二十一話
アイカはともかくアルトの戦闘技術には目を見張るものがあった。刀術を見たことがないために正確な事はいえないが、魔物の攻撃を避け一刀両断している。
同じ力量ならともかくレベルが違いすぎて参考にならない。しかも刀術だけでも凄いのに精霊魔法を人の身でありながら使用している事に驚きを隠せない。
人種でも精霊に好かれない訳ではないが、人が生み出した魔術と精霊魔法は相反するものが多く、人種は他の種族に比べると精霊と相性が悪いのがベータ時代での常識だった。
下位精霊は自然と共にあるもので万物に宿る力だとされている。高位になるほど精霊契約できる者が少なくなり、アルトが契約している精霊は中位以上の精霊だと思われた。
アイカはというと魔法師タイプの様だ。近接戦は短刀で捌き、隙を見て魔法で攻撃している。
魔闘術で身体能力を上乗せしている所を見ると近接戦は苦手な様だ。Dランクであるならばボブゴブリン位は単独で討伐できるのだろうが、索敵範囲が広くないと接近されてじり貧となるだろう。
ソラも近接戦は短剣で行い補助的に土魔法を使うので戦い方はアイカ寄りではあるが、アイカほど魔法にバリエーションがある訳でない。
土魔法しかとらないのはSPに余裕がないというのもあるが、二つ以上の魔法属性を覚えた者と一つの魔法属性しか覚えていない者では後者の方が威力が高いからである。
汎用性は失われるが魔法以外にも攻撃手段を持つことで一方的に蹂躙されるということはない。
攻撃魔法として威力が高い火属性や回復に特化した水魔法。アンデットなどの不死属性を持つ魔物に有効で回復魔法を扱える光属性が人気だが、魔法はとにかく資質がものを言う世界なので努力ではどうにもならない事が多い。
ただ同じ属性同士の間に出来た子供は両親と同じ属性に強い適性を持つ事が多いのは歴史の中で証明されており、魔法師の子供には強い魔力を持つ者が生まれやすいのも一般的に認知されていることである。
疑問なのはアイカの出生である。攻撃に別の属性を使っていた事からダブル以上の魔法師である。トリプル、フォースと属性が多く扱える者ほど希少でフォースは高い汎用性と属性を組み合わせた魔法を操ることから厄介な存在として知られている。
アイカは魔導師として生活が出来るほどの才能があるのにも関わらず、アルトと生活を行っている。
魔法学院に通える年齢であるのにも関わらず冒険をしていると言うことが先ず驚きだ。エリートとして不自由ない生活を捨ててまで冒険者になろうとするものは少ない。
髪と目の色の違いから二人は兄弟ではないのは確実だ。アルトは黒髪に薄い茶色の瞳をしており、アイカは赤い髪に蒼い瞳をしている。
ソラは知らない事だがこの世界の研究者や学者と言われる者達は髪や瞳の色と遺伝する魔法属性について研究しており、アルトは片親が遠い島国の出身であり、この地で出会ってアルトが誕生したためアルトの髪は黒い。
移動の最中に魔物に襲撃されたが、全てアルトが相手にしておりアルトの余計に体力を消費させない様にする配慮は有難いが、どうせポートロイヤルに戻るのであればレベル上げをしておきたいのが本音だ。
アルトは余裕があるみたいだがアイカは戦闘中でないにも関わらず魔力を纏っている為に疲労の色が濃い。辛いなら止めれば良いと思うがアルトがアイカに与えた訓練なのかも知れないと思い余計な事は言わない方が身のためだ。
ソラは自分だけが暇なのでエバンスに叩き込まれた気闘術の訓練を行う事にした。
てっとり早く気闘術を習得したいのであれば熟練者に気を流して貰えば良い。ここで重要なのは熟練者でないと駄目だと言うことだ。
不馴れな者に流された気は人種であれば誰でも持つとされる気を乱す事になるからだ。東洋医学みたいだが体内の気が乱れれば体調を崩す事となるらしい。
気闘術は先ず自力で気をコントロールできる様になれば習得できるが、精神統一をしている様でも雑念だらけで、エバンスに朝の修練の時に指導して貰っていたが体の一部に纏える様になるだけで二週間以上かかった。
