三十四話
スモールラビットとの戦闘が始まってから二時間あまり、プレイヤー達は夜にもログインするために一度、ログアウトしていた。
襲撃されるのが当初の予定より遅かった為にログイン時間を規制されるプレイヤーはログアウトを余儀なくされたのであった。
襲撃の波が引いたこともあって冒険者ギルドの職員を始めとした今回の防衛戦の中核を担う冒険者達は持ち場の指揮を一度、他の冒険者に預けて会議室へと集まっていた。
「何か報告のある者はいるか」
この会議の議長を務めるのはギルドマスターであるエバンスである。
「現時点では魔の森に接している東門のみの襲撃となっており、確認された魔物はラビット系のみです」
リクは東門を預かるというだけあって専属冒険者の中でも発言力は強い。
本来であればエバンスが担当するべきではあるがエバンスの立場ではポートロイヤル全体に対する責任があるためと領主軍との仲介役に欠かすことの出来ない存在であるために緊急事態に陥らない限りは戦力として数えられない。
「対空に関しては監視を緩めるな」
地に足をつけて行動する人類にとって飛行できる魔物は脅威である。迷宮などの限られた状況ではそこまで苦戦する事はないが、街の外から襲撃してくる魔物を撃退することは領主にとっての課題である。
弓矢は届かない事が多い。気闘術によって強化された肉体でも弓の方が先に限界がくることが多いからだ。
強弓過ぎて素の肉体では使用できないというのは武器としては失格だった。
魔法は威力・距離共に無理をすれば多少は融通がきくがそれでも限界はある。
有効となるのは大砲・魔砲だが接近され過ぎては最大の戦果を上げる事は不可能となるために普段から遠視を可能とするスキル持ちが監視にあたるのが常識だった。
アンデスやクルト村の詳細な戦況が知りたいポートロイヤル上層部だが、アルトからの連絡はなく、竜騎士も伝令としてやってこない以上は防衛に徹するしかなかった。
馬を基本とした伝令は魔物が襲撃してくる現状で役に立たない。魔法師と契約した使い魔を使用する案も出たが危険過ぎると却下された。
束の間の休憩で体力を回復させ英気を養う。ポートロイヤルの住民も精一杯となって働いていたが、まだ安心できる状況ではなかった。
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領都クライン
ポートロイヤルからの赤い服を着た伝令は門を時間外であるのにも関わらず開門させると領主館へと急いでいた。
彼は代官からの親書を携えており、予備の馬を村から徴収して一昼夜かけてここまでやって来たのだ。
伝令は代官であるポートロイヤル陪臣の家紋を身に纏いこの伝令の行動を制限できるのは、クライン伯爵家の直系の男児のみであり、特に赤の服を着ている場合においては当主のみである。
夜だというのに領主館の門を叩いた伝令に領主館の警備を任されていた兵達は当初、困惑した。
王都から既に主家であるクライン家に出兵の要請が来ていたのは、周知の事実となっている。アーノルド号を動かすとなれば緊急事態に他ならないからだ。
「止まれ」
そう声をかけたのは今日の警備主任である。赤い服に代官の家紋。
その意味を知らない訳ではないが、偽計である可能性がある以上は他の箇所を通過するのに問題はなくても領主館を通したとなると大問題となる。
伝令にはクライン家と陪臣が持つ割符があり、一致して初めて門は開かれる。
部下に命じて割符の照合を行い問題がないと確認した上で、伝令は応接室へと通された。
現れたのはシャルルだ。兄ジョセフは兵を連れて賊の討伐中であり、全権はシャルルに任されていた。
「取り敢えず部屋は用意した。休むと良い」
「しかし、この手紙は必ずジョセフ様に届けよとの命令で御座います」
「兄上は留守だ。内政を預かる私が今は代理だ」
そう言われてしまえば主家の次男とは言え、当主の信頼が厚いシャルルの要求を跳ね退ける事は伝令には出来ない。
ジョセフが邸宅を留守にする事は多く、領内の安寧の為に行動しているのは領民であれば知らない者はいないからだ。
