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五十五話

「負傷兵の回収を急げ」


 陣頭指揮を執るのは千人長でありアンデスの副将だった。出撃した兵の損耗は大きく、遺体を回収できずに、魂石だけを回収し、撤退せざるおえないのが現実で魂石すら回収できない場合も多かった。


 どの騎士も表情を歪めていた。優先されるべきは生存者の撤退と救出であって魔の森に近く、大暴走(スタンピード)と災害級の特異体の出現で全滅しなかっただけ運が良かったと言えた。


 遺体を回収できないのであれば魂石を回収して骸を焼く。この世界での埋葬が火葬が主であるのは不死族(アンデット)化を防ぐ為に最も有効であるからだ。


 オリエンタル教では死した魂は生前の行いにより主神の下に赴くか、救いのない地獄に落ちるとされている。


 亜人達には主神の下に赴く資格はないとされ、地獄に落ちた者は亜人や汚れた存在である魔物に生まれ変わると説いている。


 オリエンタル教の非主流派の神官セズは亜人は人種の劣化した種族ではなく、神が創った人種と変わらない生命なのだと説いて高位神官であったセズは教主の座を争っていた政敵に追放された。


 セズは理想を体現した融和国家ランスカ王国に赴いて布教を始めた。しかし、セズがランスカ王の庇護下に入った事でランスカ王国の立場は更に悪くなり、聖戦が行われた。


 セズの死は付いてきた神官達に動揺を与え、ランスカ王国は教国に対抗する為にセズ派の教えを国教の一つに指定した為に度々の聖戦が行われる事になった。


 セズ派の神官はランスカ王国第一次聖戦【セズ聖戦】において治癒魔法の使い手としてランスカ王国と教国の戦争に貢献して確固たる地位を築いた。


 教国では迫害されてきたがランスカ王国では種族による差別や信じる神によっての迫害を禁止している。


 ランスカ王国で生まれ育った人種ならば亜人に対しての差別意識も少なく、良き友であり切磋琢磨できる好敵手(ライバル)である。


 その後のセズ派の腐敗は王の頭を悩ませるものではあるが、人々を救ってきた事実は消える事はなかった。


 今、セズ派に王国が介入すれば、王国は混乱に陥るだろう。土着神を信仰する種族もいればオリエンタル神を信仰する者もいる。


 お互いの領分を侵さない事が種族の調和に必要な事であり、国家の介入は悪手であった。信仰の自由は保障するがオリエンタル教の信者は警戒の対象になる。


 表立った布教を認めていないのは亜人差別を肯定する宗教で、逆に人種を否定する宗教も認めていない。


 状況を確認した副将は監視隊に防衛任務を命じてから守将室へと向かっていた。


 トルウェイが意識を失いクルト村の竜騎士達は直前の命令に従って好意でアンデスの防衛任務に就いているに過ぎず何より魔雷による戦果報告は今後の対応を決める重要なものだったからだ。


 ブロードも負傷し、指揮には問題はないが戦闘行為は不可能であり、アンデスの防衛力は平時より落ちていた。


 魔の森に入る事を許された限られた冒険者達も度重なる防衛戦で疲弊していた。クランの戦力は落ち今後の活動に支障が出るくらいでそれより問題だったのは稀人(プレイヤー)の方だった。


 勇敢と無謀を履き違えた稀人によって騎士達にも被害が出た。籠城を前提としたアンデスのつくりであれば、本来であればこれだけの死者を出さずに済んだ筈なのだ。


 高位冒険者の意見を蔑ろにすることはブロードにも出来ずこのままであれば全滅する事になることは火を見るより明らかであった為に攻勢に出たのが原因であった。


 魂石を回収し、教会に提出するのは騎士の義務でもあった。国も国民を把握しようと努めてはいるが、それは税収を確保するためであり戸籍はその副産物でしかない。


 洗礼を受けた者は教会の名簿に登録され死亡が確認されると削除される。穢れを祓い次の生へと送り出すのは教会の重要な役目である。


 神の創りし稀人は姿形は自分達とあまり変わりはないが、強い神の加護を受けている為に不死であるとされている。


 禁忌に触れる事なので公言はされていないが明らかに致命傷を負った冒険者や心肺停止状態となった稀人が生きていた事実を考えるとこの戦いで命を落とした者達への理不尽さを覚えてしまうのは副将だけでないだろう。


