四十四話
宙人は少し仮眠をとったあと洗濯機を回して近所にあるコンビニへ買い物に来ていた。
「いらっしゃいませ~~~」
いつも夜勤に入っている二十代の男性店員と少し話をしてから買い物をする。
普段、利用していて年も近い事から顔見知り以上、友人未満と言った関係だ。どこのコンビニもそうだがよく買い物に来る客の煙草の銘柄を覚えており、言わなくても出してくれる様になっていた。
メンソールの煙草と夕食を購入して今はパソコンの前に座っている。
ゲームの事で頭が一杯になっていたが、MWOの懸賞と抽選結果を確認する事を忘れていたのだ。
二陣が来ている為に既に結果は出ている。当選は無効にはならないだろうが売却するか譲渡するかは分からないがハズレていては意味がないからだ。
雑誌からの抽選には漏れたが、公式サイトの抽選には当選していた。大手の転売サイトでは十万円以上の値段がついていた。
購入権の譲渡にそれだけの金を出せる人間が多い事には驚きだが、プレミアがついているのでこの金額はむしろ安い方なのかも知れない。
二つのアカウントを使用することを認めていないので売却するしかないが、それならば最高額を出す人に売った方が良いかも知れない。
五万から始まったオークションはいつのまにか三十万円近くまでの値がついたが結局は自身で競り落とす事で売却する事をやめた。
ゲームとは言え貴重な収入源となっているのだ。ゲームの寿命が縮まれば他のゲームで生計を立てなくてはならなくなる。
そうであるのなら金を持っているプレーヤーに売るよりかは知り合いに譲った方が良い気がしたのだ。同級生は俺ほどゲームに割ける時間がある訳ではない。
現実世界で会社員として働いているのだから当たり前だ。それならばさっき会った店員にあげても良いし、駄目なら権利を放棄しても良い。
まだMWOだけで生活する事は出来ていない。GGOに未だログインしてプレーヤーから奪った資産を売却して何とか生活をしているのが現状だ。
そして確定申告の季節も迫っている。給与収入はないがRMTで得た収入を申告しなければならない為に税務署に行かなくてはならない。
イベントが落ち着いたら行くつもりではあるが、この時期はかなり混雑するため、半日を覚悟する必要がある。
プロプレーヤーとして株式会社化することで月額利用料やインターネット通信費を経費として処理出来る様になるらしいのだが、食費を経費として扱う為には細かなルールがあり、税理士を雇う必要がある。
年収が三百万を越えれば元を取れるらしいが、まだその領域まで行っていない為に税理士を雇う方が現時点では高くつくだろう。
夜間の戦闘は人に不利となる為にクイーンアント討伐は明日の日が明けた直後に行われる事になる。
それまでは街中のアントの掃討作戦が行われ、専属冒険者によってクイーンアントがいるであろう場所を特定するために隠密作戦が実行されている。
他の場所の状況も確認したが、アンデスはかなり苦戦しているらしい。
ワイバーンで少なくない犠牲が出て絶え間なく襲ってくるオーガによってトッププレイヤーですら壊滅的な損害を受けているらしい。
正式サービス開始から一ヶ月あまりしか経っていないのに高レベルの敵を相手に全滅しなかっただけましだと思っている。
フレンド登録した際にハロルドは使い捨ての個人アドレスを教えてくれたが、彼も死亡してはいないが戦力としても役に立っていない。
アンデスではなくポートロイヤルの防衛に参加すれば良かったと嘆いていた。死亡扱いとなれば確実にイベント達成後に得られる報酬は低くなる。
とある人物が言ったらしいのだが、死んだ英雄は良い英雄で生き残った英雄は後に邪魔な存在となるらしい。言っている事は最もだ。
英雄はそれなりの待遇をしなければならず権力者からしてみれば邪魔な存在だ。
暗殺するのにもリスクはあるが自身の権力を脅かされるよりかは毒殺により、公式発表では病死して貰うのが一番、良い方法だ。
暗殺を敵対国の仕業に仕立てあげ、国民の支持を得て侵略戦争を起こす。
