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三十六話

 --王城--


 北方騎士団の報告にランスカ王は頭を悩ませていた。突如、侵攻を開始した帝国に対してランスカ王国の対応は遅れ、地方貴族での組織的な抵抗には限界があったからだ。


 ランスカ王ギルドバルドは王国中に義勇軍の募集はしたものの傭兵団は不利な状況に陥りつつある王国ではなく、帝国側で参戦をする事に決めたらしい。


「現状で抵抗できるのは紅騎士団だけか」


 北方騎士団の中でも対人戦の経験の高い騎士が多く他の騎士団では正騎士になれる実力のあるものですら従騎士扱いとなっている王国の精鋭中の精鋭である。


「中央軍の中核である我が近衛騎士団は動く事はできません」


 近衛騎士団長として王に正確な情報を伝えるのが近衛騎士団(中央軍)団長(将軍)でもあるランフォードの仕事である。


「騎士団以外の兵力は領主軍を除いて農民を臨時徴集した部隊で戦慣れしている帝国には心許ないのが現状です」


 儀仗兵として宮廷作法に通じるのも貴人の護衛につく近衛騎士の重要な資質の一つではあるが、騎士としての実力は蔑ろにされるものではない。


 王城の警備は近衛騎士団の管轄であり、大貴族と言えどつけられる護衛の数は制限されている。


 爵位によって持てる私兵の数は王国法によっては制限されないが、軍は金喰い虫であることから大体の数は決まっている。


 爵位の丈にあわない数の私兵(領主軍)を抱えていれば反逆の意思ありと秘密裏に王家直属の諜報部隊が動くこともあって領内の最低限の治安を守れるだけの私兵しか持たない貴族も多い。


 ここで問題になってくるのは帝国の国力である。帝国に比べればランスカ王国は確かに劣るが、大陸の中では中堅以上の国力は有している。


 だが、経済規模も兵力も帝国の方が優れている。軍制の違いもあった。


 ランスカ王国では所謂、職業軍人というのは騎士しかいない。


 領主軍兵士も戦う為の兵力という意味では同じだが、常駐させるのには金が掛かり過ぎる為に幹部でも無い限りは一週間のうちの数日だけ兵士で後は別の副業をしているというのが一般的である。


 対して帝国は志願制を採っている。家柄や能力によって最初の階級は異なるが実力制である権力も力だと考えているので駄目な指揮官も多いが、補佐する者の能力は高い。


 一般兵は二等兵から始まる本物の職業軍人である。初期訓練を終えた後に各部隊へと配属され、国の為に戦う。


 軍備増強し、他国に対して年がら年中、戦争を起こしている帝国は、大陸の覇権を握ろうとしランスカ王国とも小規模な戦闘を起こしている。


 王制や帝制を採用していない新興国、共和国との激しい戦争はまだ終結していないにも関わらず、ランスカ王国に侵攻する余力を持つ位には帝国は大国だった。


 敵の敵は味方だが、共和国とランスカ王国の政治体制の違いから相容れぬものがある。


 共和国のトップは民から選ばれた政治家であり、身分制度上は平等である。対してランスカ王国は王家を頂点とした君主国家であり、王家・貴族・平民と身分制度があるのだ。


 元々は王政だった国を平民が内乱を起こして出来たのが共和国であり、王政を採用しているランスカ王国にとっては付き合いにくい相手である。


 帝国とは大国同士という事もあるが共和国は異大陸にある国家であるが故に決着が着いていない。もし隣接する国同士であったのならどちらかの国は既に滅んでいるだろう。


「竜国に対しての使者はフォーレン子爵家を任命しました。当主は王族の血を継ぐ者、無下にはされますまい」


「本来であれば、ゴドラム公爵家の当主を派遣するのが筋と言うものだ。だが、我が国には余力がないより良い返事が貰えると良いが」


 ----


 コロナド砦


 帝国と王国の間にある監視目的に建造された小規模な砦である。王国騎士団が常駐し帝国の動きに目を光らせている。


 クライン辺境領で大暴走(スタンピード)が起こる一ヶ月前、辺りの貴族を統括する立場にあったクラウド侯爵家当主が砦に訪れていた。


 クラウド侯爵家は旧家ではあるがランスカ王国内での発言力は他の侯爵家より劣っている。


 目立った功績はなく、初代が遺した爵位を代々の当主が引き継いできただけである為に格下である伯爵家からも家柄だけの旧家と内心では馬鹿にされ続けてきたのである。


 クラウド侯爵は今の立場に満足していない。歴代の当主達は王国に貢献してきた。目立った功績はないが目立つだけが貴族の存在価値ではない。


 建国当初より四公爵家と同様に王国の礎になってきたクラウド侯爵家の現在の評価は不当なものだ。成り上がりである騎士爵や歴史の浅い男爵・子爵とは貢献度が違う。


 王家より降家された経験を持つクラウド侯爵家には薄いながらも確かに王家の血が流れているのだ。王位継承権こそないものの王族を批判する事は不敬罪が適用され、縛り首となる事もある重罪なのだ。


