三十七話
「戦えない者を中央に集めるんだ。冒険者、自警団員等の戦える者は非戦闘員を護れ」
隊長トーマスの指示は普段から大声を出すのに慣れている者、特有のもので騒音の中でも宿屋に居る者達に声を届ける。
「魔法師は詠唱を始めてくれ」
アースウォールとクレイシールドによって非戦闘員を保護し、そのうちに最大戦力を以てアントを叩く。
それが話し合いによって計画された作戦であり、ソラは防壁を作る為に詠唱する。
不揃いではあるが、土魔法を得意とする魔法師によって作られた土壁はアント達の攻撃を短時間でも抑える事が出来そうであった。
たまたま居合わせた冒険者達の指揮はCランク冒険者のアズローが執る。
いくら街防衛戦の作戦会議に参加し、マルコの補佐の一人となったソラでも対外的に見れば駆け出しの冒険者でしかなく、Eランクであれば戦闘力が低く経験を積んだ先輩冒険者が指揮を執るのが常識であるからだ。
戦うだけならDランクでも上位の実力をソラは持っているだろう。
気闘術が使えるのはCランク以上の冒険者が多く、ギルドとしても低ランクの冒険者が実力を過信して無理な依頼を受ける事を避ける為にギルド指導員は気闘術を教える事はないからだ。
エバンスはギルド支部において全権を持つギルドマスターであった為にソラに教えても問題はないが、他のギルド職員が同じ事をしたのであれば内規によって罰則を受ける事になる。
ソラは知らない事だったが気闘術を教わるのにもお金が掛かる。
リースから魔法を教わるのも本来であれば無料ではなく、依頼料での分割払いもしくは一括払いが必要とされるのが常識である。
クライン辺境伯ジョセフによってギルドに対して前払いがなければ原則通りに支払う義務がソラにはあったが、戦える者が増える事は領にとってマイナスにならないが故にソラに伝えられていない。
熟練した者であれば体力の消費も抑えられ気を練る時間も短いがソラはまだ習得しただけであって習熟した訳ではない。
索敵を密にすることで接敵する前に予め戦える様に準備しているだけの代物でしかないが使えるかそうでないかで出来る差はかなり大きい。
弱点もあるが非力な人種が他の種族に対抗する為に編み出された技であり城門を素手で砕く猛者もいる。
「クレイシールドを作る者は任意で破壊できる様に設定するのを忘れるな」
ソラが土壁を創ろうとすればかなりの魔力を持っていかれるが、それはソラの構成が斥侯向きであるからであって土魔法を得意とする者から見ればクレイシールドは初級魔法でしかないのでそれほど負担になる魔法ではない。
数を重ねることで防御力を高めている為に、精密な魔力操作が要求されるが、土魔法は守勢に優れた魔法であるために非戦闘員や後衛を守る為に盾として使うのは戦闘を生業とする者にとって常識であり難しい事ではなかった。
防御陣を構築した宿屋の内部ではあったがアント達の数が多い為に、突破されるのは時間の問題である。
ソラはまだ慣れていないが黒鉄の短剣に魔力を流して行く。オーラブレイドを使える者はここにはソラしかいない。
武器の耐久度の損耗を早め、使い手としては未熟も良いところのオーラブレイドもどきでしかないソラの技量でも無いよりかはましだった。
自警団の標準装備である長剣ではスキルの関係もあってソラには使いこなす事は不可能であり、物と人の命を天秤にかけた場合、前者に重さを置くほどソラは腐ってはいなかった。
街がなくなれば当然、不利益を被るのだから当たり前だと言ってしまえばそれまでだが、目先の利益にとらわれる者が多いのも事実だった。
ここまではソラ達の作戦通りに事態は推移していたが薄氷の上を歩く様な物だと、防衛に当たる冒険者は考えていた。
街の中に魔物の侵入を許した時点で防衛側は不利な戦いを強いられる事になるのだ。そして先程まで聞こえていた断末魔は聞こえなくなり、アント達が建物を叩く音だけが聞こえていた。
魔物と対峙する冒険者はまだ平静を保っていたが、一緒に逃げ込んだ住人達はそうではない。
稀人であるソラを除けばこの場での死は文字通り、この世界からの永久退場を示しており、人と同じ感情を持つこの世界の住人は現実世界の人間と遜色はない。ということは死に面して恐慌状態になるということである。