悪どい様だが政治は綺麗事だけでは済まないし、現代の政治家も贈収賄や政治活動費の不正使用などで逮捕される議員は後を絶たない。
一時期、話題になっていた号泣議員も裁判が始まった後には覚えていないと政治家の常套手段で乗りきろうとして実刑判決を受けた。
少しGGOをプレイして明日のイベントに備える為に早めに寝ることにした。
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城塞都市アンデス
作戦開始まで二時間となりクルト村から竜便で大量の魔雷がアンデスの一画に集められた。
誘爆しては洒落にならない損害が出る為に、兵士の数は多く火気厳禁の命令がブロードから全兵士に出ていた。
結局、竜便によってクルト村へ護送されるのは女子供が優先される事になり、カイトはクライン伯の領民を厳重警備の下、大暴走が終息するまで保護することとなった。
「諸君。遂に反抗作戦が実行される。結果次第ではこの場に帰ってこれない者も多いだろう。だがその犠牲は無駄にはならない。必ず我等に続く者が遺志を継いで、民を。国を。護ってくれると信じているからだ」
ブロードの演説は決死の覚悟を決めた騎士達を奮い立たせる。
平民軍と言われる位には東方騎士団の騎士には平民出身の者が多い。ブロードは貴族として振る舞う事を強いられたが、身分によって平民と貴族の騎士に差をつける事はしなかった。
マハメド将軍が自身の生い立ちから東方騎士団において禁止したという事も大きい。
貴族の力が強い中央軍では階級以上に出自が軍内の影響力を持つ様になっているのだ。従騎士である平民が同じ従騎士の貴族の雑用まで行う。
封権社会とはいえ軍を弱体化させる愚行にゴドラム公爵家も改革をしようとしてはいるが貴族派によって思った様には進んでいない。
「トルウェイだ。儂の提案に志願してくれた諸君を誇りに思う。今作戦ではエレメンタルブレイブのアルト殿も参加する。儂は諸君を見捨てない。諸君の活躍に期待する」
万全を期すのであれば剣聖カイトをアンデスに連れてくるべきである。
剣聖の名は伊達ではなく、不測の事態が起きた場合でも単独で乗りきってしまう戦略級の存在だ。
しかしカイトは貴族として自領を守る必要があり、アンデスが仮に失陥した場合、挙国体制での迎撃にあたる為には、クルト村が絶対防衛線となる。
この作戦が失敗してもアンデスが直ぐに戦闘不能に陥る訳ではない。
そしてクルト村から出陣した竜騎士は全体の三分の一にも満たないのでまだ組織的な抵抗は可能だった。
ただトルウェイが懸念しているのは帝国の動きだ。呼応したかの様に東部で発生した大暴走に合わせて侵略してくる事をトルウェイは予想していた。
もしそうなれば、ランスカ王国は大陸から消え去る事になるかも知れない。
民に優しくない帝国の奴隷としてランスカ国民が働かされるのを黙ってみているしかなくなる。
共和国も介入すればランスカ王国を舞台とした帝国と共和国の代理戦争が始まる事になり、どう考えても王国に明るい未来はなくなる。
トルウェイは王国貴族としてクライン伯に面会する事も不可能ではなかったが、格下のトルウェイにクライン伯が真剣に対応したかは謎だった。
ゴドラム公爵家に連なる者として下に置かない対応をしても親密な関係にある訳でもないトルウェイの言う事を信じるかは賭けだ。
カイトを通じて連絡をとる事も考えたが確実性に欠く。代々、王家に支える貴族達は成り上がりであるカイトを嫌悪している軍衣系の貴族であれば尚更だ。
それが貴族の陪臣にも言える。自身の権力を脅かす存在を歓迎できる者は少ない。
カイトが認めた親書がクライン伯の手に届く前に闇に葬られる可能性は否定できなかった。
それでも見逃す事の出来ない事態なので親書を送ったが、クライン伯爵家の動きを見る限りでは誰かが握り潰した可能性が高かった。
責任問題に発展しそうな案件を自身が知らなかったから対応できなかったと握り潰した人物は主張するつもりなのだろう。
どちらにしろ今作戦の成否によっては甚大な被害を覚悟しなければならなかった。
