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五十話

 作戦会議の後にマルタは部下に王国へと亡命することを打ち明けるか迷っていた。


 帝国は巨大軍事国家だ。周辺国を併合し、今では真正面から対抗できるのは共和国くらいで後の国は連合を作る事で何とか延命しようとしているに過ぎない。


 だがマルタは帝国に明るい未来があるとは考えていない。少なくない者の犠牲のうえで何とか国としての体裁を保っている帝国は敵が多い。


 共和国が説く、共和制が良いものともマルタは思えなかった。


 身分制度が無いことは確かに平民にとっては良い事なのかも知れないが、結局のところ身分制度はなくても所有している財産によって裕福な者とそうでない者の格差は顕著に現れるのだ。


 敵国である共和国を帝国貴族による喧伝でそうだと考えているだけのマルタだったがあながち間違いではなかった。


 財産は貴族によって搾取され生活が厳しい事は帝政・王政の平民の生活実態だが個人の財産はある程度までは保障されている。


 しかし、共和国ではまずいざという時に金を得る人身売買が法によって禁止され、土地も金がなくなったら問答無用で奪われるのだ。


 帝政・王政ではあくまでもその土地はその土地を治める貴族のものであって平民がどうこうする権利はない。


 貴族の強権によって取り上げられる事も有り得るが余程の事が無い限りは実行される事は無い。


 だが共和国では身分制度上の上下関係が無いために金があればある程度は自由に振る舞える資本主義に陥る事になる。


 君主制にも民主主義も利点もあれば欠点もあり、どちらが重視されるかは時代によって異なり良くも悪くも一長一短であるのが現実だった。


 そして宗教は人を狂わせる。主義・主張がある事が悪い事ではないが極端な話、神の名の下で現実世界では虐殺が起こり、またMWOの世界でも人種が他種族を迫害している。


 圧倒的な敵に対して行われるのは少数戦力によるゲリラ戦や自爆そして聖戦の名を借りた民族粛清だった。


 ただ誰もが平和に暮らしたいだけなのに争いは無くなる事はない。現実世界でも紛争や戦争はなくなることなく、人は血で血を洗う戦いを止める事ができないのだ。


 魔法文明という歪な成長を遂げたMWOでも例外ではなく、帝国と共和国という二大大国による覇権争い種族対立は相当根の深い問題であり、一朝一夕に解決できる問題でなかった。


 だからこそ人は選択しなければならない。現状に甘んじて受け入れるか打開するために行動を起こすかであり、マルタは後者を選んだに過ぎなかった。


 マルタが生きているうちにこの現状を打開できるとは本人も思っていないだろう。


 数百年、数千年かけても実現できるかはわからない。だが行動すると決めたからにはマルタは生き残らなくてはならなかった。


 理想を実現できる様に大きな土台になる事が今、求められているのであり、繁栄している帝国も共和国も多くの犠牲の上に現在の立場を手に入れたのだから。


 ランスカ王ギルドバルドもそうだがその可能性を稀人(プレイヤー)に感じていた。


 異分子である稀人(プレイヤー)が新たな風を巻き起こすのであり神である運営によってこの世界は創られたがどうするかは大地人(NPC)稀人(プレイヤー)次第なのだ。


 そして軍内でも噂になっていたランスカ王国に現れた稀人(プレイヤー)にマルタが期待を寄せるのは仕方ないことだったのだ。


 軍曹に与えられた一つの分隊と百人近い奴隷部隊。上手くやれば明日への希望を繋げられ失敗すれば待っているのは死だけだった。


「マルタ隊。作戦行動を開始する」


 奴隷部隊に新型銃を持たせ、マルタは騎馬で移動を開始した。


 狙撃兵として適性を認められたマルタは一七式単発銃にスコープを着けて狙撃する事も銃士の命中率補正があるためにマルタは可能としていた。


 属国民であるマルタが三等市民権を得て軍曹になれたのは狙撃の才能があったからだ。


 この銃で敵ではなく督戦隊の指揮官を射殺する。後は混乱に紛れて逃げるだけであり味方に殺されるか王国兵に殺されるかは運命次第だがマルタは万が一の可能性に賭ける事にした。


