四十六話
ソラ達は洞窟へと再突入する。先程の戦闘で死体となったアントは百数体にも及ぶが侵入者を察知して洞窟の奥からアントが津波となって押し寄せる。
感覚が麻痺してきたのか不快感はだいぶ軽減されていた。ステータスを確めれば恐怖耐性のスキルレベルが上がっていることが確認出来るだろう。
ソラでもナイトアントと戦うのは不可能ではないが、多対一では安全マージンがとれていない為にじり貧になる。
だからソラはスモールアントとソルジャーアントを狩る事に専念して、とにかくロマと一緒に敵の数を減らす事を徹底して行っていた。
ゴウキはソラ達三人と別れて単独で洞窟を探索する。あまり広い洞窟ではないということだったが、ポートロイヤルで活動した経験のないゴウキにとって普段、攻略している迷宮よりかは難易度は低くても数という暴力に晒される事になる。
先程の戦闘ではゴウキとマルコは問題なく戦えていたがソラとロマは違った。
一度、撤退する事になったのも二人が目に見えて疲労して動きが鈍くなる前に休憩と作戦の見直しをする必要が出てきたからだった。
街中に出来たアントの侵入経路は土魔法師によって埋められたが地中を移動するアントにとって問題ではなく、冒険者の対応も後手に回っていた。
ポートロイヤルの住民にとって最悪な事は人の味を知らなかったアントが食人の贅沢を知ってしまった事だ。
そして人を殺したアントの中には存在進化する個体すら現れた事だ。
社会性を持つアントはフェロモンによって仲間に餌場がある事を報せ、冒険者に倒されたアントは仇敵がいる事を仲間に報せた。
ポートロイヤルに押し掛けるアントが居るのにも関わらず、洞窟には溢れんばかりの数のアントが居る。
アントの生態をよく知る魔物学者でなくても普段から魔物と戦う機会の多い冒険者なら違和感を感じない訳がない。
実際、危険を冒してでもゴウキはクイーンアントの討伐を強行する事にした。コモン級のクイーンアントは少なくても一日に五体以上のスモールアントを産み出すとされているがこの数は異常だ。
人間もそうだが、子を産むという行為は想像以上に体力を消耗する。そして一度の出産の数で大体の強さが分かるものなのだ。
成体になる数と言い換える事が出来るが、魚類は比較的に数が多く哺乳類は少なくなる。
昆虫も哺乳類に比べれば数は多い方だが限界はある。子を産み出す為のエネルギーを何処から得ているのかと言うのが一番の問題だ。
魔物も他の生物と同様にある程度の食事は必要不可欠である。障気を糧とし食事をあまり必要としないという学説もあるが物理的に食事を摂っても意味の無い不死族でも無い限りは外部からエネルギーを摂取する必要がある。
何故、魔物が存在進化するのか。そして魔族が人と対立するのかは分からない。
本能的に敵対するものだと思った方が自然だ。台所に発生する黒い悪魔。嫌悪する人は多くてもペットとして飼っている奇特な人間は極少数だろう。
「ソラ。ロマ隊長。俺の後ろに下がっていてくれ」
マルコは今まで防御に徹していたが、少し攻勢に回るらしい。防御に徹していたマルコはソラとロマに比べたら消費した体力は少ない。
隙を見て攻撃はしていたが牽制するだけで時間稼ぎしかしていなかった。少し疲れの見えていたソラはマルコから盾を受け取って構える。
MWOではジョブによって使用できる武器に制限はない。システム的なアシストが無いだけで剣士が弓や槍を使う事も出来るし、逆に治癒師が刃物を持つ事も可能だ。
ただジョブはスペシャリストである証拠でもあるので効率を考えれば剣士が剣以外の武器を持つ事は少ない。
ソラは職業は冒険者ではあるが、当然、ジョブが剣士で冒険者をしている者もいる。寧ろ冒険者しかジョブを得ていないソラが例外であり、他の稀人もお金を貯めてまず防具の更新よりもジョブの獲得を優先する者は多い。
タイラーの様に冒険者ギルド以外に所属することで鍛冶師や商人のジョブを得る者も居たが少数である。
