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四十一話

「報告。ザッハ子爵が帝国軍と戦闘。戦死した模様」


 クラウド侯爵は家臣の報告を聞いて顔を顰める。


 しかし、それは貴族として長年の習慣となっていた見せかけだけの表情であり、そのくらいの腹芸が出来ないのであれば貴族として生き残れない。


 表向きは必死になって帝国軍の侵攻を防いでいると王家に思わせなくてはならない。


 そうでなければ自分と一族の首は王都で晒されることになることは承知しての反乱だ。


 クラウド侯爵軍もゴドラム公爵家によって監視されている様なもので、上級貴族になるほど王家からの監視は厳しくなる。


 侯爵家ほどになれば小国に近い程の経済力と軍事力を持つ。クライン辺境伯家と違い建国当初から国の重鎮として尽くしてきたクラウド侯爵家は力は失ってきてはいるが腐っても伯爵家以下の家格の貴族家とは規模が違うのだ。


「戦況はどうだ」


「国境沿いの各家は麾下の軍を率いて迎撃に当たるようですが、指揮系統の違いを突かれて各個撃破されている状況です」


 ゴドラム公爵家はランスカ王国の軍事力を握ってはいるが中央以外への影響力はそう強くない。


 他方面騎士団の面子も立てなくてはならず、監査権限はあるが中央軍はあくまでも王家を護る最後の剣であり盾であるからだ。


 勿論、貴族の私設騎士団とは違い王立騎士団である各方面騎士団は王をトップとする軍事力である。


 東方騎士団は魔物に特化したランスカ王国内にある騎士団でも異質な存在ではあるがそれでも多少の対人経験を積んでいる。


 大半が他国の軍隊ではなく、小規模な盗賊の類いだが対人と対魔は異なる戦術を用いる事もある為に一部の将官達は他方面軍へと派遣して経験を積ませるのが慣例となっていた。


 クラウド侯爵の役目は北方騎士団が迎撃の準備をするまでの場繋ぎであり、帝国軍を退かせることは王家も期待していない。


 突出した力は持たないが訓練によって均一化された帝国軍はランスカ王国にとって脅威である。


 一人の魔導師や騎士が戦場を蹂躙することはないが、数で力押ししてくるのだ。


 兵士を失っても後方から逐次投入される戦力は常に一定で優れた兵士はいないが劣った兵士もいないというのは自然災害である大暴走(スタンピード)よりもある意味では厄介だった。


 毎年、勃発する様な単独貴族による紛争ではなく、正規軍を投入した戦争である。


 ランスカ王国も北の脅威に対する備えを怠った訳ではないが、共和国との戦争がある程度、落ち着くまでは本格的な侵攻はないというのがランスカ王国上層部の考えであり、その予想は脆くも崩れ去ったのだ。


 ----


 北方騎士団に所属する紅騎士団団長ナターシャは二千五百人隊長である。将軍の下には万人長、五千人長、その下が二千五百人長であり軍の中でも一定の権限を持っている。


 本来であれば騎士団長は五千人長以上の者が務めるが少数精鋭である紅騎士団は王国でも例外な存在で軍議の際に他の団長と格を合わせる為に実質的な発言力は他の二千五百人長を凌ぐ。


 北方騎士団将軍オムネの命を受けて紅騎士団は騎馬で移動中だった。


「ナターシャ団長。砦が見えて来ました」


 帝国軍と野戦で勝てる程の戦力は残念ながらランスカ王国は有していない。


 国力の違いが兵力の違いとなり、一方面軍でしかないランスカ王国侵略軍でも兵の数は帝国軍の方が多い。


 流石に総数ではランスカ王国の方が多いが、国内の警備や魔物の防波堤となっている者達を召集して戦えば帝国軍に勝てるかも知れないがランスカ王国内の治安は確実に悪化する。


 それならば、帝国の侵攻に対抗するべく建造された砦に籠城して出血を強いた方がランスカ王国の勝率は高くなるだろう。


 帝国はランスカ王国を占領するほど補給線は伸びて逆にランスカ王国は補給がしやすくなる。


 飲まず食わずで侵攻できる不死の軍団であれば補給は不要だが生憎、帝国軍は生きている人である。食事や休息は必要不可欠であり、国王が決めた防衛計画は理に適っている。


「先触れの兵を出せ。本隊はここで待機する」


 いくら王国中心部から来た部隊であっても防衛の要となる砦の指揮官は開門する事はないだろう。王国騎士に扮装した帝国軍兵士の可能性は否定できないし、長距離通信が可能な魔道具は設置型である事が多い為に連絡手段が限定されるからであった。