魔封がされており、個人の魔力を感知して正規に開封しなければ、手紙の内容を知る事は出来ない様になっている。
「報告致します。城塞都市アンデスとの連絡が不能となり、ポートロイヤル支部の冒険者によって大暴走が発生した予兆が確認されました。つきましては、ジョセフ様の対応を請うとのことです」
ポートロイヤルから大暴走発生の可能性は以前から指摘されていた。
魔境の浅い部分の異変とは言え見逃すようではこの地で生きて行く事は不可能であるからだ。
兄ジョセフも情報収集をアンデスに駐留する指揮官に命令しており、通信魔導具によって動向には注意していた。
「誤報の可能性は?」
「低いかと。通信が不能となってからは時間は経っておりませんが、派遣した冒険者はAランクであり、単独での生還が可能な者であります。式神を使用し、情報を伝えたのはアルト殿です」
「分かった。兵を叩き起こせ。魔導船を先行させる」
虎の子である魔導船を使用する事を決断したシャルル。中型とはいえ三百は兵を乗せられ搭載できる物資の量も多い。
風の精霊石を使用することで中型の中でもかなりの速度を誇る快速船である。
「伝令の様子はどうだ」
「かなり衰弱している模様。復帰には数日を要するかと」
伝令は馬の疲労を和らげる魔導具と速度を上げる魔導具を併用しており、シャルルに報告すると倒れた。
伝令は軍部の中では魔力の多い者を採用し、魔導具の扱いに長けた者が在籍していたが、ポートロイヤルからの強行軍でかなり消耗していた。
各地に配備された砦にも伝令はおり、交代していてもこの有り様だったのだ。
辺境は広い為に仕方がないことではあるが、通信の魔導具を使用できないと情報伝達に支障が出るのは頭の痛い問題である。
「部隊の指揮はゴトフリーに執らせよう。兄上が戻らない今、やつ以上の将はうちにはいないからな」
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ジョセフは賊の討伐に麾下の精鋭を引き連れていたが賊の詳細な情報は分からないままだった。
「ジョセフ様。一度、帰還されるべきでは」
そう進言したのは先代より仕える重臣の一人だった。
「民は苦しんでいる。それを見捨てては武人の名が泣く」
臣下が辺境の村々を治めており、情報を集める事には苦労しなかったが、どうもきな臭い。
通常であれば賊は襲った村から根こそぎ略奪するものなのだが、村に火を放つことはあっても抵抗した村人以外は殺害していなかった。
女を残すならまだ分かる。娯楽の少ない時代において女を蹂躙することも非道ではあるが数少ない楽しみのひとつだからだ。
しかし、賊はそれをしない。金品や食料を根こそぎ奪って逃走するだけだ。
ジョセフは他国あるいは自家を良く思わない他家の仕業だと考えていた。税の安いクライン領に他領民が流れてくるのは今までもあった。
隣接する他家とはその影響で仲が悪い。しかし、王家の信頼の厚いクライン伯爵家に表だって苦情を言える者は少ない。東では男爵や子爵もいるが圧倒的に騎士爵が多い。
爵位が一つ違えば、所有する財貨も兵力には圧倒的な開きがある。善政を敷き王家の信頼が厚いクライン伯爵家と敵対すればどうなるか位は子供だって分かる事だ。
「兵を駐留させたいがその余裕はない。金で雇う傭兵は信用できない」
傭兵は金次第で依頼主を平気で裏切る。傭兵と言ってはいるが戦争以外では、賊と変わりはない。
流石に好き勝手に略奪しようものなら討伐のための軍隊が派兵される事を理解して大人しくはしているが、他国の依頼を受けて平気で祖国を裏切るのが傭兵だった。
「全ての村に兵を置くことなど不可能です。冒険者を雇うにも費用対効果が悪すぎるかと」
「費用の問題ではない。確かに効率は悪い。伝令を残して一度、帰還する」
ジョセフ自身も有効な手がないことは認めている。広い土地を軍がカバーするのにも限界があり、その為に自警団を組織する事を認めているのだ。
