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四十七話

「戻って来ないな」


 三人が洞窟の入口傍に陣取って戦闘を開始してから既に一時間近くが経過していた。


 時折マルコが攻勢に出ることで均衡を保っていたが、それにも限界はある。ソラは更にレベルが二上がり、黒鉄の短剣の耐久値は心許ない。


 クライン伯から授けられたミスリルの短剣を魔法袋から取り出してソラは構えた。


 実用に耐えられるだけの耐久力があるミスリルの短剣は気や魔力との相性が良い。


 身分証としての価値が高い短剣を武器として使用するのに抵抗を覚えたソラだったが、クライン伯も自領と領民を守る為に振るわれたとあっては武器としての本懐を遂げて折れてしまってもソラを責める事は無いだろう。


「俺の察知レベルではこの洞窟を全て掌握は出来ない。ここは無理をしてでも奥を探索するぞ」


 マルコも冒険者としての経験からある程度の危険察知能力はあるが、索敵に関しては仲間に殆んど任せきりだ。


 パーティでは役割が決まっておりマルコは仲間を守るのが優先されるのであって索敵や罠の解除などは一通りは出来るが専門職には劣る。


 ソラは森での戦闘で必要に駆られて実戦を持って習得したがマルコには劣る。


 ロマに至っては群衆の中から特定の人物を探す能力は高くても索敵に関しては人並の能力しかない。


 それにマルコを除いてソラとロマの二人はゴウキが地下に単独で侵入したとは考えていない。


 明らかに洞窟の規模よりアントの出現する数の方が大きかったが戦闘に必死になっていた二人は、そこまで気が回らなかった。


 マルコは専属冒険者なる前にクイーンアントを討伐した経験を持ちその際にアントの住処である蟻塚に侵入して戦った経験があるために何となくではあるが察している。


「マルコ。念のために聞きたいんだが、ここまでの規模を持ったアントの女王蟻がコモン級だと思うか」


「ソラ。はっきり言うがそれは有り得ない。レア級もしくは女王級でないと説明がつかないし殆んどの魔物は街の傍にコロニーを作る事はない」


 王級は迷宮で言うフロアボスに該当する魔物だ。レア級はフィールドボスで絶対数は王級より多いが油断できる相手ではない。


 ベータ期間中には戦闘に特化したパーティで王級に挑んだが結果は全滅。


 王級はレベルが上がればパーティでも対処は出来るがそれまではなるべくであればレイドで当たるべき敵なのである。


 ポートロイヤル防衛を成功させるためには少なくともラビットの王級を倒さなければならず、後続として現れる魔物に王級がいないとは限らない。


 寧ろいる前提で考えた方が良い。数だけは多く後発組のスタートダッシュには最適なスモールラビットだが、ミディアムラビット、ラージラビットが出現したことで後退せざるおえなくなった。


 その不満は先発組、運営に向かい今後の事を考えれば頭の痛い問題である。


「とにかくここに居ても始まらん。アントを倒しながら探索するぞ」


 相変わらず何処からともなく出現するアントだったが、ソラがレベルが上がった事で対応は楽になっている。


 気闘術を使える事を考えればソラの実力はCランク下位の冒険者と遜色はない。ロマも昔とった杵柄でアントと戦うには問題ない位には実力がある。


 ソラはレベルが上がったとはいえ自分が強くなったと実感していてもそこに驕りはない。


 エバンスという本物の強者に師事していることもあるが、武道の嗜みはあっても平和な国で生まれ育ったソラは戦争を体験した事のない世代であり性格上、荒事を好まないからだ。


「今更だけど、この短剣を使って怒られないんだろうか」


「それは今更だな。銀鞘の短剣は貴族しか持てない物だが、他の貴族はそうかも知れんが、ジョセフ様なら問題にはならんだろ」


 使ってこその武器である女性が短剣を持つのは貞操を守る為に戦う意思がある事を示すためであり、その貞操が汚されそうになった時の最終手段として自害するためである。


 力なき者ですら覚悟を持って生きているのに戦う力のある者が弱き者を助けないのはこの世界ではこの上ない不名誉であるとされている。


 今はそう考える貴族は少なくなってしまったが貴族は民の暮らしを守る者であり、その為に国から特権を与えられているのだ。


 初代国王アレキサンダーの理念は世代を重ねることに形骸化していったが王家に忠誠を誓う四公家の忠誠心は変わらなかった事はランスカ王家にとっても国民にとっても行幸なことだった。


