三十二話
ポートロイヤルでは大暴走が発表されてから人気が無くなっていた。
しかし、メインストリートには多くの人達で賑わっていた。そう言われるまでもなく新規購入権を得る事の出来た幸運な新規プレイヤー達である。
多くのVRタイトルが発売されてきたが、実際にプレイする事が出来るのはゆとりのある富裕層か懸賞で本体を得る事の出来た極一部の学生のみである。
一般にも普及してきたとはいえゲームに十万以上の金をかけられる者は少なく、普及しなければ本体やソフトの価格は下がらない。
ソラが購入した本体は第二世代だが、第一世代の本体は五十万を越える高額な機体だったのだ。昔のブラウン管テレビの様に本体だけでもかなりの場所をとる。
本来の使用目的が医療用であったが為に病院では数台、導入することはあったが一般のゲーマーは従来の3Dで我慢していたのである。
視覚障害者や寝たきりの者にとってVRゲームは暇潰しであると同時に生きる希望であったのだ。
今回の特殊イベントは新規加入者にとっては敷居の高い物となるであろう。
他のタイトルでVRゲームに慣れた者であれば問題はないが、ベータテストの時点でかなり篩にかけられていると思って間違いない。
個人認証には脳波が使われており、双子でもない限りは誤認する可能性は零に等しい。
有名タイトルを手掛けてきたJHE社にとって個人の脳波も個人情報に該当するだろうが、ベータテストには素人も必要だがある程度VRに慣れた者、各タイトルでトッププレイヤーと言われる人間もサンプルとして必要なのは言うまでもないだろう。
星一つを管理し、PVPも必要なGGOで曲がりなりともセミプロプレイヤーとして生活できていたのだから選ばれたとソラは思っていた。
冒険者ギルドは新規登録の冒険者の為に窓口を解放していたが、新規プレイヤーの列は途切れる事はない。
混雑を想定して新規プレイヤー達には最初のログイン時間が指定されることになったらしいが人数が多い為にその配慮も無駄な努力に終わりそうだった。
しかし数千人のプレイヤーが最終的にログインする事になるがプレイヤーの数が少なすぎる気がする。魔族を選択しない限りは日本人プレイヤーはポートロイヤルに一括で送られる筈だが違和感は消える事はなかった。
「ソラ。探したぞ。作戦時間まではまだある筈だがあまりうろちょろするなよ」
「マルコ。違和感を感じないのか」
NPCのAIは本当に良くできている。プレイヤーのフレンドはまだ二人しかいないが、NPCの知り合いは多い。
確かにソラの交友関係は狭いがプレイヤーの数が少なすぎるという事もあって知り合いと共にプレイしていなければ普通にプレイしていればフレンドが少ない事にも納得は出来る。
「稀人か。一ヶ月前にも大量に現れた事が確認されているんだ今更、驚かないさ」
「そうか。取り敢えず新しい稀人を少し観察してから東門に向かうよ」
「わかった。遅れるなよ。ソラでも重要な戦力だからな」
市場をうろうろしていると露店を開いたプレイヤーが下級ポーションを初心者に売ろうとしているのが見えた。
一つ五百コル、値段は確かに安いがそこには情報を知らない初心者を騙そうとしているのは明白だった。話を終えて交換画面を開いているのだろう。
操作に慣れていないからこそまだ詐欺に遭う前に助ける事が出来そうだった。
「ちょっと待って欲しい」
ソラがそう告げた事で露店を開いていたプレイヤーは露骨に嫌な顔をした。
「何ですか」
年齢は十八歳くらいだろうか。ゲームだとは言え詐欺をする者が居ないと疑っていないようだ。
「回復薬にも使用期限があるのは知っているのか。その薬は確かに安いがあと一日もしないで徐々に効果が薄れて半日で完全に無くなるのを理解しているのか」
「営業妨害はよしてくれ。GMを呼ぶぞ」
「出来るならやってみろ」
GMコールをしてやってくるのはこの市場を管理している衛兵である。
勿論、管理者権限を持った運営がやってくるのだが、後ろめたい事がなければ直ぐに呼び出すだろう。ソラはGMコールしないだろうと強気の発言をしたのも管理者は詐欺行為に対してアカウントの停止処分などプレイヤーに対して強い権限を持っているからだ。