 マルタでなければ指揮官を射殺するという暴挙に出る事は無かっただろう。そして戦場で犬死にするだけの運命を自身の才覚で変えて見せるのだ。


 戦場から離れた場所で監視している指揮官を狙撃するのは難しく近づき過ぎれば銃殺される事になるだろう。


 ライアス准将からマルタが受け取った作戦指示所には大まかな部隊配置が定められており、第一の関門として指定位置を離れる事の難しさがあった。


 これは狙撃手(スナイパー)としての実績があるマルタには戦場での独自行動が認められ副官の一等兵は観測手(スポッター)として二人での行動が指示されていた。


「ここからは単独行動になる。クード一等兵。ついて来い」


 部隊の指揮権を別の一等兵に任せ、マルタとクードは単独行動をとる。


「クード。お前には話さなければならない事がある。俺は王国に亡命するつもりだ。嫌なら俺を撃て」


 マルタとクードは祖国を別としていたが、同じく祖国を帝国に併合されていた。


 軍内で軍事クーデターが起こらない様に同じ国同士の者は別々に配属される配慮がされていたが属国民が軍内で指揮権を得るのは奴隷部隊か多くても小隊の指揮である。


 軍高官は配属にそこまで神経質になってはいなかった。どうせ使い捨てになる部隊であり、帝国の繁栄の為の人柱でしかない存在に配慮は不要という事だ。


 クードは実現が可能かは別としてマルタが本気である事を感じとった。


 天涯孤独な身となったのは二人に共通する点であり生きる為の居場所が軍にしか無かったのも同じだった。クードは沈黙する。


 生存の可能性と未来を天秤にかけて即決しなくてはならなかった。作戦行動により王国兵と会敵すれば後戻りも出来ないし、例え生き残っても明るい未来はないだろう。


 だが、クードが戦場で生き残ってこれたのは確かな腕を持つマルタの観測手(スポッター)となり困難な作戦を達成してきたからだ。


「マルタ軍曹。答えるまでもないだろう」


 クードは銃でなく望遠鏡を出し、伏せたままの状態で督戦隊の位置を探る。


 この行動でクードはマルタについていくと意思表示をし、マルタは無言で一七式単発銃に装備されているスコープ越しに標的を探す。


 故障率を可能な限り抑えた一七式単発銃は持つ者によっては火縄銃にも狙撃銃にもなる。


 ボルトアクションの狙撃銃より装填に時間がかかりセミオートの狙撃銃より命中率は低いが、MWOの科学水準では世界最高の銃と言って過言でなかった。


「指揮官を確認。距離百、南西の方向」


 最大射程距離をオーバーし、殺傷距離もオーバーしている。


 確実に狙撃して射殺するためには距離をもっと近づかなくてはならないが、クードがマルタの観測手(スポッター)となったのは目が良いことも確かだが、風魔法に適性があるからだった。


 無言で二人は同調していく。合体魔法に近い観念で行われているがマルタが撃つのは魔法と相性の悪い鉛の銃弾だ。失敗すれば銃弾は明後日の方向に飛び、位置を露呈させる事で生命を危険に晒すことになる。


「自然と共にある風よ。その意思を物質に宿りて敵を撃ち抜かん。【スナイプブロー】」


 クードの詠唱と同時にマルタは発射した。風を物質に込めるのは難しく、独自魔法ではないが帝国軍兵士が良く使う魔法だ。


 矢に纏わせれば人の膂力以上の飛距離を与える事が出来る。この距離も物質の性質によって増加する距離は異なり白銀や白鉄ならその効果が顕著に現れる。


 純鉛で出来た物質は魔法を阻害し、魔封じに使われるが精製技術の発達が遅れている為に極一部の錬金術師と土魔法師しか作成する事が出来ないとされている。


 同調に成功した銃弾は発煙を上げて目標へと飛翔していく。


 この同調も阿吽の呼吸と言われる位にまで息があっていないと成功しないため魔法自体の難易度は中級だが、術者と武器を操る者が同一でない場合の難易度は高い。


 結果を見届ける為に望遠鏡で対象を監視しているクードど対照的にマルタは銃身の汚れを取り除いて次弾の装填準備を行っている。


 注視した場合と探索魔法を展開していた場合は場所が発覚するために移動するべきだが、督戦隊は前方の新型銃の性能と戦果を確認する事がライアスから与えられた任務であるために後方への警戒は薄いと考えられていた。


