四十三話
エバンスは大暴走対策本部となっている冒険者ギルドポートロイヤル支部で冒険者達から上がってくる情報を精査していた。
相変わらず東門ではスモールラビットの群れが絶え間なく襲ってきていたが、一度だけ確認された王級と思われる個体はその後は姿を現していない。
その代わりに防衛網をかい潜ったアントが街中に侵入して住民に被害を出している。
大人しくギルドの防衛指針に従った住民は冒険者や自警団によって護られ被害が出ていない訳ではないがその損害は軽微なもので済んでいる。
対照的に自宅に籠る事を選択した住民は少なくない被害が出ている事が巡回している自警団員や冒険者達の情報からエバンスは確認していた。
少し思案していたエバンスだったが、部下を指揮して巡回していた筈のトーマスが住民を連れて冒険者ギルドに逃げ込んで来たことで中断される。
トーマス自身も怪我を負っていたが気にする様子はなく、それほどまでしてエバンスに伝えなくてはならない事があるのだろう。
「自警団所属の小隊長トーマスです。報告致します」
冒険者ギルドと自警団は普段から協力体制を築いていたが、槍聖として有名なエバンスの事を知っていても普段は執務室で執務を行っている事も多い。
エバンスが個別の自警団員の全てを把握している余裕はなく、会議で顔を合わせているが、エバンスはトーマスの事を良くは知らなかった。
報告を聞いたエバンスは居場所が分からなくなっていた弟子であるソラの事を知って少し安心したがそれ以上にゴウキの居場所が分かった事はポートロイヤルの防衛上で重要な事だった。
エバンスがかつての仲間から手紙を受け取り、弟子を送ると聞いていたがゴウキが来るとは思っていなかった。
ギルドマスターの職務の一つとして有名な冒険者の事を覚えてはいたが、あの小さかったゴウキがAランク冒険者として活躍している。
その年月が自身が衰え、若き者が力をつける時代の移り変わりを象徴しているかの様な出来事だった。
「トーマス隊長。確かにその鬼人の冒険者はゴウキと名乗ったのだな」
「はい。ギルドカードを示していたので間違いはないと思います」
大暴走の兆候が判明してから調査を継続していたエバンスだったが、調査をする度に不穏な気配がするのを感じていた。
竜と単独で戦った感覚に近く、かつて大暴走で失う事になった者達を思い出す事になった。
未確定情報でギルド本部を動かす事はエバンスにもできなかった。
文官派に余計な攻撃材料を与える事は冒険者ギルドを運営していくうえで重しにしかならないからだ。
かと言って何も対策をしないままで甚大な被害を出す事は立場のあるエバンスには不可能な事だった。
だからこそかつての仲間に連絡をとり内密でポートロイヤルに来て貰う事にしたのだ。
それはポートロイヤル支部所属のAランククランのエレメンタルブレイブを信用していないからではない。
人数の少ない彼等では本当に大暴走が発生した時にポートロイヤルの防衛は可能でも他の街に派遣する戦力がなく、点在する村を受け入れる余裕が他の街にあるとは限らないからだった。
「分かった。先ずは怪我を治療してきたまえ。ここには住民が多く避難して来ている。その姿では不安になる者も多いだろう」
敬礼してその場を後に去るトーマス。本当なら殿を務めたソラ達の救援に向かいたいところだが、エバンスは冒険者を既に向かわせており、その必要は無かった。
領主軍は代官が決断できずに烏合の衆となっている。一部は命令を無視して冒険者ギルドに協力しているが大半の戦力は代官がいる庁舎や屋敷を守っている。
本来の役割である住民を守る為の戦力として機能しているとは言い難い。
リースはポーション中毒になる限界ギリギリまで治癒魔法を負傷した冒険者にかけていた。
住民にも怪我を負った者はいたが薬草やポーションによる手当てはされても治癒魔法がかけられる事はない。
