五十九話
「至急、対策本部の責任者エバンス殿との会談を要求する」
領主軍の制服に身を包んだ兵士が既にギルド内での情報収集にあたっていたが対策本部への立ち入りを拒否されていた。
第一の理由として領主軍が積極的にポートロイヤルの防衛にあたっておらず、そんな領主軍に対してギルドと住民は不信感を抱いていたからだ。
「失礼ですが名前を伺っても宜しいですか」
「クライン伯代理シャルル様よりポートロイヤル防衛の全権を委譲されたゴトフリーだ」
領主軍の高官の情報を冒険者ギルドは得ている。国、領主と良好な関係を築いているが油断が出来る訳ではない。
ギルドの総責任者【統帥】は平民である事が多く、多大な貢献をして支部長【ギルドマスター】となった者も殆んどが平民である。
一種の治外法権を得た冒険者ギルドであっても貴族は警戒すべき相手である。有名クランであっても国と戦うのは難しい。
国と対等に戦える【暁】は己の強さを誇示する相手は魔物で十分であり、人を害する様な行動をとる事は少ない。
「確認を致しますので少々お待ち下さい」
アリシアは防衛に参加しなかった代官と今更やって来た援軍に溜め息をつかざるおえない。
魔導船がポートロイヤルに着陸したのは市内で討伐にあたっていた冒険者からの報告で判明している。船の名前を知らなくてもクライン伯領に住む者なら領主の家紋を知らないと言うことはまず有り得ない。
多くの住民が希望を抱いたのだろうが、一隻に搭乗できる戦力は大型戦艦でも無い限りは、戦局を左右するには至らないはずだ。
エバンスが不在な今、対策本部の指揮はサブマスターが執っている。冒険者ギルドの文官派ではあるが、ギルドにとって重要地点であるポートロイヤル支部の副支部長はエバンスに対して協力的でもあった。
結果を残せればギルド本部に戻った時には栄職が用意されているからだ。ギルド本部職員からしてみれば他の支部に異動になることは左遷である。
出世争いからの脱落を意味するが、現場を知らない者が組織のトップに立っても碌な事にならない為に、実務を統括するサブマスターとして支部に派遣される事は良くあることである。
アリシア自身が研修でポートロイヤル支部に配属されてから一年近く経っているのだ。エバンスの要望によって派遣されギルド員としての実力の高さからポートロイヤル支部では影の実力者とさえ冒険者達から認識されている。
クライン辺境伯領東部で討伐される魔物の素材はランスカ王国にある唯一の迷宮都市産に比べてもひけをとらない。
危険は多いが、ギルド嬢でさえ専属冒険者の力を借りて魔物を討伐している。Dランク冒険者の実力がなければギルド嬢として職務に就く事が出来ない規定があるからだ。
最低限、戦える力があって初めてギルド員として認められるのだ。しかし、文官派のギルド員はその最低基準すら満たない事も多い。
ランク認定を行うのは実務を取り仕切る文官派なのだ。冒険者に認定試験の試験官を依頼しているだけであり、最終的な権限は支部長にあるとは言え、武官派が文官派を完全に無視できる訳ではないのだ。
確認をしなくてもアリシアはゴトフリーの顔を知っていた。エバンスはクライン伯に謁見を許された数少ない存在であり、アリシアは秘書として同行を命じられる事が多いからだ。
クライン伯が武人であったとしても多少の護衛はつける。ギルドと敵対する意思が無いことを示す為にも護衛は最小限となり、クライン伯領でも実力者であるゴトフリーが会談に同席する事に意味があるからだ。
対策本部の臨時指揮を執るサブマスターへとアリシアは報告に走る。
ポートロイヤルの防衛の全権を任されたのであれば領主軍を市内の防衛だけではなく、街の外にいる魔物へと割り当てる事が出来る。
最前線にいるアンデスの兵士よりかは練度は劣るが他の領主軍に比べれば対魔経験も多い。
指揮官クラスともなれば最低でも冒険者Cランクの実力があり、戦力が不足しているポートロイヤルからしてみれば猫の手も借りたい状況だった。
エバンスが防衛に出たことで士気は上がるだろうが冒険者全体を指揮できる者は少ない。
ポートロイヤルで活躍するクラン【エレメンタルブレイブ】のクランマスターであるゴードンもアルトが居ない現状で前衛としてイットと出撃していた。
盾士のゴードン。精霊魔法剣士のアルト。攻性魔法を得意とするレイ。治癒師兼魔法師のミーシャ。イットは後衛ではあるが弓士としての実力は確かで罠の発見・解除を得意としている。
