五十八話
「結界を張る。済まないがエルフ以外は全員、外に出てくれ」
村長宅であるカイトの家では、アルトから連絡を受けたフーカが治療の準備をしていた。
種族を問わずに多くの人を受け入れてきたランスカ王国でしか見られない風景であり、クルト村も多くの亜人、ハーフを受け入れてきた。
亜人国家に住む者からしてみればハーフは忌むべき存在だった。
人種に犯されて出来たのがハーフであり、亜人種同士の異種族の場合は子供が生まれにくい為にハーフの場合は大抵が人種と亜人種に出来た子供であるからだ。
両親の特性を受け継ぐハーフは純粋種に比べると力が弱い事が多い。
親である両方の種族に迫害されるハーフは独自に集落を作って暮らすが、ランスカ王国ではハーフを迫害する事は国家反逆罪にあたる重罪である。
初代国王アレキサンダーと四公爵家の血筋が現在のランスカ王家である。それぞれ特徴が異なり同じ王族でも先祖返りによって発揮される力は異なり、総じて寿命は通常の人種より長い。
魔法を得意とするエルフは当然、結界魔法にも秀でている。
人里離れた森の奥で生活しているエルフ達だが、他種族から攻め込まれない様に結界を張るのは当然であり、エルフが護るべき世界樹を脅威から遠ざける為に必要な手段であった。
今回、張る結界は世界樹を護る為に張っている結界と同種のものであり、エルフの秘技の一つである。
「私も駄目なの?」
夫が心配であるフーカは同席を希望したが、断られた。いくら大恩あるカイトの妻であってもこの結界はエルフ以外に知られてはならないのだ。
カイトは中に入る事になるが薬草によって意識を奪った上で治療を行う事になる。稀少級の時間停止の効果のある魔法袋には世界樹の葉。
聖竜の涙など治療に必要な薬が用意されており、有志によって用意された植人の秘薬も置いてあった。今クルト村で出来うる限りの最高の治療であり、ランスカ王族でも簡単には受けられない治療だった。
十六人のエルフによって歌が紡がれて行く。精霊に最も近いと呼ばれるエルフ達によるものであり四陣結界よりも強力な精霊結界を張る為に必要な事だった。
系統魔法に比べて魔力消費の少ない精霊魔法であったが、特殊な結界であるだけに意識を保つ為にポーション中毒に気を付けてながらMP回復薬を飲む必要があった。
結界の中核となるのは永い年月を生きたエルフであり、火・土・風・水の基本属性を高水準で修めた者だ。本来であれば相克しあう属性を束ねて自然そのものの環境を創りだす。
大いなる自然は人が生き残る為には、過酷な環境であるのと同時に恵みを人に与える。障気によって得た傷は時間が経つほどに治療が難しくなる。
カイトがここに運び込まれてから三十分程が経過しており、傷を負ってからも一時間はまだ経過していないだろう。
更に幸運な事にランスカ王家にも報告していないが、クルト村の住民の中には、植人でも更に特別な一族の出身であるメディスンが住んでいた。
メディスンは迫害から逃れた植人の中でも名家と呼ばれる家の出身だ。薬学に詳しい植人の中でも植人の秘薬を作れる者はそう多くはない。
素材の状態、気温・湿度によって同じ手順で製薬しても効果は異なる。ただでさえ貴重な素材を多く使用する秘薬を素人に任せるほどの余裕は植人にもない。
非公式の聖級薬師であり、クルト村が魔境に近い過酷な環境でありながら死者を少なく出来たのは自警団員の実力もあったがメディスンの村の薬師への指導の賜物でもある。
「魔力が持たないならポーションを飲んでおけ」
若いエルフにそう声をかけるのは要の一人の枯れ木にも似たエルフだ。
若いエルフと言っても百年以上は生きている。経験は古老のエルフに比べれば浅いが十分に魔法師としての実力はある。
魔導師を名乗っても不思議ではないくらいの実力者が疲弊する位には強力な結界を張らなくては障気を除去するのは難しいと考えていた。
「傷付きし者に与えられんは世界樹の葉、聖竜の涙、賢者の秘薬。我等が願いしは、魔なる者と勇敢に戦いし者の救済」
要の四人が強く魔力を結界に流し込む。精霊を召喚した四人のエルフは久々の高位精霊魔法に体力と魔法を削られていく。