お金を獲得する為には魔物を倒す事がてっとり早く、狩人ギルドに所属して狩人になるよりは冒険者になった方が買取り可能なアイテムも多く金策がしやすいのだ。
ソラも職神の神殿に寄付できる金額が貯まった事でジョブ変更をしようとしたがそれはエバンスによって阻止された。
戦闘スタイルから拳闘士や斥侯関連のジョブに就ける可能性が高くエバンスは少しでも可能性があるのであれば槍士になって欲しいと考えていたからだ。
【教導】はスキル取得者の一番得意なスキルを指導する時が一番、成長率が高くなるエバンスであれば槍でカイトであれば剣だ。
外見上は若いがそれなりに経験を積んでいるリースの場合、魔法がそれに該当する。自身の技を弟子に継承する。それが教導のスキルの本質であり、その恩恵は計り知れない。
ソラは盾術のスキルを取得していないが、冒険者ギルドに保護されていた期間に戦い方をマルコにも教わっていた。
木の盾でひたすら攻撃を凌ぎ続けるという地味なものだったが、実際にやってみると体力的にかなりしんどい事になる。
疲労値が蓄積し、ゲームの中であるのにも関わらず疑似的に筋肉痛になったくらいだ。
マルコの盾はソラからしてみれば扱い辛いことこのうえない。
武器や防具には要求筋力値がありそれを下回っていても携行する事は可能だが、存分に扱えるかは別問題である。
ソラの物品鑑定スキルが高ければ素材も判別できる筈だが生憎ソラのレベルはそこまでに達していない。
重要なのはアントの攻撃を凌ぐ事が出来るという事であって他の細かい事は気にしない事にした。
ロマも冒険者ギルドから貸与された魔法袋の中に大量の矢を収納していたが、この矢は自警団の備品であり、団長トトには使い切って構わないと言われたが、使い切る様な事はない方が良いとロマは考えていた。
弓士が矢を使い切るのは剣を持たない剣士くらいに役に立たない。戦闘に立つ魔法師もそうだが不測の事態に備えて余力を残しておくものである。
矢を使い切るという事は余力を残しておく状況ではなくなったということと同義であったからだ。その場合、マルコが撤退をするかどうかの判断をしなくてはならない。
撤退はゴウキを見捨てると言うことであり、討伐作戦の失敗を意味する。
これが冒険者として依頼以外でレベル上げに来ていたのなら問題はないだろう。
例え依頼でも金と命を天秤にかけて金を選択する冒険者はいないからだ。
討伐依頼なら期間が長めに設けられているものやゴブリン討伐依頼の様に期間が定められていない依頼もあるため、失敗による罰金を支払わなくてよいケースもある。
今回の依頼者は冒険者ギルドであり、強制依頼の為に失敗による罰金はない。
だが、失敗すれば多くの命を危険に晒す。しかも運営会社のJHEはイベント期間を発表していない。
いつ終わるかも分からないし、多くの稀人はゲームだけをしている訳にはいかず、都合が合わず、イベントに参加できない者もいるはずだ。
ネタアイテム以外に課金できないシステムになっているとは言え初めての公式イベントに参加できないのは辛い。ソラ達はアントを迎撃しつつ終わりの見えない戦いを続けていた。
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私は女王蟻、名前はない。私の種族であるアントは生まれながらにして役割が決まっている。
この中で極一部だけが私と同じ様に女王蟻となり、後は雌雄の違いはあっても女王に使える従順な僕でしかない。
私の夫はアントの生存競争の中で勝ち抜き遂に王たる器を認められた王蟻である。
私達、夫婦は元に住んでいた住処を追われた身である。集団で立ち向かう事によって強大な敵を屠ふってきた私達だが相手が悪かった。
ただの魔物であれば被害が拡大しても倒す事は出来たはずだったが、魔人と呼ばれる強者には敵わなかった。一人、また一人と私がお腹を痛めて産んだ子が大地に屍を晒していく。