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 伝令として派遣された兵は馬に騎乗しながらゆっくりと砦に近づいていった。


 敵兵と誤認されて攻撃されない様に彼の身を守る鎧には紅騎士団所属である事を示す団紋が描かれている。


 友軍である紅騎士団がコロナド砦に伝令を出す事は有り得ない事ではない。本来であれば援軍を心待ちにしていたコロナド砦の兵士からしてみれば福音であった筈だが、既にコロナド砦は帝国軍の手の中に落ちていた。


「ご苦労。報告したまえ」


 守将ダービッツは既に帝国軍によって戦奴とされており、捕虜としての待遇を得ていなかった。


 通常であれば奴隷には目に見える所に奴隷紋と隷属の首輪をつけているが、この時点でコロナド砦が失陥している事を帝国側がランスカ王国に伝える事のメリットはない。


 奇襲は奇襲である事が必要なのであって敵に存在がばれた強襲では帝国軍は反撃を受けて被害は少なくないものになる。


 ランスカ王国侵略軍の総指揮を皇帝から命令されたライアス将軍からしてみれば軍に甚大な被害を出して王国領を占領するのと自軍の損害を最小限に抑え占領したとでは出世に大きな差が出てくるのだから当たり前のことである。


「はっ。現在、紅騎士団の麾下千名は砦の手前で待機中であります。王命により閣下の指揮の下で帝国に対しての作戦行動に従事する様に命令されております」


「そうか」


 守将ダービッツは暑さから少しでも涼をとるために腕を捲った。


 それは奴隷として禁則事項を強制されるダービッツからしてみれば賭けであったが見事にその賭けに勝つ事が出来た。


 伝令兵が見たのは奴隷紋であった。ライアス麾下の軍人がダービッツに命令した事はただ一つ。


 王国軍に対して既にコロナド砦が落ちていることを露呈させる様な言動の禁止であり、禁則事項を破れば死に至る事もあるのだが隷属の首輪と違って刻印である奴隷紋が制限できる事は少ない。


 当然、主人に反抗する事の禁止や自害の禁止は出来るが全ての効果が研究され尽くされている訳でない刻印の効果は曖昧な物が多いのだ。


 書面や発言による言動の制限は出来るが、腕を捲るという日常の行動を制限する事は難しい。


 刻印した者の知識や実力によっては可能となるが、亜人には例外なく隷属の首輪を嵌めさせているためにその分野の研究は後回しにされていたからである。


 ダービッツの部下に扮して監視を行っている者はいるが、発覚を恐れて伝令を殺す事も出来ない。


 そうすれば何かあったと喧伝する様なものであり、この伝令兵を奴隷にするのには時間が足りない。


 冷酷なようだがダービッツは伝令兵が殺される事も考慮していた。


 一番まずいのは事実を知らないまま紅騎士団を砦内に招き入れる事であり、自身やこの伝令兵が殺害される事は事実を知らないまま行動する事に比べたらましな事でしかなかった。


 巻き込まれた伝令兵からしたら堪ったものではないが大局的な観点からみれば軍に所属し国民を護る盾であり剣でもある王国騎士としては命を賭ける価値がこの作戦にはあった。


 帝国軍士官もこの伝令兵を殺してもどうにもならない事を理解していた。しかし生かしておいても帝国にとって理はない。


 ダービッツの背後に立っていた帝国軍士官は無防備になっていた伝令兵に初級氷魔法で動きを制限し部下に地下牢に入れる様に命令した。


 そして刻印魔法の使える魔法師を用意して奴隷紋を刻んだ。どうにもならないのであれば彼にとって出来る事は少しでも功績をあげることで失態と相殺することだけだ。


 当然、王国側に既にコロナド砦が帝国軍の手中にあることは発覚するが、それはクラウド侯爵との密約で行われている戦闘とダービッツが虚偽報告をしていても何れはばれる事であり、それは早いか遅いかの違いでしかない。

