三十一話
爆音がしてブロードは目が覚めた。
「何が起きた。報告しろ」
部下達も交代で休息をとっており、前衛となる剣士隊・槍士隊・盾士隊は監視任務についていた。領主軍だけでの防衛は難しく王国騎士達も戦線に投入されていた。
「監視隊の報告によりますと一定の距離を保ったまま魔物達は近づいてくる事は無かった模様。しかし突如、侵攻を再開し魔法攻撃が魔障壁に当たったとのことです」
ブロードは厄介な事になったと頭を抱える。魔法を扱う魔物は実に厄介な存在であるからだ。肉体は人より頑強な上に飛び道具まで使用してくるからだ。
今のところ攻撃は防げているがいつまで持つかは分からない。
「報告。骸骨魔法師の群れが確認されました。その数、百を上回ります」
不死族は陽光によって弱体化するが逆に言ってしまえば陽光のない夜にこそ真価を発揮する魔物である。
骸骨系の魔物は骨が固く、斬撃に対しての耐性が高く核(魔石)を破壊するか、鈍器で砕くしか有効な方法はない。
聖水は不死族に対して有効な手段だが、作成できる者は限られており、値段は高い。
教国の神官の重要な仕事の一つだが、高位の神官であるのにも関わらず聖水を作る事すら出来ない者がいるなど教国の堕落ぶりは目を覆い隠したくなるものがある。
聖属性の魔法は元々、聖属性に対して適性がなくても神に対する信心さえあれば後天的に習得することが出来る。
しかし、神官達は俗世での地位を得ることに血眼になり、本来の役割である神の教えを説く事は後回しにされているのだ。
オリエンタル教では神官の結婚を認めてはいるが過度の贅沢は禁止されているのにも関わらずだ。
「分かった。工兵部隊には魔障壁の維持を優先させろ。魔砲部隊には魔力を温存させつつ砲撃を命令しろ」
「はっ」
夜間戦闘は軍を預かる者なら一番したくない事だ。夜襲をする側ならともかく、受ける側は視界の効かない中で、敵を退けなくてはならない。
部隊は混乱し、正確な情報が入らない中で決断し行動しなくてはならないからだ。ここで行動できない者は軍を預かる要職に就く事は出来ない。
情報が全て入ってくるのは事態が収束した後であり、全てが終わった後でさえ情報が全て入ってくる事は稀だからだ。
入ってくる情報の中から必要な情報を取捨選択し、最善の行動がとれるものだけが指揮官たる資格を持つ者と周囲に認められるのである。
骸骨魔法師が魔障壁に対して魔法攻撃を行う不気味な音は軍属であるかどうかに関わらずアンデスの住民を恐怖のどん底へと叩き落とした。
有事の際の備蓄として魔石を保存していたアンデスだが、魔石は無限にある訳ではない。魔工師の腕により、魔石に込められた魔力の消費量は異なり、継戦を可能とさせる為に必要不可欠となる魔工師の立場は低くない。
物理障壁として一般の工兵が斬壕を作り土魔法師がアースウォールによって土壁を作るのは軍事行動における一般常識だが、物理攻撃より怖いのは何と言っても魔法攻撃である。
一つの魔法で一人を殺害するどころか魔法は集団を確殺する事も可能だ。物理障壁でも防ぐ事は不可能ではないが効果は薄い。
軽傷でも一人の動きを封じる事が出来れば、その動けなくなった仲間を助ける為に兵を割かなくてはならず、一人を殺すよりも広範囲に渡って戦闘不能者を出す方が敵軍に対して効率的に打撃を与えることが出来るのだ。
兵達はまだ良かった。戦場では寝れる時に寝ておかなければ不眠不休のまま戦わなくてはならず、疲れている兵が万全な状態で戦えるはずもなく敵兵に討ち取られていくことになる。
どの様な環境でも体を休められるのは兵に求められる資質の一つでもあるからだ。住民達も他の都市に比べれば魔物の襲撃には慣れている。
