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五十七話

「剣聖カイト殿とお見受けする。私と一戦を交えて貰えないだろうか」


 カイトが油断していた訳ではなかった。何もないところから現れたと思われた敵は異様な姿をしており、生気は感じられなかった。


 だが目の前の魔物をそこらにいる不死族(アンデット)とはどうしても思えなかった。聖級の固有技には、聖属性が含まれ、アンデットに対する特効がある。


 多くの戦場で戦ってきたカイトは人と戦う以上に魔物やアンデットと戦ってきたのだ。


 その勘が姿を見せる事が殆んどなく、人類の敵である魔人の中でも力のある者だと告げるのだ。


「分かった。相手しよう」


 手加減のできる相手ではない。剣聖(ソードマスター)として二本の剣を抜く事は稀ではあるが、全力で相手をしても倒せるかは疑問だ。


 魔人を纏う深い闇が、原始的な恐怖を誘う。同じ人であれば一本で十分であり、上級剣士でも敵ではなかった。


 だが、クルト村に現れたのは不死騎士王ダールで退屈凌ぎで侵攻を決めた魔王マリアに独断で人類でも力を持つカイトに挑戦をするためにクルト村まで赴いたのであった。


 カイトの持つ二本の剣は剣聖の名に恥じない業物だが、不死騎士王ダールが持つ大剣もそれに負けない業物だった。


 名匠の鍛えた武器に大きな差はない。あるのは使用者の技量の差だけだ。


 ダールはアンデットとして多くの年月による経験はカイトを凌ぐものだったが、アンデットの能力は生前の能力に依存する。


 ダールの経歴を知る者は既にいない。多くの年月は力を衰えさせるどころかダールに力を与えた。


 カイトの実力は近衛騎士として対人戦の経験を積みその後に騎士爵として対魔物の戦いを学んだ。両者の剣士の腕前は神の領域へと踏み込み始めていた。


 剣の一閃は常人の目に止まらない。常人の域を脱した二人の戦いに踏み込める勇者はいない。


 剣士として王国騎士として功を成したクルト村の上級剣士達は多くの騎士達の憧れの的であったが彼等をもってしても二人の領域に踏み込む事はできない。


 数合だけなら持つ可能性がない訳ではない。だが、一人の剣士として目を離す事はできなかった。一撃の威力に特化したダールに対してカイトは二振りの剣を巧みに扱い、攻撃を凌いでいた。


 気闘術は神に与えられた魔法と同じ神の御業だったが、その力は代償を必要とする。


 気闘術は術者の身体を一時的に強化するが、体力の消耗が著しく、時に筋組織を断裂させる。治療師による治療のかいなく再起不能となる者も多い。


 オーラブレイドもまた剣士としての実力がなければ十全に扱えないばかりではなく纏える属性は才能に起因する。


 対して魔法師は己にある魔力を糧に奇跡を起こすが、体内にある魔力を使ってしまえば魔力欠乏症となり、回復できなければそのまま死亡する。


 対峙した二人の剣士としての腕はカイトの方が勝っていた。しかし、魔法師としての腕はダールが勝っていた。


 剣士の敵が常に剣士である必要はない。剣士には魔法師に対しても対策をとらなくてはならない。剣士は接近戦のプロではあったが、魔法師は中・長距離を得意とし近接戦をこなせる魔法師は少ない。


 両者の関係は天敵であり、カイトとダールも人類と魔人と関係を無視しても敵対するのは必然であった。


 近距離において魔法を使用する余裕はない。詠唱をする時間はなく、使えても初級魔法ぐらいで牽制以上の事が出来る魔法師は稀である。


 上級剣士には魔法を斬る者もいる。カイトは言うまでもなく、ダールも同様だ。光と闇。魔力の質もそうだ。


 剣士としてのカイトは優秀だが、魔法師としてはそうではない。人であるが故に有限であり、魔法と武術を極めた人種は存在しない。


 両者は浅い傷をつけるだけに留まり、致命的な失敗をするまでに至らない。ダールは一人の騎士として一対一に拘りカイトもまた異形な存在ではあるが騎士としての誇りを失っていないと感じた。


 カイトは村を息子を守る為に戦う必要を感じていたが、高揚感を抑える事はできなかった。剣聖と言われる迄になったカイトが全力を出せる相手は多くない。


 上級剣士が複数であってもカイト一人に勝つことは出来ない。実剣ではなく、刃を潰した剣であったが、攻撃が当たれば骨折では済まない。


 聖級同士の戦闘は全力ではなく、王国武術大会における剣舞は観客を魅せるものではあるが、剣の本質から離れている。


 自分を護るためまた大切な何かを護る為にカイトは剣を振るうが、剣の本質は人を傷付け、時に殺害する事にある。


 相対できる敵があることで輝く才能だった。警察官は犯罪がなければ不要な存在であり、消防官もまた火事がなければ不要な存在だ。


 カイトが全力を出すにはクルト村の存在は邪魔だった。ダールもまた全力であるカイトと戦って勝つ必要があるのであって簡単に勝てる相手では無かったが本気でないカイトに勝っても意味はない。


