三十五話
「対空砲。一番・二番。撃て」
門に設置されている大砲が放たれるが亜竜に対して直撃しても効果的なダメージを与える事には失敗している。
「息吹が来るぞ。魔法師隊は魔障壁を展開しろ」
全ての砲門を亜竜に向ける事は出来ない。押し寄せてくる魔物を少しでも減らさなければ門を突破されるからだ。
クライン領主軍の精鋭は冒険者と連係して魔物を倒しているが、数は減らない。魔導船の艦砲によって砲撃できれば問題はない。
中型船は現在、修理中であり小型船は王都に向けて救援要請を出しているために防衛に使用できなかった。
設置した魔雷は既に起動済みであり、大型の魔物にも有効だが数が少ない。
精霊石を使用するとあって通常兵器より割高で使い捨てであることが大量生産されない理由だった。オーガなどの強い魔物の魔石は回収するが弱い魔物は焼き払っている。
不死化も怖いがそれ以上に疫病が広まることをアンデスで指揮を執る指揮官達は恐れていた。閉鎖空間において伝染病を封じ込めようとしたら、患者ごと建物を焼き払うしかなくなる。
怪我に関しては治癒魔法によって歪に進化を遂げた医療技術であったが病に対して出来るのは基本的には対症療法のみである。
薬師によって効果的な薬が開発される事はあっても現代医療ほど特効薬としての効能はない。治験という概念すらなく、民間療法で治すのが一般的な治療とされているのだ。
どうしても治らない場合のみ教会に高い金を支払って回復魔法をかけて貰うのである。
そのため薬師が作る薬の効能も不安定で、同じ薬を作るにも流派によって材料や効能が異なるのは良くあることなのだ。
現代人にとっては有り得ない治療でもその時代にとっては当たり前ということはある。
戦闘によって軽傷であるのであれば戦線に復帰する事は可能だが、攻撃を受けて死した者の遺体を回収する余裕は防衛側には無かった。
プレイヤーにとって部位欠損はステータス減少と高い金を支払っての治療が可能だが、大地人は違う。
王級以上の回復薬か回復魔法が必要になる。稀人の蘇生も本来であれば不可能なのである。それを可能にしているのは神の加護を受けた稀人達は特別な存在としてこの世界で扱われるからである。
「迎撃、間に合いません」
息吹が魔法師が展開した魔障壁を激しく叩く不快な音が辺りに響く。衰える気配のない魔物の侵攻には精鋭である兵達にも悪影響を与えている。
王国騎士からしてみれば左遷された辺境の地で命を散らせたくはない。腐っても王国騎士であるのならば集団戦において冒険者を寄せ付けない強さを持っている。
流石に近衛騎士は別格ではあるが、個や限られた環境で戦うことの多い冒険者と違って騎士は馬上戦闘や集団戦闘におけるプロである。
分隊・小隊と隊の規模が大きくなる程に指揮官は指揮能力を問われる事になるが、基本的には騎士は個人の武も集団における武も磨きあげている。
息吹は門の上にいた兵士を吹き飛ばす。直撃を受けた兵は軽装であったが故に衝撃を受け流せずに致命傷を受けた。
フルプレート装備の騎士は何とか一命をとりとめたが門から地面に落ちた為に腕や足が曲がってはいけない方へと曲がっていた。
「落ちた兵は息のあるものだけ救出しろ。非情だが助かる見込みの無い者には介錯をしてやれ」
出来るのであれば、怪我をした者を治療したい。だが、回復薬にも限りはあるし魔力も同様だ。
一人の重傷者の治療より十人の軽傷者の治療が現場では求められる。
確実に助かるというのなら重傷者の治療をするのも間違いではない。武功以前の話で負傷しても見捨てられると分かっている軍の士気は低い。
中には名誉の為に死ぬ事を選択せざるおえない者もいるが生きてこその武功や名誉である。
指揮官も冒険者を先に消費する様な戦術は採らない。冒険者も人である以上は生活する為に国に金を落とす存在であり、アンデスで活動できる冒険者は、ベテランの域にいるか一流の冒険者であるからだ。
それなら協力して魔物の対処にあたるのが効率的であり、魔物にとっては冒険者も領主軍兵士も王国騎士もないのだから当然だ。
巨人族に分類されているトロールが門へと近付いている。亜竜に対する迎撃もままならないのに、ここでトロールを相手にするだけの余力はない。
魔物の同士で殺し合わないのも不都合だったがそれ以上に途切れる事のない攻撃は防衛にあたる者に精神的なダメージを与えていた。