 守将室に辿り着きノックした副将はブロードの声に従って入室した。


「後始末を任せて済まなかったな」


 包帯を血で染めたブロードを見て副将は内心で貴方ほどではないですよと溜め息をつかざるおえない。


「いえ大した事はありません。報告致します。今回の一連の防衛戦における死者は約二百名となっております。負傷者は無事な者を探す方が難しいと言わざるおえません。物的被害に関しましては報告書をご覧下さい」


 ワイバーンの攻撃によって城壁の一部が崩壊。ブレスによって虎の子である魔砲二門が使用不可。


 監視櫓も倒壊した事によってアンデスが城塞としての価値を未だに有しているのが奇跡だとしか言えない状況だった。


 冒険者の死者に関しては規定額を冒険者ギルドに支払う必要があり、戦死した騎士に関しても見舞い金と遺族年金を支払う事を考えれば文官はこれから書類の山と戦う事になるだろう。


 それよりも由々しき事態なのは今回戦死した騎士の穴埋めは簡単ではないことだった。階級的な段階を踏む必要があるのと同時に一人前の騎士を育成するためには時間と金がかかる。


 騎士学校の卒業生を採用しても直ぐに魔物と戦える様になるのは優秀な極一部の生徒のみで成績優秀者は中央へと進む為に東軍に好んで来るような物好きは少ないからだ。


 東軍将軍マハメドによって配置転換が行われ他の方面軍からも騎士が派遣されてくるだろうがどれほど使いものになるかは分からない。


 そして今回の大暴走(スタンピード)が魔人によって人為的に起こされたのであれば警戒を緩める事は決して出来ない。


 部下の報告によってAランク冒険者クロウ氏の報告を部下から聞いたが嫌な予感とは当たるものだ。


 四陣の結界に封じ込めた災害級の魔物は明らかに上級魔人だった。通常種のオーガとは考えられないのはその身に強い障気を纏い黒い肌がそれを物語っている。


 トルウェイの龍鱗を破り龍皮に傷をつけるのは並大抵の事ではない。中級魔法ですら龍気を纏ったトルウェイに傷を付けるのは難しい。


 武器も相当の業物でなければ攻撃した武器が衝撃に耐えきれずに自壊してしまうだろう。


 カイトやクロウの卓越した剣(刀)技と所持する武器があって初めて戦いという同じ土俵に立つことが許されるのである。


 その為に第二の防波堤として剣聖カイトを騎士爵に命じて特権の代わりに義務を与えたランスカ王の判断は間違っていなかったと言える。


 種族に関わらず強者を称える文化のある竜国に嫌気が差して移住しようかとカイトとフーカは考えていた事もあったのだ。


 弱者に厳しい世界ではあるが力を持つ強者にとって贅沢さえ望まなければ生きていく事は難しい事ではなかった。


 ブロードは守将権限を用いて国軍である騎士達に中級HP・MP回復ポーションの使用を命令していた。


 国費で賄われたポーションなどの回復アイテムは使い過ぎれば担当する監察部に睨まれる事になるが職を賭けてでも王国のために戦った騎士達を死なせる気はブロードにはなかった。


 冒険者に対しては正当な対価を貰わなくてはならなかったが、それでも緊急招集された冒険者に対しては割引が利く為にアイテム庫を空にする勢いで物資が消費されていた。


「団長。これ以上、立場を危なくする行動はお控え下さい」


 階級は下だが、副将はブロードが危険な事に手を出すのを止めたかった。副将として責任を取らされる立場だからではなく、敬愛して止まないブロードが処分されてはこの戦いを生き抜いた騎士達はランスカ王国に対して強い不信感を抱いてしまうからだ。


 護るべき者や信念のある騎士は迷いなく戦いに身を投じる事ができるが、国に対して不信感を抱いた騎士は弱い。


 ただでさえ不遇の身となっている平民騎士は騎士という安定を捨てて冒険者として在野に散ってしまう可能性が高い。


 こういう時に家に縛られる貴族出身の騎士は柵から動けなくなってしまうが、徴兵された農民を率いて戦う事が求められる王国騎士にはカリスマを持つ騎士が必要なのだ。


 素人は押していればその場のノリで戦えてしまうが、逆境となれば容易く崩壊してしまう。訓練された兵士や騎士でさえ、難しいのに素人に求めるのは酷であり、職業軍人である騎士の成す役割はランスカ王国が戦術を変えない限りは重い。


