四十九話
時は少し遡る
「ライアス将軍。司令部より作戦指示書が届きました」
敬礼してそう答える上級大尉に返礼してからライアスは作戦指示書に目を通す。
准将であるライアスは軍高官であり、ランスカ王国侵略軍の総司令官ではあるが司令部の命令を無視して作戦行動を取る訳にはいかなかった。
皇帝に上奏されたランスカ王国攻略作戦は正式に皇帝の許可を得て発動された作戦ではあったが、司令部にはライアスの昇進を良く思っていない者も多い。
ライアスは類い稀なる軍才を持っており、戦場で功績を挙げる事で出世してきた。
実務経験の浅い制服組とは違い戦場の過酷さをライアスは知っていた。
敵国に捕虜になった兵士を救出する作戦が採用されることなく、見殺しにされる事も多い。
三等市民や亜人の奴隷部隊も帝国には存在し、ちり紙の如く消費しては捨てられていた。
「上級大尉。貴官はランスカ王国をどう思う」
「亜人国家など害悪でしかありません。帝国民が安心して眠れる様にその様な国家など滅ぼすべきかと」
オリエンタル教信者の多い帝国では軍人になる際に必ず宣誓を行う。
選ばれし民族である帝国民の秩序と安寧を守るのが帝国軍人の本懐であり、崇高なる理念よりも帝国の利益を守るのが帝国軍人の役割である。
ライアスはオリエンタル教信者ではあるが、狂信者ではない。寧ろ現実主義者であった。
種族によって上下を決めるなど愚かな事で劣っている事もあれば優れている事もあるのは生物として当然のことだ。
ライアスが軍で出世できたのも一等市民に生まれ裕福な家庭で育ったからだ。
幼年学校を優秀な成績で卒業し、軍士官学校に入学する。入学すれば准尉となり、部隊に配属された後に少尉となる。
帝国では魔法は軽視されてはいないものの銃火器を重用する風潮がある。
個人の才能に左右される魔法より訓練によって汎用性の高い銃の方が戦術・戦略ともに優れているという考え方で魔法国メダルカとは対極な思想をしている。
陸軍の花形とも言える砲兵部隊で戦功をあげたライアスは、砲撃の有用性は認めていたが最も効率の良い部隊運用が別にあるのではないかと考えていた。
質問に答えた上級大尉は否定していたが、銃を持った帝国軍兵士とエルフが一対一で戦闘を行った場合、エルフの方が有利となるだろう。
初弾を確実に命中させる腕があっても命中率の低い帝国軍制式採用銃【一七式単発銃】は隊列を組んで発射して初めて有効な攻撃となるのだから仕方が無いことだった。
銃が魔法の射程外から一方的に攻撃を加える事の出来るスペックがあれば話は別だが、銃弾も無料ではないし、発射機構に組み込まなくてはならない火精霊石が希少で製造コストを高くしている。
作戦指示書にあった試作銃は改良版とあるが、海のものとも山のものかも分からない物を実戦で使えるほど戦争は甘く無いのにそこを分かっていない帝国軍人は多い。
死ぬのはどうせ二等市民以下であって不要な人間の処分も兼ねているというところなのだろう。
「上級大尉。質問を変えよう。貴官の目には新型銃はどう見えた」
「開発の進捗次第では我が軍に更なる軍事力を与える可能性は十分あるかと思われます」
佐官以上の士官に支給される短銃は長銃より射程と命中率は良くないが携帯に優れた兵器だ。
そして一部の特殊部隊に支給される魔法銃は帝国の技術の結晶だと言われており、製造方法は秘匿されている。
今回の新型銃も軍の兵器開発によって一定の水準を超え実戦テストとなるようだが、実戦部隊からしてみればいい迷惑でしかない。
戦場を知らない技術官は簡単に言ってくれるがいつも命を賭けるのは一般の兵士だ。
士官待遇で軍人としてのキャリアを始めたライアスであったが、士官学校を優秀な成績で卒業したからこそ砲撃部隊に卒配された。
貴族出身者はライアスより成績が悪かったにも関わらず飛行戦術特科隊【竜兵科】に配属されたり、作戦指揮を司る参謀候補として統合作戦本部に配属となっているのだ。
それは帝国の悪しき伝統であり、優秀な能力を持つ二等・三等市民が実力を発揮することなくその生涯を終らせて行く。
