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三十九話

 他の街の住民達はいつもと変わらない生活をしていた。街を出入りする為の門は厳戒態勢が敷かれていたが大きな混乱はなかった。


 クライン伯領では北の帝国が攻めてきたのを知ってはいたが、辺境にあるこの街まで帝国軍が押し寄せてくるのは既に王都が失陥したあとであり、その時に騒いでも無駄な足掻きでしかないと知っていたからだ。


 普段と違うのは内密に集められた高位冒険者達が人目を避けて冒険者ギルド支部にリーダーだけが召集されたことだろうか。


 統帥の命令を受けた各ギルドマスターは所属する冒険者を非常召集した。基本的に召集できるのは支部に活動届けを出した冒険者に対してのみである。


 国を越えて活動する冒険者はその時々によって拠点とする場所の支部に届け出を出すのが規則となっている。


 互いの領分を侵さないというのも重要だが非常時に登録された冒険者を召集するために戦力を確認しておくのは重要なことだからでもある。


 冒険者の殆んどは魔物を討伐した報酬で生活している。冒険者になりたてで魔物を倒す実力がなければ別だが、街の中で受けられる依頼は総じて得られる報酬が低くリスクを冒してでも魔物を討伐することで生活を向上させようとするのである。


 街の中は低級であれば単独でも討伐できる自警団と集団で中級~上級の魔物を討伐することの出来る領主軍に守られ普段から街に不用意に魔物が近づかない様に魔物避けの魔道具が設置されている。


 そのために殺伐としたこの世界でも一応の安全は確保されている。無論、街の中にも危険はある。粗暴な冒険者に絡まれて怪我をする者やスラム街で犯罪が横行しているのはどこの世界でも同じ事であるからだ。


 冒険者の魔物の討伐は強いて言えば間引きであり、繁殖をする魔物が過剰に増え過ぎない為の処置である。


 とある支部に集められた冒険者達は戸惑っていた。冒険者をしているからには自身に降りかかる火の粉は自分で払わなくてはならないのは当然の事で魔境付近で魔物が活性化している事を知らない冒険者は高ランクになる前に必ず死ぬからである。


 ギルドマスターは重い口を何とか開き冒険者達にこう告げた。


大暴走(スタンピード)が発生した」


 冒険者達が連想したのはラドニアの悲劇である。当時、小国として何とか独立をしていた国が一夜にして滅ぶ事になった。


 世界で類を見ないほど大規模な大暴走(スタンピード)の事である。政治的な駆け引きで大国の目を逸らし、まだまだ発展する余地のあったラドニア王国は魔物に飲み込まれた。


 小国と言えど軍を持ち対抗する手段が無かったとは歴史学者も考えていない。ただ事実としてラドニア王国は滅びその後に大国に併合された。


 その大国と言うのが問題で今の帝国と祖を同じとする帝国の前身とも言える国だった事が、冒険者達を不安にさせている。


 帝国は魔道具で亜竜(ワイバーン)を支配し竜騎士団を組織することで大陸の覇権を唱えてきた国でもあるのだ。


 亜竜とは言え竜は竜であり、竜人以外が竜を従えているのは特殊な儀式を継承してきた国を除けばこの大陸では帝国しかない。


 制空権を抑えていると言うことは、戦いにおいて重要な事であり機動力・攻撃力を考えれば軍事大国として帝国が大国でいられるのは当然の事である。


 術式の改良、魔道具・魔導具の改良にはそれなりの期間と資金がかかる為に大国が先行していることは不思議なことではない。


 画期的な発明があれば小国が大国と対等に戦える事も有り得るが、国力の違いから時間が経過する程に小国は不利になるのもまた自然の摂理である。


 大暴走(スタンピード)が起きようが起きまいが冒険者のやることは結局は変わらない。命懸けで魔物と戦い日々の糧を得るだけなのだ。


 街の中でしか依頼を受けない冒険者を馬鹿にする風潮は冒険者の中で強くいざという時に逃げだす冒険者は今後、冒険者として生きていけない所か何処にも居場所がなくなるのは目に見えている。


「そしてポートロイヤル支部長(ギルドマスター)のエバンスが今回の総指揮を執る事が決定した」


 支部長はそう淡々と告げるが彼はエバンスを好ましく思わない文官派の見本とも言える存在であり、エバンスの下で働かされるということは必要な事だと分かっていても心が拒否していた。