魔銃士による銃撃をかい潜り、アンデス上空から息吹を続ける亜竜、一体だけならまだ何とかなるが、増援も含めて数は増えるばかりだ。
また一人と息吹によって命を落とした。冒険者はパーティもしくはクラン単位での防衛に努めているが戦果をあげられていない。
防衛側は一方的に空中から攻撃を受けて数を減らしている。亜竜を何とかしなければアンデスは防衛どころでは無くなるだろう。
「隊長。西の方角から飛行物体が接近しています」
「スキル持ちは何て言っている」
「恐らくは竜騎士ではないかと。魔導船にしては小さすぎるとのことです」
「魔砲士隊。西以外への砲撃を続行。魔法師隊は一度、下がらせる。最大威力で魔法を放て」
最初のうちはまだ余裕があった。魔境から出てくるとはいえ散発的な襲撃でしかないのだから、前衛部隊によって叩く事も不可能でなかった。
個に対して集団で戦えば実力差はあっても討てない敵ではなかったからだ。
そして夜に現れた骸骨系の魔物。既に死んでいる為に生者に対する憎悪は強く、夜は彼等の領域だった。
昼夜に分けた部隊は負傷者が出ることで徐々に戦闘能力を落としていく。
五体満足なら良い方で目立った動きをする指揮官から積極的に狙われる。
最終的には戦える兵はいても将はいなくなり組織的な抵抗が出来ずに都市が滅びるしかなくなるのだ。
「隊長。剣士隊・槍士隊を出すことは不可能です」
「分かっている。魔砲に魔力を込めるだけでも役に立つ。魔工師には魔雷の製作を急がせろ」
攻撃・防御用に多くの魔石を消費していたが、魔石なら目の前に無造作に転がっている。
大きな物は予め回収するように指示を出していたため、魔石が足りなくなるということはない。
「彼等も不眠不休で作業にあたっております。少しでも休みを与えなければ倒れてしまいます」
「泣き言を。前線で戦う者も同じだ。命の危険が低いだけましとしか言えん」
攻城用の巨大バリスタが亜竜の一体に突き刺さり、亜竜は墜落した。
指揮官達はこの状況は良くないと思いつつも打開できる手段が無かったのだ。
「報告。亜竜が次々に撃墜されていきます。監視隊がトルウェイ殿の姿を確認いたしました」
原始龍と亜竜では格が違い過ぎる。息吹を吐く度にアンデスが苦戦していた亜竜は墜ちていく。
「砲撃止め。今のうちに整備と休息に入れ」
あらかたの敵を撃墜したトルウェイはトロールを放置できない脅威と認定した。
一心同体となっているニールも異論はない。空中からニールが息吹を放ち牽制する。トルウェイは地上から龍気を練りながら静かに接近していく。
体格で言えば蟻が象に挑むようであるが、膝をついたのはトロールの方だった。
全身に龍気を纏うトルウェイは近付き難い存在だった。
多くの修羅場を経験してきた騎士団・領主軍の指揮官達も威圧され、本来であれば発するべき命令も忘れただ呆然としていた。
一撃で膝をついたトロールは次の一撃によって腕を跳ね飛ばされて、戦闘力は半減した。生命力は高いらしくまだ生きていたトロールであったが次の瞬間には首が飛んでいた。
唖然としていたアンデス防衛陣だが、正気を取り戻した指揮官は命令を出す。
「今ある分だけでいい。魔雷の設置作業に移れ。トルウェイ殿の迎えの兵を忘れるな」
護衛として剣士隊・盾士隊を出す。少しでも防衛を有利にするためには罠の設置を優先させるしかない。
一部、崩壊した防壁の修理は土の魔法師によって急ピッチで進められていく。王国騎士代表ブロードと領主軍代表は直ぐにトルウェイに対して面会を申し込む。
流石の魔物も自分達より上位の存在であるニールに歯向かう事を本能的に忌避しているようで激しかった攻撃も今は鳴りを潜めている。
トルウェイを上座において話し合いの場が設けられた。元王立魔法騎士団の団長であり、元筆頭宮廷魔法師であるトルウェイは引退した今でも序列ではこの場にいる者より高いとされているためだ。
「予め断っておく。今の儂の立場は先代子爵でありクルト村の相談役でしかない」
トルウェイは既に息子に実質的に子爵家当主を譲り貴族ではあるが実権を行使することはない。
当主を譲った者は慣例で元の爵位の一つ下の一代貴族として扱われるのだ。筆頭宮廷魔法師に与えられる準伯爵の地位も辞退しており、年金も受け取っていないトルウェイは形式上、準男爵としてこの場にいる事になる。
竜王家の血を継ぎ、ランスカ王国の四公の一角であるゴドラム家の血を継いではいるがトルウェイはあくまでも気ままな生活を送りたいと考えていたのだ。
