五十一話
ソラ達が魔物を退けながら死守を始めてかなりの時間が経った様に感じてはいるが実際は一時間も経っていなかった。
武器の損耗もそうだが回復アイテムの数も心許無い。マルコやロマは多少の調薬の心得はある。
だが、戦闘中に悠長にしている時間もなければ道具もソラが魔法袋に入れている初級調薬キットしかない為に回復薬の品質としては最低限の物しか作成できない。
スタミナは魔法袋に入れた簡易食で回復しているが汗をかけば水分も必要になりそして塩分も必要になる。
魔法を扱う魔法師であれば更にMPの管理も必要になるがソラ以外は魔導具を使用する事はあっても魔法は使用しないのでそこまで気を配る必要が無いのは救いだろう。
戦闘を開始してから一時間用の砂時計はまだ落ちきっていない。
機械時計もあるが、腕時計に出来るほど精巧な時計をつけられるのは貴族くらいで大抵の場合は大通りに設置された時計か、定刻になる鐘の音で時間を知るのが一般的だ。
ソラとしてはレベルとスキルレベルが上がる為に効率の良い狩場になっていたが命を懸けて戦っているマルコやロマに対して申し訳ない気持ちの方が強かった。
だからソラとしては窮地に陥った場合は二人を逃がす為に積極的に囮となるつもりで最近、少量だがプレイヤーの手によって流通するようになった黒色火薬で爆薬を作成し実験も済ませている。
火薬の調合は【調合】と【錬金術】で作成可能でスキルが無くても材料さえ集める事が出来れば作る事が出来た。商人になる為には遠回りとなるがジョブ【錬金術師】を取得する事はソラの中では確定事項である。
武器も消費アイテムも元になる素材によって性能が変化する。購入した商品を別の消費者に売る商人なら低性能よりも高性能な方が良いに決まっている。
この世界の食糧事情は悪く食べれるだけでも有難いことだが、飽食に慣れきった現代人が耐えられる訳もなく、不遇職とされていた【農家】や【調理人】の地位は僅かながらではあるが向上した。
空腹度システムがあり味覚も再現されているMWOだが、調理した料理にはステータスアップ効果がある。
専門職である調理人の方が効果が高く、素材によってステータスアップ効果が異なる為に検証チームが組まれているらしい。
戦闘によって蓄積された疲労は三人の体からキレを失わせていた。レベルアップによるBPの割り振りも満足に出来ていない。
稀人はステータスウィンドによって任意で割り振りが出来るが大地人は無意識で割り振りを行っているらしい。
敵対行動となる為に人物鑑定は全くと言って良いほど行っていなかったが、レアジョブとされている【占い師】のプレイヤーが検証した結果、前衛は肉体的に強く、後衛は肉体的に弱い傾向があるらしい。
次から次へと現れるアントを倒しながら交代で休憩をとっていく。
マルコには負担を強いる結果となっているがソラとロマも多少レベルが上がってきた事で完全な足手まといという訳ではなくなっていた。
ロマも矢を温存するために近接攻撃を仕掛けているが相手がナイトアントでない限りは上手く凌げている。
「ソラ。一度、結界を張る」
貴族や騎士が野営に使用し魔物が入って来れない様にする簡易結界をマルコは張る事にしたらしい。
魔道具としては維持コストが高額になるためになるべくであれば使用を避けたかったが、態勢の立て直しと状況を落ち着いて判断する為に決断したらしい。
空気は遮断しないが結界を張る範囲によって魔石の消費量が変化するために三人がギリギリ座れる範囲を指定した。
「この数だとゴウキが無事かは分からないが、Aランク冒険者だ。死んでいるという事はないだろう」
当初マルコはある程度の様子見をしたら撤退する事を決めていた。数は時として質を上回る。
これだけの数を倒せば、ソラとロマがレベルアップしている事は間違いなく、急激なレベルアップは弊害を生む。
レベルアップによる万能感で格上の魔物に挑み二度と帰って来ないことなど冒険者をしていれば当たり前にあることでレベルアップ以前の問題で初戦闘でそのまま冒険者として致命傷を負うのも珍しいことではない。