時計は六時を指し今後の趨勢を決める戦いが始まろうとしていた。
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朝食を簡単に済ました宙人は、テレビを見ていた。コンビニに車が突っ込んだと思ったらそれは良く行く近所のコンビニだった。
深夜にアクセルとブレーキを間違えた老人が高級外車でガラスを突き破り負傷者も出ている様だった。
店員には怪我はないようだが、一人は重傷でもう一人は額から血を流し数針縫う軽傷だったみたいだ。
宙人は自分が店を出て数十分後に起きた事件に驚いた。パトカーや救急車のサイレンの音が聞こえるはずだ。
怪我をした人からしてみれば堪ったものではないが所詮は他人事だった。運転手は書類送検され、保険から賠償金を払う事になるのだろうが片付けをしなくてはならない店員の事を不憫に思った。
気をとりなおしてMWOにログインすることにする
「リンクスタート」
今では慣れたが現実世界から仮想世界へと意識を移すのは違和感を感じる。明晰夢みたいに寝ているのか起きているのか曖昧な感覚に慣れていない者は戸惑いを覚えるのだ。
冒険者ギルドの一室で目を覚ましたソラは作戦の打ち合わせの為にゴウキの元へと行く。
今回の作戦は、ソラ、ゴウキ、マルコ、ロマの四人で行われる。
ロマが参加する事になったのは少なくとも自警団員が作戦に参加する事で大暴走後の領民の感情の悪化を防ぐためである。
パーティリーダーはゴウキが務め作戦の成否は夜間にも関わらず情報収集をした専属冒険者の情報にかかっている。
被害を一番受けていない西門から四人は目的地まで走破し、目標であるクイーンアントを討つ。
繁殖期であればキングアントもその場におり、ナイト系の上位であるキングアントの攻撃力はオーガに匹敵すると言われている。
実質的に戦力になるのはゴウキとマルコだけだが、ソラが参戦しなくてはならないのは伯爵家の庇護を受けているからだ。
ソラが参戦することで間接にクライン伯が助力した事になる。
実態は異なるが世間体は必要で冒険者ギルドもわざわざ有力者であるクライン伯を敵に回す必要はないのだから必要な配慮と言えた。
ゴウキはドラゴンの革で出来た鎧に昨日、使用していた大斧を装備している。
マルコは冒険者ギルドの紋章の入った金属鎧に大盾と剣を装備している。
ロマはピタゴンの革鎧に弓と近接武器である長剣だ。ピタゴンは草食獣で馬と並んで交通手段として用いられる獣だ。
普段は温厚な生物なのだが固い物質を見つけると習性で額で砕こうとする。
その額は金属に勝る硬度を持つ為に草食獣であるのにも関わらず、肉食獣を撃退する戦闘力を持つ。
ソラはタイラーが鍛えた短剣にスモールラビットの革鎧。このメンバーで一番貧弱な装備で実力も一番劣る。
金があれば装備のグレードアップも可能だったが今ソラは一般的なDランク冒険者くらいの収入しかない。
ポートロイヤルに住む住民の中でも平均的な収入しかないので現実世界より武器や防具の値段が低いとは言え頻繁に更新できるほど金持ちという訳ではなかった。
死亡する事も考慮に入れて全てのお金と素材一式をギルド庫に預けてきた。
一定の金額さえ支払えばギルド庫はギルドメンバーであれば使用でき、防犯体制も銀行並みなのでソラは安心してクイーンアントの討伐に出かける事が出来る。
「準備はいいか」
ゴウキは西門の前でメンバーの最終確認を行う。高価な魔法袋をロマは持っていなかったが、今回は冒険者ギルドから貸与されており、魔法袋の中には各種ポーションが詰まっていた。
薬師ギルドは冒険者ギルドに保管されていた素材からポーションを作り無償で提供していた。
魔力回復ポーションは少なかったが魔法を使うのはソラのみだったので体力回復ポーションとスタミナポーションを優先的に生産する様に冒険者ギルドから依頼があったのでそれに答えた形だ。
毒を使う魔物は確認されていないが、蟻酸に対抗する為の中和薬もこの中に含まれていた。