 それが帝国であったのであれば貧困など軍に志願する理由は様々だが、銃によって戦力を平均化された兵士は数で補う戦法と是非は様々だが督戦隊によって攻撃しなければ仲間に撃たれるというのは死兵を生みだし戦う相手からしてみれば実にやり辛いものなのだ。


 マハメド将軍が庇っても責任を追及する将軍が出てしまえば家格もあって厳罰を避ける事は難しい。


 望みの綱となるトルウェイ殿は昏睡状態となり、クライン伯爵軍のアンデスの責任者は作戦に懐疑的であった為に助け船を出す事はないだろう。


 騎士は辞職するためには直属の上官の許可が必要となる。ブロードが上官の間は辞める者は少ないだろうが、下級騎士を嫌う現場を知らない上官が配属された場合はどうなるか分からない。


 一定年数を勤めあげれば上官の許可は必要なく騎士年金も少ないがでる。しかし、現場復帰が不可能な騎士が多く更に上官に不満を持つ騎士達が一斉に辞めてしまえば、民を国を誰が護るのだ。


「作戦前に言った筈だ。この作戦の全責任は私にある。その責任を手放すつもりはない」


 ノックなしで入室してきた伝令兵は敬礼をしてブロードへと体を向ける。


「報告致します。魔雷によって焼けた森は再生する兆しを見せておりません。只今、工作班による簡易監視櫓の建設を鋭意遂行中であります」


 上級魔法で焼いたとしてもある程度の時間が経ってしまえば、魔の森は再生する。


 未だに油断の出来る状況ではないが、防戦一方になるよりかは事態は改善されている。


 当然、払った犠牲は大きかった。騎士達の半数以上が継戦不可となり、街で生きているクライン領主軍と冒険者達の力なくては防衛はままならないだろう。


 しかし、意識を失っていたクロウは治癒師の懸命な看護によって戦闘可能まで快復していた。


 単体の戦闘能力もそうだが冒険者の指揮を執れる者が出てきたというのは吉報であった。槍聖エバンスも逆境の中で冒険者を率いて大暴走(スタンピード)から街を護りきった。


 その際にも多くの冒険者が亡くなったが、その犠牲があった事で戦えない一般人の多くの命が助かったのだ。エバンスもポートロイヤルの冒険者を率いて徹底抗戦中だろう。


 少なくとも後顧の憂いなく戦えれば何とかなる可能性は高い。クルト村からの増援も見込める様になれば更に有利に戦う事が出来るのは言うまでもない。


「無理だけはさせるな。騎士達にはこれ以上、死ぬ事は許さん。お前達が死ねば誰が国民を護るのだ。即時撤退できる様に準備させることを現場に徹底させよ」


「はっ。徹底させます」


 伝令はブロードの命令を受領し、敬礼をして去った。平時であれば伝令の無礼を咎めるだろう副将も戦時には躊躇わずに報告させる事を徹底していた。


 上官に遠慮して正確な情報が伝わらずに全滅するのと食事中だろうが睡眠中だろうが、報告をしてその報告に基づいた適切な命令を出し行動するのとでは後者の方が良いに決まっている。


 勘違いした馬鹿貴族の顔色を伺っている余裕はないのだ。一つの決断、一瞬の油断で命が消えていくのが戦場だ。そういう意味ではアンデスに配属されている騎士達は恵まれていた。


 責任をとりたがらない上官ほど部下の功績をあたかも自分が成したかの様に報告して昇進のための功績にするのだ。


 公正であること時に裁判を行わないで犯罪者を断罪できる騎士に恨みを抱く者は多い。犯罪者から恨まれる分には職務の一環と言えるが冤罪によって死罪になる場合もある。


 被疑者には神の審判を受ける権利があるが、権利があるのは貴族のみであり重大事件以外では滅多なことでは執り行われる事はない。


 神官に対して高額な布施が必要になるのもそうだが、基本的に街に入る際に触る事になる【判定神の水晶】の力を信用しているからである。


 簡易審判ともいえそれだけで何かしらの罪が判明するのだから犯罪者を処罰するのに問題はないと言う考えであった。


 有事には城塞として近隣の民を受け入れる役割を担う筈だったアンデスは逆に騎士の家族をクルト村へと送っていた。


 良識ある者が多いとはいえ火事場泥棒が発生しないとはブロードは考えていない。騎士達は外敵と戦う為に疲弊し、城塞内に残された従士・従騎士達は戦闘能力が低く騎士ほど権限を有していない。