 武人として知られるクライン伯ジョセフは武骨ではあったが民をちゃんと愛していた。


 王家が腐敗していたのなら領民の為にランスカ王国から独立する事も躊躇わなかっただろう。


 そしてクライン伯領は今、大暴走(スタンピード)という困難に立たされている。


 ジョセフは領内の治安維持の為に領都を留守にしており、先頭に立って指揮する事は出来ていないが、災害に対する備えは欠かさず行ってきた。


 領主軍の兵士を精鋭へと育て上げるのもその一環であり、魔物の討伐はどの領主より積極的に行ってきたと言う自負がある。


 だからこそ領民は決して楽な生活とは言えないが、領主家であるクライン伯爵家を尊敬し、自分の手で家族を隣人を愛する者を守る為に領主軍に志願する若者が絶えないのだ。


 クライン領主軍の訓練は正規軍である王立騎士団より厳しいものになっている。木剣ではなく刃引きされた実剣で模擬戦が行われる。


 下っ端の兵士でも他領から侵入してくる盗賊相手に殺しの童貞を捨てており、処刑が決まった罪人の斬首も人を殺す事に慣れる為に新人の仕事となっている。


 生活は厳しいが、領民から搾取する事はない為に賊に身を落とす者はクライン伯領では少ない。


 精強な軍によって討伐部隊が組まれるとなれば尚更の事である。そしてある程度の悪知恵が働く者ならば、領境に拠点を置いて無法を繰り返すのだ。


 領主(貴族)が持つ警察権・裁判権はあくまでも自領において有効なものだ。王立騎士団によって指名手配されればどの領主が裁いても問題はないがお互いの領分を侵さないのは暗黙の了解である。


 それが分からない者は貴族社会において白眼視され村八分の状態となるのだ。


 そこにつけこむのが犯罪者であり、他領に逃げ込めばどうする事も出来ないのだ。被害が大きければ面子にかけて討伐されるが、その心理にも巧みに操り役人に賄賂を渡して黙認させるか、目撃者を皆殺しにする事で発覚を遅らせるのだ。


