四十八話
ランスカ王国は帝国軍の迎撃に備えていたが編制は思うように進んでいなかった。
諸候は領主軍を率いて参戦したが、北部の貴族は自領を守る為に兵力の供出に難色を示し、東部の貴族は大暴走対策の為に兵を領地から引き抜く事が難しかったのである。
最大の当事者であるクライン伯爵家については巨大戦艦アーノルド号と精鋭千の兵力で王家に対する忠誠は疑い様も無かったが、クライン伯爵家の兵力をあてにしていた王家の思惑は外れた事になる。
「東部の大暴走対策も考えなくてはなりますまい」
五軍の長である将軍達と統帥権を持つ国王。そして宰相が一堂に会したランスカ王国における最高会議での発言である。
本来であれば他の四公家も加わるが、各々の得意分野で対応している最中であり、軍の編制中でもある。
先程の東方将軍のマハメドの発言はもっともではあるが言うのは簡単で実行するのは難しい。
王国軍であれば国王が自由に采配する事が出来るが、領主軍はそういう訳にもいかない。
仲の良い貴族も入れば敵対している貴族もいる。特に領地を隣接している貴族は寄り親と寄り子の関係でも無い限りは大抵の場合、様々な利権から仲は悪いものなのだ。
そして国王自身も東部の貴族を強制召集する事の危険性を理解していた。剣聖カイト。王家が領地を与え援助してきたとは言え与えられたのは辺境の地。
金も実力もある男を王国に縛りつける為の計略とは言え、クライン伯ジョセフと懇意にしていなければ幾ら生まれた国とは言え簡単に見切りをつけていただろう。
そして王国に古くから仕える貴族ほどアーウィン騎士爵家を疎んでいるのだ。
この会議でもクライン伯爵家に負担を強いておきながら剣聖であるカイトが居るから国軍の援軍は必要はないという馬鹿もいた。
西方将軍マイナーは侯爵家に縁のあるもので成り上がりであるクライン伯とアーウィン騎士爵を普段から敵視している。
対して軍務相を兼ねている中央将軍であり近衛騎士団長のランフォードは軍功のある二人を認めていた。
五十人長とはいえ平民の出自であるカイトが近衛騎士になれ出世できたのは試験に居合わせたランフォードが国王ギルドバルドに推挙した経緯があるからだ。
実力のある者が軍内において出世するのは当たり前の事ではあるが、部下の手柄を自分の物にする貴族の上官は多い。
中級剣士の百人長がいる一方で上級剣士の平騎士がいるのは無駄としか言えない。
部隊を率いる隊長に武力以外のものが求められるのは当然で部下の人身掌握術や適切な指揮が出来るのは必要なことだったが、だからと言って実力のある平民が軍で出世できないのは問題だった。
冒険者に喧嘩を売った貴族の士官が返り討ちにあうこともある。
上級冒険者は貴族とコネを持つ者もいれば引退して専属となる者もいる。
王国ではBランク以上の冒険者を士官待遇で招聘することもある。
中級冒険者はボンクラ貴族の士官と喧嘩すればただでは済まないが、実力のある冒険者は五体満足で帰すが灸を添えるくらいのことは普通にやる。
クラン規模になれば一つの軍である。全てのクランメンバーが戦えるとは限らないが中核メンバーは少なくともBランク以上であり、実力・資金力共に冒険者ギルドに認められなければクランを設立する事ができないのだから当たり前だ。
傭兵は勿論、荒事に対応しなくてはならない冒険者が他者に舐められたまま報復を行わないのは論外である。
武器を持たない人と同じで襲撃者に対して無抵抗で全財産と命を差し出す様なものである。
冒険者は信頼があるから報酬として収入があるのであって、護衛依頼を引き受ける冒険者が暴力に対して無抵抗なのは美徳ではなく愚かなだけである。
常備軍として王国騎士団、領主軍があるが広範囲を防衛するためには幾ら人数がいても足らないし、軍は金喰い虫だ。
