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二十話

「ソラ君。クルト村に行くのを諦めるつもりはないよね」


「はい」


 急ぎではないが、一度は赴く必要があると考えている。ベータ時代は今よりレベルが高く何とか必要最小限の戦闘だけを行って切り抜ければ無傷とは言わないが無事に辿りつくことは不可能ではなかった。


 それもソロではなかったので危険を犯していると言うのは承知している。


「僕が暇であればクルト村まで送る事も可能だが生憎、今は依頼の最中でね。だが無茶をする人間を知ってしまって無視する事も出来ない」


 先輩冒険者としてアルトは優しい方である。本来なら無関係な冒険者に対しても狩りや薬草採取の指導を行い、ポートロイヤルではその人柄の良さが人気である理由の一つである。


 アイカを同レベル帯の冒険者と組ませることで成長を促すという思惑もあるが冒険者に成り立ての頃に御世話になった人に対する恩返しの一つだ。


 領主軍が積極的に魔物を狩る事で被害は抑えられているとはいえ完全に零にすることは出来ない。


 実力のある冒険者は魔境に近い城塞都市アンデスで活動するかランスカ王国内で比較的に安全な場所で活動するためポートロイヤルの冒険者の質はあまり高くない。


 だが、冒険者の質が安全に直結する為に後進の育成は冒険者ギルド全体の課題であると同時に街に拠点を置く冒険者にとっても無視できる問題ではない。


 良く知った人間が自分が依頼で留守にしている間に魔物が原因で死んだとなっては目覚めが悪すぎる。


 一人の人間が出来る事は限られているが、対魔戦に関してアルトが出来る事は人よりも多い。Aランクは伊達ではない。


 強制依頼中は管理官(バスター)資格を持っていなくてもギルドの判断無しに高位ランクの冒険者は下位の冒険者に対して命令する事が出来る。


 無論、有事の際のみの権限ではあるが、命令を無視した冒険者に対しては私的制裁を加える事も可能だ。


 命懸けで戦う必要がある際に少数の愚か者のせいで全体を危険に晒す訳にはいかないからだ。ただ行き過ぎる制裁は処罰の対象となる。


 法によって裁かれることとなるが強者の意見は絶対という雰囲気のある冒険者の中でわざわざ自分の立場を悪くしてまで逆らう者は少ない。


「アルトさん。心配して貰ってなんですが、放置して貰って結構です」


「そうはいかないよ。君の事は今回の依頼内容に含まれているんだ。内容は話せないけど有無を言わせるつもりはないよ」


 ソラが思い浮かべたのは、エバンスのことだ。最後までクルト村へ行くのを反対していた。


 無用な戦闘を避け無理そうなら引き返してくることで何とか説得したが、エバンスは弟子に対しては少し過保護気味なのかも知れない。


 訓練自体は情け容赦のない内容だが、死が身近な存在であるこの世界では当たり前の事なのかも知れない。


「念のために聞きますけど拒否権は?」


「当然ないよ」


 笑顔で答えられても困惑するだけだが、エバンスと同様に逆らってはいけない雰囲気だ。


 穏和そうな好青年と言った感じのアルトだがこの世界の人間は現実世界の人間より精神的に成熟しているのでヤクザもびっくりの迫力だ。


 隣にいるアイカも無言で顔を横に振る。その仕草に萌えていたら視線で人が殺せるんじゃないかと言った殺気が全身を貫く。


「ソラ君。ちょっとこっちで二人きりで話をしようか」


「遠慮しときます」


「兄さん。今は依頼報告の為にギルドに急ぐべきです」


 アイカは慣れているのか気にした様子はない。てかスキルの無駄使いで過保護過ぎるだろ。


 今の威圧で恐怖耐性が一上がったとかアルトさんは冗談なのか本気なのか分からん。横目で見ながら冗談ですよね?ハイ。ホンキデシタ。


「アルトさんは何の用があってあそこにいたんですか」


「ああ。調査依頼を受けた冒険者のバックアップの為に指名依頼が入ったんだ。アイカは経験のために連れて行っただけでその帰りだよ」


 その期間がどのくらいのものなのか非常に気になるが、依頼は守秘義務を課せられるものが多く、高位の冒険者が受けるものになると内容は知らない方が幸せと言った事は少なくない。