自警団は魔物から村を守り敵に攻め込まれた場合は領主軍が救援に来るまで持ちこたえれば良いのだ。
引退した冒険者が自警団の長となり、かつて育った村を守るのは良くあることだ。反乱を起こされれば確かに厄介であるがそれは反乱を起こされる方にも問題があるという事だ。
魔導船に乗り領都クラインに向かうジョセフであったが嫌な予感しかしなかった。
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宙人はログアウトしてから掲示板を覗いていた。アンデスの防衛戦が気になったからだ。
ポートロイヤルの防衛戦に参加すると決めてからポートロイヤル以外の情報をゲームの中で知ることが出来なくなったからだ。
防衛力が徐々に減っていくことは確認できたが戦況は分からない。フレンド通信も同じ街でも使用不可となり、電話として用いられている通信の魔導具は不通となった。
アンデスの防衛戦は冒険者をしている稀人は極一部しか活躍できていない状況らしい。
攻略組と呼ばれるトッププレイヤーのパーティでさえ魔境の浅瀬で活動するのが限界なのだ。冒険者ランクで言えばBに該当する彼等はステータスは高くても本当の意味では、中級冒険者でしかない。
死を恐れない集団は脅威である。優位な状況に立った指揮官でさえ、死兵となる敵を減らす為に敢えて逃げ道を作ることさえある。
そして一時的にとはいえ復活が出来なくなることで慎重になるプレイヤーが増えた。どの様にして今回の報酬が決められるかは分からないが、アンデスを選ぶにはリスクが高すぎで、ポートロイヤルを選ぶとリターンは少なくなる。
ポートロイヤルに集まった冒険者は烏合の衆で役に立つのは一部のプレイヤーだけだ。掲示板では運営に対する批判ばかり載っている。
初期ロットが少なすぎて注目を浴びたのは確かだが、NPCのAIが向上して人と変わりないのも特徴の一つだ。
確かに他のゲームでは特定の台詞に反応はするが会話に何処かぎこちないところがあった。
プレイヤーが依頼を達成する為に何度も病気になるNPCや護衛クエストに失敗しても生き返るNPCなど不自然なところはあったがゲームとしては許容範囲だったと思う。
リアルを追求し過ぎても審査機構によって販売許可が降りないらしいので開発者も頭を悩ませているらしい。親友が開発スタッフの一人だが、イベントとクレーム処理で大変なようだ。
少し時間があったので久々にスロットを打ちにきた。パチスロの雑誌は読んでいたが、お金に余裕のある生活をしている訳ではないので今は自粛中である。
財布には諭吉さんが二枚。軍資金としては少ないが、今日は二十スロでなく、五スロを打つつもりなので問題はないだろう。
今のスロットは設定が入っていてもあまり出ない。昔の様に一日で数十万稼げる事など殆んどなくなっている。
確かにギャンブル依存症によって人生が狂った者もいるだろう。一日で数十万稼げる変わりに一日で数十万負ける事もなくなったが遊技性を高めるあまりに本来のスロット・パチンコファンの客離れは酷いものらしい。
今では換金率が等価でない店も多いが、東京で全面等価禁止になった時には一月でかなりの金額が引き出されたと聞く。
そのままにしておけば所持している枚数は変わらないが、換金率が変われば交換時に得られる金は減る為に換金が集中したのだ。
有名VRMMOの換金レートも公式では変わらないがプレイヤーに武器やアイテムを売った時に得られるゲーム内通貨の価値が変動する為に実際には多少変動する。
わざわざ倒産すると分かっている株式を所有する投資家がいない様にRMTで得られる収入によって生活している者にとっては切実すぎる問題である。
やたら演出は起こるが中々、ビックボーナスが引けないことにイライラしながら煙草を吸う。一日に吸う煙草は一箱いけば良いほうだが煙草も今は高い。
吸い始めた頃には、四百八十円だった煙草も今では五百三十円だ。しかも隣は連チャン中でフリーズまで引きやがった。