今は戦時であり戦力にならない住民よりも冒険者や自警団員の治癒を優先するのは仕方がないことだ。
だがそれを全ての住民が理解しているとは限らない。自警団員は領民の税で運営される領主軍とは違い住民の寄付によって運営されてはいるが団員の殆んどは別に本業を持つポートロイヤルの住民である。
治安維持に必要な権限は領主から与えられてはいるが、あくまでも有志であり領主軍の補助をしているだけに過ぎない。
騒いだのは明らかに裕福である恰幅の良い趣味の悪そうな男だった。
冒険者ギルドには多くの人が詰め寄せており、プライベートやプライバシーは無い様なものだ。
ストレスが溜まるのは仕方がないことだが、有事に一般人にそれを理解しろと言うのも酷であり、ギルド職員や自警団員が宥めていたが、それすらも不満だったらしい。
階下が騒がしくなっている事を感じとったエバンスはサブマスターにこの場を任せ、普段は受付業務を行う一階部分へと降りた。
近くに居た職員に声をかけて事情を聞く。馬鹿な行動に移る者は一定数は存在するものだが騒いでいる男はどうしようもない馬鹿だった。
「あんたがギルドマスターか。こんな所に何時まで閉じ込めておく。商人ギルドは冒険者ギルドに対して抗議する」
冒険者ギルドによる非常事態宣言は法律に則ったものではないが無視できるものではない。
そして代官も同意した為にこの非常事態宣言は領主代行による領民の財産の徴収を可能としていた。
商人は一つの都市に拠点を置くが規模が大きくなるほど他領・他国と活動範囲は広くなる。
この男は他国にある商人ギルドである程度の地位を築いているのだろう。他領の商人が魔物が多く討伐されるクライン伯領に魔物の素材を買い付けにくる事はよくあることだ。
魔境が近いと言うことはそれだけ魔物は強大な力を持ち迷宮や他の地域に生息する魔物より良い素材がとれると言う事である。
数は少ないがランスカ王国東部には固有種も確認されており危険を冒してでも利益をとってポートロイヤルに赴いたのだろうとエバンスは推測した。
東部に住む王国民がここまでエバンスに強気に出られる筈がない。
冒険者を統率し、治安維持と経済的にも貢献しており、東部での発言力が高いクライン伯と親しい事を利に敏い商人が知らない筈がないがないし、そもそも王国民でエバンスの名を知らない者の方が少ない。
「貴殿の名は知らないが、儂はギルドマスターのエバンスだ」
「こんな辺鄙な場所に何時まで閉じ込めておくつもりだ」
それに答えたエバンスの回答は実に冷淡なものだった。
「冒険者ギルドは貴殿がここに留まる事を強制していない。出ていきたいなら好きにするといい」
「貴様。私を舐めているのか。商人ギルドの力さえあればお前などギルドマスターを解任する事など可能なのだぞ」
その体型から贅沢する事に慣れきっている事はこの場にいる者なら誰でも理解できただろう。
しかも興奮しているのか喋る度に唾が飛んでおり、匂いもきつい。周囲を不愉快にさせる事に関しては他の追随を許さないだろう。
商人ギルドと冒険者ギルドは交流はあっても別の組織であることには違いはない。
各支部のギルドマスターを務めるという事はギルド内においてある程度の発言力と権力を握っているという事になる。
社会的な底辺であるとこの世界で認識されている職業である冒険者。この男は実家が裕福であり、その富を増やした手腕は評価するが検討違いも良い所だ。
エバンス自身が持つ資産はこの男の商会が持つ総資産より多いだろう。
商人ギルドの上層部に顔がきくとしても他国であり、辺境のクライン領までわざわざ魔物の素材を買い付けに来ているのだから良くて中規模の商会を率いる商人でしかないだろう。
大規模商会であるのなら御用商人として貴族を相手に商売をすれば良いだけで、どうしても必要であっても会頭がわざわざ時間と金をかけてここまで出向く必要がないからだ。