「魔境に近い都市ほど高ランクの冒険者が派遣される事になる。ギルド規約に基づいて召集権が発動された」


 支部長は自身の地位が脅かされるのでなければエバンスを敵視していない。


 冒険者にとってエバンスは特別な存在であり、王国では英雄視される程の功績をあげているのだから支部長が何を言っても事実は覆る事はない。


「質問をしても良いでしょうか」


「許可する」


「防衛計画の詳細は。そして、全てのクランが動ける訳ではないでしょう。その問題はどうなるんですか」


 それが問題でもある。国に囚われない冒険者はその国が嫌になれば、他国で行動すれば良いだけである。


 しかし現実問題、他国出身であれば脱出することも可能だろうが、その国の出身の冒険者にとって祖国を見捨てて逃げる事が出来るかといえば微妙なところである。


 独り身の多い冒険者だが全ての人が結婚していない訳ではないのだ。それに親兄弟もいるだろう。


 他国で生活をするともなればその国の法に従って生活しなければならない。移動に関しての制約は他の職業よりも低いがそれは種族が人種に限った場合だ。


 人種の奴隷を合法化している亜人国家もあるが人種が国家主権を握っている国家の場合では亜人の奴隷は合法で特にオリエンタル教の影響の強い国家では、街中で奴隷商人に捕まった亜人を奴隷として売買することを公式に認めている場合が殆んどなのだ。


 ランスカ王国の場合、人種と亜人種の混合パーティである事も珍しくなく、お互いの為に他種族の加入を認めないクランもあるが種族は偏っていても単一の種族だけで構成されたクランの方が珍しい。


 戸籍制度がないランスカ王国で正式な調査がなされた訳ではないが人種が王国民の半数以上を占めてはいるが、逆の立場からみればそれ以外は亜人で構成されているのである。


「アンデスの状況は不明。アーウィン騎士領の状況は良く分かっていない。判明しているのはポートロイヤルが魔物に襲われている状況であり、防衛が困難であると言うことだ」


「そんな状況で街の防衛力を落とす事に意味はあるのか」


 その場にいる冒険者の思いを代弁したかの様に一人の冒険者は発言する。


「ポートロイヤルが落ちれば他の街もただでは済まないだろう。エバンス支部長の指示は深緑の森を含めた複数のクランに対しての要請であり他のパーティにはその街に留まり、哨戒活動を厳にするようにしか通達されていない」


 エバンスはポートロイヤルが魔物の防波堤となっている間に出来る限りの防衛態勢を築きあげることで大暴走(スタンピード)による被害者を少しでも少なくしようとしていた。


 神の悪戯なのかは分からないが、自身がギルドマスターを務める支部に大量の稀人が現れたのだ。


 理由は解明されていないが警戒するには充分な理由で、新規登録された冒険者の動向を確認している。全ての稀人が冒険者が冒険者になるとはエバンスは考えていなかったので他のギルドも同様の対策をとって今は推移を見守る状況だと考えていたのだ。


 建国の祖が稀人だったと考えられているランスカ王国では聖級職に就く聖人と同じくらい稀人は神聖視される傾向にあったが、権力を増す事を考えていないギルドにとっては将来が有望な新人が多く現れたというだけに過ぎなかった。