 犯罪者に対して厳しい態度を取ることでもジョセフは有名だが背景を考えて減刑する度量もある。


 そんなジョセフがたかだか短剣一本でソラを責めると考える者はいない。


「マルコ殿が言う通りですジョセフ様は民を愛してらっしゃる。その力を誇る事はあっても貶す事は有り得ないでしょう」


 ロマもポートロイヤルに今は定住しているが元は村に住んでいた。


 村は街ほど活発的に物流がある訳でもなく小さな村ほど変化に弱い。少しの貯えで生きて行けず子を売る事は滅多に無かったが賊の襲撃や魔物の襲撃は常に警戒していた。


 村であれば壁に囲まれた街よりは宅地や農耕地に土地を割けるが安全性は街に劣る。


 街で生活するにはある程度の収入が必要で技能のない村人ではその日暮らしの生活しか出来ないのであればまだ村で生活をした方が楽なのである。


 そんなささやかな生活を根こそぎ破壊していくのが大暴走(スタンピード)であり、魔境に面しているクライン伯領の宿命であった。


 三人は魔物を討伐しながら洞窟を探索し遂にゴウキの大斧を発見する。


 魔法袋に入るのにも関わらず武器をここに置いて行ったのは自分達に報せる為だとマルコは理解した。地下にどのくらいの規模の巣があるかは分からない。


 出現したアントの数を考えればかなり大規模であることは間違いなくこの場に留まるだけでも全滅する可能性は少なくない。


「二時間だけ様子を見る。アントを撃退しながらこの場を死守する」


 ソラとロマは頷いて辺りの警戒を怠らない様に気を引き締めた。


 ----


「前進だ」


 ブロードの命令によって部隊は前進する。クルト村からやってきた竜騎士は既に離陸態勢に入っており、アンデス上空には、飛行型の魔物の姿はない。


 ブロードは副官にアンデス防衛の全指揮権を預けて守将、自らが出撃したのである。多くの部下はブロードが出撃する事に反対した。


 兵の将たる器を持つ者は多くても将の将たる器を持つブロードは王国では希少な存在である。


 将軍の懐刀の言われているのは伊達ではない。現場の騎士達も実績のない無能な上官よりは実績のある有能な上官の方が良いに決まっている。


 それは自分達の命がかかっている下級騎士・兵士なら当然の事で自分の出世にも影響がある中級騎士も同様の事が言える。


 年齢と経験不足を理由に二千五百人長の地位にあるブロードだが能力面では五千人長に昇格していても不思議ではない。


 二千五百人長にも関わらず千人長の部下が五人いて国防の重要地点であるアンデスの守将を任せられているのは確固たる実績を積むためである。


 クライン伯ジョセフは王国軍内において軍事顧問の地位にあり、例外的に軍事面で王国騎士に対して命令できる立場であるが、その権力を用いる事は殆んどない。


 侯爵に匹敵する辺境伯と言う地位に加えて王家からの厚い信頼。


 正に王国騎士の鏡の様な存在ではあるが、ジョセフは地位が今の立場を築いたと考えている。


 驕られるよりかはましだが貴族の権威を陥れると陰口を叩かれているのだ。ブロードの出自はお世辞にも高いとは言えない。有能であるのにも関わらず五軍の中では無名に近かった。


 下級貴族だと言うのが理由で他の実績が変わらない貴族が五千人長になっている事に怒りを感じているが、ブロードもまた貴族としての恩恵を受けているために不用意な発言は控えている。


 魔雷を積んだ竜籠は爆薬庫と同じである。再度、部下に命じて空中監視と火気厳禁を徹底させる。


「竜騎士団進撃」


 トルウェイの命令によって竜騎士達は隊列を組んで飛び始めた。魔砲部隊によって安全を確保された東門上空へと向かって一騎ずつ飛翔していく。


 最初に飛翔した竜騎士は魔雷を積んでいない護衛部隊でこの部隊には火竜を中心とした編成になっていた。


 ワイバーンは竜にとってはとるに足りない相手ではあるが大群で攻められれば質で劣る飛竜であっても苦戦する事になる。


 ワイバーンの息吹(ブレス)で魔雷が誘爆したら被害は拡大するだけなので護衛の竜騎士には精鋭があてられる事になった。


 魔雷は火霊石が起爆装置として用いられる為に数を揃えるのは大変だが、元々、誘爆させて一気に魔境にある森を焼き払う予定のために本来の製造コストよりは安く揃える事ができた。


 それでも白金貨数枚分の値段になったがこれで大暴走(スタンピード)を一時的にでも食い止めることが出来るなら安い物だと考えていた。


 戦後処理では王家とクライン伯そしてカイトとトルウェイの私財から支払われる事になるだろう。


「トルウェイ様。今のところ敵襲はありません」


「うむ。竜騎士達には些細なことでも報告させよ」


「はっ」


 愛龍ニールに跨がり、トルウェイは陣頭指揮をとる。地上部隊はブロードが敢えて魔物の群れに攻勢を仕掛けることで注目をひき、竜騎士達が爆撃を行う。


 魔雷さえ投下してしまえば作戦はほぼ完了する。出来るだけ広範囲に打撃を与える為に投下位置を考えなくてはならなかったが、トルウェイが鍛えた竜騎士にへまをする様な間抜けはいない。


「前方にオーガを発見。姿から特異体と思われます」


 トルウェイの目にも部下が報告してきた全身を黒色に染めたオーガの姿を確認した。


「お主らは作戦の遂行を第一と考えよ。あのオーガは儂が相手をする」


 ニールはトルウェイに指示されるまでもなく特異体と思われるオーガに向けて進路をとった。


 龍騎一体。トルウェイとニールの関係を示す言葉であり、これが出来て初めて一人前の竜騎士と竜人は認められるのだ。


「儂はトルウェイ。お主を倒す者の名前だ」


「抜かせ。竜人ごときにこのバルド様が遅れをとる訳がないだろう」


 龍気と鬼気。性質は若干異なるが基本的に人種が扱う気と同じで身体能力を強化する為に使われる。


 アンデスへ再攻撃を仕掛けるオーガ達だったが二人の気に当てられて二人の周りは空白地帯となっていた。


 竜騎士達は特異体が現れた時に備えてトルウェイとニールが対応する事を知っており、当代最強の龍騎士である二人(一人と一騎)の実力を疑う者はいない。


 龍人であるトルウェイと龍であるニールは原始龍人・原始龍に近く竜人と竜とは桁違いの力を持っている。


 戦闘に向かないとされる森竜人の祖である森龍人ですら他の竜人を寄せ付けない力を持っている。竜は卵の時には属性を持たない。


 与えられる魔力の属性によってその魔力の属性竜となり、竜人の生涯の相棒(パートナー)として生きるのだ。義理高い竜はその竜人の直系の子孫に自身が産んだ卵を授けその力を守護の為に使う。


