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四十話

 バルドは魔王城を後にして今は最前線へと移動中である。高い身体能力はそれを可能としており、好戦的な性格もあってアンデスを攻めるのは趣味と実益をかねていた。


 命令を達成すれば魔人の間で流通する魔札を得ることが可能であり、それで無くても戦えるというだけで血が滾るのだ。そして女も手に入る最高ではないか。


 魔札は魔人の中で流通している貨幣だが、経済という概念が低い魔人の中で使用しているのは中位魔人以上の者だけだ。


 魔人達の基本理念は力こそが正義。弱肉強食の世界で生きてきた魔物から魔人へと存在進化したものもいる為にシンプルであり、真理である。


 気に入らない者がいれば殺してから奪う。


 それが嫌ならば強くなるしかない。流石に魔王に直接、仕える席次を持つ最上級魔人に喧嘩を売る愚か者はいなかったが、魔境では毎日の様に弱者が蹂躙されている。


 バルドは鬼系の魔人の中で最強であり暴君である。数が多く弱いゴブリンやボブゴブリンを殺す様な事は面倒なのでしていないが、オーガ達は退屈しのぎとして殺されている。


 魔王がもっと人間界に積極的に攻めいるような性格をしていれば問題はなかったが先代魔王は力はあるのに数十年に一度だけしか侵略戦争を許可しなかった。


 増え過ぎた魔物を減らし魔境の食糧事情を改善するために苦渋の決断らしかったが、その侵略戦争が大暴走(スタンピード)と呼ばれている事を魔人達は知らない。


「おい。今の戦況はどうなっている」


「バルド様。今はワイバーンによる攻撃は失敗に終わり、オーガ共が再度の攻勢を仕掛けております」


 数が多い事が鬼系の魔物の特徴だが、その中から魔人になる者は殆んどいない。


 冒険者ギルドによる脅威度の判定が高いほど魔人になる確率が高くなるとされているため、兎系の魔人に至っては絶滅したとされており、先代・当代の魔王軍には一人も所属していない。