 支部長(ギルドマスター)によって各支部の基本防衛計画が練られ冒険者と自警団によって表面下で計画は進められていく。


 帝国の侵略によって慌ただしくなっている国内状況を考えればその方が余計な心配と暴動の切っ掛けを住民に与えないだろうと冒険者ギルドは判断した。


 国政に関わる貴族であれば知る事の出来る情報だがランスカ王国軍部は帝国の対応で精一杯であった。この行動がどの様な結果を与えるかは誰も知らない。


 ----


 魔王の腹心となる十三人の魔人が魔境と呼ばれる人類の手の届かない魔王城に集っていた。


 今代の魔王は吸魔族の中に生まれた特異体でありその小さな体にそぐわない膨大な魔力を秘めていた。魔王を務める彼女は魔族の中で一番強いという事だ。


 知略は蔑ろにされるものではないが、魔族は伝統的に強い者が支配する弱肉強食の世界である。そうでなければ過酷な魔境の環境で生き残る事は出来ない。


「マリア陛下。十三席、全ての者が集まりました」


 そう告げるのは一席であり魔王を除けば魔境最強として知られる暗黒魔法の使い手であるギーシュだ。


 彼は吸血鬼の始祖の一人として長年、力を蓄えており魔王と名乗って良いだけの実力を備えている。


 今回、魔境に散らばる実力者達を召集して会議を開く事になったのは魔王マリアが暇潰しで始めた人類への侵略の途中経過の報告を行う為である。


「うむ。中に入れよ」


 魔境を代表する十三の有力者が一堂に魔王城に集められたのはマリアが戴冠した時であり既に十年に近い年月が過ぎていた。


 魔物から存在進化した魔人の寿命は恐ろしく長く、数百年を生きることなど良くある事である。


 その中でマリアは誕生してからまだ二十年も経っておらずこの場に集められた者からしてみれば小娘もいいところだが、それを口にするものはいない。


 第五席である不死族(アンデット)の長ダールは報告する。


「下位とは言え我が卷属の攻撃を良く凌いでいると言えるでしょう。長年、我等の侵略を阻んで来ただけの事はありますが、このままでは長くは持たないでしょう」


 不死族と言っても腐った死体であるグールや骨だけで行動するスケルトンなど様々な種族がいる。中には不死を求めた元人間リッチもいる。


 ダールは骸骨兵士(スケルトンソルジャー)から存在進化した暗黒騎士王であり、闇の魔法に対する知識と生前、持っていた剣技を合わせ持つ厄介な存在である。


 騎士というだけあって攻撃スタイルは物理に重点を置くが、十三席の地位にいる殆んどの者が人類から名付き魔物(ネームド・モンスター)として扱われ危険度もSS~SSSに該当する災害級と呼ばれる存在だ。