アイカはアルトの形式上の奴隷ではあるがクラン見習いと言う形でアルトからは剣技をミーシャからは治癒魔法を習っている。
以前はここにマルコが所属していたが、クランとしてギルドに登録されているもののパーティ単位のクラン員しか所属していないのが少数精鋭と言われるエレメンタルブレイブの実態だった。
エレメンタルブレイブ以外の冒険者が弱い訳ではない。クロウとマドカ。剣士として卓越した実力を持つ者もいる。
しかし、大規模クランの幹部クラスとして戦える実力を持つ者の多くは領主軍の幹部として領内の治安維持の任に就いているか魔の森の調査部隊へと配属される隊長を務めている。
その為にポートロイヤルの防衛は冒険者任せになると言うのが現実で、住民も領主軍を敵視はしないが、いざと言うときに頼りになるのは冒険者達だと認識している。
サブマスターに対策本部への入室許可を得たアリシアはゴトフリーの下へと急ぐ。
クイーンアント討伐に向かった四人が依頼に失敗した事によって受けた動揺は大きかった。ソラを除いた三人の実力を知っている者は少なくない。
ゴウキは暁のクランメンバーとしてまた二つ名持ちとして有名でAランクの実績は伊達ではない。マルコがエレメンタルブレイブのメンバーとして活躍していたのを知らない住民は最近ポートロイヤルに越してきた者でなければいないだろう。
上級には至らなくても中級であれば十分に魔物と戦える。マルコが街を守る為に戦ったのは一度や二度の事ではない。
ロマは元冒険者として自警団員をよく纏めていた。冒険者として何か大きな事を成した訳ではないはないが生き残っていると言うだけで十分だ。
妻と結婚をし、子供が生まれた事で自警団員となったが、実力的には領主軍の中級兵士となっていても可笑しくはない。
新兵を纏めあげて分隊長や小隊長として戦う事はクライン伯領での憧れの的である。軍に居れば拘束される時間は長く、それを嫌って民間組織である自警団員になったに過ぎないのだ。
ソラはエバンスの弟子というだけで十分だった。
そんな四人が失敗したのだ対策本部に動揺が走るのは仕方がない。
ポートロイヤルの防衛は今すぐに破綻するとは思えない程の安定さがあり、住民に被害が出ているのは遺憾であったが全ての住民を守れるほど自警団員と冒険者の数が多い訳ではない為に対策本部も犠牲を最少に抑える様に努めていた。
物が壊れるくらいなら許容範囲だ。復興に金と時間がかかろうとも受けた損害は何れは回復できる。
それが人的被害だった場合。クライン伯領にとって致命的になりかねない。
他領の圧政に苦しむ者、冒険者ドリームを掴む為に命を賭金にして成り上がろうとする者、厳しい環境だが発展性があり、生きるのに最低限の生活が保障されているために希望を持ってクライン伯領に移住する者たち。
領外に移住する場合は領主の許可を必要とするが、クライン伯爵家に表立って文句が言える貴族家はそう多くない。
王家も東部開発を推奨しているために許可しなくてはならなくなる。しかし、危険性ばかりが伝われば良い流れも断ち切られる。人が増えなければ領が発展することは難しい。
器が復興しても中身がいなければそれはただ不要な長物でしかない。人類史上最悪と呼ばれるチェルノブイリの事故。
放射線汚染によって時が経った今でも防護服を着てもそう長くは留まる事が出来ない地だ。
各国が抱えている迷宮都市も同じで今回の様な異常発生がいつ起きないとは限らない。一人の研究者によって魔石はエネルギー源として活用される様になった。
しかし魔石も精霊石にも判明していないことは多く、魂石と魔石の違いも良く分かってはいない。しかし、人は魔石に頼った生活を続けざるおえない。
何故なら現代人が電気の無い生活が出来ない様にこの世界の人もまた魔道具の無い生活が出来ないからである。
ポートロイヤルの現状を確認するために対策本部へと赴いたゴトフリーであったが、冒険者、ギルド職員、自警団員の姿はあっても代官の部下の文官または領主軍幹部がいない事に気付いた。
主君であるジョセフが陣頭指揮を執っていれば有り得ない事だ。
生粋の貴族として生まれたジョセフは軍人としてキャリアを積んだが冒険者を蔑ろにすることはなく、冒険者に対しても一定の敬意を払っていた。
貴族が高位冒険者に家紋の入った短剣を与えるのは多くの場合は首輪をつけるためだ。