先程の上級大尉も二等市民であるのにも関わらず出世出来たのはライアスがその才能を見抜き重用したからではあるが、能力があっても佐官になることは認められないだろう。
ライアスは一等市民であっても無能な者は冷遇している。出自が貴族であれば一定の配慮はするがそれだけだ。
新型銃の実戦テストに精鋭部隊を使える訳がなく、使い捨てに出来る奴隷部隊を使用するしかないだろう。
この作戦によって今まで隠密に動いてきた帝国軍部隊がコロナド砦を既に制圧済みである事がランスカ王国側に知れ渡るだろう。
抵抗の薄い王都を電撃戦で制圧し、王を捕らえることでライアスが立案した作戦は帝国が最小の損害で最大の戦果をあげる事が出来た筈だったが無用な情報を与えてしまう。
迎撃の準備時間を与えてしまう新型銃の実戦テストを命令した無能な軍高官にライアスは殺意を覚えた。
だが正式に発せられた作戦指示を本国を無視してまで上奏した作戦に固執できるほどライアスの立場は良く無かった。
作戦指示書と共に作戦本部から送られてきた新型銃は三百丁。
戦場での廃棄は認めるが可能な限りは破壊処置をするようにと記されていたがその必要は無さそうだった。
スペックは確かに一七式単発銃の改良版とも言える銃だったが暴発率が五%を超えていたのだ。
一七式単発銃の暴発率が一%未満であるという事を考えれば作戦行動中に必ず十五人は武器を失う計算になる。
暴発の程度も一七式単発銃は過熱による銃の誤発射であるのに対して新型銃は銃身が割れたり、過熱により精霊石の爆発で命に関わるものばかりで伸びた射程は十五メートルほどと改良に成功したとは言い難い。
要は軍上層部はランスカ王国がライアスの手によって征服する事が失敗すれば良いと考えているのだ。
成功すれば准将から少将に昇格することもあり得るが失敗すれば待っているのは軍法会議だけだ。
不名誉除隊や降格で済めば良いが確実に死罪としてくるだろう。
時の皇帝は帝国の領土を拡げる事には熱心だが内政には疎い。そして失敗した者には容赦のない罰を与えることで有名だ。
その分、成功者には惜しみ無く報酬を与えるが、貴族優先の施政をしている為に帝国民どころか他国の国民からの評価はかなり低く、対外的な評価はランスカ王の方が高い。
ライアスは皇帝に上奏し、現在に至るが本来であればランスカ王国の侵略に乗り気ではなかった。
平民の将官は少なく片手で数えられるくらいでライアス自身ある程度の成功をしていた為に軍内でこれ以上の出世をする必要がなかった。
しかし、帝国貴族は今まで比較的に庶民にも開かれた軍ではあったがそれが大将になれる器であるとなれば別の話だ。
軍の統帥権は皇帝が握り、長期に渡って大将を務めた者が便宜上、上級大将と呼ばれているが平民が大将になった事は帝国史上、誰も成し遂げていない快挙であり、貴族の重要なポストのひとつであるのだ。
非日常が続けばそれは日常となり、伝統となるが貴族にとって平民が貴族に代わって重要なポストに就くくらいならその出てきた杭を打った方が後腐れなく事が進むのだから当たり前だ。
ライアスも帝国民として属国の屍の上で不自由の無い生活をしていたのだから仕方がない事だったが、降りかかった火の粉は自身の手によって振り払うしか無いのだ。
帝国の慣習上、新たに属国となった土地は正式に内務省から役人が派遣されるまでは総司令官となった軍人による軍政が敷かれることになる。
魔境に面しており、魔石によるエネルギー問題の解決は出来ても僻地であるランスカ王国に好んで行く内務省職員はいないとライアスは踏んでいたからだ。
帝都に比べればランスカ王都セントラルは地方都市でしかないのだ。内務省は実質的に新たなポストが出来る事には喜ぶだろうがそれはランスカ王国に赴く者からしてみれば左遷人事でしかない。
ライアスは帝国で生き残る術としてランスカ王国の侵略を決めたが、それが正しかったかどうかは分からない。
帝国から共和国に亡命する事も不可能ではなかっただろうが待遇がどうなるかは分からない。
そして親族を引き連れて移動するのには無理があった。ただの一等市民であれば警戒されることなく移動する事は出来ただろう。