強化率は全身に纏うより一部分に纏った方が高いが、戦闘となると初心者では細かい気のコントロールが出来ない為に効率は悪いがないとあるとでは生存率に雲泥の差があるために全身に纏う様にしている。
気闘術と魔闘術は性質の違いから同時に発動させることが困難で同時に発現できれば上位スキルの覇闘術となる。
中には純粋に気だけを極めて覇闘術を習得するエバンスみたいな存在もいるが、二つの気の融合できる程に扱いに長けていないと習得できないというだけで不可能ではない。
あれだけ一本取るまでは気闘術を教えないと言っていたエバンスだったが、ソラが折れる意思がないと知るとあっさりと教えてくれる事になったが内容はハードだった。
気は生命エネルギーであり枯渇すると生命に関わる。それにも関わらずコントロール出来ないソラの気をエバンスは自分の気を流す事で無理に体外へと出すことにしたのである。
気が枯渇するギリギリまで放出することをエバンスは止めなかった。本来の修行では、気を感じる事から初めて、微量に放出している気を体内に留める事が出来る様になってから任意の場所に移動・集中させる事で発現するに至る。
だが、精神統一をしていても完全に無になることは難しく才能がなければ気を感じる事すら出来ない。
期間を短縮するために邪法である熟練の気闘士に気を流して貰うことで強制的に気を感じさせコントロールする方法を取った。
冒険者は人の気配を感じとる事に敏感であるとされているが、本能的に魔物から放出される魔気を感じとる事に慣れなければ生き残れないからだとされている。
気を抑えるのが得意な野生生物の気を感じる事が出来れば人間が発する微弱な気を感じるとる事が出来る様になるという理屈らしい。
魔法の基礎にして奥義とも成り得る【魔力操作】をギルド専属治療師であるリースに教わった時はもう少し穏やかだったのだが、多くの知人の死を見てきたエバンスは現実を嫌というほど知っており、修行に手を抜くと言うことはない。
たまたま良い一撃が入りそうになった瞬間に気闘術で身体強化を行い、攻撃を封殺した上で意識を刈り取られた際には鬼畜だと思った。
流石に言動で示したりはしなかったが。少しでも感じさせようものなら足腰が立たなくなるまで徹底的にしごかれるのは目に見えていた。
防御に主眼を置いた修行は為になったとソラは思う。防御に優れているだけでは敵を打ち倒す事は出来ないが、攻撃一辺倒であるのなら上手く行っていれば良いが格上と戦闘を行う際にはどうしても不利になるし、格下でも思わぬ一撃を貰えば、それが致命傷になりかねないからだ。
ソラはアルトとアイカの後をついて歩きながら、周囲の警戒は怠らない。ソラは気闘術を軽くしか発現していないためにまだスタミナには余裕がある。
携帯食料も魔法袋に入っているので小休憩を挟んだ際に口にする予定である。
歩いて来た距離が距離なので簡単にはポートロイヤルには着かない。もしかしたら日が暮れる頃の到着になるかもしれない。
門兵にはクルト村に赴く事を伝えてその日に出戻るのは格好がつかないが仕方がない。一応は辺境伯領を移動する際には事前に伝えていたので少し恥ずかしい。
治安を守る者としてクライン伯の庇護を受けた人間の居場所を把握するのも重要な仕事の一つとして押しきられたのだ。
門兵もソラの実力ではクルト村に辿り着くのは難しいと考えており、捜索隊を結成して広大な範囲を探さなくて済むと考えれば無事に戻って来ることは有難いとすら考えていたがソラは知らない。
気の扱いは難しく集中を切らすと一気に体内の気力を浪費してしまう。
魔闘術を扱う魔法師が武器に魔力を纏わせた場合、属性を付与でき、気闘術を扱う者が気力を纏わせれば切れ味や武器を頑丈にする【オーラブレイド】となる。
アイカはそこまでのレベルに達していなそうだがアルトは違うみたいだ。