 だからこそ、クラウド侯爵は決心した。帝国による密使が屋敷を訪ねて時は斬り捨てようかと思ったが、帝国内での地位を約束され、ランスカ王国を征服した暁には国土の殆んどは帝国の領土となる。


 しかし、

 公国としての独立を認めると言うのが帝国がクラウド侯爵に出してきた条件であった。


 内通者であるクラウド侯爵だが、その動きはランスカ王家に知られてはならない。反逆ともなれば一族郎党、例外なく処刑されるからだ。


 クラウド侯爵は砦に視察にきた時に内部にある仕掛けをした。それが目的で侯爵という立場を利用したのだから当然である。


 軍事拠点である砦に貴族とはいえ軍務に関係のない人間が訪ねるのは不自然ではあったが、北部を纏めるクラウド侯爵家当主の来訪を断れるほど守将の爵位は高く無かった。そう反逆は既に一ヶ月以上前から水面下で始まっていたのである。


 ----


 ログイン制限が解除されたソラはタイラーの元を訪れメンテナンスをされた武器を受け取っている最中だった。


「やっぱり後発組の動きは悪いな。中には慣れたプレイヤーも居たが、ステータスが低ければ出来ることも限られている」


「そりゃそうだろうな。チュートリアルも無しで武技も使えない。俺は戦闘する機会はあまりないが、鎚くらいなら使えるからな」


 金属で出来た鎚は剣とは違い、打撃武器に分類される。タイラーは小鎚を使い、あまり攻撃に隙の出来ないタイプの戦闘を行う。


 高位の冒険者ともなれば人間破城鎚と呼ばれるくらいの威力は出せる様になる。


 筋力値に依存しているために重装備になりがちだが、皮膚が固すぎて剣撃が通用しにくい魔物もいる為に冒険者も鎚を主武器(メインアーム)にしている者もいる。


「聞いた事が無かったがタイラーはどのくらい戦えるんだ」


「ボブゴブリンくらいなら何とかなるが基本的には戦えないと思って良いぞ。費用を抑える為に鉱石の採掘をする事もあるが、俺は鍛冶師であって冒険者ではないからな」


 話をしている最中に鐘が鳴る。三点鐘であり、敵襲を告げる音だ。


「俺は迎撃に向かう。タイラー死ぬなよ」


「お前こそな。武器は直せるが人は治せないから気をつけろ」


 入り組んだ道を駆け抜け、東門へと急行する。しかしソラは見てはいけないものを見てしまった。


 それは突如として地面の下から現れた。辺り一面は黒一色となってしまっている。それはスモールアントが、ポートロイヤルの地下を進み侵入してきた姿だった。


 家に閉じ籠る者が多いがソラと同様に武器のメンテナンスに来た者やポーションの購入をする為に単独で行動する者が散見できる。武装から見て戦える者は少ない。


「戦える者は武器を抜け。スモールアントが街に侵入している」


 混乱した住民達はスモールアントとは逆方向に逃げる者や逆にスモールアントに向かって特攻を仕掛ける者など反応は様々である。


 住民は鐘が鳴る前に代官が執務を行う役場に強制避難させたり、自警団詰所に近い住宅に避難させている。


 その方が戦えない者を守り易いとの判断であったが当然それに反対する者もいる。有事とはいえ他人が自宅に居るのは本来の持ち主にとっては落ち着かない。


 顔見知りの多い事は間違いないがある程度の規模の街になると住民全員が顔見知りということは有り得ないからだ。


 ほとんどの住民は緊急事態に細かい事は言わなかった。全員が協力しなければ乗り越えられないと知っているからだ。


 家の中から悲鳴が聞こえるがソラにはどうしようもない。自分一人で出来ることなど限られている。


 ましてハロルドと共に戦った事のあるスモールアントだったが、数は暴力でありその時も最低限の自衛を行うだけで精一杯であったからだ。


 火事場泥棒も現れるだろうと予測していた自警団による見回りで、団員達は襲われている住民を発見したが出来る事は殆んど無かった。


 彼は自警団員ではあるが、ポートロイヤルの住民だ。引退した冒険者や兵士がいない訳ではないが、荒事には慣れていない者も多い。


 自警団員達には黒の短剣を構えた冒険者が見えたが彼等の多くは動揺し、武器を握る手が震えている者もいる。自警団の隊長は急ぐ背格好からその冒険者に見覚えがあったからだ。


