアントに発見されていなかった住民が襲われているのか悲鳴が聞こえる。
ゴトフリーは内心では戸惑っていた。住民を助ける事は可能だが結果的に多くの危険に晒す事になる。思案したゴトフリーの前に五人の兵が進み出る。
「閣下。私達に命じて下さい。今度こそ護ってみせます」
五人は元からポートロイヤル防衛部に配属されていた兵士だ。
「分かった。行け。だが決して住民もお前達も死ぬな。お前達が死ねばポートロイヤル市民を誰が護るのだ」
「はっ」
編入しても上手く使えるかは分からない。クライン領主軍では共通の訓練を兵に課しているが、部隊の実力は実戦でこそ磨かれる。
対人戦闘とはいえ、ジョセフの指揮下で帝国兵と戦った経験を持つ者とアンデスが討ち洩らした低級魔物を狩る事しか実戦の経験のないポートロイヤル防衛部では練度に差が出るからだ。
それならば、手綱を握る必要はあるが街を熟知している者に任せた方が良いとゴトフリーは判断した。住民を護る為ならば士気を保つ事も出来るだろう。
数分後、ゴトフリー隊は東門へと到着した。先ずは現状を把握することが大切であり、気闘術の使える部下達は平然とついて来た。
脱落した者には、アントを討伐しながら向かう様に命令するのを忘れていない。
「指揮を執っている者と話がしたい。これはジョセフ様の命令と心得よ」
既に領主軍が冒険者に対して命令できる立場ではない事はゴトフリーが一番理解していた。
しかし、冒険者側の責任者と話さない事には何も進まない。
「リクはいま手が離せない。領主軍の高官と推測するが、何の用だ」
対応した冒険者は不甲斐ない領主軍に対して怒りを感じていた。どの冒険者もそうだ。
強制依頼で否応なく戦う事を強いられた者以外も戦っている。
住民を庇い負傷した者は冒険者ギルドで治療にあたるリースとその部下の治療師では対応しきれなくなっており、住民から接収した馬車で護衛をしながら教会まで搬送された冒険者は多い。
比較的に軽傷者のみを選別しているとはいえ、継戦能力があるうちには戦いを止めようとする冒険者は少なかった為に、通常であれば直ぐにも治療が必要な者もいる。
出血を止める為に切断して傷口を焼くのを躊躇う魔法師は多かった。普段の冒険でも命を助ける為に同様の措置をする事はあるがそれは冒険者としてのみならず人としての死を意味していた。
大規模クランに所属していれば、治療費と幾許かの生活費は保障されるだろう。その為に稼ぎの一部をクラン共用財産として納めているのだから当然の権利だ。
しかし、怪我の治療やその後の生活について責任を持てるクランはそう多くはない。
クランに所属できるのも実力を認められた一部のみであり固定パーティでは余程の絆がなければ足手まといとなった仲間を養い続けるのは困難だからだ。
「お前は知っているのか、住民を護る為に死んだ冒険者や傷ついた者たちの事を。今更、来て偉そうな事を言うな」
「貴様。反逆罪で捕まりたいのか」
「止めろ。お前は下がっていろ。領主軍の対応は謝罪しよう。だが儂にも信念がある。どうか指揮官を呼んで来て欲しい」
本来であれば、厳罰に処されても可笑しくはない。ゴトフリーは領主代行のシャルルが命じポートロイヤルに派遣された。
それは領主ジョセフが命じたのと同じ事で抗命は罪になる。冒険者ギルドが国に属さない組織でも冒険者は違う。
他国の貴族が冒険者になったのであればまた話は変わるが、自国民や他国の平民の場合は、原則的に領主に裁判権があるためだ。
東門の指揮を任されていたリクは辺りが騒がしい事に気付いてゴトフリーと冒険者達の下にやってきた。
一人はよく知った顔だ。BランクになってはいないとはいえCランク冒険者で下の者の世話をよく見ている事で周囲には知られている。
決して無理をしない為に他のCランク冒険者よりは稼ぎは少ないが、仲間の死傷率は低い為にギルドでも高評価を得ている。
もう一方は領主軍の軍装で明らかに階級が高い事を示していた。