魔力節約の為に多くの魔法師はアースウォールではなくクレイシールドを使用していたのも要因の一つだったのだろう。
得意属性以外は初級魔法しか使えない魔法師が多かった事もマイナス面に働いた。食堂として使われることがある宿屋では当然、食事用にナイフがおいてある。
魔物の肉を食べるこの世界では牛肉や豚肉は高級品であり、筋が多い魔物の肉用のナイフは相応の切れ味が求められる。
生きたまま魔物に喰われるくらいなら自害するという者が居ても不思議ではなかったが、周囲を魔物に囲われている現状でそこまで気の回る者は少なかった。
血の匂いがして初めてソラも気付いた位だった。辺りには悲鳴が響く、防衛線が突破された訳でもないのに錯乱した人間が自害を図れば、混乱は波及する。
「不味い。止血を急げ。治療にはポーションを使え」
火の魔法を使うまでもなく生活魔法によって傷を焼く事を選択する冒険者達。
止血用の電気メスは熱によって傷口を塞ぐ事により出血を止める。傷は残るだろうが、命を救う為には治癒師でもない冒険者にとってはこれが限界でもある。
取り乱す者もいたが、隊長トーマスの一喝によって動揺は最低限のもので済んだ。
「軽率な行動は控えて欲しい。防衛にあたる我々を信頼して欲しい」
多くの住民にとっては自警団は、警察と同じ意味を持つ。治安維持という任務に就く人間と敵対するのは後ろめたい人間だけであり、いざというときには頼りになる存在なのである。
住民にとって同じ街の住民で構成された自警団は領主の意思によって戦える力を持つにも関わらず戦わないことのある領主軍兵士より信頼されるのは当然の事だった。
隊長であるトーマスは苦い顔をしている。自害しようとした者が出たということはこの場にいる冒険者や自警団員を信頼していないということの証左でしか無いからだ。
「トーマスさん。気持ちを切り替えて下さい。貴方がその状態では部下にも動揺は伝わるでしょう」
一度、二階部分から周囲の状況を確認してきたソラであったが、状況が好転しているとは言い難い。穴から出てくるアントの中には明らかに上位種であるソルジャー・ナイト系の姿を確認したからである。
増援が見込めない状況での籠城は得策ではなかったがソラ達に出来る事は限られている。
未だ門を突破された状況でないために犠牲者は少ないが、街に取り付こうとする魔物を撃退できなければ、意味がなくなる。
トーマスもそうだったが、ソラもこの状況に焦りを隠せなくなっていた。
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冒険者ギルド
街の中にアントが侵入し、ソラが東門に戻れなくなっていた頃、対策本部となっているギルドにも情報が上がって来ていた。
主要施設では既に避難住民の受け入れを行っており、冒険者ギルドも例外ではない。魔物に対して有効な戦力となる冒険者の集まるギルドは安全だという噂が住民達の中で囁かれ、収容できる人数の限界ギリギリまで受け入れる事になった。
過去の経験からエバンスは地中を移動できる魔物の動きを警戒していた。その為に街中に冒険者による警戒網を構築していた為に奇襲は避けられたが強襲される事になった。
最初に異変を感じたのはやはり罠の解除や魔物の偵察を行う斥侯達だった。
「何か違和感を感じる。本部に警戒を促せ」
ギルド専属冒険者達は例外なくBランク以上の者しかなれない。管理官には相応の実力が求められ、不正や犯罪を行った冒険者に対して実力を持って権限を行使することが求められるからである。
冒険者として成功者にあたるBランクの冒険者にとってバスターになることは旨味のないことだが、現役時代にはなくても引退後にギルドで指導員になれるなどの優遇処置があるために安定を望む者にとって人気の高い役職である。
実力はあっても人格に問題のある人間が多い冒険者にとって統制をとるために導入された制度がバスター制度であって、闇堕ちした冒険者を裁く必要があるギルドにとって虎の子の存在である。