大型の魔物以外には刀を使用しない戦闘スタイルらしく、普段は青みがかった短剣、ミスリル鉱石を精製して鍛えたミスリルの短剣に属性を乗せて戦うのが本来のスタイルらしい。
始めに刀を出したのは距離があって短剣では間合いが足らなかったのだろう。
見ず知らずの人間の為にそこまで出来る人なのだから信用は出来るが、アイカに対しては過保護すぎる様な気がしてならない。
Aランクの冒険者ならこのあたりの魔物に苦戦するという事は有り得ないが、戦い続ければ疲労は溜まり、過ぎれば判断ミスを起こす。
Cランク以上と言われる人間でも大小様々なミスはする。それが経験によってリカバー出来るかそうでないかの違いであってミスによってはCランク以上と言えど必ず無事でいられるとは限らないものだ。
ここは部外者である俺が尋ねるべきことだろう。
「アルトさん。少し休憩しませんか。アイカさんも疲労が溜まっているみたいですし、俺が足手まといなら置いて行って下さい」
「ソラ君。アイカなら心配は要らない。本来なら僕一人で行く予定だった所にアイカがどうしてもと言うから連れて行ったんだ」
「兄さんは先に行ってクロウさんが得た情報をギルドに伝えて。私達は休憩してから行くから心配しないで」
心配そうにするアルトだったがアイカの言う通りだ。この情報は確実にエバンスに伝えなくてはならない。カイトやフーカを始めとしたクルト村の人間が簡単に負けるとは思わないが、魔境の異変は無視できるものではない。
「分かった。ソラ君にはこの魔道具を預けるよ」
アルトが渡したのは煙を発生させる魔道具で、この煙を見た者は可能な限り救援に向かわないとならないとギルド規約で定められたものだ。
ベテラン以上のものなら余裕がない限りは無視する事はない。確かにパーティ外の冒険者は商売敵であり、迷宮では宝を巡るライバルで珍しい素材を巡って対立する事がある。
だが、ギルドは公平に判定神の裁定の下に判断を下し、無理矢理に素材を奪う様な冒険者はいざという時に助けて貰えないものだし、そういう者はそもそも冒険者としての信用が低い。
ポートロイヤルに住む住人にとってエレメンタルブレイブに所属している人間には崇拝にも近い尊敬を集めており、煙だけでは誰が救援を出したかは分からないが、アルトは積極的に救援に向かう冒険者として知られており、ギルド内の冒険者同士の雰囲気は悪くない。
ここが自分達の力だけで生活しなければならない辺境領ではなく王都だったら状況は変わってくるだろう。家督を継げない貴族の三男や四男で騎士になるほどの実力も根性もない人間は山程いる。
そんな彼等は実家から僅かな人員と金を得て冒険者になる訳だが、本人は一応ランスカ王国貴族として扱われる為に傍若無人な振る舞いをするアホが後を絶たない。
王都周辺の治安は良く貴族が集まる為に、貴族に仕えたいと考えている冒険者は集まるが、実力がない者も多く、他の地域に比べると冒険者の質は悪い。
王国騎士が積極的に王が宮殿を構える王都を守護する事は王国民にとっても悪いことではないが、基本的には王族や貴族を護るのが王国騎士の役割であり、平民を護るに値しない存在だと考える人種の王国騎士は多い。
多民族国家ならぬ多種族国家であるランスカ王国には敵が多い。概ね亜人種国家とは友好な関係を築く事は出来ているが、教国とは犬猿の仲で教国の意を汲む人種の国家とは相容れぬ事も多い。
そもそも創造神は人種だけを護る存在ではなく全ての種族に優劣はない筈だ。
ランスカ王国は最近の貴族の腐敗と他国が侵略戦争を仕掛けてくるかも知れないという内憂外患な状況に加えて大暴走の兆しが確認された相当危険な状態にある。
稀人の行動次第では存亡の危機にあるのが現状で、多くの貴族が稀人を自陣に取り込もうとした理由である。
ソラの様に目敏いプレイヤーはその事に気付き、王国を離れようとする者や逆に権力を得ようと王国に協力する素振りを見せ出来る限りの対価を得ようとした者もいる。