領内での特権を与え、自家の戦力として他家を牽制する。
男爵以上の領主軍は多くの冒険者仲間とその子孫で構成する騎士爵の領主軍とは異なり高位貴族であればあるほど部下と言うよりは都合の良い道具として貴族は扱うのだ。
確かに平民からしてみれば貴族の庇護は大きい。理不尽によって平民は一年にどれくらい恥辱と命を失っているのだろうか。
クライン伯爵家の陪臣家の子として生まれたゴトフリーには理解が出来た。
領内においては陪臣家は貴族と同等に扱われる。主君の意向によっては陪臣家の者が同じ平民を虐げるというのは良く聞く話だ。
クライン伯家においては陪臣には確かに他の平民とは違う特権が与えられる。
税の一部免除や王立魔法学園や王立騎士学校への学費援助だったり様々だが、騎士は魔物と戦う義務を文官は民の生活を良くする義務を背負っているのだ。
その文官の代表たる代官が出兵を拒否し、ポートロイヤルの治安維持に協力はしているものの領主軍は庁舎や官邸に立て籠っている。
領主軍も平時は軍の専横を避ける為に軍事行動には領主直轄部隊を除いては各街の代官の許可が必要となっていたがそれが裏目に出た。
アンデスほどとは言わないまでも魔物相手に戦ってきた自負がポートロイヤル所属の領主軍兵士にはあった。
だからこそ一部の兵士達は命令を無視して防衛戦に参加したのだ。領主軍の高官を除いてはほとんどの場合、騎士と名乗る事は許されていない。
国の民の盾であり剣である騎士は王国軍において騎士と認められなければ名乗る事は出来ない。王国軍において騎士になる実力があればそのまま王国軍で出世した方が待遇も良いだろう。
領主軍の幹部候補生が王軍で騎士になった後に領主軍の幹部として働くことがあり、軍系貴族であれば陪臣の子を主君の子と一緒に王国軍に入軍させる為に一定数は騎士として名乗ることが出来るだけなのだ。
ゴトフリーも騎士と名乗る事が出来る一人であり、クライン伯爵家の陪臣の子と言うのを除いても、百人長以上の役職に就く事が出来る貴重な人材だった。
騎士となり数年は王国軍の騎士として国に尽くしたが本来の主君はクライン伯爵家だ。
当時の直属の部隊長はゴトフリーが王国軍を離れるのを惜しんだが、陪臣の事情も把握している為に引き留める事はできなかった。
代々、代官を輩出している陪臣家のプレッシャーが理解できない訳ではない。
ゴトフリーも同じ様に領を護る兵として幼少の頃より武芸を習う事を両親に強要されてきたからだ。気闘術の才能がなければ兵として活躍する事は難しい。
魔法師は大軍との衝突では優位に働くが、分隊や小隊と言った少数の敵とは相性が悪い事が多いのと才能に左右され易い為に小身の陪臣の家では敬遠される。
少しのミスで主家からの信頼を失い地位を追放される。陪臣と言えど伯爵家に仕えるとあれば歴史は深い。
まして成り上がりと言われるクライン伯爵家であれば、男爵として下級貴族であった時代や子爵として中級貴族であった時代を経験している為に没落を嫌うのは貴族も陪臣もそうは変わらない。
平時には優秀な男であった代官を責めたいがそうはいかない。軍人である領主軍の高官の中にも大暴走に適切に対応できる幹部がどれほどいるかは不明だし、確かに代官はクライン伯領の発展に貢献してきたからだ。
種族の異なる王級の魔物が出現したのも異常であり、東部だけではなく、クライン伯領の中部でも相当の被害が出ていた。
堅牢な外壁を有する街ならば直ぐに落ちる事はないだろう。実際に救援に駆けつけるまでポートロイヤルは市民に犠牲を出しつつも街の防衛は機能していた。
対策本部に待機するギルド職員によってポートロイヤルの状況を詳細に把握する事は出来たが、対策本部自体が混乱に陥る可能性は高く、代官によって非常事態宣言がされているだけでもエバンスの説得によって代官は出来うる範囲で為すべき事をしていた。
「ここにいる者に聞いて欲しい。私はシャルル様によってポートロイヤル防衛の全権を委譲されたゴトフリーだ。ポートロイヤル防衛に尽力する全ての者に感謝と謝罪を。私の権限において領主軍兵士には既に出撃準備がされているどうか防衛に協力をしてほしい」
民間組織である冒険者ギルドと自警団が領主軍に対して協力すべきというのは傲慢でしかない。
本来なら陣頭に立って奮戦すべき領主軍が、対処する術があるのに現状を指をくわえて見ているしかなかったのは恥ずべき事である。