 奴隷紋を刻むには時間と高価な魔石が必要となるが徒に時間を浪費するよりかは建設的である。


「情報を取り次第、殺せ」


 帝国軍士官はそう部下に告げて守将執務室から出た。


 ----


「遅い。どのくらい時間が経った」


「一時間ほどです」


 通常であれば確認の為に時間がかかるのは仕方がないことではある。しかし、今回はただの軍令ではなく国家主権者たる国王が発した王令である。


 伝令兵と言えど一時的に国王と同権の存在となる。今回の伝令兵となった者も魔法師としての実力の高い貴族の子弟である。


 本来であれば伝令は一般騎士の中でも雑用をこなす平騎士の役割であるが、相対する者の格を考えて百人長が派遣されていた。


「傾聴。騎馬小隊は威力偵察に向かえ。他の隊は半数は後方待機し、もう半数は盾を構えて防御体制に入れ」


 紅騎士団長であるナターシャは副団長に残りの騎士を任せ精鋭である千騎だけを連れてきた。


 騎士は乗馬を許された兵士である事は中世の騎士と同じだが、軍馬は他の馬よりも高価で剣や鎧などの装備品よりも金がかかる金喰い虫である。


 機動戦において歩兵より優位にたてるが弓や魔法の脅威は依然として残る。


 王命に逆らうほどコロナド砦の守将ダービッツは愚かな人物ではなかった筈だ。


 となると王命に従えないだけの何かがコロナド砦で起きたと考える方が自然である。


 まさかそれが既に帝国軍によって占領されているとは考えていなかったナターシャであったがそれは仕方がないことであった。


 ナターシャに威力偵察を命じられた小隊長は直ぐに編成を終えて突撃に備えていた。


 騎兵は止まってしまえばただの的であり勢いがあれば歩兵を圧倒するが加速できる時間も限られているために騎士一人一人が気闘術によって身体能力を底上げ出来る戦闘のプロである。


 小隊長は遠目では砦で戦闘が行われた形跡がない事を確認した。


 攻城する場合、大抵の場合は上級魔法を行使できる魔法師を盾部隊で護衛して撃つという手段が用いられる。


 攻城兵器を使用する場合もあるが持ち運びが不便な為に危険を犯してでも上級魔法師による魔法攻撃の方がコスト的に理に適うためである。


 無論、上級魔法師は貴重な存在である事は間違いない。多くの犠牲を出して攻略するか、一部の者に負担を強いて攻略するかの違いである。


 要衝となるコロナド砦は昼夜問わずに帝国との国境線を監視するのが主要任務である。帝国と一戦も交えずに降伏するとは考えにくいことからここで何かが起きたのは事実である。


「もう少し接近するぞ」


 違和感を覚えながらもコロナド砦との距離を詰めて行く。小隊長、自身が中級魔法師であり、魔法耐性が強かった為に気付けたことなのかもしれない。


 風魔法に自身の声を乗せただけの簡単な魔法。小隊長の命令が届き易い様に指向性を持った声は命令を届ける。


「矢を放て」


 これくらいの攻撃なら砦はびくともしない。そして放たれた矢は小隊長の予想通り傷を付ける事はできなかった。


 それもその筈である。実際には防壁の遥か手前で勢いを失って届くことはなかったからである。


「離脱する。ちゃんとついてこい」


 小隊は見事な統制を以て、負傷者を出すことなく撤退した。


「報告。方法は分かりませんが、既にコロナド砦は帝国軍に占領されている可能性が高いと言わざるおえません」


「続けろ」


「はっ。騎馬にて接近し、矢を放ち試みましたが、反撃はなし。また防壁に確実に届く距離であったにも関わらず矢が直撃した様子が一切ありませんでした」


 威力偵察をした小隊長は自身の持つ勘から魔法によって作られた蜃気楼である事を見破っていた。


 蜃気楼は光の屈折によって見え方が変わる現象で光魔法の単体、若しくは水魔法と火魔法の合体魔法によって創り出された存在だった。


 実際の砦は表面上だけ修復作業が行われており、防壁としての役割を果たせないただの張りぼてであったが、短期間だけ敵の目を誤魔化すことが出来れば良い為にライアス将軍が部下に命じて作業させた結果である。


 どうなっているか分からない状態でこれ以上、コロナド砦に近づく事は危険である。


 判断を迫られたナターシャは消極的な作戦行動に移ることを決断するしか方法は残されていなかった。伝令として出した百人長を見捨て撤退することを選んだのである。責任問題になることは承知している。


