二十五話
「二体分だけソルジャーアントの素材を手に入れたがどうする?」
「ソラが貰っておいてくれ。死に戻りしなかっただけで俺は十分だ」
ソルジャーアントの甲殻はきちんとした処理を施せば、軽くて丈夫な防具になる。
加工するのにはそれなりの腕が必要で鉱石と混ぜて精製すると虫鉄という特殊な素材が出来るなど用途は広い。
比較的に安価な為に下級の冒険者の需要は多い為に、使い道が無くてもそれなりの価格で売れる。
「防具はともかく、武器の損傷は激しいんじゃないか」
「ああ。もしかしたら買い換える必要があるかも知れないな」
武技の中には武器の耐久度を減らすものもある。直接は見ていないが、武技の名前は聞こえたのでなんとなくだが、新しい武器が必要になる気がしたのだ。
「気になるのならたまにでいいからパーティで狩りに行ってくれるだけで十分だ」
ハロルドは少なくともソラよりかはレベルは高いだろう。城塞都市に行こうとしていたならそうでないとただの自殺行為でデスペナルティはそう何度も受けたいものではない。
教会への貢献度が高ければ治療費は少し安くなるらしいが昔のゲームみたいにレベルによって治療費は変動する。
安易に死に戻りを繰り返すプレイヤーを出さない為の措置だとは思うが、ギルドに金を預けていなければ文字通りの無一文になるために無用なリスクは負わないのが一番である。
「それは別に構わないが、ハロルドはまだ時間はあるか」
「ああ。明日は休みだし問題はない」
「それなら一人の女の子を探しながら帰還しても良いか」
ソラは戦闘の邪魔になる為にアイカ一人で帰還する様にきつく言ったが、出来るのであれば保護したい。
ソラ一人では難しいかも知れないがハロルドが協力してくれるのであれば自分の身を守りながらアイカを捜索する事は可能だろう。
厄介な娘を預けたアルトを恨みながらソラはアイカを探す。
----
ソラとハロルドが必死になってアントを退けようとしている頃、騎竜の視覚によってアイカを捉える事に成功していた。
竜は種類によっては五感が退化している事もあるが少なくとも人種よりかは優れている。上司の命令とはいえカイト殿を通していない命令だ。
アリスター隊長は部下に責任を押し付ける人ではないが、アイカに何かあってカイト殿とアルト殿の関係が悪化するのはクルト村に住む者としては避けたい事態だ。
カイト殿は純粋な剣の腕で平民から貴族になったお方だ。王国の中でも最難関と言われ、平民では入団試験すら受ける権利が得られないのが通常である近衛騎士団に入団する事を認められ従士、従騎士、平騎士を経て正騎士となった。
正騎士は平騎士の部下を引き連れていざという時に戦う隊長格になる。平騎士と正騎士の違いは単純に王によって騎士に任命されたかどうかであり元の身分は関係ない。
貴族の師弟であるのならば平騎士でも騎士爵以上の貴族として扱われるが、年金は出ない。
功を挙げて初めて近衛騎士団の中でも正式に騎士として扱われ貴族として正式に騎士爵に任命される事になるのだ。
カイトは偶然もあったが、クライン伯を救い魔族の侵攻を阻止した。カイトとその部下達がいなければ今のクライン辺境伯領はなく、この大陸は魔族の生活圏となっていた可能性すらある。
国王は男爵の地位を与え王国の発展の礎になって貰う事を検討したが、己の地位を脅かされると危惧した馬鹿な貴族の横槍で騎士爵しか与える事ができなかった。
しかも上司でもあった貴族はカイトを過酷な戦場へと少数の部下だけつけて送り込んだ。正式な受勲が済む前であり正騎士になることは内定していたが五十人隊長の命令を断る事はカイトにはできなかったのだ。
近衛騎士団長の命令は国王の命令と同意であり、命令を出したのは五十人隊長であったが、貴族であることには変わりがない。
死地に向かうとわかっていながら命令をカイトは受けた。つけられた部下のほとんどが三男以下で家督の継げないスペアでしかないために考え方が平民とあまり変わらない為に戦功を挙げる絶好の機会だと志願した。
戦争はしていなかったが国の境界線を巡っての紛争はあった。小規模であるが故に隣接する貴族同士のプライドをかけた戦いであり、内政に対する不満を外国に向ける為の政策であった。