「ゴウキはどうするんだ。見捨てるのか」
「一時間位は既に経っているが変化はない。地下がどうなっているか分からない以上は街の防衛に徹することも間違いではない」
冒険者は全てが自己責任であり、行動の責任を他者に求めるくらいなら冒険者にならない方が良い。
冒険者ギルドもサポートとして周辺に出る魔物の情報の公開や有料で戦闘訓練を行っているが利用率はお世辞でも高いとは言えない。
スモールラビットを狩り生活費の足しにしている低ランク冒険者はいるがスモールラビットだけで全ての生活費を賄えるほどの収入を得ている冒険者は殆んどいない。
街中での依頼は低ランク冒険者が最低限の生活が出来る様に出されているだけでこの最低限には飯にはありつけるが宿に泊まる余裕がなく野宿を強いられる冒険者も含まれている。
大きな街には必ずと言って良いほどあるスラム街はポートロイヤル南街にある。
衛生観念の低いこの世界では風呂に毎日入れるのは貴族か富裕層くらいで普段は蒸したタオルで拭くのが一般的な生活事情である。
魔力に余裕のある者は生活魔法のクリーンで汚れをとり、日本人のプレイヤーは風呂の為に火・水魔法を取得するか、高額である公衆浴場に通う為に魔物を狩らざるおえなくなるかの何れかである。
今のソラなら一日に一万コル以上を得る事も可能だが、スモールラビットを狩っていては効率が悪くゴブリンでも足らない。
ゴブリンを狩るのにポーションを使用してしまえばそれだけで赤字になるし、本来であればアント達を狩るのに使用している回復薬も自分で賄わなくてはならず、戦えば武器も損耗する。
それが魔法師であれば攻撃のために魔力を使いMPが少ない新人は自然回復を待つしかない。
最下級のMPポーションでも気軽に買える物ではなく、万が一の備えに持っていても使用期限がある為に、定期的に買い直さなくてはならない。
だからこそ薬草の依頼は常時依頼となっており、冒険者以外の住民も自分で作成できる様に薬学の知識を持っていたりするのだ。
ソラはDランク昇格に必要なポイントを既に貯めているが昇格試験を受けないのは、魔物と戦う覚悟がないからだ。
商人としての自衛の為に最低限の護身術を身に付ける必要性を感じている為に訓練を真剣にやるが、戦いたい者にやらせておけば良いと言うのが基本的な考えだ。
エバンスと言う師を持った事でポートロイヤルを護りたいという気持ちは強くあっても出来るなら他人に任せたいと本心で思っている。
ゲームの中だから積極的に戦闘を楽しむ者もいれば第二の現実として生活を営みたいと思う者もいるということだ。
蟻酸と攻撃によって不快な音が響く。黒板を引っ掻く音は人が本能的に嫌がる音だというが、自分に害を為せないと頭で分かっていても止められないのだ。
皮膚や防具を溶かす蟻酸は耐性のある器があればある程度の数は確保しておきたいが今は余裕がない。
出来る限り魔法袋にアントの死体を詰めているが本来であれば放置すべきであって建前上は死体に足を取られない事と戦闘スペースを確保するのが目的だった。
「二人ともよく聞け。結界は三十分は持つがそれ以上は魔石を交換しないとならない。十五分で出来うる限り体力を回復させてもう少し粘るぞ」
マルコはBランクの魔物との戦闘経験がありまだ余裕がある。
ソラはボブゴブリンと森の中で複数を相手にして戦った経験はあるがボブゴブリンはそれほど強い魔物ではない。
ロマもソラとそれほど変わらず対魔よりも対人の方が職業柄、慣れている。ポートロイヤルに割ける戦力があれば確実にソラは参戦していなかっただろう。
ロマも街の中で治安維持の任に就いていた筈だ。ソラとしてはポートロイヤルがこれ以上、破壊されると計画が狂う為に助力しているのだ。
緊急依頼は他の依頼に比べて割高であるというのも少なくない影響を与えていた。
貨幣制度が成り立つ社会において働くのは生活するためであって能力に応じた報酬があるのは必要不可欠なのだ。