だが彼等は軍人ではなく都市に住む一般人だ。有事の際の避難訓練などは受けているが、大暴走を受けた経験のある者は居てもこれ程の規模で約半日の間も交戦しているのにも関わらず、魔境からこれだけの数の魔物が現れた事を経験した者はいない。
守将ブロードは今はまだ主戦力としての王国騎士の出番ではないと考えている。クライン辺境伯軍が多く駐留してはいるがアンデスの所有権はクライン伯にあってもこの土地は正確に言えばランスカ王国の領土ではありクライン辺境領ではない。
土地は王家直轄地となっており、辺境と言えど重要地点には王国軍が配備できる様にされている。クライン伯が現在所有している土地だけでもかなり広く、税収は他の伯爵に比べれば低い方だが土地の広さだけで言えば独立した小国と同じだけの規模なのだ。
東の有力貴族であり、めざましく発展するクライン領を疎ましく思う貴族は多いがクライン伯爵家のランスカ王国に対する貢献と荒れた土地を少しずつ開拓していった根気に王家は忠臣に応えるべく東の土地を任せているのである。
脅威に対する防波堤としてこれほど適任な家はなく四公爵家に次ぐ信頼を王家は示している。
そういった経緯があって城塞都市アンデスはクライン領からカイトのアーウィン騎士爵領を越えた飛び地に建造されたのだ。
王国騎士からしてみれば左遷であり不名誉このうえない土地ではあるが、この土地に古くから住む者にとってクライン伯は人類の希望であり類い稀なる武人である。
圧政に苦しむ者からしてみれば確かに不便ではあるが代え難い魅力があるのもまた事実だ。
明けない夜はないのと同じ様に終わらない悪夢もないのだ。守将ブロードに率いられた軍隊は必死に抵抗を続けていた。
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クライン辺境領、領都クライン
城塞都市アンデス、クルト村が必死の防衛戦を展開している頃、領都では別の問題が発生していた。王家からの使者によると北の大国である帝国が突如、国境線へと侵入し防衛部隊を蹴散らして国土へと侵入してきた。
山岳地帯の多いランスカ王国北部では寒暖の激しい土地ではあるが畜産が発達しており、一級品の羊毛は全てこの地で生産されている。
「クライン伯は何処に」
「使者殿。我が家の当主は武人であるが故に内政の全てを弟である私に一任されている」
優秀ではあるが武に関する才はシャルルには無かった。兄であるジョセフが王国騎士としてランスカ王国に貢献しているなかで貴族の子弟を対象にした学院でシャルルは知を身に付けたのだ。
ジョセフは武には長けているが政治には疎い。代々の当主はクライン家は武で王家に貢献する忠臣であれば良いと考えていたが領民の暮らしは豊かではなかった。
軍は巨大な胃袋であり、消費はしても何かを生み出す事は殆んど無い組織だ。積極的に魔物を狩ることで膨大な軍事費を捻出して来たが限界はある。
クライン領において直接の脅威である魔物を追い払う領主軍は職の無い平民ばかりか立身出世を目指した将来ある若者が就きたい職の一つである。
ジョセフに信頼されているシャルルは王家が貴族であると認める家印を預かっており、家印を持つ事は当主の証でもあるためにこの場においてはシャルルはクライン伯爵家の当主としていることと同義である。
王家からの使者は王家の蝋印のされている親書をシャルルに手渡す。
そこにはクライン伯に対して兵三千を派兵する様に書かれた要請書であり伯爵家以上の爵位を持つ全貴族に対して同様の通達を王家は行っていた。
「冒険者ギルドやアンデスの守将ブロードより不穏な情報が届けられている今、クライン伯爵軍は他に派兵している余裕などない」
王都にも別邸はあるが殆んど使われることはなく使用人を雇って維持しているだけだ。兄のジョセフは領内を領主軍の精鋭を率いて魔物を間引いているだろうし、移動には数少ない中型魔導船が使用されている。