その胸には王国徽章がついており、それは帝国との戦いで多大な功績を挙げた者のみに与えられる物で少なくとも騎士以外に授与されたとはリクは聞いた事がない。
「仲間が失礼した。冒険者達は皆、気が立っている。こちらから注意するので許して頂きたい」
「気持ちは良く分かる。罪に問う気はない。貴殿が指揮官で間違いないな」
「そうだ。冒険者ギルドポートロイヤル支部ギルドマスターのエバンスに命じられて東門の指揮を執っているリクだ。エバンスはギルド統帥によって大暴走の全権を与えられた。残念だが領主軍と言えど俺達に直接命令する事は出来ない」
国とギルドの関係は厄介だ。商業ギルドや魔法師ギルド各職業によって分類されたギルドは国に配慮を多く必要とするが冒険者ギルドはそうではない。
大国と同等の戦力を持ち、ギルド本部は半ば独立国の様な扱いを受けているが、民間組織でしかないのだ。
各国の支部には人種・獣人・竜人・エルフ・ドワーフなど種族問わずに在籍しており、各国の支部は独立独歩の気風が強く、統帥を頂点に、支部長が管理・経営を行っている。
支部を置く国によっては種族に偏りはあるが、冒険者ランクはどの支部でも共通して使用が可能だ。
ギルドマスターの出した命令をギルド統帥は拒否する事ができ、ギルド統帥の任命・罷免にはギルドマスターの過半数以上の採決が必要となり、一期の任期も決まっている。
例えるならギルド統帥は日本国総理大臣でギルドマスターは日本の衆議院議員と言ったところだろうか。各支部の投票で選ばれた者がギルドマスターとなるが、ギルド統帥には数枠の選任権がある。
どうしても統帥の権限は強くなるが、各支部の有権者によって選任されないという事も可能なのだ。
共和国に近い形態を持つが、組織の理念が力なき者の守護者となることであり、創設者が血による継承を認めなかった為にそうなったが武官派と文官派があるように派閥化は避ける事ができなかった。
国王・皇帝・教皇に近い権力を持つギルド統帥に真っ向から対立することは一貴族の一存では判断できず、ましては平民でしかないゴトフリーに決められる事ではない。
防衛に関する主導権争いも不毛であり、各国との盟約によって定められている。
「国としてではなく、この地に住む者として話している。政治的な話は国王陛下とギルド統帥が話すべきで、どうやって救うかはジョセフ様とエバンス殿が決める事だ。だが、ジョセフ様とエバンス殿は不在だ。私はジョセフ様の名代と言う立場でもあるがそれを盾にするつもりはない」
「エバンスはラビット種の王級の討伐に向かった。それまでは、エレメンタルブレイブの魔法師レイとミーシャで対応していたが、別の目標の討伐隊に異常が発生した。クイーンアント討伐はラビット種の王級が討伐されてから仕切り直しになるだろう。こちらも通常種ではなく王級だと判断されている。分かっているのはそれだけだ」
レイとミーシャが放った上級魔法は広範囲で高威力だが、逆に言えば範囲外の敵を害する事は不可能だった。
重複しない様に指定された上級魔法は直撃すれば王級に対しても傷をつける事は可能だが、それが必ず致命傷になるかは疑問だ。
人であれば抵抗しても重傷を負い最悪は死に至る。人より高い生命力を持つ魔物相手では、条件次第では無傷という事もあり得るのだ。
「その魔法師は何処にいる」
「魔力を消耗した為に接収した家で休息をとっている」
寄って来たラビット系を纏めて吹き飛ばす威力の魔法を使ったのだから当然である。
アンデスの魔法師の様に気絶しなかっただけでも魔法師としての実力が高い事が窺える。上級魔法は【戦術級魔法】と呼ばれ、王級以上の魔法は、【戦略級魔法】と呼ばれる。
正確には系統魔法ではなく系統魔術と呼ばれるのが正しいのだがそれを知るものは少なく、系統魔術の中で魔法と呼べるものが混じっているために現在では混同して魔法と呼ばれていた。
レイとミーシャは魔法師だが、周囲を警戒をしない訳ではない。
