四十五話
洞窟に突入したソラは血の気が引くのを感じた。辺り一面は黒一色。
これでもかという位にアント達がおり、至る所に生物であっただろう肉塊が無造作に置かれていたからだ。
ゴア表現はある程度までは規制されるが、年齢によって段階的に解放される。
ソラは成人しているため、血液の表現も可視できるが、設定を変更しなかった事が裏目に出た。人の頭部と思える物体や明らかに手足が散乱していた。
多分、ポートロイヤルに住む大地人のものだろう。
稀人の部位欠損は感覚と視覚情報はなくなるが実際に失った訳ではない為に現実世界に悪影響を及ばさない範囲で調整される。
「ソラ。呆けている時間はないぞ。俺たちがやらなきゃ更なる被害が出るだけだ」
ソラは冒険者を続けていれば嫌でもこの様な風景を目にする事になる事を実感していた。
中には適切に対応していれば被害を出さなくて済んだケースもあるが、終わった件について何時までも言及していても失った命は戻ってこない。
それならば再発防止に力を注いだ方が建設的である。
黒鉄の短剣に魔力を纏わせる。純魔力以外にソラが纏わせる事の出来る属性は土属性だけだ。
アント達は性質上、土の魔法に強い為に纏わせているのは純魔力だ。属性が多い程、相手の苦手属性を纏わせることで有利に戦う事が出来る。
それならば高威力の魔法を放った方が効率が良いのでオーラブレイドは基本的に魔法師にとってやむおえなく近接戦をしなくてはならなくなった時の奥の手である。
魔法剣士は中・近戦に優れた戦士ではあるが純粋な剣士には近距離で負け距離をとられたら魔法師にも負ける事の多い器用貧乏なジョブである。
アルトの様に極めれば隙のない万能型となるが、才能がものを言うこの世界でどれだけの人間がその高みまで行けるかは謎である。
オーラブレイドでアントの骨格部分の防御が薄いところを斬り裂く。不快な声をあげて生き絶えるがソラの意識は次の目標へと移っていた。
ロマもオーラブレイドは使えないが気闘術による身体強化でソラと同様にアントを斬り伏せて行く。
ゴウキはというと一人だけ突出して近付いてきたアントを大斧で斬り伏せていた。それは台風の様で殲滅速度はソラとロマより早くまだ余裕がある。
マルコはひたすら盾でアント達の攻撃を凌ぎ続けてソラとロマに近付くアントを牽制している。オーラの色は茶色で守勢に秀でた土属性を用いているのだろう。
オーラの色で属性が分かり、基本属性の色は火属性は赤、水属性は水色、風属性は緑、土属性は茶色となっている。
これは得意属性を調べる時にも使用される方法で色が濃い程、その属性の魔法が得意と言うことになる。中級盾士であるマルコにとって土属性は相性の良い属性であると言える。
二属性以上は色が混じりあったパターンと二色以上が独立した色を持っている場合があるが後者の方が強力で前者は汎用性の高い魔法師という事になる。
ソラは普段から武技に頼らない戦いをエバンスに教えられ、一ヶ月近い師事の中で戦闘において武技を使用する事は滅多に無くなっていた。
武技は高威力である為に発動の前後に隙が出来やすくスタミナも消費する。本来の目的とはかけ離れてきていると感じつつも師に逆らう事が出来ずに黙々と与えられた課題をこなしてきた。
十Kgに近い重りから始まり今では倍の重さを身に付けながら走らされた後にゴブリン・ボブゴブリンと戦わされる。
現実世界であれば確実に体を壊しているが仮想世界では肉体的な疲労を感じにくいからこそ継続できたのだとソラは考えていた。
超回復という概念はこの世界にもあり、超回復は傷付いた繊維を修復する際に少しずつ太くなる現象でありその結果、筋肉がつくのである。
ステータス上には表れにくいが、確かに筋力値は微増しており、これはレベルアップによる恩恵とは異なり、継続しなければ簡単に衰える隠しステータスだった。
無理のない範囲で順調にアントを討伐していく四人。出現するアントより討伐するスピードはまだ遅いがまだゴウキは本気を出しておらず、マルコも守勢から攻勢に転じていない為に余裕がある。
ロマはそれなりに魔物と戦える実力はあるが、実戦から離れていた事もあって殲滅スピードはソラとあまり変わらない。