本格的な戦争になる可能性は低かった。流派の高弟として剣術の訓練を欠かさずに行えればカイトは別に王国騎士でいる必要は無かった。
だだ剣の道さえ極められればそれで良かったと本人から聞いた事がある。王級剣士から聖級剣士になった時に教会から正式に剣聖と認められた。
護国の剣として振る舞う事を強制されたカイト殿は他国に亡命することすら考えていたらしい。
だが、ランスカ王国がどの種族にも寛容である事は間違いなく、教会に剣聖と認められた剣士を簡単に手放すほど国は甘くない。
国王も他国への牽制になるカイト殿を手放す位ならある程度の自由を認めて好き勝手にさせた方が互いの利益になると考えた。
国王とカイトの利害は一致し、カイトの兄弟子であり良き理解者であるクライン伯の領地に近い場所に村を作る許可を与えたのがクルト村ができた経緯であるとアリスター隊長から聞いた。
竜をアイカに近付ける。この時に敵でないと識別するための白銀の剣に竜が描かれたカイトが興した家アーウィンの家紋が刻まれた防具を竜に着けている。
剣は剣聖であるカイトを讃えると同時に竜が描かれる事によって単独で竜を倒した者ドラゴンキラーである事を示している。
「敵対する意思はない。アルト殿の要請に従って君を保護しに来た」
「アルト兄さんからは何も聞いてない」
クルト村に訪問する機会は数度あったがアイカはカイトやフーカに会った事はあっても自警団の一隊員でしかない竜騎兵にあった事は無かった。
貴族の家紋を無断使用する事は王国法に則って死刑にすらなる重罪でランスカ王国にとって聖人であるカイトを貶める行為は自殺志願者としかとられない行動な為にクルト村に所属している兵士である事は疑ってはいないアイカだったが、それならアルトが自分に言わなかった理由が分からない。
「先程、クルト村にある物見台より魔物の集団が確認されました。異常を知らせる狼煙を見たアルト殿と合流し、貴女の護衛を依頼されました」
「分かった。ソラについてはアルト兄さんは何か言ってた?」
「同行者がいるとは聞いてません」
竜騎士の手を借りて竜に乗ってポートロイヤルまで移動する事にしたアイカ。
後でアルト兄さんに怒られるんだろうなと思い気は沈んでいたが、今はクロウが掴んだ情報をポートロイヤルの冒険者ギルドに届ける方が先決だった。
----
「カイト殿は何処にいる」
オーガと戦闘中だった自警団員に大声を上げてアルトは尋ねる。
「アルト殿。団長は最前線で侵攻を抑えている筈です。トルウェイ殿も同行しているのでまだ無事な筈です」
「分かった」
アルトはアリスターと別れて最前線となっている東門へと向かう。
アリスターは隊を預かる者として部下を指揮しなくてはならない立場で、上級剣士の多いクルト村自警団で十分壁の外に居る魔物を殲滅できる力を有していた。
気闘術で足を強化して一気にカイトが居る場所まで移動するアルト。
クルト村の最大戦力であるカイトとトルウェイとその愛龍であるニールがいるからこそ戦線は維持されている。
フーカは息子であるアーサーを護る為に村の中央にある自宅に立て籠っており、魔法師による支援は期待できない。
アルトはだからこそ急いでいた。赤子の時よりアーサーを知っておりその特異性が故にクルト村が襲われたのではないかと考えていたからだ。
アルトは精霊と契約した精霊師であると同時に近接戦闘も行える万能型だ。流石に剣王級までとはいかないが、上級剣士の中でも実力は上から数えた方が早いし、精霊魔法は人が操る魔術や魔法とは威力は桁違いであり、魔力消費は同一の魔法を使用するに比べて低い。
トルウェイの愛龍ニールも龍種の中から見れば若い方だが、遥か昔に存在していたとされる原始龍の血を引いているとされるだけあって強靭な肉体に口から吐かれるブレスは魔物を焼き払っている。
殲滅スピードは大したものだが、ここまでの規模の魔物が現れるとなれば城塞都市アンデスは既に失陥してしまっているのかもしれない。
「カイト殿。トルウェイ殿。一度下がって下さい。大規模魔法を放ちます」
「我が身と契約せし精霊フィーよ。我が魔力を血と共に捧げん。我が敵をなぎ払う風となりて敵を撃ち払いたまえ【サイクロンカッター】」
アルトは気絶しない程度の魔力を残して全て契約精霊フィーに譲り渡した。