「楽しめそうな奴はいるのか」


「オーガ達の報告によると最近、境界線に単独で侵入してくる人間がいたそうですが、侵攻が始まってからは見当たらないとのことです」


 バルドはつまらない報告をしてきた部下の首を刎ねる。魔法に適性があり、知恵がそれなりにあるために使って来たが主の意思に沿わない報告しかできない者に用はない。


 首を刎ねられた部下は驚きの表情のまま絶命した。最上級魔人が理不尽な存在であると心得てはいたが正確な報告をして殺されるとは考えていなかったのだ。


 人間達の支配階級も理不尽な事もあるが、魔人達ほどの存在ではない。バルドはいましがた殺した部下の事など気にもとめていない。


 利用価値のある間は生かしておくが無くなったら直ぐに殺す。最硬とも呼ばれる金属の皮膚を持つバルドだったが生まれた時から異質な存在だった訳ではない。


 寧ろその辺にいるゴブリンの中でも弱い存在であり、コモン級の魔物でしかなかった。


 今の暴君振りはその反動なのかもしれない。冒険者に見つかれば直ぐに殺され耳を切り落とされ魔石を取られるだけの存在。


 食べるものが無くて廃坑となった鉱山から採掘される鉱石を食べて飢えを凌いだゴブリン時代、ボブゴブリンに進化した時にも武器はなく、まだ冒険者に怯えていた。


 同じゴブリン・ボブゴブリンに殺されそうになったのは数え切れないくらいあるのだ。


 やっとオーガに存在進化したと思ったら竜種に襲われた。致命傷は何とか避けたが、生命力の高い事で知られるオーガの体でも完治するまでに数週間の時間を要した。


 体力を回復する為に動物を狩ったが普段なら一撃で殺せる様な存在にも苦戦させられたのだ。


 その時に【悪食】は【暴食】となって殺した生物の力の極一部を吸収する事が出来る様になった。


【暴食】を手に入れる切っ掛けとなったのが金剛石であり、大金剛鬼へと存在を進化させたのだ。


 元から魔人だった者に比べると魔物から魔人となった者は元の性質を強く引き継ぐ。


 特異体としての力もそうだがそれだけ邪神に好かれ加護を与えられた存在であるのだ。


 魔物は言ってみればこの世界という大きな器に入れられた虫であり、古代呪術にあったとされた蠱毒の儀式の生き贄でしかなく完成した呪いが魔人である。


 魔物も生物ではあるが邪神の邪気に当てられ生者を憎む。生命活動の為に他者を喰う必要があるのは変わらないが、生命を奪うというのが魔物や魔人の本能である。


 最悪の鬼は本能に従って命を奪うべく、人類の希望の砦アンデスへと歩を進めていた。


 ----


 禊で身体を清め神の意思である神託を受け入れる為に精神集中を行う少女が居た。


 ランスカ王家には神の加護を受けた巫女が生まれる事があり、今代の巫女は歴代の中でも力が強い事で知られていた。


 巫女自体には特別な力は殆んどないと言ってよい。ミーナ=セントラル=ランスカも外見だけみればそこら辺に居る少女と変わりはない。


 ステータス的には普通の少女としての力しか持たないミーナ王女だが【神託】と【依り代】は神に愛された存在である。


 神託の巫女か神託の神官でしか行えない特別な者だ。しかも依り代の能力は神との親和性によって継続時間が異なり一時的にとは言え神を宿す為に神ならざる身にかかる負担は大きいがミーナ王女は数十分もの間、耐えられるだけの相性があった。


「御父様。神託が下りました」


「うむ。話すがよい」


 政治的な権力を持たない神託の巫女であるミーナ王女だが、一部の発言は王すらも凌ぐ。


 神託は神の言葉であり、その言葉に従うのはこの地に生きる者であれば当たり前の事であるからだ。


「東の地にて大鬼現れる。総力を以て討つべし。さもなくば災厄を振り撒く存在になるだろう」


 ミーナ王女を依り代として神託がなされた。ギルドバルドは驚いた様子だったが、直ぐに人を呼んだ。


「誰かいないか」


「はっ。ここにおります」


 重要な話があるとミーナに呼び出されたギルドバルドは人払いをして王の私室であるこの部屋で二人きりで話をしていた。


 王城の中でも更に一定の身分以上の者しか入れない王族の居住スペースで近衛騎士が至る所で警備をしており、王の私室の前にも数人の近衛騎士が待機していた。


「宰相を執務室に直ぐに呼んで参れ」


「御意」


 ギルドバルドは連日に渡り徹夜の状況が続いており、宮廷魔法師による回復魔法で何とか疲労を誤魔化しながら執務を続けていた。


 宰相であるミニスター卿も近衛騎士団団長のランフォード将軍も同様であった為に文句が言える状況ではなかったが、決断を躊躇えば国が無くなる。


 それを理解していない者はいない。


 帝国が突如として始めた戦争も防衛に手一杯だった。そしてクライン辺境伯領で起きた大暴走(スタンピード)に至っては王国騎士団で対応しているのは、アンデスに配属された一部の騎士のみである。


 クライン伯爵とアーウィン騎士爵、二人がいれば問題はないと考えていたギルドバルドだったが、ミーナを通じて神託がなされた以上は思っていたよりも事態は緊迫していたということになる。残された猶予は少なくなっていた。