 十三席の大金剛鬼のバルドも同調するかの様に発言する。


「先発としてこのバルド麾下の大鬼(オーガ)を送ったが、魔法で対応された様だな。俺の体にも直撃した。怪我をしちまった」


 そうバルドは言うがその肉体には既にその傷はない。たかが人が放った魔法で彼の肉体に傷をつける事は難しい。


 最低でも王級、余裕を見るなら聖級の魔法師が放つ魔法が必要になるが、傷を与えられると言うだけで致命傷にはほど遠い結果しか残せないだろう。


「分かった。最近よく生まれて来ているという特異体についてはどうじゃ」


「確認できただけでも数十。これはこれまでの経緯を考えれば異常とも言える数値と言えるでしょう」


 十二席である不死魔導王はそう告げる。彼は国民の命を引き換えに不死を目指した愚王であり、研究の為に財政状況は厳しく、国民には重い税という形でのしかかかった。


 更に国民の多くを人体実験の材料としており、彼の治世に逆らう良識ある者達の多くがその犠牲となった。


 しかも彼はリッチとなった後には自分の国を自分の手で滅ぼしている狂人である。


「それは良い報告なのかしら」


「勿論です。我等が主の復活が近いという事を示唆しているのかも知れません」


 この場にいる全ての者が特異体と言っても過言ではない。


 バルドは大金剛鬼となった元小鬼(ゴブリン)だが、その体の硬さは世界で一番の硬度を持つとされる金剛石(ダイアモンド)に匹敵する。


 ダールの暗黒騎士王も他の個体が暗黒騎士になる事はあってもそこが限界であり、他の席次の者もこの世界に一体だけしか確認されていない種族へと進化していた。


 魔王マリアは、魔族領と人類領を模した基盤の上を眺めてこう告げた。


「バルド。直接、配下を率いて敵の拠点を落とせ。そうしたら一度、報告の為に戻って来るのじゃ」


「御意」


 そこには暴力に愉悦を感じる暴君の姿があった。


 ----


 城塞都市アンデス


「明朝、0六00(マルロクマルマル)に作戦が決行されることとなった」


 守将ブロードは直属の騎士を始めとして領主軍幹部へと作戦を説明していた。


「トルウェイ殿の協力により、クルト村より魔雷が運搬される。竜便により運搬される為に監視班には情報を徹底せよ」


 魔境にある木を焼く。それは前代未聞の作戦行動であり、成功しなければ後がないと分かっていながら成功を信じる者はほとんどいない。


 魔雷の威力は兵器として利用している東方騎士団は理解していたが、魔境の木を燃やせると考える者は少ない。普通の火では火力が足らず焼く事すら出来ない。


 障気が強いからだとされているが初級火魔法では表面しか焼くことが出来ず、それ以上の魔法師を集めても数日で再生してしまうので効果は低い。


 逆に魔境の魔物を刺激して手痛い損害を被った経験があるために迂濶な行動は避け防御に徹するのが防衛計画の要となっている。


「過去に失敗した経験が我が軍にはあります。他の防衛計画を為されてみては如何でしょうか」


「ならん。どちらにしろ活性化した魔物はここを襲撃する。そうであればまだ討って出られる今だけが反撃する機会なのかも知れぬ」


 浅瀬での軍事行動も危険が伴う。作戦に従事する騎士・領主軍兵士でそれを知らない者はいない。


 ましてここにいる高官達はそれでも最終的な被害を減らす為に少なくない部下を亡くしていたが、効果は殆んど出ていないと言っても良い。


 かと言って高名な学者を危険な魔境に侵入させることは王家の許可が出ない。


 持論を証明したい功を焦った学者が冒険者に護衛依頼を出して命を落とすことも稀ではない。


 王国としても魔境を攻略できれば生存圏と領土が拡がるため、結果を出していない学者なら自己責任で失っても痛くはないために黙認しているのが現状である。


「ではこの作戦の責任は誰が取るのですか。承認すればブロード殿とて追及は避けられないでしょう」


「勿論、責任は取る。俺一つの首で王国民の命が少しでも助かるのであれば安いものだ。作戦を拒否するものはこの場から去って貰って構わない。部下達にもそう命令している」


 王国騎士、二千五百人隊長の地位は決して低いものではない。爵位によっては百人隊長から騎士としてのキャリアが始まる事もあるが、大抵の貴族は千人隊長で軍人としてのキャリアを終える。


 それ以上の地位は実力で勝ちとらなくてはならず、東方騎士団という武功があげ辛い環境において今の地位にいるということは想像以上の苦難を乗り越えた者だけが手に出来るのだ。


 地位といういう意味ではこの場ではトルウェイに次いでブロードが高いということになり、格という面では王国騎士の方が領主軍兵士より立場が高いというのがランスカ王国での認識である。


 直臣である貴族と貴族の部下である陪臣では貴族の方が優先されるのと同じことである。


 ブロードは命令できない代わりに領主軍に通達した形で配慮している。領主軍・東方騎士団ともに少なくない損害を受けておりこのままでは全滅は必須である。


 そうであるのならばトルウェイが持って来た作戦に一縷の望みをかけて少しでも多くの部下とその家族を生還させたいと願って賛成したのだ。


「この様な形をとって領主軍の方々には申し訳ないが、東方騎士団有志は文字通りこの作戦に命を懸ける」


 そう言って反対する者の退席を促す。しかしこの場を離れた者はいなかった。


 誰もが現状を理解し、自己保身に走る場合ではないと理解していた。


 生き残れなければ策を練っても意味がなく、トルウェイが持つ冒険者としての経験と筆頭魔法師という立場で王国に貢献した事を否定できる者がいなかったのだ。


「なお、竜便で僅かではあるがクルト村まで非戦闘員を受け入れる用意がある。数は二百名。住民の中から選出して貰いたい」


 魔雷を空にした後に、最前線から前線ではあるが死亡する確率を下げることが出来るのは有難いことではあるが、作為で選んでしまうと内側から瓦解する危険性のある提案である。


 それならば提案を受けない方が良いかも知れないとブロードは考えていたが、アンデスにいるより、元近衛騎士と元宮廷魔法師が多く住んでいるクルト村に居た方が安全である事は間違いない。


 提案するだけでも無駄ではないと考えたトルウェイは危険に晒す代償としてカイトと相談して決めたのだ。


「この作戦に王国の命運が懸かっている。諸君の健闘を祈る」


 東方騎士団・領主軍の両騎士・兵士から志願し選ばれた二百名は明日の命運をかけて早めに就寝することとなる。

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