五十六話
ソラ、マルコ、ロマの三名は洞窟からの脱出を試み成功していた。ぎりぎりまで撤退の判断を見送ったマルコであったが情報を持ち帰る事にシフトせざるおえなかった。
生きて情報を持ち帰る事も重要な任務であった。マルコには迷宮化しているまでの判断はできなかったが、通常種ではあり得ないアントの出現率を考えれば撤退も合理的であった。
ソラとロマの体調に変調をきたしていると言うのも大きな理由の一つだ。
急激なレベルアップは強い弊害を生む。魔物を倒し経験を得ることで肉体的に強化されると言うのが冒険者が得た実体験に基づく考察である。
万能感に支配された冒険者は無謀な行動をとりやすく経験のない若い者ほどそれは顕著であった。冒険者はそう長く続けられる職業ではない。
傭兵と同じで生きて辞める事の出来るのは慎重な者だけだ。
重要なのは実力者ではなく、臆病者であるという事だ。実力があれば確かに生存率は高くなるだろうが己を過信して死地に赴く者は多い。
冒険者であれば臆病者は蔑みの対象となるが死んでしまっては意味がない。魔物との戦いに敗走しようが依頼を失敗しようが生きているだけで勝者であるのが現実だ。
迫り来るアントを倒しながポートロイヤルへと向かうロマは異常事態発生を報せる赤い煙幕弾を上空に向けて投げた。
魔力と反応し煙を出す魔導具で異常を遠くまで報せる事が出来る為に冒険者や兵士の中で重宝されていた。
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「物見より報告。アント討伐に支障が出た模様」
赤く上がる煙は確かにアントの女王がいると推測された地点からであり、何かしらの不測な事態が起きたと見て間違いはない。
しかし、エバンスはゴウキが簡単に殺られたとは考えていない。ゴウキが攻略中の迷宮の方がクイーンアントより強力な魔物が出てくるからだ。
「救助隊の編成は?」
「未だ深緑の森のメンバーは到着しておりません。派遣できる戦力はギルド専属のみです」
エバンスの問いに答えたアリシアは端的に救助隊の派遣は不可能だと告げていた。
ギルドの勧告に従わなかった住民を護る義務は冒険者ギルドにはない。人類の共通の敵である魔物だからこそ積極的に冒険者を招集し討伐しているが本来であれば国軍が対応すべきなのだ。
しかし、大暴走となってしまえば話は異なる。
冒険者ギルド創設者の理念を体現するために冒険者ギルドでは規定がある。依頼を受けていない場合でも魔物が大挙して押し寄せてきた場合、防衛の為に冒険者を派遣する。
護衛依頼は受領するが戦争のための戦力としての冒険者の依頼契約を禁じ罰則者にはギルド除名処分と依頼者に対しての莫大な罰金などである。
生まれながらに平等ではないが、せめて無意味に落とす命を拾いあげたいというのが創設者の想いであった。
「アリシア君。リースに治療の中止をさせてギルドに結界を張る様に伝えてくれ。防衛にあたっている全冒険者を市中に派遣しアントを殲滅させるのだ」
「マスターは如何なされるのですか」
「当然、儂も討って出る」
ギルドマスター室に飾られていた竜槍と地竜の革で出来た鎧を身に付けていく。エバンスが槍を持った瞬間に竜槍は血を吸いたいと言うかの様に鼓動した。
地竜の牙に地竜の背骨を芯に加工した槍はエバンスに討伐される前の地竜そのものである。
生前の特性を受け継いだ竜槍は頑丈であり、ソラの訓練の為に実戦投入されたが、喰らうのは小鬼や中鬼ばかり、アントも相手としては不足だったが暴れられるのであれば問題ではなかった。
「留守はアリシア君に任せる。サブマスターの補佐を頼んだぞ」
「健闘を祈ります。精霊のご加護を」
エバンスの体が薄く発光する。直ぐに見えなくなったが、呪いなので効果は気持ち程度だった。それでも無いよりかはましで戦場に赴く親しい者の無事を祈って行われる。
アントくらいならエバンスは問題なく狩れる。それよりも一度エレメンタルブレイブのメンバーと合流してラビット種の特異体の討伐状況を把握するのが先決だった。
向かってくるアントに竜槍を突きたて屠って行く。エバンスの行く手を阻む者は槍の一撃を以て物言わぬ骸となって大地に晒されていた。