 そして銃弾は目標の胴体に着弾した。心臓を狙ったマルタであったが、風の影響か少しぶれたのだ。


 頭を狙わなかったのは、狙撃をする場合には外れた事を考えて、的の小さい頭より外れても体の何処かに当たれば良いために心臓を狙うと帝国軍狙撃訓練所では教導しているからだった。


 警官殺し(コップキラー)として有名なブラックタロン弾を含めたホローポイント弾を使用していれば別だが、誤射と暴発の危険性の高い銃で使用される事はなく、この世界では銃自体がまだマイナーな武器であると認識されている。


 開発に力を入れている帝国でもまだ誕生していない為にとにかく継戦能力を削ぐというのが重要だった。


「着弾を確認。鎧を貫通したが致命傷ではない」


 一番簡単なのは一七式単発銃を2つ用意することだが、狙撃では銃の癖を理解している事が重要で、この微妙な感覚を身に付けてこそ狙撃手(スナイパー)と呼ばれるのだ。


「次弾装填。クード観測を頼む」


 マルタとクードを掠める様に銃弾が降り注ぐが今のところは二人は負傷することなく済んでいる。


 攻撃に晒されながらも被弾していないのは、督戦隊が無警戒で目盲撃ちで乱射しているからに過ぎない。


 次弾を発射した後には確実に魔法が飛んで来るために身体強化をして逃げる準備は既に済んでいた。


 先程と同じ手順で指揮官に代わり指揮を執っていた副官に向けて銃弾をマルタは発射した。


「着弾を確認。急いで撤退する」


 軍務から無断で離れた二人は軍法会議の対象となる。しかも友軍を攻撃している為に見つかれば死罪は免れない。


 既にランスカ王国内であり、身分を示す認識票と服、そして帝国通貨を持って二人は宛のない逃走をする事になるがサバイバル訓練を受けた帝国軍人にとって山や森の中で生活する事は魔物や獣の脅威にさえ注意を払えば難しいことではなかった。


 ----


「報告。新銃試験隊は全滅。銃の破棄には成功したものの詳細なデータはとれなかったとのことです」


「上級大尉。何があった」


「詳細は現在調査中ですが中央から派遣された督戦隊少佐殿と中尉殿が負傷。


 また奴隷の指揮を執っていた指揮官以下、マルタ軍曹とクード一等兵の生死は不明です」


 MIA【Missing In Action】作戦中行方不明。


 確認はとれていないが戦死した可能性が高い状態だと上級大尉はライアスに報告するしか無かった。


 少しでも有効に使おうとしたライアスだったがマルタとクードの行動によってライアスは大幅な作戦計画の見直しをしなくてはならなくなった。


 ランスカ王国の街に取り付けられた結界魔法は魔物の侵入を防ぐだけではなく、防御に優れた魔法である。数で勝る帝国軍はある程度の損害は計算していたが、補充の為の兵力を本国が認めるとはライアス思っていない。


 督戦隊の少佐も帝国軍における主流派がライアスを監視するために同行させているに過ぎずランスカ王国進攻軍の総司令官であり、准将のライアスを監視するのが主任務でライアスの指揮下に無い独立した部隊が督戦隊だった。


「上級大尉。マルキム中佐とニード少佐を呼び出し全部隊に戦闘待機命令を出せ」


「はっ」


 上級大尉は敬礼をしてライアスの執務室を後にした。残されたライアスはキド砦に残してきた部隊と帝国境界線に展開させた部隊をランスカ王国内へと移動させる。


 諜報員の報告ではランスカ王国の動きは鈍く、部隊編制に時間をとられている。


 陸での移動には時間がかかるが、一番の懸念材料である領主軍と王国騎士団などがバラバラに動いている今でしか出来ない事も多い。


 ライアスが明るい未来を掴みとる為には何としてでもランスカ王国を帝国に編入させなくてはならず余計な横槍が入った今ではライアスが想定していた被害に抑える事は難しくなったが占領は不可能ではない。