 秘密保持の為に暗殺される様な事はないだろうが、秘密を漏洩しないという旨の魔法契約をギルドと結ぶ事になるだろう。依頼自体に秘密保持の魔法契約が含まれている事もある。


 魔法契約は破ると社会的な信用が失墜するばかりか命の危険がある。誓約・判定神【エンゲージ】は遵守と公正を司る神と崇められその誓約を破った者には神罰を与えるとされているからだ。


 神の雷鎚【ジャッジメントボルト】は判定神の力を以て罪人にその罪を償わせることとなる。


 ソラは多くの日本人が多神教もしくは無神論者であると同様に年末にはクリスマスを祝った後に年明けには神社に祈願に行くのに抵抗を持たないが、本来であれば信仰心というものは個に多大な影響を与え、統一された意思のもとで狂信者による凶行が行われるものだ。


 とある大国は大統領に就任する為には宣誓を行わなければならない。唯一神を信仰する宗教は厄介で崇める神以外を信仰している宗教に対して情け容赦がないことが多い。


 異教徒を業火で焼くのを何とも思わない行いは批判されて当然のものであるが周囲を黙らせる力がその宗教にあれば暴君より厄介な存在となる。


 教国では、【人種至上主義】が蔓延り、創造神【オリエンタル】の御名で様々な悪行が亜人種に対して行われていた。


 人種を優越種であるとする宗教はこの大陸では一般的なものとされ、信者も多い。教皇は一宗教の教主としては莫大と言っても過言でないほどの権力と発言力を持っている。


 他国の王や皇帝は自国内に住むオリエンタル教の信者への影響を考えて配慮せざるおえないことも多い。


 ランスカ王国は種族に関わらず同権であり、その気質から公正な誓約神エンゲージを信仰の対象とする者が多いが、オリエンタル教も一つの宗教として受け入れられている。


 身分制度が残っているのは建国の立役者であるアレキサンダーの一族を蔑ろにすることを好まない者が当時のランスカ王国に多かっただけでアレキサンダー自身は身分制度には懐疑的だったと伝えられている。


 ソラはどうしてもクルト村に赴きたかったがアルトの意見を蔑ろにすれば後が怖い。普段から暴力的な言動が目立つ者よりもアルトの様に普段は温厚な性格で知られる者ほどキレた時には過激な行動に出やすいのだ。


 大人しく従うのも一つの手段だ。寧ろAランク冒険者と顔繋ぎが出来ただけでも商人を目指す者からしてみればその意味は大きなものとなるはずだろう。


「厄介事に巻き込まれるのは御免なので詳しくは聞きませんが、アルトさんは俺に何を求めているんですか」


「そうだね。君は大人しく言う事を聞くタイプでは無さそうだから、このまま連れ帰るとしようか。抵抗しても僕としては構わないよ」


「アルトさんは冗談がお好きなようですね」


 アルトに催促する様に防具の裾を引っ張るアイカ。目が早くポートロイヤルに帰還する様にアルトに対して遠慮する事もなく促していた。


 アルトとアイカは主人と奴隷という立場では異質の関係である。アイカは奴隷であるのにも関わらず隷属の首輪により行動を制限されていない。


 奴隷制度を良しとしない風潮の強いランスカ王国だが、正規の手続きを踏めば、奴隷を購入することは不可能ではない。


 生存権は否定されないが、自己の自由を奴隷は奪われる。身持ちを崩した者から犯罪奴隷まで多くの奴隷と主人が存在しているが、アイカほどの魔力を持つものが奴隷になるのは珍しかった。