領主軍の装備品・消耗品は全て領民から徴収した税で賄われている。
各門に備えつけられた砲門は性能は軍用と比べて低く予備として持ってきた軍艦用の魔砲門を配置する事にした。
領主軍にも魔法師は所属しており、王国軍と同様に専門の魔砲部隊がある。
魔法を込める装填手、敵への距離を計測する観測手、観測手の指示によって攻撃する砲撃手達である。単独で弾を込められる上級魔法師の装填手は少ないが複数の中級魔法師によって補っている。
きちんとした【同調】訓練を受けている装填手とただ寄せ集めでしかなかった冒険者達の装填手では魔砲の威力には差があるのだ。
ここまで来て領主軍単独で事態を終息できるなどゴトフリーは考えていない。今更、何を言っていると憤慨する冒険者もいるだろうが頭を下げる事にゴトフリーは躊躇いはない。
頭を下げることでポートロイヤルに住む人の命が一つでも多く助かるのであれば安いものだった。
「これまでにどれだけの者が命を落としたと思っているんだ」
そう憤慨したのはアズローと共に戦い傷ついた冒険者だった。
それ以外の報告に来ていた斥侯の専属冒険者達はエバンスが先ず協力を要請したのが領主軍であった事を知る者達であった。
「確かに今更かも知れないがまだ大暴走は終わった訳ではない。少しでも被害を減らす為に協力して欲しい」
ゴトフリーは殴りかかってきた冒険者を止める事もなくただ受け入れた。
強化された肉体から放たれた拳は練度は低いが人が生身で受け入れられるものではない。後ろから殴った冒険者を制止したのはマルコだった。
「止めないか。彼はおそらく領都クラインから派遣された領主軍の指揮官だろう。代官の官邸に魔導船が停泊しているのは報告にあっただろう。冷静さを失うな。冒険者なら生き残る為に使えるものは何でも使え、それが肉親の敵であってもだ」
いつもの習慣で咄嗟に気闘術で身体強化をしていたゴトフリーだったが、顔からは流血していた。ポートロイヤルに辿り着くまでに倒した魔物は多かったがそれ以上に助けられなかった命は多い。
命令違反とならないギリギリの決断ではあったが到着が遅れることでポートロイヤルの住民に被害が出ることもまた予想が出来ていたことだ。
外壁に守られた都市であっても数百から数千の魔物に囲まれれば、無事では済まない。
一番多くの死者が出るのは領主軍・自警団・冒険者である為に殴りかかってきた冒険者の主張は正しい。
「良い。彼を放してくれ。ジョセフ様が鍛えた兵も戦場で戦えないのなら逃げ戸惑う市民と変わらん。力を持つ者には義務があるそれは君らの方が知っているだろう」
ゴトフリーに反感を抱かない者は少ない。自分達の第二の故郷を護る為に戦う冒険者や家族を護る為に戦う冒険者は多い。
彼等が傭兵だったのであればポートロイヤルから離れていただろう。しかし、Dランク以下の冒険者達も防衛に参加した。
ベテランと呼ばれる冒険者ほど役に立てるとは彼等も思っていない。
しかし、戦えない一般人よりかは場馴れしているのは確かで押し寄せてきたアントを一対一であれば倒す事も不可能ではない。
「俺達、冒険者は確かに底辺だ。道を間違えれば処刑される犯罪者と変わりはないのかも知れない。だが生きる為にとは言え魔物と戦う事を選んだ。家族を護る為にで死んでいった住民も今、外で戦っている冒険者も誰かを護る為に傷付いた。いざという時に戦えない領主軍に用はない」
対策本部に控えるギルド職員を除けば怪我をしていないのは実力のある専属冒険者くらいのものだ。
腐臭はしないが血の臭いはする。回復薬は有限で治癒師の治療できる回数も有限だ。
殴ってきた冒険者を止めた男も所々、酸を受けた様な傷が防具についていた。
「お前達は下がれ。ここはクライン伯領だ。全権を委譲されているのであればゴトフリー殿の意見を聞かない訳にはいかないのは分かっているだろう」
サブマスターがそう告げたことで冒険者達は己の役割に戻っていく。教会に負傷者を運ぶのは困難であるために、神官を冒険者ギルドまで護衛しなくてはならない。
自分達の身の安全を確保するために領主軍兵士も教会に駐留していた。
亜人差別に反対するセズ派だがそれ以上に拝金主義となったセズ派を快く思う国民は少なかった。
別室に案内されたゴトフリーはようやく詳しい防衛状況が知れるのかと溜息をついた。