「お前たち急ぐぞ。あの姿はソラ殿だろう。スモールアントは単体ではそれほど強い魔物ではない訓練を思い出せ」


 蟻酸を避けながらも攻撃を加えて行くソラ。思った通り、武器を所持している者は居ても戦える者は少ない様だった。


 辺りから聞こえる悲鳴は無理矢理、意識の外へと追い出す。大暴走(スタンピード)対策本部となっている冒険者ギルドで指揮を執っているエバンスが決断しなければ組織的な反撃など不可能であるからだ。


 勿論、ソラだって襲われている住民がいるのであれば助けに向かいたい。しかし無茶と無謀は似ている様で全く違う。


 ソラが行けば魔物を倒し住民を助けられる可能性はある。しかしスモールアントの群れの中で孤立すれば助けた人も無事では済まないだろう。


 無茶をすることで一人を助けても戦力が減り最終的にポートロイヤルが落ちれば、住民に待っているのは死のみである。ここでの最善は防御を固め、増援を待つ事だ。


「一ヵ所に集まって防衛に徹する。あの建物に立て籠るぞ」


 自警団の制服に身を包んだ男達は、住民をソラが指定した建物へと誘導する。普段は宿屋となっているその建物は広く、収容人数も民家に比べれば多い為にソラはここを選んだ。


 相変わらず悲鳴が聞こえるが入口に椅子や机等を積んでバリケードを築く。納得していない者もいたが、今は議論している場合ではない。


 ガリガリと建物も攻撃する嫌な音だけが響く。精神的に良い物ではない。


 ソラは土魔法で防壁を作る事も考えたが強固にし過ぎて脱出する際の足枷になってしまっては意味がないし、魔力を温存するために控えている。


「ソラ殿で間違いないかな」


「ええ。失礼ですが貴方は」


「自警団の隊長のトーマスだ。君の話はロマから聞いているよ」


 話かけてきた男には見覚えはないが、ソラは冒険者ギルドの主要メンバーの一人としてポートロイヤル防衛会議に参加している。


 隊長格であれば会議に参加した時にソラの顔を見ていても不思議ではないし、ソラが騒動に巻き込まれた事を知る団員は多い。


 ロマはソラにとって恩人とも言える人物である。騒動に巻き込まれたがロマの機転によって大事に至らずに済んだのはソラにとって幸運なことである。


「そうですか。入口は既に住民の手を借りて封鎖しましたが、自警団としての考えを聞いてもよろしいですか」


「ああ。自警団員とは言っても戦える者は少ない。幸いなことだが、この街では凶悪事件は少ない。領主軍も優秀な事もかえって状況を悪くしている。援軍を待つのは良いが長期戦になることは避けられないだろう」


 多くの村や街がそうである様に自警団は領主軍が来るまでの戦力であり、騎士爵が直接指揮を執る実質的な領主軍でもない限り、戦える力は殆んどない。


 カイトの様に元王国騎士を抱えている騎士爵は居ても竜騎士団を組織できる貴族は少ない。


 ポートロイヤルを囲う門も多くの魔法師と日雇い労働者によって建設された物であり、継ぎ目が多く単一の魔力を用いていない為にクルト村にある防壁より劣る物となる。


 上級魔法師ともなれば、宮廷魔法師としてそれなりの地位にいるために単純に金を積めば良いというものではない。


 複数の属性を使いこなす魔導師であれば更に貴重な存在であり、フーカはそういう意味では大陸屈指の魔法使いであると言える。


 ソラは考える。夜間、門を封鎖するのは魔物の活動が活発化するからであり、門に兵士を配置するのは侵入を防ぐ為に必要な戦力だからである。


 魔物が嫌がる音を発生させ、街に近付けさせない様にする魔道具もあり、野営を行う兵士や冒険者達の必需品となっている。


 大暴走(スタンピード)で被害を出した街や村にも当然、設置されている。


 そうでなければ広範囲を多くの人員を使用して警戒しなくてはならず、昔の魔工師や魔法師にとって必要な研究であり、多くの人が望んでいた事でもあったからだ。


 魔物避けの魔道具を開発した魔工師は莫大な富を生む権利を放棄し、使用料を取る事は無かった。身分制度や政治体系から未成熟だと考えられがちなこの世界だが、特許という概念は存在している。