「ここでは本気で戦えないだろう。場所を移そう」


「心配するな。自警団は村を護る事に全力を尽くせ」


 カイトは形式上、臣下となっている部下達に指示を出して移動を開始する。


 クルト村の飲料は地下水に依存しており、その昔に大きな山があった場所が戦闘によって削られ平地となった場所は多く、二人が戦う場所は村から少し離れればいくらでもあった。


 二人は暗黙の了解があるように己の敵から目を放さなかった。一瞬の隙は達人級において致命的な隙となりかねないからだ。カイトはダールと対峙してその剣の技量ばかりか魔法の技量に感心していた。


 人の肉体と心を捨ててまで剣を極めようとは考えないが、武人としての一つの完成形を見た気がした。


 先程より多く練り込まれた聖気と邪気が武器に纏われていく。


 移動中に練り上げた気を全身に纏い防御に使うくらいなら相手をただ殺す為に武器に纏う。二人が出した結論であり、光と闇が本気でぶつかりあう際に見られる現象だった。


 武器に気を纏わせる事に気を取られて剣技が疎かになる愚を二人は犯さない。教会に不本意ながら聖人として認定されたカイトであったが、それはランスカ王国を護る事であり、自身の存在証明であった。


 ダールにとって人の肉体に固執するカイトは武を極める者からしてみれば失格だった。


 騎士としての誇りは捨てる事はなかったが既に仕えるべき主君も護るべき民も歴史の彼方へと消えてしまった。


 それだけの年月が経っており魔王に組するのもそんな人類に対する侮蔑の心からだった。どんな高潔な魂を持つ者も権力を持てば穢れいつかは衰え死んで行く。


 ダールの武を極めたいという一心が今もを現世に留めているが、カイトに破れて来世へと導かれるのであればそれもまた武人としての誉れであると考えていた。


 カイトは長期戦ではなく、短期戦に活路を見い出すしかなかった。一日や二日くらいなら不眠不休で戦う事は出来るが、相手が不死族となれば、人として体力が有限であるカイトの方が圧倒的に不利だからだ。


 またこの敵との戦いは村人を護るという結果の過程であり、敵に勝てても村が滅びては意味がないからだった。剣を繰り出す手を止めることなく、カイトは神へと祈りを捧げる。


「荒ぶる戦神よ。我が敵の血肉を捧げん。大いなる加護をこの剣に宿し敵を討ち滅ぼさん」


 加護の程度によって効果も代償も異なる。体中の筋繊維が切れる音を聞きながら強化の段階を一つ上げていく。


 加護は神が人類に対する関心度と言い換えても良い。どうでも良い者に加護を与える神はいない。神の力は信仰心であるが、神同士の対立がない訳がない。力を与える代わりに神力を集めるのだ。


 人同士の戦いは習性であると同時に神の代理戦争でもあった。邪なる者を討ち滅びさせたい。五神を筆頭にした神族といつしか闇を司る様になってしまった邪神側の終わりなき戦いである。


 地上に干渉できない神だが加護者を使えば話は別だ。相応に神力を消費するが、それ以上に敵から奪えば良いのだ。


 カイトにとって剣は己の存在証明と同義だった。ただの平民でしかなかったカイトが貴族になれたのも卓越した技量があったからで、剣と出会わなければただの農民としてその生涯を閉じていただろう。


 創造神オリエンタルを信仰するオリエンタル教以外にも多くの神が信仰されている。戦神は傭兵や騎士の多くの信仰を集める神でその加護の力は強い。


 人類が魔族と対抗する為に力を求めるのは必然であり、その信仰心が戦神を高位神へとさせているのだ。それに対して邪神は魔族と極一部の人種に信仰されていた。


 死を司る邪神は創世神話の逸話さえなければもっと広くの種族に信仰されていても不思議ではない。本来であれば生と死はセットであり、生まれた命は成長し、やがて衰えては死に至る。