そうなれば傭兵や冒険者を非常時の戦力として契約することになるがランスカ王国は土地柄、冒険者ギルドとのコネはあっても傭兵ギルドとの関係はほとんどと言って良いほど無い。
魔境に面しているため東部には腕に覚えがある冒険者がある程度は集まるがそれは迷宮都市ほどではない。
新たな迷宮が見つかれば冒険者ギルドによって調査された後に一般の冒険者に解放されるが、ランスカ王国には迷宮都市は一つしかなく。
脅威度は上級で浅い階層ならば中級冒険者でも何とかなるが深い層に至ってはAランク冒険者でも苦戦するという扱い辛い迷宮なのだ。
迷宮を多く抱える帝国は迷宮都市の数も多く、経済規模も大きい為に帝国民として生まれれば生活しやすい場所ではあるが他国民には厳しい。
亜人に優しくないこの世界で帝国は教国に次いで生き辛い場所なのだ。金で解決できるのであればそれに越した事は無いのかも知れないが、傭兵達の多くは金払いの良い帝国側で参戦しており、冒険者を依頼や強制依頼で戦争に用いる事は出来ない。
義勇兵に冒険者がなることは違法ではないが、どれだけの冒険者が集まるかは不明で、義勇兵として集まった国民の多くは農民である。
国軍と同じ様に戦闘をさせる事は出来ないが、兵站の一部を担わせる事は可能で正規軍を雑用でとられないという事は軍事面で劣るランスカ王国には必要な事であわよくば貴族になり仕官したいと考えている冒険者を戦力として取り込みたいという思惑がランスカ王国にはあった。
「だが、先遣隊の紅騎士団ナターシャ団長は、応援を求めています」
威力偵察によってもたらされた情報が確かなら、猶予はそれほど残っていない。
そして国内に内通者を抱えたまま帝国と戦わなくてはならなくなる。
「ナターシャ団長の報告が嘘だとは考えにくいが、誤認している可能性もある。ダービッツ五千人長は前線での指揮に定評のある名将だぞ」
会議は依然として継続中だったが、そこに乱入者が現れる。
「失礼します」
敬礼して入室してくる伝令。ランスカ王に膝をついて向かい、指示を待つ。
「馬鹿者。御前会議中である何事だ」
「良い。今は戦時だ。マイナー将軍、形式に囚われている場合ではない。申せ」
どの軍隊でもそうだが伝令は報告する相手が食事中だろうが、就寝中だろうが何をおいても真っ先に報告することが求められる。
実際には上官に配慮して報告できない者もいる中で伝令としての職務を忠実にこなしたこの兵は優秀であった。
「はっ。報告致します。我がゴドラム公爵軍は五千の兵を伴って北へと進軍中、物見の兵によって帝国軍とおもわしき部隊を発見。これを撃破致しました」
「敵の数は」
「数は五百。最新の銃によるこちらの死傷者は二百。対応を請うとの事です」
「うむ。大義である。此方からも伝令を送る。ゴドラム公爵には公爵軍を率いてライン砦で待機さる様に報告せよ」
監視部隊が少数だろうが五百の部隊を見逃すほどランスカ王国の軍は甘くはない。
隠密作戦で少数の部隊が後方撹乱を行う事はあるが、そのほとんどは捨て駒になる。
軍の支援なしに敵の後方撹乱を確実に行える確率は低く、また精鋭部隊を失う可能性の高い作戦を敵国の本土で行うとは考えにくかったからだ。
王は口には出さないが、国内の有力者に内通者がいる事を確信した。候補をあげればきりはないが、ランスカ王国は帝国ほど王家の力は強くはない。
王家を四公が支え、他の貴家は四公を支える。軍事面で王家に多大な貢献をしているクライン伯爵家の様な存在もあれば代々、法衣貴族として内政を支える家もある。
北部の貴族は帝国と領土を接している事もあってゴドラム公爵家の寄り子が多い。戦死したと報告のあったザッハ子爵も軍衣系貴族としてゴドラム公爵家の寄り子だった。