しかし、将官であるライアスは敵国である帝国の軍高官だった。入国以前の問題で帝国を出国する事すら不可能な可能性の方が高く、自身が帝国の軍人として恨まれている事も知っていた。
帝国と共和国は大陸を異なる事もあってライアスは共和国に対しての軍事作戦に参加した事はない。
二つの国は海戦と空戦はあっても陸上作戦が実行できるほどの隙を敵国に見せていないからだった。
魔導船に代わる魔導戦車の開発を両国は行っていたが今のところは実用化に成功した国はない。
制空権を確保すれば優位に戦う事は出来るが資源の問題から動員できる数は限られ局地戦闘か代理戦争を行っている段階でしかないのだ。
そうであるならば、世界の覇権を争う両国は自国の領土を拡大する事に力を入れ虎視眈々と機会が巡ってくるのを待つのが得策だったのだ。
そこに帝国に対して教国からある極秘情報がきた事により事態は急変する。
各国には、神を祀る祭司がおり、力の強い者は【神託の神官】もしくは【神託の巫女】と呼ばれている存在がおり、最高神オリエンタルからの神託を得たとの話だった。
帝国の南に位置するランスカ王国は人種でありながら亜人を対等に扱う邪教国家だった。歴代の教皇によって神敵となり数々の聖戦が起こされてきた。
教国自体は宗教国家であり、軍事力はそう高く無かった為に多籍国軍であった聖戦軍は各々の国家の思惑もあってランスカ王国を占領するに至らなかったのだ。
オリエンタル教からしてみれば大暴走は神罰であった。
不浄な存在である亜人を庇い続けてきたランスカ王国が不浄な存在である魔物に襲われるのはオリエンタル教信者からしてみれば当然のことなのだ。
そしてランスカ王国が大暴走によって被害を受けるのは帝国にとって侵略するのには都合が良かった。当代皇帝が慎重な性格であったのであればランスカ王国を攻める事は無かっただろう。
そして侯爵が内通者としてランスカ王国の情報を流し続けなければこの度の帝国による一方的な戦争は起こらなかった。
だが帝国によって都合が良い事もあり、戦争は起きてしまった。
それが人類に対する利敵行為だったとしても欲に濁った目では真実をみる事は出来ず自分達によって都合の良い真実を見たいのだから当たり前の事だった。
ライアスは作戦指示書に従って部隊編制を終え出撃準備を完了させた。
部隊には帝国軍の軍服を着用させる事を許可せずにランスカ王国で一般的に着られている衣服のみであとはランスカ王国の銃のレベルに合わせて王国民による一斉蜂起と偽装する事にした。
簡単に帝国軍による軍事作戦と露見するだろうが、帝国がランスカ王国内で軍事行動をしているという事実だけでランスカ王国にはプレッシャーを与える事が出来るだろう。
ライアスはこの作戦によって本来の電撃作戦が失敗に終わる事を予見したが東部は未だに大暴走対策で帝国軍に対して具体的な作戦行動に移れない事はランスカ王国にいる密偵からの情報で判明している。
そしてライアスからしてみれば戦術的に無意味な作戦が始まろうとしていた。
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「マルタ軍曹。部隊の予定位置への移動が完了しました」
マルクス王国で代々騎士の家庭に生まれたがマルタの実家が騎士だったのは過去の事だ。
現在ではマルクス王国は帝国の属国となり、マルタは三等市民として帝国では肩身の狭い思いをしていた。
だが、それはマルタが特別不遇という訳ではない。寧ろ三等市民としてでも帝国民として扱われるだけましだった。
軍役に就く事で何とか三等市民として生活できてはいるが、帝国民からは家畜の様に扱われマルクス王国民からは売国奴として扱われる。
マルクス王国の国軍は解体され主権の殆んどは帝国が握っている。毎年マルクス王国が帝国に差し出す資源と金は少なくない負担をマルクス王国に強いていた。
だが他の属国に対する見せしめとして国を滅ぼされていないだけましであり、多くの王族が処刑されるなかでマルクス王家の血を継ぐ者は帝国に反旗を翻す為にこの大陸で機を窺っているらしい。