冒険者として生活していたのも貴族としての振る舞うより気楽であり、政治に関わるつもりが無かったからである。
「トルウェイ殿。事態は急を要します。アンデス防衛は困難であり、全滅を覚悟した玉砕も視野に入れて作戦行動に出るつもりです」
「貴官の名は知らぬが、格好からして見て王国騎士か。この城塞都市の重要性は理解しての発言か」
「はい。ここを抜かれれば、クライン伯領を初め諸侯は大打撃を受けます。王都からの増援が来るまでこの都市は持たないでしょう」
当初の防衛計画では王都からの援軍で以て戦線を押し返す予定だった。兵士や冒険者に死傷者が出ており、亜竜の襲撃も考えると人的・物的損失は計画通りとは言えない。
アンデスから一番近いのはクルト村だが、相応の戦闘力があるため問題はないが、全ての村がクルトの様に戦力を有していない。
自警団は組織するが、狩りをすることはあっても精々、ゴブリンや野生の狼くらいしか相手にすることのない村人に盗賊や魔境から出てくる様な凶悪な魔物相手に戦えという方が酷である。
いざというときの為に依頼金を貯めておき、冒険者に依頼するのが精一杯だ。
村人からしてみれば傭兵も冒険者もあまり変わりがない様に思えるが、冒険者の方が信頼が置けるのは言うまでもない。
依頼失敗に対する賠償金もそうだが、知らない地形で魔物相手に戦うのは無謀であり、殆んどの冒険者がひとつの街に拠点を置くために信用の失墜は生活基盤を失う事と同義であるからだ。
その時々によって傭兵と盗賊を使い分ける様な輩よりかは安心して依頼を出す事が出来るのだ。
少し機械的なところがある冒険者ギルドの対応だが、一つの依頼に対して過去の事例から金額を決め依頼主に提示している。
その金額より低ければ冒険者は受注しないだろうし、高ければ要求される冒険者の質を上げる事が出来る。
ギルドも依頼を精査してなるべく達成できそうな冒険者に依頼するシステムを構築している。
その方が誰も損をする事が無いからだが、常駐する戦力のない村は突発的な事態に対応できずに被害を生む事になる。ギルドとしては遺憾ではあるが、たまたま冒険者が居合わせて対応したなら良い。
対応するのは領主軍が先であって冒険者はあくまでも緊急手段として考えているからだ。
良くて半民半公、領主が領民に対して課す税は高い。何もしていないとは言い過ぎだが、王家は領主から税を取る事で間接的に徴収しているのだ。
悪ければ、三民七公、税に関しては領主の専決事項であり、余程の事が無い限りは王家も罰したりはしない。重い税に兵役、平民の負担は決して小さくなく、反乱を起こすこともある。
そう考えるとクライン領は他の土地に比べ税は安く、兵役の義務と言っても強制的には徴兵されず、魔物との戦闘や訓練がメインであり良心的な領主が治める土地である。
村長によって今回の対応は分かれるだろうが、ポートロイヤルに疎開を考える者や街に籠城する事で対応するだろう。
他の領主の事とは言えカイトとクライン伯の関係は良好であり、ポートロイヤルではなく、クルト村に疎開する事を選択する村もあるかも知れない。
「既にクルト村にも魔物は襲撃している。通信の魔導具が使用できない理由は分からないが、危機である事は間違いない。クルト村は魔導船は所有しないが、竜騎士隊がある。徹底抗戦を諦めるのはまだ早い」
「しかし、籠城は難しいでしょう。食料の備蓄に限りがある以上は士気を保つのにも限界があります。そしてアンデスは飛行する魔物に対して弱い」
守将ブロードはクライン伯を通して王国に何度も対空戦の備えを進言してきた。
魔導船を揃えるには王国の予算に余裕はなく、竜騎士隊を組織するノウハウはクライン伯に無かった。
ゴドラム公爵家であれば十分なノウハウはあるが、重要とはいえ公爵軍を常駐させる余裕もない。
個人的に交流のある貴族が少数の竜騎士を用意するのが現状できる精一杯であり、普通の大砲ではなく魔砲を用意してきただけでも王家やクライン伯は可能な限りの融通はした証となるだろう。
実際に戦う事になる兵達は手札の中から最善を尽くして戦うだけである。
手柄を上げる機会が少なく、左遷されたも同然の王国騎士にとっては最悪の災害である大暴走だが、戦功を上げて他軍に配属される絶好の機会であり、昇進する機会でもある。