 ソラは少し気になったが個人の事情に深く踏み込んで良い事などない。会社の奴隷とも言えた自分は現実世界ではアイカよりもひどい立場であったと思ってしまう程である。


「助太刀していただいたアルトさんの意見を蔑ろにできませんし、一人ではこれ以上は進むのは危険そうなので俺もポートロイヤルに戻ります」


「分かった。であるのならエバンスさんの依頼内容に従ってポートロイヤルにまで責任を持って送らせてもらうよ」


 有難い言葉ではあるが、ソラは素直に頷くことは出来ない。他のプレイヤーは既に拠点をポートロイヤルから移しているものもいる。


 死に戻りを覚悟した少数のプレイヤーを除いては城塞都市アンデスに向かうものは皆無であり、冒険者ランクを上げた者は迷宮(ダンジョン)に挑戦しているものも多いと聞く。


 今ポートロイヤルに残っているプレイヤーは職人か戦闘に慣れていない者もしくはログイン時間があまり取れない者だけだ。


 魔族を選ばない限りは日本サーバーの全てのプレイヤーはポートロイヤルからプレイする事を余儀なくされ、大陸を移動する為の手段は限られている為に行動範囲はそれほど広くはない。


 大規模イベントも新規加入が始まるまではないと考えられ、稀人(プレイヤー)が与える影響は限りなく低いが、人数が増えるほど各国による勧誘合戦は激化し、今のところなし崩し的に稀人を独占する形となっているランスカ王国内のクライン伯の立場は微妙なものとなっている。


 他国に攻め入られた事を想定して軍備を増強する事はいざという時には必要不可欠な準備となるが、諸外国にとっては要らぬ軍事的緊張を与える事になる。


 隣国や周辺国からしてみれば、軍備増強は防衛の為に必要な戦力であったとしてもその戦力が自国の侵略に使われるかもしれないという疑問を抱くのは普通の事であり、それを解消するために国家間では外交が行われているのだ。


 ランスカ王国は貴族は自領の治安維持と有事の際の戦力として領主軍(私兵)を編成する事を許可されているが爵位に応じて編成できる人員の数は制限されており、その戦力を自国同士の争いを解決する手段として用いる事を法で制限している。


 王家直轄の近衛騎士団を始めとした東西南北軍がランスカ王国の最大戦力である事は間違いなく、方面軍の中核を成す騎士団団長は将軍として軍事部門に置ける重鎮であり、自軍の裁量権の範囲内であれば将軍には開戦権も与えられている。


 だが開戦権を行使する将軍は少ない。確実に勝てる戦など存在しないし、少数民族を相手にした武力闘争には旨味が少ない。


 戦果から軍事費を除いた金額を将軍の好きな様に使える金銭となるが、失敗した場合、将軍の地位を追われるばかりか家の取り潰しさえ有り得るのだから慎重にもなる。


 将軍になる為には本人の実力は勿論のこと家柄も重視される。無能な将軍の下に優秀な副将がつけられることはよくあることで、ランスカ王国ではほとんどない事だが他国では無能な将軍に率いられた軍が壊滅的な被害を被りそのまま国が侵略され属国として苦難の日々を国民に強いる事となった国も存在する。


 アルトと共にポートロイヤルに帰還する事が決定したソラであったが、カイトと話をしたかった理由はポートロイヤルでは地価が高く拠点を持つためには莫大な費用が必要でクルト村は開拓村であるが故に街ほどの利便性はないが開拓の余地が残っている。


 魔境に近い事で危険度は上がるが、地理的には辺境の更に辺境と言ったところだが拠点を置く条件としてはそれほど悪くはないと考えていたからだ。


 それに魔境に近いという事は冒険者にとって敵は強いが得る物は大きくなると言うことだ。ランスカ王国の騎士爵としてカイトは国に仕える立場だがそれだけ危険な土地に村を作れる程の戦力があればなかば独立した国と同じ様な扱いとなる。


 国王は貴族の領民が収めた税を間接的に徴収することで国を運営するが、王家直轄地でもない限りは貴族の取り分があるために税金が高く、王家直轄地は基本的に王都周辺にあるために物価が高い。


 クライン辺境領の様に充分な広さがあっても人の住まない土地では生産性がなく、土地が広い分だけ防衛に費用がかかる為に、その様な土地の場合、貴族から税金を徴収しない代わりに有事の際の支援も最低限しか行わないということも多い。