例外と言えば貴族派であるクラウド侯爵家だ。ランスカ王国建国の当初から王家に忠誠を誓っていたが、ランスカ王家自体がその当初は有力者の一つでしか無かった戦国時代の話だ。
言わば敵の軍門に降る様なものだったが建国以来、クラウド侯爵家は王家に忠誠を示してきたが、公爵に昇爵することはなかった。
成文法では無かったがランスカ王国には昇爵・叙爵に関する規則があり、公爵家を建国当初から王家を支える四公爵家のみとするとしていた。
当時の力関係もあったのだろうが四公爵家は普代大名で後は外様大名だったという事だ。建国王アレキサンダーの四人の妻の子供が引き継いだ家なので王家の血は濃い。
寧ろ出自が謎とされているアレキサンダー王の建国物語は今も語り継がれてはいるが他の謎も多い。
クラウド侯爵家にも王家の血を持つ者が降家しているが完全に不満がない訳ではないだろう。
それに王家に盲目的に忠誠を示す四公は時として害になることもあり得る。
だから王家は軍事力として近衛騎士団を持ち王国の歳入としての王家直轄地からの収入を独自に使う事が出来るのである。
帝国との内通者が実際に居るのであれば確実に葬りさらなければならない。
どの国もそうだが、他国との内通者は例外なく斬首。禍根を断つ為に一族郎党の連座もある重罪だ。
日本でも適応されたケースは無い様だが外患誘致罪は死刑と明記され外患援助罪は死刑または無期懲役と明記されている。
理由は分からないが小身の貴族では帝国が内通者を利用する必要性は低く、伯爵以上の大身の貴族ではリスクが大き過ぎる。
甘いかもしれないが王としてのは親王派と貴族派が対立はしていても王国の為にと思っての行動だと信じていた。
「東の諸候は召集免除権の行使を認める。そしてクライン伯爵軍には独自作戦行動の許可と北の諸候はゴドラム公爵の作戦立案の下、迎撃態勢をとる。王国軍も諸候軍と協力して迎撃に努めよ」
いくら王家の力が落ちているとはいえ、ランスカ王国の中で最も力を持つのはランスカ王家と言う事実は覆らない。
しかし、帝国の力はランスカ王国の総力を以ても困難な戦いである事には変わりがない。
大暴走によって受けた損害を回復しきらないうちにまた被害を受ける。
魔境と国土を面する点では他国に比べると不利だが、戦争をしないで戦力を維持出来るのは強みであった。
他者を殺す事によって経験値を得て、肉体的に強くなる。
魔物を殺す様に人を殺して強くなった者も昔は存在していたが、今では敵国の兵士か、犯罪者でも無い限りは、司法による追及をかわす事は特権階級にある貴族でも無い限り不可能だ。
傭兵は一時的に国家による訴追が行われないだけで殺人が犯罪である事には変わりはない。それは救国の英雄でも同じだ。
殺す対象が人から魔物になった冒険者も同じで人と言う枠組においては同じだが、人より強大な力を持つ事の多い冒険者が只の人である訳が無い。
権力や暴力が人を支配する世界において弱肉強食は真理である。
力弱い善なる者が力強い悪なる者に屈するのはよく見られる光景でありそのことが許せないのであれば力を得るしかないのだ。
他の国から見ればランスカ王国は既に死に体である。小規模戦闘しかなく、ルールに則った今までの紛争ではなく血で血を洗う戦争を準備が出来ないまま一方的に仕掛けられたのだから当然だ。
国主たる国王ギルドバルドは国をあげて徹底交戦するか、主権と財産・命を差し出して隷属するかの選択を迫られる。今では帝国相手に戦術的な勝利はあっても戦略的な勝利を収めた国はない。
第二次世界大戦後の世界の様に帝国は共和国に対して表面下の戦争【冷戦】を起こす事で世界のパワーバランスを保ち時が来るのを虎視眈々と待ち構えてきたのだ。
今回の戦争に教国が関係しているかは今の王国にとっては問題ではなかった。国家主権を守る為に戦い何としてでも帝国を退ける必要がある。