気闘術には段階があり、先ず己の中の気を探る事から始まる。才能がなければいくら努力をしても無駄でこれが出来なくてはCランク以上の冒険者として生活をする事は難しい。
次に体内から放出されている気を体に纏う。最初は大雑把でも良いがこれが出来なくては次の段階に進めない。
全身に留める様にして段階を踏んで部分的に留めるこれが出来れば気闘術の初心者である。防具を身に付けなくても体は硬質化し、転じて攻撃力の増加に繋がる。
そして物体に気を込める段階へと進む。体内から離れてしまえば途端に難易度は上がる。無色の気に属性を付加するよりかは簡単だが中級者向けである。
そして気を固め体外に武器として放出する。気に対して抵抗のない者に対しては禁じ手で魔物に対して有効な手段である。
一部の者は気を固形化して武器として扱う者がいたり、探索の際に索敵に使用したりと用途は広い。その分、悪用されやすく気を扱う流派は弟子の育成には慎重になりがちである。
そして魔法が使えないエバンスは気に活路を求めるしかなかった。才能がないと言われても諦められず研鑽した結果が覇気の発露であった。
修業で多くの命を奪ってきたエバンスは救った人の数も多いが後悔も多い。魔物だけではなく犯罪者をも殺めてきた両手は血に染まり過ぎていた。
しかし、エバンスを慕う者もまた多かった事が救いだろう。
本部に控えて陣頭指揮を執っていた筈のエバンスが現れて東門で防衛に当たっていた冒険者達は戸惑いを隠せない。
冒険者として一線を退きギルドマスターとなったエバンスは実戦感覚が鈍っており、過去の大暴走を乗り越えた経験は住民に希望と冒険者に士気を与えていたからだ。
リクは代表してエバンスに問う。東門の防衛を任された者としての責任感がそうさせた。
「本部に詰めていなくて宜しいのですか」
「皆も確認したはずだ。アント討伐隊に何かが起きた。幸いラビット系なら儂が加勢すれば直ぐに終わる。それまでは最低限の冒険者を残し市内のアント討伐に注力せよ」
Eランク以下の冒険者が多いとはいえ一定数の一人前と認められたDランク以上の冒険者はポートロイヤルに滞在している。
Bランクを越える様なベテランは城塞都市アンデスで活動許可を得た上で魔の森に侵入して生活の糧を得る。
アンデスで活動できるような冒険者は長期休暇を取っては娯楽の少ないアンデスからポートロイヤルに移動して稼いだ金を街に落としていくのだ。
魔の森に生息する魔物は亜種が多く、魔物の研究者にとって格好の資料となるために素材の買取り価格は高い。
そして他の個体より良質な魔石が取れる為に王国の外に持ち出す事に対して税金を課して輸出規制をかけるほど稀少で高値で取引される。
高品質な魔石は良質の魔道具を作る為に必要不可欠で、魔道具文化の進んだ国の魔工師を招聘し、自国を豊かにする為の原動力になっていた。
国家公務員にあたる宮廷魔法師には国民から登用に成功した魔工師がおり、アンデスで使用された魔雷はその者が作りだした失敗作を改良し軍事利用したものだった。
エバンスの命によって市内に散っていった冒険者だったが、どこまでの住民が助かるかは未知数だった。
古くからクライン辺境領に住むほどエバンスに協力的であり、脅威の少ない西や南の出身ほど反抗的だった。
過去多くの犠牲を出して終息した天災、大暴走に対しての第一声が保護や発生するであろう損害の補償に対してであり、危機感に欠けているとしか言いようが無かった。
一部の馬鹿貴族を除いては、この地を治めるクライン家に対して喧嘩を売るほど愚かではなく、その代わりに連れてきた領主軍兵士と共に領地へと逃げ帰っていった。
流石の冒険者ギルドも貴族に対しての拘束力を持っておらず、あるのは特定の貴族に対する依頼受注の拒否のみである。
討伐依頼は拒否される事は稀であるが、問題を起こした貴族の領地から支部を撤退させる事はギルドの権限で行える為に貴族と冒険者ギルドの関係はほぼ対等なものであった。
ポートロイヤル支部所属の冒険者によって市内のアントを討伐していくが、数が多すぎて対応は後手に回っている。
街を普段であれば覆っている結界も完璧ではないために綻びからアント達が侵入しているだろうと容易に予想はつくが対応が出来るかと言えば別の話だった。
簡易結界しか持たない村の場合、税金は安い。だが今回の様に大群の魔物に襲われた際には無防備である。