「GMコール」
数人の衛兵を連れてゲームマスターがやって来た。
「何を騒いでいる。身分証を提示しろ」
ソラは冒険者ギルドカードではなく、クライン伯から与えられたミスリルの短剣を提示する。露店商は商人ギルドのカードを提示しているようだった。
「まずは両者の言い分を聞く。君からこちらに来たまえ」
ソラは黙って衛兵について行く。ソラが助けようとしていたプレイヤーもどうしていいのか分からない様だったが、衛兵の指示に従う様だ。
ソラは今日のポートロイヤル防衛戦に必要になるだろう新たな稀人の観察をする為に市場に来ていた事を衛兵に話す。
そこで回復薬を売買しようとしていたプレイヤー達を見掛け片方が初心者だと知って警告を与えた事を伝えた。衛兵達も稀人が現れた事を把握していた様で大暴走による治安の悪化を懸念して巡回の頻度をあげていたようだ。
露店商からも話を聞いたようだが裁定を下すことになった。
「ソラ殿には不備はない。よって貴様を衛兵所にて二日間、拘束する」
似たような被害は以前より報告されていた様だ。売買の交渉相手になるのはプレイヤーだけではなく、NPCも当然、対象になる。
全員が鑑定持ちではないが、知り合いに鑑定が出来る者が居て被害を訴えたのだろう。価格は確かに安くなってはいるが、直ぐに効果が無くなる場合、警告を与える義務が売主側に発生する。
魔物だけではなく、盗賊などの脅威があるこの世界では回復手段として回復薬を使うのが一般的であり回復薬を使用する場面は生命に危機がある時である。
助けられる命を殺す事になるこの詐欺行為は通常であれば犯罪奴隷となっても可笑しくはない行為だが、プレイヤーは例外的にステータスオープンによって使用期限を知る事が出来る為に、被害に遇ったプレイヤーには返金を。
被害に遇ったNPC(大地人)に対しては賠償金を支払う事になるそうだ。
妥当な裁定に満足しつつもソラは初心者に対して訓辞を与える。
「安いからと言って直ぐに飛び付くのは止めた方が良い。最初のうちはギルド公認店での買い物をする事を勧める」
詐欺に遇って勉強するのも一つの方法だが、騙されない事にこした事はない。
中には数十万円もの高い勉強代を支払う者もいるが皆が裕福な訳ではないのだから。年少の者を悪意から守るのも大人の務めだろう。
「有り難うございます。ソラさんは先発組なんですか」
「そうだ。と言っても冒険者ランクはEのミドルプレイヤーだけどな」
「ならお願いしたい事があるんですが」
ソラは詐欺に遇おうとしていたプレイヤーの名前を確認した。一人はプレイヤーネーム葵。百五十cm位の女の子で、髪はカスタマイズしているのか澄んだ蒼い色をしている。
もう一人は百六十位で銀髪に蒼い目をしたプレイヤー謙人だ。
「葵と謙人か。もしかして本名じゃないよな」
「「本名ですよ??」」
VRゲームはインターネットゲームに比べて人の悪意を向けられ易い。
画面の中だけのコミュニケーションと違って現実と同じ様にプレイ出来るのが最大の特徴だが、現実と同じ様に人間関係が拗れてトラブルになる事もあるのだ。
「先に言っておくぞ。今日は防衛戦に参加するからそれほど時間があるわけではない。それとプレイヤーネームに本名を使うのはどうかと思うぞ」
トラブルに巻き込まれても平気な様にソラも本名をからプレイヤーネームをつけたが現実世界の知り合いでもない限り本名を知られる事はないので予防線として機能している。
二人も同様だが、馬鹿発見器と揶揄される某SNSで身ばれする可能性が他のプレイヤーネームをつけるより高くなるので決して良い方法とは言えない。
運営会社も警告はした筈だが、そのまま二人は入力してしまったのだろう。
「運営に連絡をとってプレイヤーネームを変えた方が良いと思うぞ。漢字を片仮名に変えるだけでも個人は特定されにくくなるし、でなければ本名だという事を別のプレイヤーに話さない方が良い」
「片仮名のプレイヤーは既に居て許可が降りなかったんです」
そうかなとも思いつつ提案だけはしてみたが案の定であった。
「答えなくても良いが二人は顔立ちが似ているな。兄弟なのか」
二人とも中性的な顔立ちをしているため、服装を変えてしまえば性別は分からないだろう。