「しかし、王家の要請に対して貴家は応じる義務があるはずです」
「出さないとは言ってはいない。出せて兵一千が限界である。大型魔導船を一隻に軍事費用はこちらで負担する」
王家の要請に応じて出される援軍の費用は一部王家が負担するのが慣習であり、侵略戦争は得られる物はあるが防衛戦争は得られる物は少ない。
逆侵攻を行い敵対国の領土を奪っても長年その土地に住んでる民にとっては敵対国の支配を素直に受け入れられる筈もなく、統治には長い年月と莫大な費用がかかる物なのである。
制空権を得る為には、希少な竜騎士団を投入するか魔導船による空戦を行わなくてはならず、クライン伯爵軍の旗艦である【アーノルド号】は大型魔砲に中・小の魔砲門を搭載し、障壁は物理・魔法攻撃に対して高い耐性を持つ王国屈指の巨大戦艦である。
無論、通常の魔導船は海にしか対応していない物があるなかで陸空海の全てに対応している。シャルルが提示した条件は王家を納得させるだけの理由がある。
アーノルド号は巨大戦艦というだけあって魔石の消費が激しく、クライン伯爵軍の兵士達は精鋭であるからだ。
無論、風の魔法師によって重量軽減の魔法は常に掛けられている状態でも亜竜クラスの魔石では一日飛行することが不可能なくらいには燃費が悪いのだ。
兵士に対しての食料、武器弾薬、魔法薬、褒賞を考えると当初の予定通りに派遣すると王家が戦費を一部負担する事となるがアーノルド号を派遣した方が兵数が少ないために安く済むのである。
シャルルが王家の要望通りに兵を派遣しなかったのは領地があっても領民がいなければ意味がないと理解しているからだ。
膨大な戦費はクライン伯爵家の財政状況を確実に悪化させるだろう。領民への税を重くしない限りは出費した額を回収するために十数年かかるかも知れない。
たが確実に兄ジョセフは決断をしたシャルルを責める事はないだろう。金ならまた魔物を狩って稼ぎなおせば良い。
失った命は決して戻って来ることはないのだ。王家も民の為に尽力するクライン伯爵家を見捨てる事はしない。王国騎士団をアンデスに駐留させ魔物の国土への侵入を防いではいるものの王都から東の辺境にあるアンデスは遠い。
東方貴族の中で王国中に名を馳せているクライン伯爵家に魔境に関する防衛指揮権を王家が委ねるのは信頼があるのは勿論のことだが、いざ大暴走が起きた際に後手に回るのを避けるためである。
「それならば王家も反対されますまい」
王家の使者は王の代弁者となり、王家の命令を貴族に伝達する役目を果たしている。そのため使者は貴族の子息がなる事が多く、例え使者の出自が平民であっても抗弁は王家に対する反逆ととられる場合がある。
クライン伯爵家としては領内に不穏な気配が流れていなければ最低限の兵を残して王の下に喜んで馳せ参じただろう。しかし状況はそれを許す事はなかったのだ。
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王都
王都セントラルで一番、目立つ建物と言えば王が住む王城である。白で統一された城は建設されて以来、他国の攻撃を一度も許した事はない。
過去に行われた帝国による侵略戦争も焦土作戦を行い何とか跳ね退けた。ランスカ王国の当代王ギルドバルド=セントラル=ランスカ十七世は執務室で宰相の小言にうんざりしていた。
「陛下。ランスカ王国は帝国と比べれば小国となれど長年、盾となりてこの大陸を護ってきた誇りがあります。人種至上主義を掲げた帝国などに負ける訳にはいかないのですぞ」
「分かっておる。だからこそクライン伯にも使者を送ったのだ。やつは田舎者や武人だからと国政に関わろうとはしないが他国にも名を馳せる名将であることには変わりない」