村といいつつ小国の国軍に相当する軍事力を持つクルト村が異常なだけであって普通であれば現在ポートロイヤルに救援に駆けつけている領主軍が目にした惨状が各地で起きていても不思議ではない。
誰が悪いかと言う問題ではない。公権力を持つ貴族の私兵は有力都市の防備に優先して回される。都市に住む領民の負担は大きく、その日の生活に困る者も多い。
領主軍の規模や軍備が充実している程に領民にかかる負担は大きく有事の際に兵を率いて参軍する義務のある領主は特権もあるが義務も多いのだ。
普段、義務を果たしていない者ほど権利の主張をする者が多いが身分社会であり、反乱罪が適応される為に冒険者ギルドを責める勘違いした者は多い。
人は誰だって自分に親切にしてくれた人を救う為に行動に移しても迫害してきた者に対して命を懸けて戦うほど聖人君子ばかりではない。
そういう意味ではポートロイヤルと冒険者達の間は良好であった。ならず者として扱われる冒険者が落とす金は領地を潤しておりクライン伯領における主要産業の一つだ。
そのためクライン伯ジョセフは冒険者に優遇処置をとっており、冒険者達が領主軍に不当に扱われる事は少ない。武人であるジョセフは魔物以上に人が脅威である事を知っていた。
魔物は理由もなく人を殺すとされているが、同じ人間でありながら魔物以上に力を持つ冒険者は時に最悪の人災を生む。
領地を治める貴族にとって有力な冒険者を専属にするのは自軍の強化が目的であると同時に潜在的な脅威を取り除くためであると言って過言ではないからだ。
エレメンタルブレイブの魔法師であるレイとミーシャが魔法を放った跡地を見てエバンスは仕方がない事だと思う。
槍を極めて槍聖と言われるエバンスだが、人種という限られた寿命の中で高みに登り詰めるものは少ない。ギルドマスターであるエバンスでさえ貴族であるクライン伯ジョセフに面会する際には武器の携帯は認められない。
聖級に登りつめた一部人間を王国では公爵級の要人として扱うが、それは実力に対する配慮であって個人の人格に対しての配慮ではない。
力を持たない多くの人間は王家と四公爵家に敬意を払っているに過ぎなかった。
魔物との殺し殺されての関係は人類と魔人の関係を表している。オリエンタル教の示す聖典は神が実際に存在する世界である以上は事実が多く含まれている。
神の代弁者たる神託の神官・巫女によって時に依り代に降臨した神自身によって肯定されてきたが当時を知る高位神は俗世に干渉する事はほとんどなく、教会にとって都合の良い言葉に改変され信仰を集めている。
人から神の領域に踏み入れた者の行く末を知っている者はいない。生前の行動の記録は残っていても死んでしまえば他の人と同じ様に埋葬され何れは人の記憶から消えていくからである。
【神級】、ランスカ王国初代国王アレキサンダーは【勇者】や【英雄】に恥じない活躍をし、国を興したとされているが事実は分からない。
勝者にとって都合の良い様に歴史が書き換えられるのはよくある事で当時を知る者は生きていない。
建国の経緯と妻に亜人を迎えたことから差別主義者ではなかったのは確定だろうがアレキサンダーが何と戦っていたかは歴史の向こう側へと消えてしまっていた。
エバンスはまだ一ヶ月に満たない間だけ面倒をみた青年ソラを思い出して生き残ったら自身の持つ戦闘技術を伝えていこうと決意する。
まだまだ若い者には負けないと考えていたエバンスだったが年月の経過は無慈悲だった。冒険者としての全盛期はとうに過ぎている。
後は衰えていく一方だ。現役時代に何とか倒した愛槍となった地竜であったが今、戦えば五分を持たずに自分は死ぬだろう。
過去に弟子としようとした冒険者がもういない事は理解している。属性魔力を持たない自分が魔道具に頼らずに起こした火によって焼いたのだから。
新たなる才能が発見される度に落胆し、自身の技術を後世に残していいのかと苦悩してきた。
だが、多くの稀人が現れたことによってランスカ王国だけではなく、世界が変わる兆しなのだろうと考える様になったのはエバンスの中で大きな変化だった。
槍術などの武術は乱世の時代において輝く才能であって平時では危険人物としか見なされないだろう。
もしかしたら自分の力を次代へと引き継ぐ事が生まれ育った国、ランスカ王国に対する最後の奉公なのかもしれない。