四の四で創られた結界の中で精霊の力を象った精霊具が顕れた。邪なる部分を患者から切り離す為に必要不可欠な精霊具でその形は鋭い短剣だった。
意識を同調させて行われる高度な魔法は確かにその力を発揮した。
短剣の切っ先がカイトの瞼に触れると同時に黒く変色していた皮膚の色素は薄まり本来の肌色へと徐々に戻りつつあった。
瞼を切開し、中に浸透した障気を取り除いていく。眼球に関しては人種とは比べ物にならないくらいの医療知識を持つエルフであっても未知な事が多い。
現代医学の知識のないエルフが手を出して良い領域ではなかった。そして今まで結界の外にいたメディスンはエルフ達による初期治療が終わった事を薬神の加護で知った。
「最善は尽くしたが、村長が回復するかは神のみぞ知るだろう」
治療に当たった若いエルフは魔力の枯渇から肩で息をしており、年老いたエルフはまだ魔力には多少の余裕はあるが、腰を辛そうに叩いている。
各々が己の職務をこなしている為にカイトの状態を気にしている者は多くても気を抜く事はない。カイトが怪我を負う程の相手にして戦える者は多くはない。
アルトは防衛に協力してはくれているがカイトの個人的な知り合いとしての立場であって依頼料を取る事はしていない為に無理をさせる事は出来ない。
それ以上にクルト村に住む非戦闘員を除いた村人はカイトとフーカ達が基礎を作りその後、多くの元王国騎士の自警団員によって護られてきた村を一緒に防衛してきた誇りがある。
亜竜を村単独で倒せるのはクルト村くらいだ。開拓に失敗した多くの貴族の敗因は魔物の習性を軽視していたことであり、十分な戦力を開拓村に置かなかった事にある。
貴族の一人として例外的にランスカ王国から東部の開拓権を与えられたカイトは今ランスカ王国にとってもクルト村の住民にとっても失ってはならない人だった。
普段から貴族らしくない行動で知られているカイトは同じ貴族から陰で成り上がりと馬鹿にされている。
王家に忠誠を誓う四公の一つゴドラム公爵家、東部開発を任された忠臣クライン辺境伯家、次期竜王の一角とも称され元筆頭宮廷魔法師であり、元子爵家当主トルウェイと力強い仲間は多い。
貴族派からしてみればカイトの発言力が落ちる事は歓迎すべきことだが、それはランスカ王国東部を大混乱に陥れ、他国に侵略させる結果になる事を理解している貴族はどのくらい居るかは疑問だった。
治療からカイトが目を覚ましたのは決着から半日が経ってのことだった。
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やっとの思いでソラ達三人はポートロイヤル冒険者支部に帰還した。倒したアントの数は数えるすら面倒で至急、本部に帰還すべき三人が遅れたのも市内にアント達が散発しており、討伐に時間がかかったからであった。
三人を誰何する声すら懐かしかった。ポートロイヤルが本格的に魔物達の侵攻を受けてからそう時間は経っていないが、濃い時間は武器の損耗とレベルアップが如実に事実であるとソラに告げていた。
「ロマ隊長。自警団本部への報告を頼めるだろうか。ソラは武器のメンテナンスと休息をとっていてくれ。俺は対策本部に報告してくる」
普段、近くにいる分には暑苦しく、戦闘では優秀な盾役として仲間を守る筋肉ダルマであるマルコはそうソラに言い残して上階にある対策本部へと向かっていった。
一階部分には避難民であると思われる住民が所狭しと居座っており、プライベートの無い空間に押し込められて苛立っている雰囲気が伝わってきた。
完全武装している冒険者もいるが、入口付近に固まっており、依頼者である住民に顔見知りがいるソラではあるが、基本的には他の冒険者と組んで活動した経験が殆んどないために顔見知りの冒険者は少ない。
「ソラさん」
出会ってからそこまで日が経っていない為に、二人の声を無視する事はソラにはできなかった。
「葵、謙人。二人は無事だったのか」
ラビットを倒せる様に指導したのは、宙人が現実世界で警察官から習っていた様に、MWOではエバンスに出会い教えを受けたからだった。