夫も子供達を率いて戦ったが、重傷を負った。生命力が子供達よりも強い夫だったからこそ生き永らえることが出来たがその魔人が要求してきた事を達成できなければ今度こそ私達は滅ぼされるだろう。
子供達はその条件に出された街を襲撃した。兎達が私達と同様に街を襲っていたが、話し合いによってお互いを攻撃しない事に落ち着いた。
子供達が命を懸けて持ち帰った肉は私に生きる活力を与えた。
今までに食べてきた肉が二度と食べたくなくなる程の極上な味だったのだ。
ここを住処として定めた時に邪魔になったゴブリン共とは比較することすら冒涜であろう物だったのだ。
死んでいってしまった子供を補う様に私は子供を産み続けた。極上の肉を食してからは私が産める子供の数は増えた。
そして幼体から兵士にそして騎士になる子供も増えた。それに比例するかのように私の手に負えないやんちゃな子供も増えたが集団の数が増えれば相対的にやんちゃな子供も増えるので仕方がないことだった。
そして再度、街を攻撃しようとした時に子供から住処であるこの場所が襲撃されている最中であると知った。
夫の怪我は癒えてはいるがまだ万全とは言えない状態で兵士・騎士階級の子供に侵入者を撃退する様に命じた。
そして多大な被害を出しながらも侵入者を退けたが今まさに再度の侵入者を感知したところだ。
この方法はあまりとりたく無かったが群が、全滅する事を考えれば大を救う為に小を切り捨てる事も為政者として求められる事だった。
兵士階級の者に生まれたばかりの子供を喰わせて騎士階級とすることでこの困難を乗りきる事を私は決断するのであった。
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「クイーンアントもキングアントも見つからないか」
単独行動をしているゴウキは誰が聞いている訳でもないのにそう溢した。ゴブリンが住処にする様な場所だがこの洞窟は広いとは言い難い。
質を数で補うゴブリンだが、群れの中にはボブゴブリンになる個体もいる。
そうなると必然的にこの洞窟で全ての者が生活できる訳もなく、住み着くゴブリンの総数は上限が決まっている筈だった。
そうなると百を超えるアントが生活できるスペースは確保できる筈がない。
そう考えると地下のスペースに繋がる穴があるのが道理だがそれもない。
迷宮と言える規模があるかは疑問だが現状を考えると自然発生した疑似ダンジョンとも言える空間がこの洞窟の地下に形成されていると考えると辻褄が合う。
ゴウキは四人で突入した事を後悔し始めていた。ダンジョンとしての難易度は最低限のものである筈だが、準備もなしに攻略できる保証はどこにもない。
新たに冒険者ギルドがダンジョンを認定した際には冒険者ギルドに実力を認められた冒険者が調査をした後に一般の冒険者に解放されるのが、常識だったからだ。
ダンジョンの難易度によって冒険者ランクを基準にダンジョンへの立ち入りは制限される。
下位の冒険者を無闇矢鱈に死傷させない為の措置ではあるが、ダンジョンの立ち入りには最低限でもDランクが必要となる。
Dランクの冒険者は選抜試験を合格し、ギルドに冒険者としての実力を認められた者達だ。
魔物と戦う事に慣れ、必要最低限のサバイバル能力を持つ冒険者を指すが、実力は最低でもボブゴブリンを単独で倒せる事が出来る者達なのだ。
武器を使うボブゴブリンは人より知能が劣るとはいえ脅威である事には間違いはない。戦闘を見る限りではソラもロマもその基準を達してはいるが、圧倒的に経験が足りなかった。
気闘術が使えることで戦う事に関して最低限の基準は満たしているがそれだけでしかない。
ナイトアントに負けないが数は脅威でありマルコと俺がいなければ戦線は容易く崩壊していただろう。無論、最初は誰もが初心者だ。
特に職業柄、対人戦闘を意識せざるおえないロマに対魔戦闘までこなせと言うのは酷な事だというのも承知している。ソラに至っては論外だ。
エバンスの短期間でここまで成長させた手腕は流石だが、場数を踏まなければ戦闘技術は磨かれない。