 不死族(アンデット)の様にその輪から外れてしまう異質の存在はいるが多くの者にとって死は避けがたいものであるが、新たなる生への過程に過ぎない。


 過去、文献に残された様な神級の使い手が減ったのは輪廻が邪神によって崩されているからだ。神力は有限であり、神に至った存在であっても争う事を止める事は出来ない。


 大地世界の人々は神々にとって神力を生み出す装置の一部であり、不老不死である神々にとって余りある時間を消費する娯楽の一つだった。


 久々の大規模侵攻に対して一部の神は人類に警告を与えた。数を増やしては減らし、減っては増える人類であったが高位神にとって力の根源である人類が減る事は都合の良い事ではなかった。


 邪神は高位神によって冥界に閉じ込められ、封印されているが神々の中にも邪神に与するものはいる。その者達によって魔族は力を得て魔王はその中の筆頭であるに過ぎないのだ。


 人類の存続を願う神によって与えられた神託はまさに襲われ様としていたランスカ王国に対応策を与えたが、人類同士の戦いには不干渉である事を求められる神々にとってどうしようもなかった。


 龍神の力の一端の持つ龍人トルウェイによりランスカ王国東部の侵攻は阻止された。その事は神託の巫女を通じてランスカ王国内に周知されるだろう。


 しかし、この一人の人種と一人の魔人による戦いの結果次第では多くの命が失われ結果的に邪神の力を強め神々の力を衰退させる事になる。


 間接的な関係者とは言え、部外者とあまり変わりのない戦神は歯痒い思いをしていた。武を尊び、血が多く流れる戦場を好む戦神だったが、人類が滅びる事を望んでいる訳ではない。


 生きる為には力が必要でそれは純粋な戦闘力であったり、金であったり、権力であると言うだけの話だ。戦いはその者にとって譲れないものを護るためであり、その護りたいものを護る姿が戦神の価値観で最も気高く美しいものであるというだけだ。


 加護を与えた矮小な存在に気を留めない神が多い中で戦の中で命を落とした者の魂を管理する権限を持つ戦神は、大いなる加護を得た人物を見守っている。


 魂のコレクションとも言える。戦神は来るべき終末戦争において神の尖兵(せんぺい)を集める役割を担っている。


 結果はどうであれカイトが命を落とせば、最も力のある魂の状態で戦神の下へと導かれる。戦神が導ける魂はただ戦場で命を落とした者ではない。


 戦士として敵に立ち向かい命を落とした者でただ間が悪く戦場に居合わせてしまった魂は対象外となる。そして強い闇の力に囚われた者を救う力は無かった。


 これまでの戦闘で二人は互いの実力を凡よそではあるが把握していた。剣が掠める度に力を削られるのは、お互い様で自身が殺されるよりも早く敵を殺さなければ、生き残る術はない。


 カイトは脱力し、一見は隙だらけに見えるが剣に力を乗せる為には筋肉を弛緩させ、力を込める必要がある。零からトップスピードへと一瞬で変化した剣戟はダールの片腕を奪った。肉を斬らせて骨を断つ。


 カイトの剣はダールの生体防具をものとせずに両断する事には成功したが瞼を深く斬られており、片目の視界を奪われていた。


 人は両目で見る事によって遠近を判断している。直ぐに戦えなくなる様な傷ではなかったが剣聖であるカイトでも戦闘では不利で治療して視力が戻るかは分の悪い賭けになるだろう。


 一方のダールは大剣を片手で扱うには問題は無かったが技が制限されるのは痛い。達人級になれば杖などの補助具なしでも魔法の威力は減退しにくくなるが、片手が奪われた事によって咄嗟に魔法で迎撃する事が難しくなるからだった。


 そして主のものと敵の血を得たカイトの黒魔鉄の魔剣は好戦的になり、逆に白魔鉄の魔剣は主の傷を癒す為に癒しの力をもって止血する為にカイトから与えられた魔力を使い始めた。


 カイトは村の防衛に力を貸してくれるアルトが居た為に弱い魔物によって被害が出るとは思っていなかった。


 アンデスへと出陣させた竜騎士隊もクルト村の全戦力ではなく、残った竜騎士達が村の上空を監視し、いつでも迎撃に向かえるように待機している。


 剣聖となったカイトは教国から儀礼剣を贈られていたが、使用することはない。


 カイトが教国に認められ、剣聖を名乗る様になったのも政治的な思惑があったからだ。


 教国は聖人を認定する事で信者の信仰を集めており、ランスカ王国は教国が引き起こしてきた聖戦で自国の民や騎士が傷付くのを良しとしなかった。


 カイトは双厳流の師範として剣技を更に広めるため、またランスカ王国民を護るため、一番の理由は妻フーカと子アーサーを護るためだった。


 半分となった視界でもカイトの剣は鈍る事はない。頻繁にあることではないが視界の利かない場所での戦闘も有り得るし、手元に武器がない場合もあるだろう。


 王国騎士として、そして今は貴族として帯剣が許されているが、場所によっては武器の持ち込みが出来ないことなどよくあることだからだ。


 その場合に肉体のみで相手を制圧する技が双厳流にはあり、体術の出来ない剣士は三流以下とされる所以(ゆえん)である。剣道場の様に竹刀を使う事はない。特定の部位を攻撃禁止など甘いルールもない。