 ライアスが今しなくてはならないのは情報収集をした部下の報告から必要な情報を抽出し決断することだ。


「ライアス将軍。出頭致しました」


 マルキム中佐とニード少佐は士官学校時代の同期であり、ライアスと同じく有能ではあるが、貴族には嫌われていた。


 一等市民であったことから軍内で昇進したが、本来であれば指揮官としての待遇を得る事は難しかった。


 士官学校の成績がそのまま卒業後の階級に影響を与える。


 同期の中で成績順に任官されるため階級社会である軍では士官学校時代の席次はそのまま将来の席次になるのが一般的な考えである。


 しかし、貴族の士官候補生と一等市民の士官候補生では待遇が異なる。卒業後の配属もそうだが、軍高官に嫌われていれば激戦地に送り込まれる事になるのだ。


「他の者は全て外せ。ここでの会話は軍機密となる」


 人払いを済ませた後にライアスは信頼できる同期との情報共有を行う事にした。


 現在の帝国軍は当初の予定通りにキド砦から軍を進めコロナド砦を落とした。


 橋頭堡を確保した帝国はそのまま少数の特殊部隊で撹乱行動を行いながらランスカ王国王都を目指し、王の捕縛又は殺害任務を遂行するはずだった。


 戦力を分散させる為に時期を待ち作戦を実行してきたが軍高官が己の立場を危うくしてまで妨害工作をしてくるとは考えていなかった。


 勅命により行われているランスカ王国侵攻軍を妨害する事は皇帝の権威に楯突く行為であるからだ。


 属国の魔法師によって魔法攻撃に対する備えを万全にし食糧もかき集めた。膨大な武器弾薬には国費が使われている。


 使用された帝国通貨リギルは帝国の歳入から考えれば微々たるものだが、属国を持つ帝国が異常なだけであって他の国なら簡単に捻出できる額ではない。


 ライアスはマルキム中佐とニード少佐に作戦概要を説明していく。先の戦闘で討ち取った貴族領を中心に拠点を作る予定だ。


 ランスカ王国の北部。帝国からして見れば南部だが要衝となっているコロナド砦に駆け付けた貴族ならば国境線沿いに領地を持っており、戦力を置くには都合が良い。


 後は大軍で敵が押し寄せて来る前に王と王都を占領すれば良い。


 その為に旗艦となる大型魔導戦艦と中小の巡洋艦と駆逐艦が航空戦力として用意されエリート軍人である竜兵科に属する部隊員が配属されている。


 航空戦力には開きがあるがライアスが警戒すべきなのはランスカ王国に実戦配備されている巨大魔導戦艦の存在だった。


 国の名を冠するランスカ号は勿論のことゴドラム公爵家の持つ戦艦と竜騎兵は脅威となる。


 そして陸戦部隊はランスカ王国の方が全体では多く国を護る為に士気は高いだろう。


 ライアスからしてみれば督戦隊の指揮官が負傷した事は喜ばしい事だった。


 首輪は完全に外れた訳ではないが少なくとも足枷になることは無いからだ。軍の主流派と言ってはいるが貴族階級と一等市民の間には待遇の面で天と地ほどの開きがある。


 そして戦場では恨まれて味方から誤射(射殺)される事から戦場を知らない軍高官が多い。


 ライアスとしては敗戦の責任を取らされて処刑されるよりかは、降格されても皇帝の関心だけはひいておきたい。


 才能ある者を重用する皇帝は貴族からは煙たがられる存在ではあるが帝国における最高権力者であることには間違いはないのだ。


 そしてランスカ王国の侵略は帝国が大陸の覇権を握る上で重要な意味を持つのだから功罪では功が勝る事になり、非主流派であっても軍内における発言力は増す結果となる。


 ライアスは準備を終え後は実行するだけとなって信じる神へと祈りを捧げた。

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