 多くの魔導具や魔道具が高額であるのも製作、出来る魔工師や素材が貴重であるのも理由の一つだが、知的財産権の保護が国交のある国家間では条約として認められているからである。


 ライセンス契約の結んだ工房にしか製作を許可しない為に、Aの工房で生産されていてもBの工房では生産も修理も出来ないということも有りうる。


 大暴走(スタンピード)の経験者であるエバンスは普段なら有効な魔物避けの魔道具も大暴走(スタンピード)時の魔物には効果がないと言っていた。


 そうでなければ襲われる村や街が存在しないのだから当然だ。開発者は、生産手順の公開と必要になる素材の公開を行ったが、原理についての説明は行わなかったらしい。


 良くは分からないが、有効であるというのが大半の認識であり、魔物生態学者は行動原理の解明の為に魔物避けの魔道具の解析を行う者も少なからずいる。


 スモールアントはソラ達が籠城したこの場所にはまだ侵入してきていないが、ポートロイヤルは魔物による侵攻を受けている最中であった。


 ----


「報告。我が国は帝国による侵攻を受けておりますが、東部領にて大暴走(スタンピード)が発生した模様」


 ジョセフは部下の報告を聞いて頭を抱える。現在いるのは領西部であり、東部にあるポートロイヤル、アンデスまで移動するのにはかなりの時間がかかる。


 高速移動を可能にする魔導船も精霊石や魔石に魔力を注入するのにはそれなりに時間がかかり、魔導船に用いられる精霊石や魔石はある程度の大きさを要求されるため、使い捨てる事は難しい。


 ましてジョセフが西部に遠征しているのも領内を荒らす賊を討伐するためであり、情報屋や冒険者ギルドから情報を買っているが、消息は掴めていない。


「シャルルはどう動いた」


「シャルル様は王家の要請により千名とアーノルド号の動員を決定。既に北に向けて出発する準備をされているとのことです」


 クライン辺境伯としての全権を持つのは当主であるジョセフだ。しかし、ジョセフは内政に関してはシャルルに任せている。


 当主が全権を握り運営した方が効率的であることは承知しているが、その当主が判断を誤れば待っているのは破滅である。


 それならば得意分野はその者に任せて当主は責任だけを負うのが役目だとジョセフは考えていた。


 貴族の中には陪臣に責任を押し付け知らん顔をする者もいるが、責任の取れない上司など百害あって一利なしだ。


 軍務に関わる進言については理がない限りは、内政を任せているシャルルにもジョセフは文句を言わせなかった。


 シャルルも分をわきまえているので上手くいっているが、他家ならば御家騒動になっても可笑しくない状況だ。


大暴走(スタンピード)対策はどうだ」


「領主軍は街の防衛や近隣の村の避難誘導に徹していますが、東部に行く程に状況は厳しいかと」


「そのまま、避難誘導と防衛に徹する様に厳命し、冒険者ギルドに対してクラインの名で複数のAランクパーティを派遣する様に要請しろ。有無は言わせるな」


 最悪、クライン伯爵家の財政に大打撃を与える事になるだろう。


 しかし、クライン家は腐っても伯爵家、王家の信頼が厚いが故に侯爵と同等の権利が与えられる辺境伯としての地位も与えられているために破綻する事はない。


 他のランスカ王国にある旧家であれば、領民を勝手に増える家畜としか思っていない貴族もいるだろうが、ジョセフは違った。


 失われた命は還らない。戦場で多くの命を奪ってきたジョセフはそれを痛い程に知っている。


 戦場に出るからには殺す事も殺される事も承知のことだろうが、納得できるかは別問題だ。


 貴族の義務以前にジョセフは人として守れる命を見捨てる事は出来ない。幸か不幸かジョセフが守れる者は他の者より多く、抱える責任も問題も多い。


 大を助ける為に小を切り捨てるそんな決断を迫られるジョセフの姿がそこにはあった。

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