 生き残った者が勝者であり敗者は屍を大地に晒す事になるのが現実だった。相手が魔物の場合はその死体すら残らない事もよくあることだが。


 片目と片手。両者の受けた傷は直ぐに戦闘不能になるようなものではなかったが、片手を失ったダールの方が分が悪い。


 魔法的な義手を生み出して戦闘を続行する事は可能だが、カイト以外にも自分に匹敵するであろう精霊魔法師の存在を嗅ぎとっていた。


 気配を消すのではなく、敢えて察知できる様にしていることからも隠れている人物と戦えば、ただでは済まないだろう。


 しかし、魔王マリアに無断で出撃したダールは成果なしで逃げ帰る訳にはいかない。ダールの真の目的はカイトと戦う事ではなく、ある男の子を調査をすることだったが、やはり父親である剣聖カイトは只者ではなかった。


 初級闇魔法を連発してカイトから何とか逃げ切ったダールはそう思うしかなかった。


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 アルトは二人の戦いを監視していた。上級職を持つ自警団員は多いが、カイトと相対している敵は別格だった。


 人類の中でも上位の力を持つカイトであっても簡単には討ち滅ぼせない敵だ。


 加護持ちは稀少でカイトが加護を用いても倒せない敵がいるのは想像したくのないことだった。二つ以上の上級職を持ち刀と精霊魔法を駆使して戦うアルトであってもカイトに勝てる確率はそう高くないからだ。


 負傷したカイトに魔法袋に入れていた上級回復薬を使用するが、傷口は塞がらない。障気の強い不死族(アンデット)系の攻撃を受けた時に極稀に起きる現象で強い障気は人類の体力を容赦なく奪っていく。


 相反する力である()属性であれば、除去は可能だろうが、その使い手はまだ幼いアーサーしかクルト村にはおらずフーカは対症療法は出来ても完治させるには至らないだろう。


「フィー。一つお願い出来るかな」


「アルトの役に立つならいいよ」


「有り難う。今すぐにフーカさんに治療の準備をもしかしたらピナの涙が有効かもしれないと伝えてくれるか」


 精霊は気紛れではあるが、契約者との盟約は破らない。契約者がいなくても精霊本来の力を発揮できるのは精霊王とその直属の高位精霊のみだ。


 風の精霊フィーと契約しているアルトは治癒魔法が殆んど使えない。両親の残したこの大陸とは異なる体系を持つ陰陽術は独学であるが故にどちらの魔法体系とも微妙に違う為に扱い辛いものだ。


 気配を探って敵が完全に索敵範囲からいなくなった事を確認してカイトに声をかける。戦闘で気が昂っている人間に近付くのは危険であり、敵と誤認されれば相手がカイトであった場合、抗う事は困難を極めるからだった。


「アルト殿か。済まないが村はどうなっている」


「村は無事です。それよりも怪我の手当てを」


「多分、無駄だ。このクラスの傷は成竜の聖竜の涙か、聖級の治癒魔法でなければ治療は難しいだろう」


 アルトが予想できること位ならカイトも予想できたのだろう。息子アーサーの愛竜ピナは()竜ではあるがまだ生まれてから間もない。


 トルウェイの愛龍ニールが産んだ卵にアーサーが魔力を注いで誕生したが素質はとにかくまだ殻もとれていない赤子と変わらない。


 残る手段は聖級の治癒師だがそれは難しい。光の聖級治癒師は今代の教国、教皇その人だからだ。


 ランスカ王国は何とか聖人を複数、擁することで政治的な均衡を保っているのだ。


 教皇が傷付いた人々を治療するのは政治的な思惑があってのことで起こされる奇跡は信仰を集めるものでしかない。


 国家間の関係によって財も権力もある王族・皇族であっても敵対する者に施しを与えるほどほどの気高い精神を聖職者であるオリエンタル教の神官は持ち合わせていない。


 カイトの治療を頼めば何を要求してくるか知れず国難にあるランスカ王国を守護する剣聖カイトに対して今まで直接・間接的に護ってきて貰った事を忘れて批判する恥さらしな国民が出てくるだろう。


 とにかく出来うる限りの最善を尽くすそれが今できるアルトの精一杯であり、植人とエルフ達の製薬技術に一縷の望みをかけるしかなかった。

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