 心情では違っていたが、部下の命を預かる者として不用意に部隊を危険に晒す事もまた不可能だった。


「後方の砦まで撤退する。そしてオムネ将軍に指示を請う」


 堅実であるが故に間違った判断ではないが時間が勝敗を分ける戦場において慎重過ぎる判断でもある。


 しかし、コロナド砦は帝国に対する防波堤であり続けた歴史があり、騎馬千騎で攻略できるほど柔な造りでない。


 過去には籠城戦ではあったが一万を越える帝国の攻撃に対して援軍が駆けつける二週間ものあいだ徹底交戦をし続けたのだ。


 ----


 水をぶっかけられて一人の男が尋問室で目を覚ました。


「尋問はまだ始まったばかりだぞ。寝るのはまだ早い」


 伝令の百人長は既に捕らわれてから五時間以上が経過していた。彼は寝ていたのではなく、拷問によって気を失っていたのだ。


 先ず、抵抗の意思を奪うために十指が全て折られ、そこから一枚ずつ爪を剥がされた。


 指先は神経が集中しており、剥がれるだけでかなりの激痛を伴う。


 そこから更に尋問官の男は鉄を鋭く尖らせたアイスピックの様な物でなぶる様に百人長を痛ぶった。


 百人長が奴隷紋の命令に抵抗できているのは誓約神に誓約を行っているからに過ぎない。


 百人長以上の指揮官は少なからず軍機密に触れる立場にある。特に貴族の子弟の場合には平民には伝えられない様な情報を得る機会がある。


 奴隷紋の命令に反するだけで苦痛を伴うのに百人長が口を割らなかったのは貴族に名を連ねているからというのも大きい。


 貴族は様々な特権を王家から与えられる存在だ。それが勲功士である騎士爵であっても貴族家自身の経済活動には税金が免除される。


 領民から得た富の一部を王国府に納める必要はあるがそれは平民である領民が払うのであって貴族である領主が払う訳ではない。


 そして領地における行動の全てが王国法に反さない限り、法律によって罰されることはない。


 王国法が刑法や民法なら領法は各都道府県や市区町村で施行される条例である。


 そして現代法と異なるのは領法において警察権・司法権の両権利を領主が握っているのである。


 その為、領民同士のトラブルを領主が仲裁する事はあっても相手が領主であった場合、領民は泣き寝入りするしか無くなるのだ。


 権利には常に義務が伴う。王国の召集に対して領主は領主軍を率いて王家の指揮の下で戦うのが貴族の義務である。


 しかし、爵位に応じた金を王家に納めることで領主軍を供出する義務を免除されることもある。


 領主軍の戦費の一部を王家は負担しなくてはならない為にまた戦功をあげた貴族に対して褒美を与えなくてはならない為に少しでも王家の支出を少なくするための制度である。


 平民が貴族になるのはかなり大変なことだが貴族が没落して平民になるときにはあっさりとなってしまう事が貴族の恐ろしい所だ。


 当然、今まで権力を笠に好き放題にやっていた者にとって悪夢でしかない。罪によっては一族郎党が処刑台の露として消える事になるのだ。


 軍機密を漏洩したとあっては軍衣系貴族にとっては致命的な失態である。


 爵位を剥奪されなくても少なくとも代々、一族で独占してきた役職は失い家名に消える事のない傷を残す事になる。


 誓約魔法で機密を守ると同時に口を割りそうになったら自害するそれが貴族に求められる。


 だが、まだ貴族であった方がましなのかもしれない。身代金の払えない者や利用価値の少ない平民はもっと悲惨である。


 過酷かも知れないが奴隷として命を永らえる事は出来てもそれは死ぬまでの時間が少し延びるだけであり、奴隷として扱う余裕のない場合は殺害される。


 帝国の場合、膨れあがった皇家と貴族家・帝国民である一等市民の生活を支える為に属国の二等市民以下の国民は酷使されている。奴隷の待遇は三等市民以下の扱いしかされない。


 遠征の場合、国を属国にしない限りは一騎士や兵士などお荷物でしかないのだから戦場で殺される事になるのだ。


 百人長にとって生存できる唯一の可能性は沈黙を守る事だ。例え死ぬ事になっても名誉の戦死となり、家名を傷付けなくて済むのだ。


 帝国軍も機密を持っている百人長を殺す事を躊躇いライアス将軍がその情報を必要としなくなるまでは命の保障がされている。


 そして何よりも紅騎士団を信じていたからだ。団の結束は固い。困難な戦地へと真っ先に送られる事の多い紅騎士団は団員同士の絆を信じなければ任務を達成する事は不可能だからだ。


 家族の血より濃い絆な結ばれている。それが一部隊から騎士団へと昇格した紅騎士団に付けられた名前の由来だった。


 苦痛に耐えながらも王国の為、騎士団の仲間の為に必死に耐える男の姿がそこにはあった。

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[気になる点] 延々とNPCの話が続くの流石にキツい
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