良いことばかりが人生ではなかったが自分が生きた証を遺す事は悪くない様に感じた。そしてそれを邪魔するものは何であろうと力づくで排除しよう。
それが老兵たる自分の役割だ。決意は人を強くする。エバンスも過去に戻った様に力を発揮し始めた。
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カイトの中に焦りが無かったと言えば嘘になるだろう。それは息子であるアーサーが生まれた時に覚悟していた事だ。
当時、村で唯一のエルフであったヘレン婆からその事実を知らされた時はランスカ王から騎士爵に叙勲されクルト村がやっと村としての体裁を整えた時だった。
この地に住む者だったら知らない者がいないとされる位に有名な初代国王アレキサンダーの英雄譚。その一部にはこう記述されていた。
地方の有力家でしか無かったランスカ家には不思議な痣を持つ子供が生まれた名をアレキサンダーと名付けられ、他の子と変わらない様に育てられた。
奇しくも当時の大陸は乱世であった。有力家同士で牽制をし合いどの家も大陸の覇を手中に収める事に躍起になっていた時代であった。
とある有力家は自勢力を拡大する為に亜人を攻めて奴隷にした。またある有力家は亜人を人種となんら変わらない人間であると主張し、人種による支配を批判していた。
神々は困惑した。神々からしてみれば人種も亜人種も父神であるオリエンタルが創りだした御子でありそこに優劣はない。
しかし神々は過去の過ちから俗世に干渉する事を戒めており、地上に住まう人々の問題は自身で解決させるしかなかった。
神々にとって亜人種の迫害よりも猶予のない事態が差し迫っていた。
地上から冥界へと送られた魂は現世に転生することなく、純粋であった魂は黒く染められ地上を脅かす敵【魔族】となっていた。
神々の制約は同じ神の過ちを正す時のみ地上への干渉を認め、当時に最も力を持っていた五神は己の加護を地上の民へと与えた。
その一人がアレキサンダーであり、人に余る力は痣となって体の何処かに刻まれた。アレキサンダーの聖痣は左胸にあり、服を来ていて誤魔化せる位置にあった。
そして同時に現れた四人の種族を問わない実力者は、神の力を持って神敵を討ち滅ぼす神託を受けたのだった。
剣を得意としたアレキサンダーはその剣を持って敵を討ち滅ぼした。同時期に国を興した五つの国家は同盟を結んで人類の共通の敵である魔族と戦い、魔境に閉じ込める事に成功したとされていた。
史実かはカイトにとって問題ではない。人種が精霊に愛される事は稀であり、親和性の高いエルフですら精霊の姿を見れる者は少ない。
【精霊眼】を持つヘレン婆は生まれたばかりの子を祝福する精霊を見て気付いた。精霊信仰をするエルフはそれぞれの氏族に伝わる伝承も多い。
そして人の記憶と異なりエルフの記憶は薄れにくい。数百年前の生き証人が存命しているのだから当たり前だ。そして事実を知ったカイトは極親しい者だけに伝えて彼らを息子の庇護者とした。
そして自身の持つ剣技と妻フーカの魔法を息子アーサーに教える事になったのだ。個人的な繋がりからトルウェイと知り合いになったのは幸運ではあったが息子の運命を決定つけてしまった。
森龍人から森龍が誕生した様に生まれる前に与えられた魔力の性質によって属性は決定される。
そしてアーサーが与えた魔力から孵った子竜は稀少な属性である聖属性だった。
そして幼い子の属性適性を見る魔導具に魔力を通した結果、過去の英雄がそうであった様に全魔法属性に対して適性を示したのであった。
そこでカイトの覚悟は決まったと言えた。子の親としてまた力を持つ者として魔族との戦いに命を捧げる事にした。
勲功を挙げた事により下賜された土地は奇しくも魔境に面していた。これは敬虔な信者ではないカイトでも運命の悪戯を感じた。
そしてランスカ王国を襲った大暴走、貴族として少ない伝手からも大量の稀人が確認された事によって時代が動いている事を感じた。
双厳流の師範として弟子を召集するのは越権行為であった。人類の敵である魔物に対してであっても内情は私事で大量の戦力を集めた事には変わりがないのだから。
そして攻め寄せる魔物をを討伐しながら戦士としての直感が息子に迫る危機をカイトに告げていた。