魔物の討伐依頼を受ければ野営をしなくてはならない状況に陥るなど良くある事だ。
基本的には人に害する魔物のみが討伐依頼の対象となるが、強力な魔物が人里の近くに常に巣を作る訳ではない。
竜種などは高性能な武器や防具の素材になり、その血は回復薬の原料となるために時の権力者の依頼によって討伐に赴くのだ。
魔法師はいざと言うときの為に魔力を全て消費することは殆んどない。
魔力欠乏症は死に至る症状であり、魔法の放てない魔法師の戦闘力は例外を除けばDランク冒険者より少し強い位である。
リクには、魔力を回復させるために休息することを伝えてあった。
いくら前衛がいなくても魔闘術によってある程度は戦える二人であったが、少ない魔力が無くなれば、待っているのは死であるために無茶をする気はなかったのだ。
「失礼する。レイ殿とミーシャ殿で間違いないかな。私は領主軍の指揮官のゴトフリーだ」
「お偉いさんが今更、何をしに前線へ?」
「悪いが、強制依頼を受けている。魔力と体力の回復に努めたい。出ていってくれないかな」
二人も相当、領主軍に対して思うところがあった。はっきり言えばエレメンタルブレイブの実力があれば迷宮都市の方が稼ぐ事が出来る。
クランマスターのゴードンが魔の森で魔物を狩るのを決めたのは仇討ちであるからだ。
昔から小規模ではあったが今よりはクランメンバーは多かった。
影級の魔物によってクランは一度壊滅し、休息をとっていた現メンバーは難を逃れた為に形として何とかクランを残す事ができたのだ。
そして数年も拠点を置いていれば知り合いは増える。宿で生活していれば色々な情報が入ってくる。
実力に見合わないのに魔の森に入って一人を除いて全滅したパーティや自分等と同じで魔の森に入りながら何度も無事に生還する実力のある冒険者。
アンデスに駐留許可が降りるのはBランクからで物資の運搬等にCランク冒険者が使われる事はあるが、Dランク以下の冒険者では辿り着く事すら困難だ。
その為にCランク昇級試験が行われたりもする。
二人は魔法を放った後に危険を冒して王級の探索に向かったが、発見はできなかった。
だから一度戻ってきたのだ。今度こそ確実に王級を仕留める為であり、エバンスが殺られるとは考えていないが、露払いは既に済んでいる。
あれだけ東門を落とそうとしていた魔物は二人の魔法が放たれてから近付こうとはしていない。生物としての本能なのかは知らないが、確かに防衛にあたる冒険者の負担を減らしていた。
Aランクの冒険者でも限界はある。自分達の身を護るだけなら幾らでもやりようはあるが、戦えない人を庇いながらでは限界があるのだ。
多くの冒険者は疲弊しており、住民達も気が立っている。領主軍がもう少し防衛に協力的であったのなら休息も長くとれただろう。
魔力は寝る事によって一番多く回復するために二人は睡眠を夜にとっていたが他の冒険者は丸薬によって無理矢理にでも意識を覚醒して戦っているはずだ。
「エバンス殿がいないのも承知している。領主軍が討伐に協力しなかったのもだ。だが領主軍の防衛指揮は儂が執る。少しの間でも冒険者を休ませたいのだ。そして二人には魔導船を出す。エバンス殿と協力して王級を討って欲しい」
魔砲の積み降ろしをするために時間はまだある。東門に砲門を集中させる必要があるが、他の門にも降ろす必要があった。
遠距離から魔砲で撃てば被害を少なく出来る筈だ。領都からここまでで派遣された領主軍も疲弊しているがまだ余裕はある。
ポートロイヤルですらこの状況で最前線のアンデスの事は考えたくもない。アンデス、クルト村の討ち洩らしですら苦戦している。
連絡がとれない今は最悪の状況も想定して動かなければならない。
「足が出来るのは助かるが、冒険者が協力するとは限らないぞ。それでも良いのか」
「覚悟はしている」
領主軍が攻勢に出ようとしたその頃のソラは、休息をとる事にし武器のメンテナンスをタイラーに任せてログアウトしていた。