帝国軍を足止めする事には成功していたがランスカ王国からすれば突然の宣戦布告もない侵攻である。
国境にも王国軍を配置してはあったがそれは帝国の本格侵攻を防げる様な物ではなく、出来るのは指名手配された犯罪者が越境しない様に監視することや関税をかける為に派遣された文官の身辺警護が行える最低限の戦力でしかない。
「宰相よ。王として命じる。義勇兵を募り、戦功をあげた者に対して王国騎士として取り立てる事を王国中に公布せよ。出自は問わん。真の愛国者によって国を護るのだ」
「御心のままに」
その後、王による公布は王家直轄地のみならず、貴族の領地においても公布された。
内容は以下の通りだった。国民よ王国は今、窮地に立たされておる。宣戦布告なしに行われた突然の侵略によって騎士だけではなく、多くの罪なき国民が陵辱され尊厳が傷つけられようとしている。
王国民よ立ち上がれ。ランスカ王家は決して民を見捨てたりはせぬ。王の名においてここに宣言する。逆悪非道なる帝国に立ち向かい功をなした者には騎士に取り立て厚く保護する。
出自・種族は一切問わない。真の愛国者である諸君らに期待する。
ここで宣言された騎士とは陪臣ではなく直臣として騎士爵に取り立てるという事である。それも一代限りの準騎士ではなく世襲可能な騎士としてである。
平民が貴族になる事は簡単な事ではない。剣聖として他国にも知られ戦場で出会ったのなら交戦することなく撤退しろと言われるカイトでさえ大功をあげて騎士爵になる事が限界だったのだ。
ランスカ王国でなく、他国であれば子爵以上の地位が約束されて当然であり、もしカイトが貴族として生まれていれば準伯爵としての地位を得ていた可能性すらある。
ランスカ王家は神権授受によって生まれた訳ではない。当時の情勢では日本の戦国時代における一大名に過ぎない家格しか持っていなかった。
有力な家が戦争によって減っていく中で、最も力を持ったランスカ王家に有力家が集まり出来たのがランスカ王国だ。
初代国王アレキサンダーは周囲の説得もあって王となることを受け入れはしたものの最後まで抵抗していたと王家にのみ伝わる書物に書き残されている。
オリエンタル教の信者の多い他国では不可能な政策だろう。人より派生した亜人を排斥するのは当時の人種による国家であれば当たり前に行われる行為であり、人種の奴隷を認めていない国家ですら亜人の奴隷は公認していたほどである。
人種は社会性に富んだ種族ではあるが個々の能力は亜人より低い。逆に言ってしまえば能力に劣る人種は集団で以て亜人国家を征服していくことしか生き残る術が無かったと言える。
長く続く支配に異を唱え国家を樹立したランスカ王国はオリエンタル教から神敵の宣言を受けて聖戦と称された戦争を幾度も経験している。
だからこそ親教国である帝国の侵略にランスカ王家は挙国体制での迎撃を王命で決定したのである。王を補佐する四公は改めて王国に対しての忠誠を誓った。
亜人国家とは比較的に友好関係にあるとはいえ直接の援軍を望めるのは竜国のみである。
初代国王の妻は竜国の竜王の血を引き継ぎ公爵家の当主は低いながらも王位継承権が発生しているからである。
軍事費は確かに重く国民の生活を圧迫するものとなるだろうがランスカ王国民にとって人種至上主義を掲げる国家が大陸の覇権を握るなど悪夢でしかないのだからランスカ王国に倒れてしまっては困るのは多くの亜人国家に共通した認識であった。
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「帝国は密約通りにランスカ王国へ進軍した模様」
「うむ。よくやった。後は時を待つだけである」
一室で人目を忍んでの会話は誰にも聞かれることはない。だが、大陸では覇権をかけた戦いが水面下で繰り広げられようとされていた。