迷宮は完全に法律の届かない治外法権である事が常識であるために冒険者同士のトラブルに特化したバスターも存在している。
ギルド専属になる条件がバスターであることであり、バスターの条件がBランク以上の冒険者でありギルドが実施する試験に合格した者という条件だ。
Bランク以上でもバスター資格をとらない冒険者もいるが、信用と言う点において専属冒険者を疑う者は少ない。
バスターである冒険者の言葉を聞いて本部へと走って行く冒険者。バスターを補佐するには相応の実力が必要となるために気闘術の使える貴重な冒険者がつけられていた。
普通の冒険者では異変を本部に伝える前に殺害される可能性を考えての布陣である。
「報告。スキル持ちのバスターにより異変を察知。警戒レベルの引き上げを要請します」
街を巡回している他のバスター達からは報告は来ていないが決して無視できる類いの報告ではない。
「詳細は」
代表して尋ねたのはエバンスだ。他の者が尋ねるのは越権行為であり誉められた行動でないのを分かっての言動である。
「子細は不明。勘の様なものらしいですが、事態は切迫したものだと推測されます」
「分かった。市民の護衛に就いている冒険者に警戒を促せ。自警団、領主軍にも情報を渡すのを忘れるな」
サブマスターはエバンスの代わりにそう部下である職員に通達する。
エバンスは戦えば無類の強さを誇るが加齢による衰えで、全盛期よりも実力は落ちている。
また実務面においては冒険者でしかなかったエバンスは常に適切な組織運営が出来る訳もなく、サブマスターの殆んどは平職員からの叩き上げであり、組織運営のプロである。
その直後、冒険者ギルドは無数のアントに襲われる事になる。各門で警戒に当たっていた冒険者にとっては寝耳に水の事態ではあったが、対応できなければ命を落とすのが冒険者である。
街の中で起きた魔物による襲撃は他の者に任せて門に接近した魔物だけに対応する事に各門の責任者に任命された冒険者は決定した。
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アント達の吐く酸によって耐久度の落ちた建物は遂に魔物の侵入を許した。
魔物と戦う経験のない住民はそれだけで混乱しそうになっていたが盾士による布陣は少なくとも前衛である剣士や槍士達が破られない限りは文字通りの盾となるだろう。
戦うことに慣れていない自警団員が多い中でトーマスはアントをものともしない活躍を見せていた。
結婚したことで引退はしたが元Cランクの冒険者であり、低ランクの多いポートロイヤルではそれなりに知られた冒険者だった。
今でも単独で魔物を狩るのは腕を鈍らせない為のトーマスの日課でもある。
冒険者を引退したといっても公的身分証になるためにギルド証を返還しない者がいるのは当たり前でこの引退は職業として活動をしていないことを指す。
魔物でなければ狩猟ギルドの領分となるが、冒険者ギルドと狩猟ギルドの関係は悪くない。
ギルドポイントは依頼がなければ手にする事は出来ないが狩猟で得た獲物は狩猟ギルド価格で冒険者ギルドが買取り、引き渡す事も行っている。
領主軍であれば軍規によって副業を禁止している場合もあるが、害獣を狩る事は街の治安に影響を与える為に自警団では副業を許可している場合が殆んどだった。
「一体、抜けるぞ」
トーマスが先頭に立ち自警団を統率しているが流石の量に腰が引き気味となっている。
討ち漏らしたアントは第二防衛線において討ちとったが、甲殻によって武器が鈍らとなり鈍器としてしか機能しなくなっている武器を手にしたまま戦っている者も多い。
ソラは一番外側である第一防衛線で戦っているが武器の消耗は激しい。
オーラブレイドモドキは確かに切れ味を向上してはいるが、武器そのものの性能に依存する部分もあるために、一本は既にほぼ武器としてメンテナンスを行わなければ役に立ちそうにない。
しかもリーチの短い短剣で戦うと言うことはそれだけ敵と近くで戦わなくてはならない事を意味する。
冒険者ギルドの指導員が初心者に短剣を勧めないのはそれだけ危険度が上がり、負傷する確率が高くなるからである。