 ----


 少し時は遡る


 コロナド砦


「隊長。謎の病が砦内で蔓延しております」


「被害はどのくらいだ」


「ほぼ、砦に駐留している騎士の全てです」


 クラウド侯爵はコロナド砦を視察した際に食糧の一部に毒物を混ぜていた。


 倉庫を埋め尽くすほどに積まれた食糧の極一部に混入され毒物の量も人体に与える影響が軽微だった為に原因の追究は出来ていなかった。


 約一ヶ月ほど前から発症し始め、体調不良者も治癒師による治癒魔法で快調への兆しを見せていた為に問題を深刻化させていなかった。


 軍を維持する為に糧食も欠かすことの出来ない物だがそれ以上に治癒師は重宝されている。


 魔法師の中でも使用できる者が限られる為に軍の中では一定の地位を得ている者が多い。


 現代の軍医とも言える治癒師を束ねる立場にあるのが今、隊長と呼ばれた男だった。


「毒物の可能性は高いが特定は出来ていないそうだな」


「はい。食糧や水が疑われましたが、それらしき痕跡は残っていないとの事です」


 クラウド侯爵がしたことは簡単な事だ。スモールラビットを大量に捕獲し、食糧を与える。


 当然、スモールラビットは糞をする事になる。その粉末を食糧に混ぜておいたのだ。


 歪な進化を遂げたこの世界の医療技術ではまだ細菌という概念は周知されていない。


 病に対しても解毒魔法をかけ後は罹症者の体力を回復させて自然治癒を待つのが一般的な方法である。


 外傷に効果的なヒールも万能ではなく、骨折した部分を修復してかけなければ骨は怪我をした状態のままで固定化されるために融通が利かないのが難点である。


 そして外傷に対する知識の低さは宗教が関係していた。オリエンタル教では人種は神に創られた存在であり、神の子である。


 与えられた肉体は神の創造物であるからにしてそれが例え死者であっても傷付ける事は神への冒涜であるという考え方だ。


 亜人は人種を創り上げる際に出来た失敗作であり、その範疇ではないが人と動物では根本的に違うとされて解剖する者はいない。


 治療部隊長は監視業務に当たっているこの砦の総責任者である守将ダービッツの命令に従って調査していたが、それどころではない事態が起きていた。


 帝国の突然の侵攻作戦で原因の調査に割く人員はおらず負傷者が大量に出た為にどの治癒師も魔力限界まで消耗していた。


 負傷者を治療する為にはHP・MP回復薬が大量に必要になるが、軍の予算が削られていた為に消耗品である回復薬を常備できるのにも限界があった。


 ダービッツは要所であるこの砦を任せられるだけあって優秀な騎士ではあったが、砦内の士気は低い。


 万全な状態であっても帝国軍を退ける為には多大な犠牲を必要とするだろう。


 帝国からランスカ王国へ侵攻する為にはこのコロナド砦を抑えた方が効率が良く、いざと言うときの為に退路を確保するために攻撃されるのは必須だった。


 士気が高ければダービッツも打てる手は多かっただろう。しかし捕虜にされると思っていた爵位を持つ貴族の首がはねられた事でそうもいかなくなる。


 傭兵が捕虜となった際に拷問死する事は良くある事だが、騎士の場合、特に爵位を持つ貴族の場合において一定以上の待遇をするのが戦場においての慣習である。


 今までの小規模戦闘ではその慣習が破られる事はなかった。


 傭兵が死ぬ事はあっても身代金と引き換えに解放され、同格の捕虜交換さえ使者を通じて行われてきたのだから当然である。


 ダービッツも砦を守る総責任者、守将として王家に対する報告を行った。


 常時、訓練された騎士が駐留しているとはいえこの砦は城塞都市アンデスの様に上級魔法師が何人も詰めている訳でなかった。


 功を求める下級騎士が大半であり、実戦経験が豊富な者は寧ろ兵士が多かった。


 騎士にとって中央で出世する為に半年から一年位の期間、任地として人気はあってもあくまでも通過点でしかないこの場所に留まる事は出世レースからの脱落を意味するのだから当然だ。