その時まで生き延びる必要がマルタにはあった。軍内でも不遇の立場だったが、士官になれば二等国民になる権利が与えられる筈だった。だがその希望もいま潰えようとしていた。
ライアス准将のランスカ王国侵略作戦は順調に進んでいた。
内通者の手引きもあって最大の懸念材料だったコロナド砦で被った損害は想定していた者より遥かに軽微だった。
帝国貴族からは嫌われているがライアス准将ほどの才覚を持つ人物は軍にも少ないだろう。
軍務に就いて八年余り。最初は死傷率の高い銃兵隊へと配属になったが、気闘術による身体強化となけなしの金を叩いて教会で銃士のジョブを取得した事がこれまで負傷はしても戦死しなかった理由だとマルタは考えていた。
市民権を得るという名目で属国民は帝国の都合の良い駒として半ば強制的に軍務に就いている。
殺らなければ殺られるという殺伐とした戦場で覚悟のない者が生き残れるほど現実は甘くない。
戦場では銃弾の代わりに矢や魔法が飛び交うが、魔法師としての才能がなければ粗末な盾で身を守るしかなく、督戦隊の帝国軍士官によって本来は仲間である筈の帝国兵に殺される者も多い。
退役軍人に与えられる年金も三等国民には与えられず祖国が帝国と結んだ講和条約次第では、今作戦の様に使い捨てられる。
当然、軍曹であり三等国民であるマルタは過酷な戦場に送られる事が多い。
軍人は平時には掌中の玉の如く扱い戦時には土くれの如く扱うとなるが帝国軍では代えのきく二等市民以下の軍人が大切に扱われる事はまずない。
庶民出身の一等市民が一等兵から軍歴が始まるのに対して二等・三等国民は例外なく三等兵から始まる。
市民権を持たない属国の国民については兵士扱いもされず肉の壁になるしかない。
戦功を挙げて三等兵になれたとしても軍人の最下級であり、軍歴がそれなりにあっても初年度兵よりも扱いが悪いのだ。
属国でも長子として生まれれば厳しい生活ながらも生きる事は可能だ。敗戦国の国民に資産がある訳もなく、駐留する帝国軍兵士のストレス解消の為に意味のない暴力が振るわれる。
属国民はただ耐えるのみしか手段はなく、反抗しようものならその場で不穏分子として殺害される。
そんな事情もあって次男以下の男児は帝国軍に入り一縷の望みに賭けるが大抵は戦死する。
遺族年金もなく属国民では長子とそれ以外では天と地程の差が出る。
マルタはライアスに才能を見い出され何とか出世したが新型銃の性能確認の任に就く事になり、部隊後方からとはいえランスカ王国深部に孤軍の状態で送り込まれる事になった。
それは片道切符であり死んでこいという意味に他なら無かった。
帝国とランスカ王国には互いに厳戒態勢を布いており普段なら亡命することは不可能に近い。
コロナド砦に近づく不審者は問答無用で攻性魔法の的となり、砦に近づく為には帝国の国境警備隊の目を誤魔化してランスカ王国領に侵入しなくてはならない。
そしてランスカ王国の兵士に捕まれば待っているのは拷問だ。指揮官が融通のきく人物であるのならばその場で殺される事はないだろうが、ランスカ王国が亡命者と認めるとは限らない。
帝国領に強制的に戻らされる事も有り得る為によほど困窮していない限りは踏み切らず、成功したという例は聞いた事がない。
ランスカ王国としては人道的観点からしてみれば救いの手を差しのべる事も不可能ではないが密偵を抱え込むリスクは高く、難民を受け入れる余裕もない。
ランスカ王国東部は猫の手を借りたい程の人手不足ではあったが飽和状態となっているランスカ王国民が優先されるべきであって過酷な環境と分かっていながらも難民を東部で受け入れるのには国民が理解を示さないだろう。
「マルタ隊。集合。作戦を説明する」
軍曹であるマルタを隊長としたマルタ隊はライアスから与えられた作戦要項に従って行動する。
説明を受けた部下達は難易度の高い作戦に閉口しており、使い捨てられる事を悟った。
だが行き場がないのも事実であり、作戦を達成する事で昇進するしか道はない。そしてマルタには部下達に内緒でとある作戦を実行しようとしていた。
それはマルタの運命どころがこの戦いの重要な要素になるがマルタの決意は固かった。