アントが酸を吐くには前動作がある為に今のところは直撃をなんとか避ける事は出来ているが限界はいずれやってくる。
それまでに討伐できなければ住民を見捨てて撤退する事も視野にいれなくてはならない。
非情ではあるがここに居合わせたのが傭兵であったのなら住民を餌にして自分達だけ撤退を既にしていた筈なので、そういう意味ではまだ神に見捨てられていない。
「そろそろこの場を放棄して撤退する事を視野にいれなくては」
そう呟いたのは冒険者を指揮しているCランク冒険者アズローだった。全体を指揮するという名目で安全な場所から他の冒険者に指示を出している。
この冒険者の行動はそう誉められたものではない。前線に立つ冒険者や兵士からしてみれば安全な場所から指示を出す指揮官より自分達と同じ様に戦う者の下で戦った方が士気が高いのは当たり前のことだ。
魔法師がリーダーになることもあるが多くの場合、前衛の者が冒険者の中でパーティリーダーを務めるのにはそう言った理由がある。
「二人一組で二階の部屋を捜索して来るんだ。冒険者がよく泊まる宿だ武器が保管されているかも知れん」
トーマスはここであえて部下に危険を犯させる。このままでは武器を失った者は役にたたないばかりか、撤退するのにも邪魔な存在になる強行突破すれば餌がたくさんあると理解しているアント達は追撃を行わず見逃すその僅かな可能性にかけるしか無くなる。
気闘術とオーラブレイドモドキを駆使しているソラは討伐した魔物の数も多いが当然、疲労も多い。
ミスをしたら大ダメージを受ける可能性が高い状況は精神的にも肉体的にも疲労を強いる。栄養ドリンク的な使用法をされるスタミナポーションをソラは持ち合わせていない。
「スタミナポーションを持っている者はいないか」
「あるぞ。生き残れたら請求はギルドにするからな」
投げ渡されたスタミナポーションを受け取り栓を切って飲み干す。
長時間の残業で良くお世話になっていた栄養ドリンクに似た味がしたが、成分も使われている素材もこの世界独自の物だろう。
青汁や野菜ジュースの様な味でなかったことだけは感謝しても良いだろう。
武器を差し換えて、少しの間だけ休憩する。スタミナポーションに限ったことではないが、一気に回復するのではなく、徐々に規定回復量まで回復する仕様なため、どうしても隙が出来る。
一分にも満たない間だがスタミナを回復させたソラは戦線復帰する。
「今だ。行け」
乱戦にはなっているが第二防衛線はまだ突破されていない。アント達は仲間の死体を乗り越えて平然と人を襲っていた。
地面に出来た穴からはアント達が湧き出ており、この襲撃を退かせる為にはクイーンアント若しくはキングアントを討伐するしかなかったが、現状ではそれは困難であるとしかいいようが無かった。
二階に上がった自警団員はそれぞれがそれなりに戦える二人だった。宿の主人から鍵を借りる余裕などなかった為に、ドアを蹴り破って一人が検分し、もう一人は階下に繋がる階段を警戒している。
どの部屋にも人はいないと思われたが最後の部屋には襲撃されているのにも関わらず豪快に鼾を立てて寝ている大男の姿があった。
「おい。起きろ。寝ている場合じゃないぞ」
ベットの脇に立て掛けてある大斧はとてもじゃないが、一人の人間が振り回せる様な代物ではなさそうだった。すぐ階下と繋がる廊下を見張っていた相棒を呼ぶ。
「おい。良くは見えなかったが小さな角があるぞ。この角の形は鬼人のものじゃないか」
鼾を立てて寝ていた大男も流石に人の気配がした為に目を覚ました様だ。
「その格好は自警団か。寝坊は罪ではないはずだが」
「現在、この宿はアントによって襲撃されている。出来るのであれば階下に行って防衛に協力して欲しい」
「鬼人だと分かって言っているのか」
「猫の手も借りたいところだ。緊急事態において種族は関係ないだろう」
鬼人である大男は自警団員のその言葉を聞いたところで意味ありげに笑い。こう聞いた。
「報酬は」
「住民の笑顔と僅かな銀貨だ」
「十分だな」
鬼人の大男、ゴウキは大斧を易々と担いで階下に向かうのを二人の自警団員は見送ることしかできなかった。