中位精霊とは言え、この世界に自然と共にある精霊のなかで多種族に力を貸す精霊になると上位精霊はほぼ存在しないため、契約者であるアルトの魔力を使用して放たれた精霊魔法の威力は絶大である。
オーガの強靭な肉体を切り刻みただの肉片に変えてしまうことなど造作のないことで辺り一面を覆い隠さんばかりに居た魔物は殆んどが死に絶え、生き残った魔物も既に虫の息である。
片膝を着いたアルトを支えたのはカイトであり、精霊魔法の威力に畏怖と尊敬を示している様だったが、第一陣をクルト村に近付けないで終わらせれた事は行幸であった。
「今は後退するトルウェイ。魔法弾を頼む」
「分かった。カイトも無理をするな」
カイトは騎士爵として貴族の末席に名を連ねているがトルウェイは子爵家の元当主として王国の身分で言えば対等な関係である。
トルウェイは昔、戦傷によって騎士を引退するまでは王立魔法騎士団の団長をしており、今では現役を退いたことで準男爵として扱われている。
ランスカ王国の面倒なところが種族毎に成人年齢が異なる事だ。竜人は人種に比べて長寿であるが故に息子は人種の成人である十五歳を過ぎてはいるが竜人としては未だに成人しておらず、家督を継げない状態である為に呼び捨てにしている所を他の貴族に見られると厄介だ。
身分的には対等でも新参者のカイトと長い歴史を持つフォーレン子爵に生まれたトルウェイは対等ではないと考える貴族は多い。
あくまでも慣例であるために強制ではないが実権を握っている。公式には隠居として扱われない為に幾らトルウェイが引退したと主張しても子爵家当主である事には間違いはない。
源流は竜国の王家の血を流し、ランスカ王国の建国に貢献したゴドラム公爵家の血を引き継ぐ者にランスカ王国で表立って批判できるのはそれこそ王家の直系ぐらいである。
カイトに至っては神聖視されている聖人である。文句を言える者がいたら顔を見てみたいくらいである。二人はアルトに対して公の場所以外での言動を気にしていない節がある。
しかし、アルト自身は平民であり、不敬罪には死罪も有り得るので普段から敬語を使う様にしている。
後退信号を見た自警団員は三人が東門の内側に入る事を確認すると魔導具である結界を発動させる。回収が可能であった魔石は壁の中に立てこもる為に魔法袋に入れている。
今まで定期的に狩ってきた魔境の魔物の魔石は生活に必要な最低限のみ売却し後は籠城用にクルト村共有の保存庫に保管されていた。
アルトは魔法を放った影響で肉体的には問題は無いが精神的に疲労している。フーカに出された食事を摂り仮眠する事になった。
カイト達は城塞都市アンデスが落ちたとはまだ聞いていないが、魔導具による通信を図ってみても応答はない。
「これは不味い事になったかもしれない」
そう切り出したのはカイトだ。大暴走をカイトは経験している。それはまだカイトが王国騎士であった頃で部隊を率いてこのクライン辺境伯領の現在クルト村がある付近で起こったのだ。
その時の死者は民間人に千名余り、クライン辺境伯軍と王国騎士団に三百名を越える死者を出したのだ。
通信技術の発達していない世界で通信の魔導具は開発されてはいたが、魔力の変換率は現在より更に悪く主な通信手段は行商をしている商人や街を行き来する冒険者であり、異常がない限りは伝令が行き来することもクライン辺境伯領では無かった。
魔物という直接的な脅威がある中で未開発である辺境領の開拓村に移住する事を決断したのは己の武力に自信のある武芸者か食い詰めた農民である。
収入の半分以上を税として徴収され代々の土地があればまだ生活は出来るが全ての農民が農地を持っている訳ではなかった。
昔の豪農と小作人の関係の様に収穫物の一部を土地代として払うことで細々と生活している農民もランスカ王国内には多くいた。
ただでさえ税金は高く、同じ平民に搾取される事に我慢できなくなった者達からクライン辺境領に流入していったが現実は酷だった。
魔物の領域から解放されてまだ年月の経っていないクライン辺境領は不毛の大地であった。
魔素によって農作物は枯れ、開拓初期は自分達の食料さえ他領の穀倉地帯から取り寄せなくてなはならず新興であるクライン伯爵家の足下を見て古麦であっても新麦と同じ売価だったのだ。