そしてこの男が一番愚かなところはギルドマスター相手に強気な態度をとっている事だ。
ギルド統帥が各ギルドのトップである事には間違いないが統帥が国王であるとしたらギルドマスターは貴族である。
国を跨いで活動する事が珍しくないギルドは各支部のギルドマスターに強い権限が与えられている。
エバンス自身は商売に疎く、文官派であるサブマスターに魔物の売買や支部運営を任せているが、有効な使い道の多い魔物の素材はそれだけで価値がある。
商人ギルドとの兼ね合いもあるが基本的には冒険者が得た素材の売却先の決定権は冒険者ギルドが握っている。他国の商人に売るよりかは、自国の商人に売り経済活動を活発化させる方が良い。
幾ら国を跨いで活動する冒険者が多いと言っても一つの国に拠点を置いて活動し、余程の問題が起きない限りは拠点を移す事はしないのが冒険者であるからだ。
と言う事は必然的にその国の冒険者はその国で生まれ育った国民という事になる。
普通の人間であればわかりそうな事だがそれを理解しないで商人を続けられているのだから補佐をしている者が優秀なのだろうとエバンスは結論づけた。
エバンスは部下のギルド職員を呼んで騒いでいた商人の監視を命令する。
魔物に対応するだけで手一杯となっているのに更に国民でもない男の相手をしているほどの暇はどこにもなかった。
街中の情報は住民に被害が出ている事を示すものだったが協力的でない者に援軍を出していれば本来の目的であるポートロイヤルの防衛さえ覚束なくなる事は目に見えていた。
余力があるのであれば救出に向かうが向けられる戦力がなければどうにもならないただそれだけだ。
「救出チームを編成していましたが、ここの防衛を疎かにする訳にはいきませんので出来る事は限られているのが現状です」
領主軍の一部も犯罪が横行しない為に見回りの兵を出してはいるが、代官の屋敷と庁舎を守る事に戦力の殆んどを割り当てている。
領主軍の兵士達は生まれ育った土地であるクライン領の領民が多い為に防衛に参加したいと言うのが本音ではあったが例えそれが王命であっても領主軍兵士には従う義務が無い。
領主であるクライン伯爵家か代官の命令がなければ行動できない為に歯痒い思いをしているのだろう。
「引き続き警戒を頼むぞ」
エバンスに頼まれた職員は何かを決意する様子で頷いた。戦える者が職員になるとは言え、現役である冒険者には見劣りする。
ギルド業務の殆んどが事務仕事である事もあって専属冒険者以外は大暴走という大災害の中で戦力になっているとは言い難い。
何より街中から悲鳴が上がった事で避難してきている住民の中には泣き出す者やストレスから周囲の者と喧嘩している者もいる。
ギルド職員は何とか住民達を落ち着かせようとしているが、その効果は薄かった。
そこに血で全身を濡らした男が二人入ってくる。一人は大柄の男で斧を片手で操る鬼人だ。
もう一人はほどほどの筋肉に平均的な身長。冒険者の格好をしていなければ戦いを生業にしているとは思われないどこにでもいる路傍の石の様な男だった。言うまでもなくソラとゴウキである。
「リースさんを呼んでくれないか」
ソラは魔法の師であるリースを指名してギルド職員に話かける。
一人は蟻酸を浴びており、金属である盾で身を咄嗟に守ったが、顔にかかった蟻酸で肌がただれている。もう一人はアントの攻撃によって裂傷を負っていた。
盾士であり、殿を務めた割には軽傷と言えたが、そのまま放置していい傷ではない。
ソラとゴウキもいたる所に傷を負っていたが二人よりかは軽傷で、ゴウキは二人を担いで移動できる位なので問題はない。
ギルド周辺ではアントが近付かない様に防衛線が張られており、トレイン状態となったアントは防衛に当たっていた冒険者に任せて、二人は負傷者の処置とエバンスに報告するために急行した。
「ゴウキ。これから師匠と会うがどうする」
「こちらも依頼でエバンスに会う必要がある同行しよう」