今のフリーズは大した枚数は期待できないが爆発する契機になるのは間違いない。ART四桁上乗せや高ループが期待できるのは間違いない。
諭吉さんが一枚、なくなってから更に追加投資をしようとした時、画面がプッツンと消えた。リールが逆回転して演出が流れる。フリーズを遂に引いたのだ。
少し負けを取り戻しただけで終わったが、時間を潰す事は出来た。スーパーに寄って買い物をしてから再度、宙人はログインする事にしたのである。
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宙人の友人である松本隆司は今日も残業中である。GMの一人として調整役となってはいるが、GMコールをする新規加入者によって休む暇もない。
松本もリアルを売りにするのはいいが、新規加入者がいる中で初めてとなる広域イベントを行うのには反対だった。昔は二十五日から月末にかけて良くイベントが行われていた。
課金者のメインとなるサラリーマンの給料日に合わせて課金させる為にイベントを行うのである。
ゲームバランスを調整するのは運営会社の仕事だが、RMTに関しては国が一括して監視している。
ユーザーが増える事によって架空の通貨でも価値が認められる様になり、ゲーム内のアイテムに関しても所有が主張できる様になったので当たり前である。
サイバー犯罪や資金洗浄にゲームを隠れ簑にした犯罪も無くならないために警戒は必要なのは理解しているが、家に帰れないのはきつい。
友人の宙人も倉庫に勤めていた時の残業時間が百時間を越えた事があると言っていた。
一月、三十日の計算で七百二十時間。八時間の勤務で拘束時間は九時間だと考えると、会社に一日で十二時間以上も拘束されていた事になる。
給料は良くても使う時間が無かったとこぼす顔が印象的だった。その後、地元に戻ってきた事を知って連絡をとったが、その時の宙人は人間不信になりかけていた。
肉体的にも精神的にも辛かったのだろう。酒の席で話を聞いた時に不憫に思って昔からゲーム好きだった事もあってうちの会社で開発したゲームを紹介した。
育成もののゲームは得意だったし戦略性が問われるゲームも宙人は得意だった。
昔、スポーツをしていたと聞いていた為に体を動かすVRゲームを勧めて正解だった。幅広いユーザーを対象により良い商品を開発する為にベータテスターとしてプレイしてもらう事はプレイヤーの中でも知られている。
全くの素人の意見も必要だが、有名プレイヤーの意見は無視できない。
プロともなれば多くのプレイヤーに対して影響力が出てくる。業務の一環として宙人のプレイデータを確認した事もあるが十分、セミプロとして生活できるだけの収入があるみたいでほっとした。
現実世界を忘れる為に虚構の世界にのめり込むプレイヤーもいる。ログイン時間に制限をかけているのも寝食を忘れてプレイしたプレイヤーが死亡する事件が起きたからだ。
一人の天才が開発したVRシステムのブラックボックスは良く分かっていない。脳波を感知してアバターを動かすのだが、命令を上手く無効化しなければ仮想世界で体を動かせば現実世界でも体は動く。
三Dシステムで動いていた従来のゲームとは違い革新的なシステムであるが当然、疑問は残るのだ。
第一条件としてゲームシステムを開発できる程に機械に精通していなければ実現は不可能だ。システム自体を用意してもそれを動かす知識と経験がなければならない。
第二条件は人体に対して医学博士レベルの知識を有している事だ。脳波を機械的に解析し、病気の解明に努める研究者は少なく無かったが、義手や義足・義眼を開発できても人間の神経との接続には成功していなかったのだ。
障害者にとって事故前や病気前と同様に使える手足は幻覚痛を完全になくす事は出来なくても画期的な開発になったはずだ。
全ての権利を社会福祉法人に譲渡した開発者はノーベル賞の受賞も断ったらしい。一人ではなく複数人の専門家による合作だったという意見もあったが、謎のままだ。
松本は小休憩を終えてさっきまで吸っていた煙草を灰皿に捨てて、仕事に戻る事にした。