アントの比率もスモールアントが多かったのに対してソルジャーアントが目立つ様になってきていた。
群れとしてアント達はソラ達、四人を脅威と認定して積極的に排除する様に決めたらしい。
味方にかかる事も躊躇わずに蟻酸を吐いてくる様になった。ソラの革鎧は所々、溶解しており、ただでさえ防御力がないに等しいと言うのにまともな防具として機能しなくなっていた。
ロマのピタゴンの鎧はまだ蟻酸に耐えられるだろう。
「そろそろ一旦ひくぞ」
既に戦闘開始してから三十分が経過しており、キングアントとクイーンアントが出現する様子がない事から次の作戦を考えなくてはならない時間である。
魔法袋に出来る限りの死体を回収してソラはクレイクリエイトで洞窟の入口を塞ぐ。地下から接近してソラ達を襲う個体もいるだろうが、洞窟に留まるよりかは危険性を低くする事が出来る。
「マルコ。やはりクイーンアントを討伐するしか方法はなさそうだ」
クイーンアントはスモールアントを始めとしてアントを産み出す女王蟻である。
元を絶たなくてはいくらアントを討伐してもきりがないとゴウキは判断した。
クイーンアントを討伐すればキングアントが居ない限りは群れの統制を失い、混乱する。そこを叩けば損害を最小限にして最大の結果を得る事が出来るだろう。
「位置は特定できていません。闇雲に行動してもリスクが高くなるだけなのではないでしょうか」
ゴウキとマルコの話し合いを傍らで聞いているソラだったが、作戦について素人でしかないソラが意見できる筈もなく、ロマも立場的に二人の意見に従う様だ。
「雑兵ばかり相手にしてもこちらが消耗するだけだ。攻められるうちに攻勢に転じなければ、街での被害が拡大するだけだ」
ゴウキの意見に黙るしかないマルコ。冒険者としての実績はゴウキに比べるまでもなく、安定の為に最前線で戦う事を辞めた事に対してかつての仲間であるエレメンタルブレイブのメンバーに申し訳ないと思っているのだ。
だからこそエバンスが少人数による作戦でクイーンアントを討つと発言した時、マルコは作戦に志願した。
治癒師であるリースが作戦に従事できない事で作戦の危険度は増している。
代用手段としてのポーションだが、実用性はあってもあくまでも延命手段でしかない。リースは自身の持つ技術から少数ではあるが上級HP回復ポーションを用意してくれた。
最低でも数万コルの市場価格のつくポーションを無償で用意してくれたのは同行できない事に対する謝罪と作戦に対する重要性を理解しての行動だろう。
簡易的に作った土壁では群がるアントを全て排除できない為にソラとロマは二人が話し合いをしている最中には中に侵入しようとしたアントのみに絞って攻撃していた。
大暴走が発生してからまだあまり時間が経っていないのにも関わらずこの規模の巣が出来ていることは明らかに異常事態だった。
ゴブリンもそうだが、人が生活する拠点に近いほど魔物にとって討伐される危険性は高くなる。
害を為す生物は積極的に狩られ冒険者達が日々を過ごす糧となるのだ。魔境の異変を察知してからエバンスは積極的に討伐依頼と調査依頼を出してきた。
それはDランク冒険者にも可能なゴブリン討伐依頼から一握りのAランク冒険者に対する魔境調査依頼だったりした。
ソラがゴブリンライダーを仕留めてから全ての調査依頼は中断され、詳細な防衛計画が練られる事になったが、討伐依頼に出た冒険者が帰って来ないとの報告はエバンスのもとには上がっていなかった。
低ランク冒険者が多い為に泊まりがけで依頼を行う事は少ない。護衛依頼を行う様になるCランク冒険者は数日戻って来ないのは当たり前のことなので調査対象から外されている。
ソラ達が侵入した洞窟の奥を調査していれば無惨な死体となった冒険者を発見出来た筈だが、既に原型は留めておらず、残っているのは彼等が愛用した武器だけだ。
それ以上にこの場にいた筈のゴブリンが何故に居なかったのかを良く考えるべきであった。異常事態の中で誰もが冷静に動ける訳でない為に責めるのはおかど違いだが、確実に被害は拡大していた。
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「隊長。前方から火の手があがっています」