子爵家として財を貯蓄していたが、武家であるが故に出費は大きく、子爵家の中でも特別裕福という訳ではなかったクライン伯爵家にとって王から下賜された土地でなければ領地にしたくなかったのが現在のクライン辺境領である。
小規模な戦闘は起きたがそれによって王家から与えられた財貨で騎士に報奨を出して戦費を引けば黒字になるどころか赤字になったこともある。
だが貴族としての体裁を保てたのは治安維持の為に狩られる魔物に対して自領であれば税金を支払う必要はなく、稀少な素材が少量ではあるが入手できる環境に救われた。
だからこそクライン伯爵家は冒険者に対する税を減じ、魔物の売買によって食料を購入するという自転車操業の状態となり、他国の地質学者を招聘して土壌改善に取り組んだのだ。少しずつでも領内での自給率が上がれば食料を他領に依存することから脱却でき、利益を領内の開発に回せる様になるのには十年余りが過ぎていた。
ジョセフはそんな状況で育ったからこそ同じ貴族を嫌悪し、人を地位や家柄で判断するのではなく、その人物の人柄や能力で見る様になった。
そんなジョセフがクライン伯爵家を継げば代々仕えてきた家臣や重臣を蔑ろにはしないが次第に能力次第で、重要な地位へと就任できる様になるのは自然の流れだった。
だからこそのクライン伯爵家の発展であり、領内の繁栄があるのだ。大暴走はクライン伯爵家にとって寝耳に水の出来事であり、保護すべき領民を見殺しにしてしまう一大事であった。
連絡が途絶えてそれまで開拓村があった場所が殲滅されたとジョセフが知ったのは魔物の群れがポートロイヤルを襲撃してからであり、防衛に精一杯となり、結局はポートロイヤルでも住民に死者が出て伯爵軍も少なくない被害を被った。
それからポートロイヤルは城塞都市としての役割を終えるまで人類の最前線であり続けた。
魔物を狩り人類の領域を広げる為には森を焼き、魔物でない生き物すらも絶滅に追い込むくらいの勢いでなければ先に人類が死滅させられていた可能性は高かったのだ。
ポートロイヤルの後を継いで周辺の環境を整えてやっと村から街へと形成されていった城塞都市アンデスの防御力は低くはない。
クライン辺境伯軍が主戦力となっているが王国騎士団もアンデスに駐留し、防衛の任に就いている。
対人と対魔では大まかな戦術は変わらないが、対人では高威力・広範囲の魔法と一人の武を警戒し、対魔では高い生命力と言葉を介さない連携力を警戒する必要がある。
対人戦で一人の武を警戒するのは例え同レベルであっても基本職と上位職ではレベルアップ時によるステータス増加に隔たりがあり、戦士系と魔法使い系では前提条件すら異なる。
兵士を束ねる立場である隊長等が入ればその指揮下に入った者のステータスに補正が掛かる。
国の頂点となる王等には専用スキルである【王統】や威圧の精神影響に特化した【王者の威圧】すらあるとされているが確認したプレイヤーは存在していないために噂でしかない。
人外とも言える王級や聖級には専用のスキルも存在し、到れば神になれるとも言われている神級に至ってはスキルや武技を発動した時点で地形をも変えてしまうとされている。
カイトが状況を悪いと言ったのはポートロイヤルが城塞都市としての機能を低下させており、クライン辺境領が魔物によって陵辱されればその被害はランスカ王国内に留まらず各国へと波及する可能性が高いからだ。
人類の生存可能な領域が減れば限られた土地を巡って血で血を洗う際限の無い戦渦に大陸は覆われる事になる。
教会を敵視する迄には至っていないが嫌悪するカイトからしてみても力を持ってしまった【剣聖】として放置できない問題であり息子のアーサーの件もある。
限られた者しか知らないが、神は人に加護を与えた時に体の一部に聖痕と呼ばれる傷を残す。
過去に加護を受けた者の一生は波瀾万丈で自分の国を建国した者もいれば力を持たない幼子のうちに強大な力を持つことを危惧した者によって殺されたり、権力闘争の道具にされてきたのだ。
あまたの戦場を潜り抜け、仲間と共に生還してきたカイトであったが今回も今まで通りになるとは限らない。
それは過去が証明している加護を受けた者が誕生する。それは即ち、人類の最大の敵である【魔王】が同時に誕生する事を示しているのだから。