ただそれだけだ。王がそう告げて会議は終了する。マハメド将軍は片付けを始めて帰ろうとしていたオムネ将軍に話しかける。
「オムネ将軍。少し時間を頂けないだろうか」
「済まないが時間があまりない。手短に済ませてくれ」
二人きりになるのを確認してからは声を抑えて告げる。
「帝国との戦争は実際のところどうなのだ。クライン伯の協力さえあれば東軍の騎士団を防衛戦力として差し向ける事は可能だ」
「マハメド将軍。貴殿は王命に逆らうつもりなのか」
「正直なところクラウド侯爵が怪しいと思う」
北部の大貴族を公然と批判するのは貴族として脇が甘いと判断される。
明確な証拠なしではいくらマハメドが将軍の地位にあっても罷免される理由となる。
マハメドとオムネが旧知の仲であるとはいえ明らかに軍人の領分ではなかった。
「滅多な事を言うな。何処に鼠の耳があるかは分からないんだぞ」
「クラウド侯爵がコロナド砦を視察したのは軍部で噂になっていた。軍事における素人が砦を視察するのには何か理由があったはずだ」
「有力貴族であるクラウド侯爵が防衛の要であるコロナド砦を視察しても可笑しくはないだろう」
「この時期でなければな」
マハメド将軍のこの言葉が発せられる前からオムネ将軍は北軍諜報部にクラウド侯爵の監視を命じていたが、未だ部下からの報告は無かった。
それに王家の忠臣であるゴドラム公爵が危険分子を放置している訳がなかった。
独自の諜報網で男爵以上の貴族は見張られ例外的にアーウィン騎士爵にも監視がついている筈だ。
「そこまで言うなら俺も気にしておく、ナターシャとマージが先行しているんだ。俺が戦場に立つ事で分かる事もあるだろう」
----
「強情な奴だな。さっさと楽になった方がお前の為だぞ」
コロナド砦で捕らわれた伝令兵の拷問は継続中であり、睡眠と食事を与えるほど帝国軍の拷問官は優しい性格をしていない。
抵抗の意思を奪う為に徹底的に痛みつける。こういう強情な兵は自分の痛みには強くても他人の痛みには弱い。戦術的価値の無い捕虜なら山程いる。
流石に王国士官を殺す事は情報を得る為に出来ないが、一般兵ならば問題はない。
「喋る気になったら口を開きな」
目の前で十指すべてを切り落とされた兵士の叫びをただ黙って聞いているしか方法の無い伝令兵は唇を噛む。
目の前の兵は不必要な拷問を受け、指を焼かれた今では、日常生活を送るだけでも支障が出る様になるだろう。
上級士官ならいざ知らず、ただの一兵士に過ぎない目の前の男が王級治療薬を用意できる訳がないからだ。
貴族が手に入れるにも金以前の問題で王級薬師とのコネがなくてはならず王級薬師も常に手元に王級治療薬を常備してはいない。
特殊な素材に特殊な施設が必要となり、効果のある期間も有限である為に希少薬であるのだ。
切断された指の状況次第では上級薬でも間に合うだろうが指を焼かれ傷口も焼かれ今となっては目の前の兵士に救いはない。
結局、目の前の兵士を救う事は捕虜である伝令兵にはできなかった。
自分が死ねば、【誓いの指輪】によってその死は王国軍に伝わるだろう。
たが死は必ず援軍を出してくれるナターシャ団長に対する裏切りであり、この戦で死ぬ事になる無辜な民に対して救いの手を差し伸べる事が不可能になる事を意味する。
「おい。そこの王国兵士を捨てておけ。こいつは俺が戻るまで独房に放り込んでおけ」
拷問官の命令によって独房まで監視する兵は伝令兵に対して憐れみの目を向けていた。
下級兵士である男は二等市民であり、上官の命令に忠実に従っているに過ぎない。
下級兵士は上官の思惑は分からないが伝令兵から情報を引き出す必要性は理解していた。
暴行することなく連行された伝令兵は目の前の鉄格子が閉まった事で少なくとも次に呼ばれるまでは生き残れた事を実感した。