ソラは棒術に詳しい訳ではないが、警察の逮捕術には警棒を用いた制圧術がある。だから葵に多少、不恰好ではあっても指導することが出来た。
魔法に関してはリースに教わった一部を指導したに過ぎない。武器を購入した後の僅かな時間と防衛戦での間で二人はよくやっていると思う。
ソラはその経験を下にスモールラビットと戦った。拙い防具と短剣で敵とはいえ命を奪う。ゲームとはいえ抵抗感を覚えるプレイヤーは多い。
それを乗り越えて戦う事が出来るのは、あくまでもゲームであるというのがプレイヤーの負担を減らしている。攻撃を受けた時の痛みや血や傷と言ったゴア表現が制限されていると言うのも大きな理由だが。
「はい。初心者プレイヤーは戦線を下げられた後に、主要施設の護衛に当たる様に言われたので死亡判定を受けたのは少なかったんです」
謙人はそう答えた。無鉄砲な葵が制止を振り切って魔物に突撃しなかった事にソラは安心した。
SPを割り振って初級攻撃魔法を覚えた葵は現実世界とは異なりロールプレイであるMMOの世界では本来の性格より多少、攻撃的になっていた。
数は連発できないとはいえ、スモールラビットには十分だった。初期のスタートダッシュに成功したと言えるかは疑問だったが、レベルを上げることで防衛戦に参加した初心者の中で活躍した方だろう。
「謙人。魔法剣士は器用貧乏になりやすいからお勧めは出来ないぞ。葵は棒術を取得できたのか」
「葵ちゃんとプレイするなら必要かと。ソラさんだってミディアムラビット相手に戦えていたじゃないですか」
「覚えましたよ。私にはらくしょーです」
謙人は堅実な答えを。葵は決して大きいとは言えない胸をこればかりかと張って答える。
「謙人がそれで良いなら問題はない。葵はもうちょっと成長しなきゃ駄目だな」
視線によってソラの意図を察した葵は自分からやっておいて顔を真っ赤にしていた。
いくら小狸とは言え、恋愛に関する経験値は、そう高くなかった様だ。
「ソラさん。セクハラです。GMコールしますよ」
しかも、張り手のおまけつきだ。他の冒険者達は暇潰しもあってこちらに聞き耳を立てている者も多く、にやにやした表情を隠すことなく浮かべていた。
ソラからしてみれば知り合いの冒険者は少ないが、逆に冒険者からしてみればソラを知らない者は少ない。
エバンスがギルドマスターとしての職務をこなしながら鍛練を欠かさない事は冒険者の中では有名な話だ。
少しでも分け前の良い仕事を受ける為に早起きする新米冒険者はいても魔物討伐が出来る様になり安定した収入を得られる様になった冒険者は昼頃に起きて討伐依頼を達成して夜に酒を飲むというサイクルを繰り返す者が多い。
前者は生きる為に訓練に当てられる時間は少なく後者は今更、訓練場で訓練をするものは少ない。
無論、槍聖エバンスの訓練を邪魔しない様にという配慮がない訳ではないが、エバンスが戦闘訓練を冒険者に指導することは稀であり、槍に至っては皆無だった。
図々しい新米冒険者が指導を受けても直ぐに脱落すると他の冒険者は思っていた。実戦派でもあるエバンスは戦闘の基礎が出来ていない者でも平気で魔物と戦わすのだから当たり前だ。
命は一人につき一つしかない。例え死ななくても冒険者として致命傷を負ってしまえば、後がない冒険者が冒険者稼業が出来なくなれば待っているのは緩やかな死しかない。
だからこそ冒険者達はエバンスの教えを受けたいと考えていても実際に教えを受ける者は少ないのだ。
武器を持たない素人をそのまま魔物と戦わす事はないが、短剣一本を与えて戦わす事や得意武器を没収して戦わすことはエバンスは平気でやる。
同じ種類の武器ならば扱い方には大きな差は無いが身長や筋力・腕の長さには当然、個人差がある。同じ重さでも女性と男性では筋力によって感じ方が異なるし、子供と大人でも変わる。
同じ人間でもその日の体調によって変わるものなのだ。大抵の冒険者がAランクに至らないのも言ってしまえば生まれ持った才能が生死を左右し、才能があっても運がなければ過酷なこの世界で生き残れないからでもあった。