 仲間が傷付き苛立った冒険者同士の諍いを止める能力がなく、ブロードの下にも陳情が上がってきているほどだ。


「さて、混乱に乗じて犯罪を行った者に対しては【審判の雷】の使用を有事鎮圧法に基づいて許可する」


【審判の雷】は極一部の国に認められた騎士のみに使用が許された儀式魔法の通称である。


 被害者が多くいる事や早急に治安回復が行われる必要があるなどの条件を満たした場合のみに魔導具を媒介に発動される。


 誓約・判定を司る神エンゲージによって人に与えられたとされる稀少級魔導具であり、神託の神官・巫女による手作りとなる為に大変高価な魔導具となる。


 誓約魔法と同様の効果をもたらし、誤審の可能性は限りなく低い。


 戦闘も確かに多くの犠牲を出した。しかし、治安を維持する騎士にとって戦うという選択肢は数多くある中でも愚策であった。


 戦わずしてその場を収めるのが最良であり、人ならざる魔物が相手では無理な相談ではあったが、戦闘後の治安回復は急務であるのと同時に大きな厄介事を孕らんでいた。


 ブロードが最低限の治療だけ行い処理をしているのが如実に現している。


 クルト村の竜騎士達に協力を仰ぎ他の場所との通信を試みてはいるが、返信は返ってきていない。魔道具の通信可能領域は魔の森に近付くほど使用不可になっている。


 大量の障気による通信トラブルだと考えられるが、魔物を撃退し、魔の森を焼いた後でも通信が回復しないのは由々しき事態だ。


 守将には大きな権限が与えられてはいるが基本的には所属する方面軍の指揮下に入る。将軍達も最終的にはランスカ王の指揮下に入り抗命は許されないのだ。


 大暴走(スタンピード)は国であたるべき問題であって本来であれば二千五百人長の手に負える問題ではない。


 ブロードが指示を仰げない状況下において下した決断は指揮官の裁量のうちだが、報告義務が無くなる訳ではなかった。


「特異体からは何か情報が取れそうか」


「いえ。過去に現れた災害級の魔人である事は間違いなさそうですがオーガとしては異質過ぎるというのがクロウ氏の見解であり、何故にオーガ達を率いてアンデスを襲ったのかは謎です」


 副将は重要な案件であった為に尋問に少しの時間ではあったが立ち会った。人語を理解するオーガも未知なるものだったがそれ以上に手足を失ってなお余りある威圧感を受けてしまった。


 四陣の結界によって害意があっても害を与える事は出来ないはずであったが何があるか分からないからこその特異体であり、魔物研究者にとって垂涎の研究対象となり得るだろう。


 ブロードにとって大暴走(スタンピード)の原因の解明は学者に任せておけば良いことで、一番の問題は特異体の処遇を決定する事だった。


 トルウェイ殿を重体にした個体だ。魔人だろうが魔物だろうが人類の脅威である事には変わりはない。


 今のところは生かす様に指示を出しているが何かあれば直ぐに殺害する様に命じていた。生きているのと死んでいるのでは得られる情報量が変わるからだった。


 特に魔境に面し、人類の盾となって魔物を跳ね退けてきたランスカ王国の騎士にとってこの特異体の持つ情報は有益である可能性が高い。


 しかし、脅威を放置できるほどブロードは危機管理に対して甘くはない。


 情報は得られなくても脅威を取り除ける時にしておかなくては手痛いしっぺ返しを受ける事になるのは目に見えているからだ。


「特異体を監視態勢に置きトルウェイ殿の判断を仰ぐ。だが逃げようとした場合は躊躇なく殺せ。会議は以上だ」


 蚊帳の外に居る事になった領主軍に対する説明の為に開かれ王国騎士団がクライン伯に対して協力して事態の収拾にあたる用意があるという意思表示であった。


 領主軍の代表は平時には優秀な男ではあるが有事には途端に無能になる。


 クライン伯の名代としてこの場に居るが本来であれば文官なのだから仕方がないとは思う。


 しかしクライン伯が直々に事態の収拾に当たらなければ完全な終息と復興はままならないと感じてブロードは溜め息をつくしかなかった。

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