「やっぱり分かります?。私達、二卵性双生児なんですよ。ここだけにしておいて下さいね」
葵はそう言って答える。プレイヤーネームを本名にする位だから初心者なのは分かっていたが全く二人はゲームをした事がないらしい。
今年、社会人となった兄が懸賞で当てたそうなのだが、仕事に追われている為に泣く泣く可愛い双子にあげたそうだ。
本体は高いが子機を購入すれば二台目からの初期費用は数万で済む為に増設して同じゲームを始めたらしい。
「何となく事情はわかったが。お願いとは何だ。ある程度は察しがつくが」
「「師匠になって下さい」」
ハモらせてくる。謙人と葵。頭が痛くなりそうだ。
「生憎、暇じゃないんだ。俺もまだ人に教わる立場だしな」
「ソラさん。私達を見捨てるんですか」
衛兵が居なくなったとは言え、当事者となったソラ達、三人は市場で少し浮いていた。
住民達は自宅に鍵をかけて引き込もっているが市場にはプレイヤー達の姿が見受けられるので目立っていた。端から見れば少し歳上のプレイヤーが高校生のプレイヤーを騙している様にも見える。
謙人は純粋に助けてくれたソラに対して縋っているだけに見えるが葵には打算的な所がありそうだった。
分かってやっているのなら相当良い性格をしているな。古狸ならぬ小狸だな。ソラとしても二人を助けてやりたい気持ちはあるが時間がないのも確かだった。
衛兵に拘束されていたことで集合時間まであまり時間がない。余裕を持ってはいるが、防衛部隊でマルコの補佐にならなくてはならない立場のソラが遅れるのは非常に不味い。
冒険者に限らず仕事は信用が第一である。仕事は出来るがよく遅刻する人間より、仕事は遅くても真面目にコツコツやる人間の方が信用されるものなのだ。
「葵、謙人。本当に時間が無いんだ。防衛の為に東門にこれから向かわなくてはならない。冒険者ギルドに所属していれば参加資格はあるがイベント期間中は死に戻りが出来ない。無理に参加する事はないから来るなら直ぐに決めろ」
「謙人。行くよ。先発組にレクチャーして貰えるのは他のプレイヤーを引き離す絶好の機会だよ」
「勝手に決めないでくれよ。ソラさんは助けてくれたから悪い人ではないんだろうけど。ソラさんにも都合はあるでしょ」
何となくだが二人の力関係が分かった気がする。頑張れ謙人。良くも悪くも謙人が葵に振り回されているのが容易に想像できる。
最初は強い魔物は出ないと予想しているが想定外な強い魔物がいきなり出る事も有り得るのだからこの世界は油断出来ない。
「歩きながらある程度まで説明するからついて来い」
とにかくソラは悪目立ちしていた為にここから離れたかった。ギルド公認店までそう距離がある訳でもないので、武器位は購入する時間はあるだろう。
最初期の武器は質が悪くても公認店で買うべきである。剥ぎ取り用にも使える為に短剣を使う者も多い。槍や長剣を購入する事も出来なくはないがそうすると防具が買えない。
魔法を使うのであれば木の杖とローブを買うので精一杯な金額でしかないのだ。
「二人はどんな戦闘スタイルをするつもりなんだ」
「ファンタジーなら魔法だよ。剣なら他のゲームでも出来るでしょ」
「取り敢えず回復魔法を使える様になりたいです」
最初が葵で次が謙人の発言である。多分だが、高火力である事に葵はロマンを感じ、謙人は特攻を仕掛けそうな葵をフォローする為に回復魔法を覚えたいと言った所だろうか。
「葵。最初に言っておくけど魔法師は最初はかなり苦労するぞ。初期のSPを割り振って覚えられる魔法は低火力でしかないし、MP配分を考えないと簡単に魔力は枯渇するからな。しかも魔力欠乏症は結構しんどいぞ」
中盤以降なら活躍する機会は多いだろうが最初は何かと金がかかる。
木の杖の魔法補助は気持ち程度でしかなく、白鉄、ミスリルで出来た杖や杖に埋め込むことで魔法威力が向上する属性の付いた魔石は高く精霊石となると現時点ではプレイヤーは誰も所持していないのではないかとされている。
パーティを組むことがないソロのソラだったが、魔法職についてはリースから習っているし、ソラも土魔法だけとはいえ魔法師の端くれである為に実戦はともかく知識としては知っているのだ。