ギルド職員に負傷者を任せた二人は職員に止められることなく、二階にある大暴走対策本部となっているエバンスの執務室へと入る。
「エバンス支部長。冒険者のソラです。同じく冒険者のゴウキも同行しています」
「入れ」
非公式な場では師と弟子の関係であり、半ば公認とも言える二人であったが流石に公式な場ではソラは身をわきまえている。
ゴウキもソラの後に続いて入室する。ゴウキ自身は納得していないが二つ名は【破壊者】である。Aランクの冒険者にもなれば当然の様にその冒険者を象徴した二つ名が付くのは自然な事だ。
自称する事もあれば他称の場合もあり、多くの場合、他の冒険者から畏怖と尊敬を込めて呼ばれるのが二つ名だ。
「ゴウキ。わざわざ済まなかったな。ソラ報告を頼む」
宿屋に立て籠った住民には怪我人は居ても死者はでなかった事にソラは先ず安心した。
しかし、冒険者の中には死者が一人でており、死んだのはアズローだった。
エバンスとの情報交換で知ったソラだが、特に動揺する事はなかった。一人だけ安全な後方から指示を出すだけで戦おうとしなかった。
それを不満に思った冒険者に窮地を脱する為の生贄にされたのだろう。
一人の命で多くの命が助かったと思えば安いもので、自警団員はとにかく、冒険者は依頼者でない住民を守る為に無償で戦ってくれたので住民達は文句が言える立場では無かった。
「王級と思われる個体は討伐が確認されておらん。それにアントの脅威を取り除く為にはクイーンアントを討伐せなければならない」
片方を遊撃にあたっているエレメンタルブレイブのメンバーでもう一つを専属冒険者を中心とするギルドメンバーで討伐をエバンスは考えていた。
高威力・範囲型の魔法師を攻撃に使えれば安全性は増すが援軍が来ていない今では、防衛に専念するしかない。
それはゴウキがポートロイヤルにまだいないと想定された作戦であり、地中を進んで侵入したアントを除けばポートロイヤルはまだ魔物の侵入を許していない。
「ソラとゴウキにはクイーンアントを始末して貰う」
ラビット系の王級とクイーンアントでは前者の方が危険だとされている。
雑兵を産み出し、一つの社会を構築するアントはそれだけで脅威だが、王級はそれ以上に能力が未知数であるだけに厄介な存在だ。
個体によって能力が偏るのも問題を深刻化させている原因の一つだ。
防御型、攻撃型(物理特化型・魔法特化型)、支援型、万能型、特殊型と大まかな分類はされるが、外見は同じで戦ってみないと能力が分からないのは戦闘で大きな不安を残す。
普通のラビット系なら雑魚も良い所だが、強化された魔物を見くびると痛い目を見るのは自身で決して安くはない代償を支払う事になる。
クイーンアントであれば大概が支援型で、群れを守る為に戦いに特化したナイト系はいるが脅威は数であって個々の実力はそう高いものではない。
Bランクの冒険者がいれば充分に討伐が可能でゴウキがいれば万が一の事態に陥る可能性は極力、排することが出来る。
「無論、討伐報酬は街の防衛にあたっている冒険者より多く出す。ソラ、ゴウキそれでどうだ」
ソラとしても異存はないAランク冒険者と一緒に行動できるのはいい経験になるし、安全もある程度は確保されているからだ。
「問題ないです」
「恩人の依頼なら断れない」
避難してきた鍛冶師に短剣のメンテナンスを頼む。研ぎ直すくらいなら鍛冶設備のない冒険者ギルドでも充分に行えるからだ。
ゴウキに借りた黒魔鉄の短剣を返そうとしたが何があるか分からないから持っておけと言われた為に素直に借りておく。
普段、依頼者との打ち合わせに使用される会議室を借りて休息することにする。
事態は差し迫っているが休息を取らないで戦うことは例え冒険者でも肉体的に負担がかかり、成功率を下げる要因になる為に万全の状態で討伐に向かう為のギルド側の配慮だった。
ログアウトしてからは食事をしてから寝ることにした。