生きていなければ昇進も転属も意味はないが、対人の経験は浅くても対魔の経験は他軍を凌ぐ精鋭であるのは事実だ。
「敢えて言いましょう。現状では一週間が限度かと。トルウェイ殿の意見も最もですが、多少の誤差はあってもそれ以上は持ちますまい」
「分かっておる。だからこそ儂が来た。竜騎士でも一時凌ぎにかならないと思うが魔境の木々を焼き払う。冒険者の話だと絶対量は少ないが、食用となる木の実は零ではない。出来る事からするしかないのだ」
守将ブロードは出来るのならクルト村の竜騎士には、アンデス上空の防衛にあたって欲しい。
その方が後顧の憂いを断って防衛に専念できるからだ。しかしこの提案はトルウェイが元宮廷魔法師として最終的には元子爵としての責務を果たすためであって、提案は出来ても男爵家の四男に過ぎないブロードには防衛を命ずる立場に無い。
貴族に命ずる事の出来るのはあくまでも王家だけであり、現役騎士・宮廷魔法師ではないカイトやトルウェイに対しての命令権をブロードは有していないからだ。
クライン伯であれば軍の重鎮であるためにブロードに命令する事は出来る。私兵であるクライン伯爵軍も指揮権を持っているからこそ命令できるのだ。
ブロードが下級指揮官に命令できるのは下級指揮官に対して命令権がありブロード自身は東方軍の命令を受ける立場である。
「作戦の内容をお聞きしてもよろしいですか」
「魔雷を連結させ。導火線をつけて竜騎士が投下する。こちらは竜騎士をそちらで魔雷の準備をして貰いたい」
「現状、魔工師は良くやってくれています。これ以上の負担は戦線の崩壊を招きます」
魔砲のメンテナンスも軽いものなら魔砲士が担当するが、オーバーホールは魔工師の役目である。
熱によって砲身が歪めば自壊する可能性は上がる。特殊な金属を用いて製作される魔砲は繊細な代物である。
「作戦の成否によっては別の手段を講じなくてはならない。クルト村でも魔雷は用意する。上空の防衛も儂が協力しよう」
トルウェイはこの作戦の他にも手段を講じている。カイトが既に宣言した様に双厳流の高弟達にも連絡と迎えの為の竜便を出している。
血は薄くはなっているが寄り親のゴドラム公爵家には長男を通じて支援要請は既に済んでいる。効果が何処まであるのかは分からないが準備が整うまでの時間稼ぎでしかない作戦に領主軍と王国騎士に命を捨てろとは口が裂けてもトルウェイは言えない。
クライン伯は清廉な人物ではあるが、王国中に情報網を持っていない。基本的に当主が参加すべき会議にも代理でシャルルを送っている。
王家もクライン領が魔物の防波堤になる事に協力的だが、当然、クライン伯の事を良く思わない貴族は多い。
それに対してトルウェイは先代とは言え、子爵家の元当主である。冒険者時代に築いた交友関係は広く貴賎を問わない。
貴族にしか知らされない情報と言うものも確かにあるが大概は、従者から平民へと伝わるものだ。貴族であれば大した事のない変化でも、後ろ盾の無い平民からしてみれば死活問題である事は多い。
特に命懸けで戦う事の多い冒険者は情報に関して敏感でなければ生き残れない。強ければ魔物に殺される可能性は低くなるだろう。
だが例え弱くても弱点を突いた攻撃や戦闘自体を避ければ勝てないが負けない事も可能である。
傭兵は冒険者にとっていつ戦うか分からない潜在的な敵であり、動向に注意を払う。ランスカ王国に居た傭兵達が国外に移動している。
国境線での小競り合いくらいしか傭兵の出番がない王国は安全な稼ぎではあるが、金払いの良い国とは言えない。
大規模な傭兵団であれば旨味はないが小規模であれば、経験を積むのにもってこいの国から傭兵が消えたと言うことは他国で戦争が起きるという前兆だとトルウェイは集めた情報から考えていた。
魔物は脅威だが王国からしてみれば、他国に侵略されるよりかは重要度が低くなる。後手に回った大暴走対策では、クライン伯領に甚大な被害を与える事になる。
生まれも育ちもランスカ王国であるトルウェイはランスカ国民と領民を守る為に尽力してきたのだ。他領とは言え、同じ国民である事には間違いない。
しかも隠居してからはクルト村で生活をしてきた為に村人達と付き合いもあれば途中からとはいえ発展に尽力した村にも愛着もある。
だからトルウェイは何としてでも大暴走での被害を最小限に抑える必要があった。
使えるものは何でも使うそんな自分に自嘲しつつもトルウェイは行動を起こす。それが最善だと信じて。