ポートロイヤルに救援に向かう為に急行していた魔導船の監視隊からの報告にゴトフリーは苦虫を潰した顔になる。
ゴトフリーがシャルルに命じられたのは速やかにポートロイヤルに駐留する領主軍と合流し、大暴走に対して組織的な抵抗をする為である。
その為の武器弾薬や食糧、各種ポーションが積載されている。
しかし襲われているのはクライン伯領の領民である。護るべき領民を見捨てて命令に従う事を私人としての良心は苛なまれるが、公人としては多くの領民を救う為に多少の被害は見逃すべきであるとゴトフリーに告げていた。
「その地点まで進行方向を変更する。魔物が襲撃していた場合、艦砲による援護攻撃を行った後、ポートロイヤルに向けて進路をとる」
「はっ」
多少の時間と砲撃要員の魔力は消費するが、完全に見捨てる事のできなかったゴトフリーを責められないだろう。
ここにいる精鋭三百の領主軍兵士の多くは領民であり、故郷や同胞を見捨てる判断をしてポートロイヤルに急行しても戦意を保つ事は出来ないからだ。
それに積載量ぎりぎりまで積まれている為に荷物を軽減することでロスした時間を取り戻す事が不可能で無いこともこの決断の要因になっていた。
「言うまでもないが村に当てるなよ。そんな間抜けは魔物の群れに置いて行くからな」
「了解です。砲手。一番、二番。発射準備」
「発射準備完了。何時でも撃てます」
相対距離が近いほど命中率が高くなるのは変わらない。上空の安全圏からなので余裕もある。
【鷹の目】を持つ監視員は村の中で戦う人と多くの死体を目視していたが、彼等にも四方の監視をする役目がある為にその任務に戻る。
「撃て」
ゴトフリーの副官の命により、魔法弾が放たれる。着弾した地点の魔物は吹き飛び、食糧と一緒に投下された魔雷は信菅によって遠隔爆破された。
村に押し寄せようとした魔物の数を減らしたところで魔導船はスピードを上げてポートロイヤルに向けて再び進路をとった。
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ああ。村が畑が人が焼かれていく。人口五百人にも満たない村は小さいながらも自給自足の生活をしていた。
危険な世界で生き残るのは大変で村に生まれた者は安定を求めて街へと移り住んでいく。
ランスカ王国ではどこにでもある様な村で厳しい生活だったが充実した生活を昨日まで送っていた。
魔物や盗賊によって甚大な被害を出すのは有り得ない事ではないが、領主ジョセフ様は治安維持活動に熱心な方で弟のシャルル様も善政をされている。
他の領地では税は高く子供を売る親も後を絶たないが、クライン領では殆んど無い。
槍聖エバンスによって大暴走が発生したと聞かされた時に疎開しなかった自分を恨みたい。
大群で押し寄せたゴブリンによって戦える者の少ない村で防衛が出来る訳もなく、一蹴された。男は殺され女は連れ去られた。
今、生きている者も死ぬのが早いか遅いかの違いでしかない筈だった。
遠くから近づいてきた魔導船はクライン伯家の家紋が掲げられ、砲門から放たれた魔法弾によってコブリンの群れは一掃された。
その後、爆発がしたと思ったら村を襲っていたゴブリンの集団の攻勢が弱まった。クライン家の領地の名を冠する巨大戦艦【アーノルド号】を男は見た事があった。
これでも退役するまでは領主軍の下っ端だが兵士だったのだ。あの魔導船には、ジョセフ様、直下の精鋭部隊が乗り込んでいるに違いない。
ここでの生活は最早、絶望的だろう。故郷を守る為に参戦したは良いが、受けた被害が大き過ぎた。他の村と合流できるかは分からないが生活は楽ではないだろう。
それならば敬愛するジョセフ様の為にこの老骨が役に立てる時が来たのかも知れない。年金で何とか生活していた男はかつての仲間と連絡を取ろうと思った。
苦楽を共にした仲間ならこの困難に立ち向かえる気がする。決意した男は生き残った村人を連れ領都クラインを目指す。
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一方、エレメンタルブレイブの魔法師レイとミーシャは東門を担当するリクのところで話し合いをしていた。
副隊長に任命されたマルコが居ない為に他の専属冒険者がリクの補佐をしている。