マルコは無言で頷き、ソラとロマも同様に反応する。殺されても復活する手段のある稀人と違って三人はHPがゼロになった時点でMWOの世界から消滅する。
人的被害によって防衛耐久値は落ちており、復興を考えればこれ以上の被害を出すことは好ましくない。
薬師や鍛冶師が死ぬだけで稀人の利便性は落ちるのだから言うまでもない。
大地人をただのデータだと思っていれば関係のないことだが、ただのNPCだと割り切るには関係が深くなり過ぎた。
流石に現実世界の人が死ぬ様な感情はソラは抱かないだろうがいなくなれば物寂しくなるのは間違いないだろう。
ソラ達一行は門番に合図を出して人、一人が通れるだけ門を解放して貰い早速、詰めかけたアントを倒しながら目的地まで移動する。
調査結果ではゴブリン達が住居としていた場所にアントが押し寄せゴブリンを全滅させて住み着いた可能性が高いとのことだった。
斥侯を務め情報収集能力に長けた冒険者の報告なのだから信憑性は高いと判断された。
先頭にゴウキが立ち討ち漏らしたアントをマルコが盾で牽制する。ソラとロマが止めを刺すことでアント達は屍の山を築き上げた。
容量の大きいマルコとゴウキの魔法袋にそのまま突っ込んで処理は無事に大暴走が終息し冒険者ギルドに辿り着いた後に行う事になった。
弱い魔物とは言え数を倒せば金になるからだ。住民の賠償や復興には金がかかるので少しでも早い復興を目指す為には必要になり防衛に参加した冒険者にも報酬を支払わなくてはならない。
だから面倒でも仕方がない。ソラはハロルドと倒したアントも回収できれば良かったと考えたがあの時は死ななかっただけで十分だったと思い直した。
スモールアントの中にナイトアント、キラーアントが混ざり始め、クイーンアントの本拠地に近づいてきた事を四人は察知した。
ソラはレベルが上がった事で身体強化の気闘術は使わずにオーラブレイドだけでアントと戦っていた。ロマは矢にもオーラを纏えるらしく、矢による遠距離攻撃と言うのにも関わらず、ソラと同じ位の成果をあげていた。
ゴウキはと言うと素の能力だけでアントを紙の様に切り裂いていく。
蟻酸を浴びているようだが人種の皮膚と違って鬼人の皮膚は頑丈で少し赤くはなっているがそれは蚊に刺された位にしか感じていないらしい。
ゴウキのレベルは六十後半で当たり前ではあるが、アントに苦戦する位ではAランク冒険者は務まらない。
マルコは余力を持って対応しているため、攻撃して隙の出来るソラとロマをフォローする事に徹するらしい。
時間をかけて少しずつ前進する四人。大群のアントにたかられて屍となるシャドウウルフを見掛けたが今はそれどころでは無かった。
このまま北上して行けばスモールラビットの群れとかちあう事になるので蛇行しながら目的地まで進んでいる。
本来であれば一時間もかからない道程に三時間かけて四人は洞窟へと辿り着いた。
少し手前にソラが土魔法で四方に壁を作って簡易休憩スペースを確保した。
「事前の打ち合わせ通り、キングアントが居た場合は俺一人で戦う。マルコは防御に徹し、ソラとロマは隙を見て周囲のアントを攻撃しろ。決して無理に倒そうとしなくて良い。駆けつけるまで持ち堪えればそれで十分だ」
死なない事が重要だ。目的を達しても治癒師のいない今回のパーティでは負傷者が出てもポーションによる治療では限界がある。
部位欠損は治療できないし、それは本部に控えているリースも同じだろう。
エルフの秘薬を使用すればその限りではないが、亜人に友好的な国であるランスカ王国でも王族を除けばエルフの秘薬の入手は困難だ。
同様の効果があるとされている植人の秘薬はそれ以上なのだから怪我を負わないに越したことはない。
ムーギ麦に簡単に味付けをして焼き固めた携帯食を食べたが喉が渇く。
リコの実の果汁を薄めた飲み物を飲んで体力を回復させる。ゴウキとマルコは突入前だというのに緊張感がない。
ロマが少し緊張している所を見たソラは少しリラックスして戦闘に向かう心構えをした。
「そろそろ行くぞ」
そうして四人は洞窟へと侵入する事になった。