 宮廷魔法師であった治療部隊長の様な変わり者は例外中の例外ではあったがこちらの方が王国に忠誠を誓った騎士の本来の姿である。


 他の騎士団もそうだが、北方騎士団は王国北部にある騎士団の中心であり、団長が将軍をかねている。


 騎士団は正規兵である騎士と平民から志願された兵士からなる。


 兵士は言ってみれば税金を納める変わりに兵役を課せられた者達であり、衣食住は保障されるものの支払われる給料は低い。


 才覚があれば従騎士・正騎士と出世する事も可能だがそこには幼い頃から騎士になるために訓練してきた者達と家業を手伝う事で暇の無かった者達とでは明確な差が出る。


 宮廷魔法師は中央軍に従事する魔法師の事で中央軍は近衛騎士団をトップとするエリート集団である。


 出自が貴族であるものの使い物にならないと判断された者が入る王都守備隊とは練度は土竜(もぐら)土竜(どりゅう)くらい異なるものなのだ。


 正騎士の中でも魔法師だけで構成された魔法隊は騎士団の中でも花形ではあるが軍規に則った階級で差がつく事はあっても魔法師とそうでない正騎士の待遇に大きな差はない。


「隊長。帝国軍は本気でここを落とすつもり何ですか」


「そうだろうな。原因不明の病も無関係ではないだろうな」


 将軍には大きな裁量権が与えられ、軍の糧食は数が多いだけに莫大な金が必要になる。


 将軍になる騎士の出自は大抵の場合、伯爵家以上の爵位を持つ者が務める事が多く、その利権に集まる商人の数は多い。


 貴族の御用商人ともなれば王国中に販路を持つ大規模商会であり、他の中小商会とは違いその資金力は下級貴族を凌ぐものなのだ。


 彼等からしてみれば騎士爵や男爵に与えられる貴族年金など端金でしかない。


 貴族から信頼を失えば収入が途絶える事を理解していない御用商人はいない為にタルミナ商会が関与しているとは考えにくいが、突然の視察を敢行したクラウド侯爵の事を治療部隊長は疑問に思い、進言した事を思い出していた。


「ダービッツ団長。この時期にクラウド侯爵が視察される意味はあったのでしょうか」


「正直言って分からんよ。だが断る事も難しいかっただろう」


 大貴族には中央に対するパイプがあり、要所を任されているダービッツと言えど簡単に拒否できるものではない。


 将軍ならば相手が侯爵であっても断る事は可能だが、関係悪化を懸念して余程の事がない限りは視察を受け入れるだろう。


 視察を断る事で王家に対する反逆の意思ありと判断されては堪ったものではないのだから当然だが、帝国の侵攻とこの謎の病、そしてクラウド侯爵の視察が無関係だと考える者は少ないだろう。


 治療部隊長の脳裏にはクラウド侯爵が帝国に内通していたのではと微かな疑問が芽生えたが必死になって振り払う。


 クラウド侯爵家はランスカ王家が建国された頃からある名家だ。四公爵家には劣るだろうが忠誠心が高い事で王国民には知られている。


 そして帝国軍の侵攻があって三日目の朝にコロナド砦は帝国の攻撃によって陥落する事になる。


 ----


「ライアス卿。コロナド砦の処理を終えました」


「分かった。下がれ」


 帝国軍五万を指揮するライアスは帝国軍の上級武官の一人だ。


 帝国軍諜報部隊の策によってランスカ王国北部、クラウド侯爵領において反撃があるとは考えていないが、コロナド砦を落とす為に三日も時間がかかる事は想定外であった。


 内応しているクラウド侯爵軍の抵抗は今の所は緩慢なものでランスカ王家に疑われない為にある程度の犠牲を出したら引く消極的な作戦をとっていた。


 身分の高い貴族らしき騎士を初戦において殺害したが、ライアスは兵士には戦争奴隷になって貰うつもりはあっても貴族には相応の待遇に処する事を部下に命令していた。


 クラウド侯爵が寄り子である貴族家を説得する為にその地方出身者の多い北方騎士団に所属している貴族を問答無用で殺すのは愚策でしかない。


 部下を使って【隷属の首輪】をはめるにはそれなりの時間がかかったが守将ダービッツを隷下においた今では当初の予定通りに計画が進んでいる。


 ダービッツに命令して王家に偽情報を流し続ければ無警戒なその喉元に猟犬の牙を突き立てる事は容易だ。


 帝国の毒牙はすぐそこまで迫っていた。

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