「いくら二人が上級魔法師でも王級を相手にするのには不安が残る。前衛を連れて行ってくれないか」
「足手纏いはいらない」
「私達くらいになればある程度は前衛でも戦えるわ」
レイは攻撃型の火・防御型の土魔法師で、ミーシャは治癒魔法が使える後方支援型である。
二人は王立魔法学園の卒業生でありながら貴族とのごたごたを嫌って宮廷魔法師と言うエリート街道を断って冒険者になった。
王立魔法学園はランスカ王国が将来有望な魔法師を育成する為に設立した学園であり騎士を育成する王立騎士学園との交流があり、両学園は将来の国防を担う若者の育成に力を入れている。
魔法師は血統によって優れた魔法師を輩出できる事は事実だが、血統以上に本人の資質が重要になるために出自を問わないと表向きはなっているが貴族の横行を平民である生徒が止められる訳もない。
教師である魔法師も貴族出身である事が多く上級貴族の意向に逆らう事は難しい。
貴族であるという特権意識が平民に劣っているという事実を認めさせないのだ。
レイが首席、ミーシャが次席で三席が伯爵家の縁の者であることも貴族のプライドを刺激していた。
通常であれば三席の者が成績を問わず首席として卒業する筈だったが、歴代の中でも特に優秀だと認められていた二人を押し退けて首席で卒業すれば失笑を買うだけである。
魔法学園の席次が王宮魔法師としての席次に影響を与える為に在学中は二人共に嫌がらせを受けていたが、愛国心はあった。
立場に固執する性格ではなかった為に冒険者となったのだ。紆余曲折を得てエレメンタルブレイブを結成する事になったが二人は間違いでは無かったと確信していた。
系統魔法の使い手として二人は確かに優秀だったが、精霊魔法師としての才能を持つアルトを見て過信していた事に気付かされた。
精霊魔法師は魔法師の上位職にあたり、人種では圧倒的に数が少ない。そしてアルトは剣士としての才能も豊かだった。
万能型と称され才能の塊とも言えるアルトには劣るが二人も十分、この世界の常識に当て嵌めれば強者である。
「詠唱の時間を稼いでくれれば後はこちらで何とかする」
「私達をサポートするのも貴方の仕事よ」
そこまで言われてしまえばリクに断る術はない。
「健闘を祈る」
二人は魔物が目視できる範囲に陣どり詠唱を始める。レイは得意の火魔法をミーシャは氷魔法を選択しそれぞれが魔力を操作するために集中していく。
詠唱中に魔法師が無防備になるのは集中力を切らせば魔力を消費したのにも関わらず効果を為さなくなる事が原因だ。
初級から中級であれば熟練の魔法師にとって【詠唱短縮】、【詠唱破棄】は難しい事ではない。
魔法という現象を現実世界に顕現する為に重要なのはイメージ力であり、科学的な根拠に基づいた思考によって発動される魔法は威力が高くなる。
魔法師はこの世界では科学者であり研究者である。魔法技術の進んだ魔法大国メダルカがこの世界での最先端の研究者の集まりである。
教国独自の魔法【合唱魔法】に似た原理の【合体魔法】を編み出したのはメダルカ国で現在はランスカ王国でも一部の宮廷魔法師によって研究が行われていた。
「『バーンフレイム』」
「『コキュートス』」
両方ともに広範囲型の上級魔法である。冒険者にとって本来であれば魔物の死体は重要な収入源なので火系の魔法は高威力ではあるが好まれない。
上級魔物であれば耐えきる事も可能だが、スモールラビット、ミディアムラビットでは耐える事は不可能で辺りには肉の焼ける焦げた匂いが充満した。
ミーシャの放ったコキュートスは王級魔法に分類されるくらいの威力を持ち、体温を奪われた魔物は生物としての形を残しながら凍死することになった。
この場にいる殆んどの冒険者はエレメンタルブレイブの活躍を知ってはいたが本当の意味でAランク冒険者は化物であるという事を実感した。
魔法抵抗の高い中級魔法師が束になっても一つの上級魔法を受けきる事は難しい。距離があれば魔法で距離を詰めても魔闘術によって並の戦士では倒す事が難しい。
聖級魔法師【魔法王】を擁するメダルカ国が軍事大国として知られているのも頷ける話だ。
リクは先程の発言を無かった事にして本来の任務である東門の防衛に注力する事にした。