 力が弱くなっているとは言えトルウェイの様な先祖返りと呼ばれる強大な力を持つ龍人やその相棒のニールの様な龍が誕生し、原始の守護龍の意思は確実に子孫へと受け継がれている。


 竜は基本的に竜人以外に懐かず、成竜ともなれば時に災害として討たれることもあるが、竜人の中では主神オリエンタルよりも守護龍の方が未だに信仰されている位には近い存在なのだ。


 トルウェイは龍気を全身に纏いバルドの動向を伺っている。トルウェイはバルドの事を最低でも王級、下手をすれば(シャドウ)級だと判断した為に気を抜いていない。


 仲間と共に迷宮の階層主(フロアボス)を倒した経験のあるトルウェイだが、バルドの纏う邪気は下手をすればそれよりも強大なものだったからだ。


 魔法師としての厚みは増したが、龍人としての全盛期は既に終わりかけている。


 成長期から全盛期、そして衰退期のサイクルは人種よりかは確実に長いが、龍人も生物である以上は何れ衰える。


 技量が上がることで年を重ねる毎に強くなる者もいるがそれにも限界はある。


 トルウェイが家督を譲り引退したのも息子が成長した良い機会だったのとそれ以上の懸念があったからだ。


 無論、自由な冒険者になるくらいなのだから貴族という立場が性に合わないという事もあったし、竜国から嫁を取るのが嫌だった事も少なくない影響を与えている。


 冒険者をしていなかったら今のトルウェイは居なかっただろう。トルウェイの役割はあくまでも時間稼ぎなので熱くならないように必死に衝動を抑えていた。


 ----


 バルドは退屈だった生活に本能的に別れを告げた。気を見れば熟練した戦士にとって相手のある程度の実力を計る事は不可能ではない。


 溢れんばかりの龍気はトルウェイがただ者ではない事をバルドに告げていた。敵の事を知りたければ気を知れ。と言われる位には戦闘においての気は重要な位置を占めている。


 災害級と人類側に呼ばれ最上級魔人の一角となったバルドにとって自身と比肩するだけの力を持つ者を探す事は容易なことではない。


 十三席と席次の上では一番劣っていたが、バルドが最上級魔人になった際に倒した相手が十三席であっただけで種族的に戦闘に向かない者が席次を得ている事からも席次=最上級魔人の中での強さではない。


 最上級魔人は常に上級魔人の野心家から命を狙われる事になり、地位を守る為に悉く返り討ちにしてきた。


 代々の魔王は席次を持つ最上級魔人に対して最上級同士の戦闘を禁じてきた者が多く、先代は特にそれが顕著であった為に大人しくしていたに過ぎない。


 最上級魔人達はギーシュを除けば同格である。魔王を名乗れるだけの実力があるのに魔王にならなかったギーシュが魔人の中での常識外れなだけで魔王の地位を狙う魔人は多い。


 人種の権力者が自身の権勢を誇示する様に魔人もまた力を誇示し続けなければとって代わられるだけなのだ。バルドが相手にしていたのは常に格下。


 トルウェイも成長期がある程度、落ち着き冒険者を引退して宮廷魔法師となってからは実戦から離れていた。


 ルト村の相談役となってからは積極的に魔の森で戦闘を行い勘を鈍らせない様にしていたとは言え魔物はあくまでも魔人より格下の相手である。


 そしてトルウェイは最強種である龍種と戦う機会もなく精々、知能の低いワイバーンを相手にするのが限界であった。


 トルウェイにとってもバルドは全力を出せる貴重な相手だったが、撃退する必要はあっても必ず殺す必要はない。


 今はアンデスの防衛が可能であれば十分で王国の騒動が終息した後に精鋭で調査を行えば良いだけだ。


 魔族の動向が分からない以上はバルドを討つのは薮蛇にしかならない可能性もあった。


 この一戦はアンデス防衛戦における勝敗の分け目になると二人は本能的に理解していた。

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