他者のために身を粉にする。聞こえは良いかもしれないが、滅私奉公は美徳かもしれないが生み出す弊害の方が大きい。
どんなに働いてもサボっていた者と報酬が変わらないのであれば手を抜いて要領よく働いた方が楽だ。皆がそう思えば生産性は下がり、人間は生存競争に負けて絶滅していただろう。
人が国と言う集団を作り団結するのは生存本能なのかも知れない。
貨幣制度が成立するまでは物々交換はあっても身の回りの事は自分でしなくてはならなかった。肉を得るためにも動物を殺し解体をしなくてはならない。
ソラはスーパーやコンビニ・インターネットで売られている肉以外に肉を手に入れる手段がない。牛や豚を育てる知識や場所もないからだ。
稀人にとってこの世界はゲームでしかないが、大地人はこの世界で確かに生きている。
生きる為に働き、真面目な人がいる一方で生きる為に罪を犯す者がいる。短い間ではあるがソラにとってMWOはもう一つの現実となり始めているのかもしれなかった。
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ゴウキは舗装されていない地下を彷徨っていた。道に規則性はなく、アントの巣に侵入してクイーンアントを狩った経験のあるゴウキからしてみても異常だった。
中は光のささない暗闇で時折、巣の中を巡回しているアントを倒しながら地理の把握に努めていた。高価な懐中時計は地下に入ってからそれなりに時間が経っている事を示していたがゴウキには焦りはない。
迷宮攻略を切り上げてポートロイヤルに向かったゴウキの魔法袋には食糧と予備の武器が入っているからだ。
肉体的に鬼人が頑強な種族でも限界はある。戦士として鍛えた拳はアントを粉砕するのには十分な威力があったが、生物である以上は限界もあり睡眠を必要とする。
寝なくても良いようにする丸薬はあるがなるべくなら使用しない事に越した事はない。疲労で倒れるのを留めてくれる薬だが疲労自体が無くなるほど便利な薬ではない。
連続使用すれば効果は薄れ効き辛くなる。そして効果が切れた時には耐えがたい疲労感が全身を襲う事になる。
それならば金はかかっても魔石を消費する結界の魔道具の中で休息をとった方がよい。
Aランクのゴウキにとって金は無くなればまた稼げばよいだけであって命と引き換えにする様なものではない。
冒険者が魔物と戦うのは常に命懸けではあるがゴウキはBランク相当であれば単独で狩ることが出来るために高位の冒険者は金ではなく地位や権力を求める様になる。
ゴウキは安全を確かめながら更に奥へと進んでいく。高価な魔導具で地図を自動作成する事も忘れない。
地道にマッピングする時間もなければ、戦闘職であるゴウキは力づくで突破する事に慣れてはいても搦め手に弱い。
鬼人のそう多くもない魔力で使える魔導具は時として白金貨以上の価値があった。
キラーアントの攻撃を避けながらナイトアント・ソルジャーアントを粉砕していく。
本拠地に近付いたからなのか量よりも質で対抗する様になってきたとゴウキは肌で感じていた。
地上に残してきた三人は気掛かりではあるがマルコがいれば滅多な事は起きないだろう。迎撃に出てきた戦力からクイーンアントはコモン級ではないだろう。
比率としてはナイト級が最も少なく次にソルジャー級が少ない。一般的なアントが作る社会構造そのものだがキラーアントの数は想定以上だった。
社会性を持つ蜂系や蟻系の魔物は個体は強くはないが数と連携が厄介な魔物だ。
その中でも集団行動はしないが個体として優れている魔物を初心者殺しの意味を含めてキラー系と呼んでいる。
見た目があまり変わらない為に戦ってみないと分からないと言う事も多い。
魔法を使う魔物も同様で数だけは多いゴブリンも希少ではあるが魔物を使役する個体もいるためにDランクの冒険者が帰らなくなる事もある。
ゴウキからしてみれば戦闘で気を抜く方が間違っているのだが、慣れは油断を招き怪我は死を招く事になる事は痛い目をみない限り本当の意味で理解できるとは言い難い。