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「報告。ポートロイヤルは魔物に包囲されているものの無事を確認。しかし、街中まで魔物の侵入を許している模様」
「魔砲隊は、群れへの砲撃準備。代官邸へ接舷後、討伐隊と監視隊を編成。少数の部隊を率いて情報を収集する」
空を見上げればクライン家の家紋が目に入っただろう。三百とは言え、厳しい訓練を耐えてきた精鋭で今更、魔物に恐怖して動けなくなる弱兵はいない。
多くの上級職を擁し、職業レベルも高い。体に負った傷痕は領民を守ってきた証であり、彼等の誇りだ。
多くの村を経由して派遣されたゴトフリーは、ポートロイヤルが失陥していない事に安堵した。
援護射撃をして助かった者は多くはないが東部に向かう程に被害は多く、村のいたる所に死体が散乱しており、体の一部が欠損していた事は珍しくなかった。
ゴブリン・ボブゴブリンが主な集団であったが、シャドウウルフの姿も散見した。統一性のない魔物達は何かに命令された様に村を襲っており、埋葬されなかった死体は濃い障気を浴びてグールとなっていた。
生存者を救出する時間的な余裕はなかった。ゴトフリーの行動は軍規に抵触しており、領主軍の任務である領民を守護するためとは言え、災害が終結した時には何らかの罰が与えられるだろう。
「砲手。主砲放て。人に当てるなよ」
魔導船から放たれた魔法は数人の魔力を束ねたもので赤い煙が上がっていた方角へと向けて発射された。
上空からはポートロイヤルの外に散開する部隊は視認されておらず、煙が薄くなっているところから問題が発生してから少し時間は経っているだろうが、魔物を減らしておいた方が良いと判断したためだ。
魔導船で待機を命じられた魔法師は不満そうだった。幾度となく魔砲を発射したために確かに魔力は消費していた。
船を護るのも重要な任務で誰かがやらなくてはいけないことだ。しかし、大量に侵入したアントは領民を襲っていた。
市中に散開した冒険者達が必死になって戦っているのが見えた。避難した多くの領民を代官が保護しているのも直ぐに分かり、ポートロイヤルの領主軍が代官邸で任務をこなしていたのも理解は出来る。
ただ代官の顔を見た時に怒りが込み上げてきた。
「貴様。何故、軍を街中に展開させない。ここだけが襲われている訳ではないのだぞ」
「ゴトフリー殿。私はクライン伯の代理としてポートロイヤルを統括する身だ。口を慎みたまえ」
「クライン伯代理シャルル様の命により、ポートロイヤル防衛任務の全権を委譲された。ここの防衛には、一部の兵をおいていく。貴殿の身柄は拘束させて頂く。連れていけ」
ゴトフリーは直ぐに冒険者ギルドに部下を派遣した。情報を集めなければ組織的な防衛など不可能であり、エバンスを筆頭とした冒険者ギルドは信頼に値する相手で、定期的に一部の冒険者を雇って魔の森での調査任務に就いていた。
領主軍・王国騎士・冒険者。三者の関係は良好でそれは代表する者達の人徳の高さを示している。
大抵の場合は王国騎士は嫌われる者だ。犯罪者から嫌われるなら良いが、貴族の子弟がなり、強い権限を有している為に身内を冤罪で斬られた者もいるだろう。
全ての王国騎士がそうではない。だが昔ほど頼りになる存在ではない。王国騎士の弱体化は王国の兵力の弱体化を示すがゴドラム公爵家の改革も貴族派に妨害されて思った様に進んでいない。
治安を守る者である領主軍と冒険者は対立する。領法に従って裁くが粗暴な者が多い冒険者は、陪臣の子弟の多くが所属する領主軍を忌み嫌う。
ランスカ王国の主権者はランスカ王だが、代理として領を運営する貴族の意思が現れる領主軍と仲良く出来る訳がない。
支配側と被支配側。冒険者は底辺ではあるが己の肉体で路を開く者だという自負がある。血統書付の犬と野良犬以上の差がある両者だったが、エバンスの功績もあって敵対することなく良好な関係を築く事が出来たのは日々の積み重ねの賜物だった。
ゴトフリーは現状が思っていたよりも悪く無いことに安堵したが、予断は許さない。
護衛のための小隊を率いて冒険者ギルドへと向かう事にした。