「謙人。葵が無茶するからと言ってプレイスタイルを合わせる必要はないと思うぞ。手堅く盾士を選んで盾役として前衛になることだって可能だし。剣士や槍士を選んで攻撃役でも良いと思うぞ」
葵の為に回復役になるのも悪い選択ではない。それぞれの役割はパーティで行動するなら必要になることは間違いないし、足らない部分を補うのがパーティメンバーであるからだ。
ソラはソロになる事が多い為に前衛で戦える為に短剣を使い、師エバンスから気闘術を習ったに過ぎない。回復はコストはかかるがソースを分配しなくてすむ回復薬に頼っている。
理想的なパーティは前衛の盾士一名と前衛の攻撃職一名。後衛の治癒師一名に攻撃要員の魔法師一名と言った所だろうか。
個人が役割をきちんと果たす事によって格上である魔物と戦う事が出来るだろう。
エバンスやカイトの様に一人で竜を倒す事が出来る者は限られているし、リスクを分担する事が出来る仲間がいるにこした事はないのだから。
「はい。分かってはいるんですけどやっぱり魔物に対して前衛を務められる自信がないんですよね。それならば補助に回るのも一つの手段かなって」
「あんた。昔から泣き虫だったもんね。夜に一人でトイレに行けない位だったし」
「それは小学生の頃の話だろ。今は関係無い」
確かに仮想世界とはいえ小さな虫を殺す事はあってもそれ以上の生物を殺した経験のある現代人はほとんどいないだろう。
特に人型の魔物を倒すのに抵抗感を感じるプレイヤーは多い。抵抗感が強すぎるのも駄目だが弱すぎるのもまた問題である。
プレイヤーの年齢によって戦闘表現は規制されているが、中には攻撃性が強くなるプレイヤーも多い。逆に成人したプレイヤーは人型の魔物を倒す事でストレスを解消する者もいる位だから現実世界に与える影響は最小限のものとなっている。
「SPを消費する時は慎重にな。リセットは出来ないから先の事も考えないと後悔するぞ」
「ソラさんはどんな構成なんですか」
「葵ちゃん。他のプレイヤーの能力を聞くのはマナー違反だよ」
「別に構わないぞ。スキルは前衛向きで、補助的に魔法を使う。魔法剣士と言ったところだな」
未だに【近接格闘】のスキルは得られていない。短剣を使うことで短剣術のスキルレベルは上がったが無手で戦うとなると気闘術は欠かせなくなる。
魔闘術も徐々にスキルレベルは上がっているが両者を同時に発現することが出来ない為に今は気闘術を集中的に鍛えあげているのだ。
表示はしていないが現時点で取得しているスキルの全ては初級スキルとなる。無論、中級・上級とスキルレベルが上がる度に強力なものになるが、派生スキルの方が使い勝手も良いこともあって初級スキルをそのまま上級まで鍛えあげる事をする者は少ない。
「魔法剣士。何だか厨二っぽいですね」
「葵ちゃん。ソラさんに対して失礼だよ」
ファンタジーの世界観で厨二臭いと言われてもソラとしては反応に困るだけである。
良し軽いレクチャーはしようと思ったが、二人の師匠になることは了承していない。ここで別れて後は自分達で頑張って貰うとするか。
「ここがギルド公認店だ。公認店には必ず冒険者ギルドのマークが入っているから見れば分かるだろう。俺は用事があるから後は、自分達で何とかしてくれ」
「ソラさん。困っている人を見捨てるんですか」
葵は自分の容姿の使いどころを良く知っているのだろう。下から仰ぎ見る様にしていて実にあざとい。悪い子ではないが、俺も暇ではないのだ。
この歳になって衛兵の世話になりたくないしな。
「ソラさん。本当に我が儘言って申し訳ないんですけどこっちに知り合いもいなくて不安なんです。この店だけで良いので付き合ってくれませんか」
謙人はそう言うが時間もないのは確かだ。俺には姉や妹がいるが、女性はとにかく買い物が長い。
男性ならある程度、買う物を決めてから店に行く人が多く、一つの店で決める事も多いが、女性の場合には付き合う場合、男性には忍耐が求められる事が殆んどだ。
数店で悩んだ挙げ句に最初の店で購入することなど良くある事だ。
結局、時間ギリギリになって焦って東門に向かうソラの姿があった。