ゴウキは現れるアントを倒しながらどんどん空白となっている地図を埋めていく。
罠が無いために通常の迷宮よりかは難易度は低かったが倒しても現れるアントにうんざりしていた。容量の大きい魔法袋だったが、ナイトアント以外は魔石をとって後は放置していた。
本当ならば魔石も放置したかったが、存在進化する可能性がある以上は手段としては不適当だった為に素手で取り出していた。
今までの狭い道から徐々に通路が広くなっていた。これは良い傾向だとゴウキは考えた。
クイーンアントやキングアントはナイトアントやソルジャーアントより体格が良い。その分、居住スペースは広くなり、目標に近づいてきている事を実感させた。
ゴウキも結界の魔道具を起動して休憩がとれるスペースを確保した。道中は素手で対応してきたが流石にクイーンアントやキングアントを素手で倒そうと思えるほどゴウキは楽観視していなかった。
ゴウキが地下へと繋がる入口においてきた大斧は業物ではあるが、サブウェポンの一つであり、複数の武器を魔法袋に入れている。
名匠の手によって鍛えられ刻印魔法の使える魔工師によって頑丈さに特化した武器である為に使い勝手は良いが高級の武器でしかない。
火・水・土・風の複数の属性を纏わし攻撃出来る【斬魔の大斧】がゴウキのメイン武器であり、遺跡から発掘した固有級の武器であった。
ゴウキが単独で倒したアントの数は既に百を越えていた。
ゴウキにとって弱い魔物でも鬼闘術によって部分的に強化していた為に体には疲労が溜まっていた。
ゴウキは遺跡で発掘された古代の魔法袋の【腐敗防止】によって出来立てではないが腐り難くなっている食糧を口にしながら今後の展開を考える。
マルコは自分が戻らなければ一定期間は待機するだろうが時間が経てば撤退するだろう。作戦会議でも事前に決めていた事だ。三人の事は心配していない。
Bランクの冒険者であれば賊相手に対人経験も済ませている。
迷宮では魔物以上に人を警戒すべきであり、宝箱から発見されたアイテムを巡って内部抗争が起き自滅するパーティや探索を終えて消耗したところを他のパーティに襲われる事で命を落とす冒険者は後を絶たない。
数々の困難を乗り越えて始めてなれるのがBランク冒険者であり、金に困る事が少なくなることから無茶な冒険者をしなくなるのだ。
特にマルコはエレメンタルブレイブのクラン員であったにも関わらずギルド専属となった。
エレメンタルブレイブはランスカ王国東域だけではなく、王国中で知られているほどの有名なクランだ。ランスカ王国に拠点を置いて活動している為に暁ほど有名ではないが深緑の森と同じ位には有名である。
それはクランマスターの堅牢さとサブマスターの魔法剣士としての実力、メンバー何れも一芸に秀でているからこそであり、マルコも若手冒険者の中では実力が飛び抜けていたのだ。
だがマルコはクランを脱退した。脱退後も両者の関係が険悪になっていない事からマルコは安定を望んで決断したのだろうと言われているが経験という厚みはあってもAランクの壁を越える事が出来ず、メンバーの中でも年上だった為に辞めたとも噂されている。
実際、マルコがエレメンタルブレイブを脱退してから数年で先代の下で修行を積んでいたゴードンが独立しクランマスターとなりアルトがサブマスターとなった。
マルコを除く同年代たちがAランクになった事で世代交代も行われたのだ。
クランマスターとサブマスターは最低でもAランク以上でないと継承出来ず後継者のいない弱小クランが人知れず名を消滅させる事も大陸では起きている。
クランは冒険者ギルドの重要な戦力であるのと同時に各国からは監視される対象となる。
クラン同士の対立が嫌で脱退する者や貴族の専属となる事で冒険者を引退する者もいる中でやはり一番多いのは戦闘中の怪我が原因で死に至る。
冒険者を引退して生きていく事が出来るのは全体の極一部であるのはこの世界の常識だった。
強敵となるかはまだ分からないがゴウキはまだ見ぬ敵に期待しながら通路を進んで行った。