ソラが選んだのは受け取れる対価は素直に貰うがそれ以上は決して受け取らないことであり、王国の益と自分の益になるならポートロイヤル防衛に力を貸す事に決めた。
明日は二陣のプレイヤーが初めてプレイする日であり、青田刈りするなら最も適した日である。アイカはアルトがいなくなった事で此方を観察する様な視線を何度か向けて来た。
敵対する意思もなく戦闘時にスムーズに対応する為に会話をしたいところだが、機嫌が悪いのかそれも難しそうだ。
アイカが機嫌が悪そうとソラに思われたのは仕方がないことである。見ず知らずの人間を簡単に信用できるほどこの世界は甘くない。
特に弟や妹、家族の為にとはいえ奴隷として売られた経験を持つアイカはアルトやエレメンタルブレイブのメンバーに慣れるだけでも相応の時間が掛かった。
それにソラは男でありアイカは女だという事も警戒するだけに値する理由になる。
パーティメンバーに襲われて心身共に傷を負う女性冒険者はいない訳ではない。パーティも本当に信頼できる人間としか組むべきではないとされており良く分からないソラと臨時とはいえパーティを組む事になったのはアイカにとって予想外の事だった。
精霊が騒いでいないところを見ると彼も精霊魔法使いになれるだけの資質がある事は分かるがそれだけで警戒心を解くのは得策ではない。
若い男とは衝動的に若い女の子を襲うものだと知り合いの冒険者に聞いた。私にはアルトお兄ちゃんが居るから他の男は目に入らないがこのソラという青年も見た目は悪くない。
ソラはアイカが自分に対して警戒心を解いていない事を理解しつつもソラ自身もアイカの事を信用していなかった。プレイヤーではなくNPCだと頭では理解していても女だというだけで警戒の対象になる。
人見知りではないが社交的でもないソラは今までの人生経験で表裏の激しい女性を警戒する様になっていた。大空家は女系一家であり、女性に囲まれて育ったソラは良くも悪くも女性というものは油断ならない生物だと理解するに至った。
かと言ってソラは彼女が居た経験もあれば友達として付き合う分には女性との関係は悪くはない。だが男と女の脳の仕組みは違うものであり性差は時として悲劇を産む原因となるのだ。
ソラは幾度か痴漢冤罪に巻き込まれた事もあって知らない女性は警戒の対象となっている。
ソラも理由があってアイカの事を警戒しているがアイカもソラの事を信用していないのでお互い様だろう。微妙な空気が流れているのにお互いが気付いており、いたたまれない空気に耐えられなくなったのはソラの方が先であった。
「アイカさん。休憩をしませんか」
「大丈夫」
明らかにアイカの息は上がっており、気闘術を抑えれば問題ないはずなのに修行の為なのか発現を止めるつもりはアイカにはないみたいだ。
ここは無理矢理でも休ました方が良さそうだ。アルトと別れてからまだ弱い魔物しか襲って来ていないが、一人で対応できない魔物が出ないとは限らない。
アイカは魔法メインの戦術だろうが、使用出来る魔法によっては戦闘スタイルを変える必要がある。
「今はボブゴブリンくらいしか出てきませんけど厄介な魔物も多いはずです。全ての魔法を言う必要はありませんが、属性くらいは教えてもらえませんか?」
「やだ。敵対するかもしれない人に能力を教えるのは危機感がない人間しかしない」
確かにアイカの言う事も最もではある。ダンジョンなどの特定の条件下では冒険者は魔物や罠を警戒することは勿論のこと同じ冒険者を警戒する。
もし冒険者が死を覚悟して予期せぬ行動にでることは良くあるとは言えないが十分、想定出来る範囲内の行動である。
結界の魔道具を使用していても不寝番に仲間を最低一人は立てるのは魔物もそうだが人を警戒してのことである。
言うことは最もだが融通の利かないアイカに苦笑しつつも気闘術を解き有事に備えるソラであった。