魔闘術も併用していた為に器用貧乏にもなっていた。卓越した技術と才能はソラにはないだろう。ある程度までは成長するだろうがそれは現時点では上級に届けば良い方だ。
だが本人にはそこまでの意思は無さそうだった。護身する為に必要に駆られて戦闘技術は身に付けるが、駄目なら人を雇えば良いだけだと考えていそうだ。
恩人に向かって言い辛いことだがエバンスの訓練は常人がついていくのには体力的に厳しいものがある。
多くの武芸者が挫折した理由であり、エバンスが弟子をとれなかった理由である。
槍は剣に続いて一般的な武芸ではあるが、戦場で役に立つとは言え騎士の武芸は剣術にあるという考えから人気は低い。
騎士道精神に則って有用である筈の弓が卑怯であると貶されているのもその一つである。剣より間合いの広い槍は実戦では優位に働く。
しかし剣術を修め剣士となった者にとって有用であると理解していても槍を扱うと言う選択肢は浮かばない。
幼少の頃から武芸を嗜んできた者が新たな武術を覚えるなら既に学んできた剣術を極める方が効率が良いのだ。
サブウェポンとしてなら剣士は同じ剣を持つ。中級剣士が初級槍士の実力しかないのに無理をして槍を使う事にメリットは殆んどないのだ。
剣より更に間合いの短い短剣をソラが使うのも、戦闘は最終手段であって厄介事を解決する為に積極的に武術を使う必要性を感じていない証左となる。
ゴウキはエバンスの為に自分に出来ることはやるつもりではあるが、Aランク冒険者であるゴウキは自身の実力を過信していない。
出来ないのであればポートロイヤルの専属冒険者を引き抜いてでも達成する。その為にクイーンアントとキングアントが例え討伐できなくても最低限の情報は持ち帰る必要がゴウキにはあった。
何処からともなく沸いてくるアントを倒しながらその素材を魔法袋に入れていく。
エバンスが信じないと思ってはいないがエバンスが周囲を納得させる為には証拠が必要になる。
ナイトアントの数も異常だったが、それ以上に厄介なキラーアントも多い。
集団戦に特化したナイトアントと違って個々の能力が高いキラーアントは外見上の差異は殆んどないために戦闘に慣れてきたDランク冒険者が殺される事もある魔物だった。
ゴウキはあまり広くない洞窟の探索を終え地下への侵入路を複数発見していた。
アント達が地上へと出る為に掘り進めた穴はクイーンアントの居住スペースへと繋がっている筈だ。アント達の巣に単独で侵入するのはリスクが伴うがそれは今更だった。
地中深くまで日の光が入る訳もなく、ランプを持ってきていたが、人種である三人とは違いある程度までならゴウキは夜目が利く。
ここで撤退するのも一つの選択肢だが、地下にいるアントの規模によっては連れてくる冒険者の数を考えなくてはならない。
普段、行動を共にしている仲間がいれば不必要となるがそれを言っても仕方がないことだ。現有戦力で作戦を成功させなければならず、無いものねだりをしていても現状が良くなる訳ではないのだ。
アント一体が通った穴は小さく、ゴウキは鬼力を発揮して土を固めながら穴へと侵入していく。
広い空間では絶大な威力を発揮する大斧だが、狭い空間では自身の行動を妨げる枷となる為に穴のすぐ傍に置いてきた。
アント達では筋力が足らずに持ち帰れないし、もしソラ達、三人が自分を探しに洞窟の奥までやってきた場合は目印になるからだ。
鬼闘術を発揮したゴウキの身体は人間掘削機となっていた。
気闘術と同様に鬼力を扱う鬼闘術はスタミナを消耗するが、手のひらに薄く纏わせる事でスタミナの消耗を最小限に出来る。
物心を覚えた時から慣れ親しんだ力は鬼人の力の根源であり、魔物と混同されて差別の対象となってきた。
上級拳闘士であり上級斧士であるゴウキは無手での戦闘に自信があった。
アント達の住処と思われる空間に辿り着いたゴウキは魔法袋から簡易食を取り出して探索に備えるのであった。