 危険が高い割には魔物から得られる素材しか収入がほとんどない騎士爵を支援できるほど国庫は潤沢ではない。


 王家の干渉が少ない分だけ不便な辺境だが、治める土地と財力をそのままに上手く国から独立する事が出来れば領主は国主となる事が出来るのだ。


 独立した貴族をそのままにしておく国はないと思うが条件さえ整ってしまえば手出しできない状況を作り独立を維持する事も可能だ。もしかしなくても国を興す稀人(プレイヤー)は何れは出てくるだろう。


 既存の国を乗っとるか新たに国を興すかはプレイヤー次第だが、一人一人が優れた能力を持つ可能性を持つプレイヤーだからできることで仮初だが与えられた不死性を生かすことで大規模クランが領地を持ち国を運営することは可能性の一つとしては十分である。


 稀人(プレイヤー)の行動次第では良くも悪くもなる世界だが、もともと人は見知らぬ他人より親族や知人を優先させるものであり、自分達が飢えてまで他者に食料を与えるものはいないとは言わないが少ないだろう。


 稀人(プレイヤー)がこの世界で幅を効かせる様になってしまえばファンタジーな世界であるのにも関わらず現実世界の柵が世界を縛る枷となる。

 ゲームのなかだからこそ興醒めであり、NPCは高度なAIが使用されているがその思考は限りなく実際の人間に近いものとなっている。


 人工知能は機械を人に近づける行為ではあるが昔のSFの様に機械が人にとって代わる危険性を排除したものとなっているらしいが機械工学に疎い人には未知の世界だ。


 人工知能の完成度を確かめる為に使用される方法は単純なものだ。実際に対面ではなくメールなどの文章でそれが機械か人間かを被験者に判断してもらうだけである。


 このゲームに使用されているAIは全ての被験者に人間だと誤認させるほどメールでのやりとりに違和感がなく、昔のゲームに出てくる村人Aの様に勇者に話しかけられて定型文でしか返答が出来ないただの機械ではない。


 多くのNPCが生まれては消えていく。ブラックボックスの中にはデータの残滓として蓄積されると噂されているが、真相を確かめられる者はいない。


 稀人からしてみればNPC(大地人)も世界を構築する重要なピースであり、人間と同じ様に自分の役割(ロール)をこなせるのであれば、問題はない。


 寧ろこの世界では稀人(プレイヤー)こそが異分子であることを自覚しなければ手痛い一撃を受ける事となる。


 稀人(プレイヤー)は確かに一人一人の質は高い。前衛である騎士・剣闘士・盾士・槍士や中衛・後衛である魔法師、弓士、銃士などプレイスタイルによっては制限されることはあるが、プレイヤー自身が選択できる余地がある。


 それに比べて大地人(NPC)は努力しても才能がなければスキルを獲得することが出来ない。スキルは確かに補助的な意味合いが強いが、武技を使えるかどうかは生死を分ける事となる為に才能がなければ諦めるしかない。


 魔法師が特に素質に左右されるというだけで他の職も実情は変わらない。


 だが大地人(NPC)達は稀人(プレイヤー)よりも圧倒的に数が多い、数は時として質を大きく上回り一騎当千と呼ばれる強者でも相手が国家単位であれば為す術もなく敗れることとなるだろう。


 国家間での戦争も面倒だが、人種・亜人種を含めた全ての人類と魔王を筆頭とした魔人・魔物の魔族が対立している事が事態を更に複雑にしている。


 魔族が本格的に侵攻し起こった【人魔大戦】から時が経ち、増長した人種は人種至上主義を掲げて亜人種を奴隷としている歴史があり、魔族が本格的に再侵攻した際に人魔大戦の時と同じ様に手を取り合って戦えるかは謎である。


 ランスカ王国ですら種族間の争いが全くないという訳にはいかないのだ。


 教国は他種族国家と敵対しており、大陸中に信者を持っているが故に憎悪を生みだし、協力し辛い状況なのだ。教国最強の七聖騎士【聖光騎士】、【聖炎騎士】、【聖水騎士】、【聖風騎士】、【聖土騎士】、【聖雷騎士】、【聖氷騎士】は多種族に対する憎悪を持つ者も少なくない。


 創造神オリエンタルを唯一神として信仰している事は同じだがただ利害関係だけで聖騎士を務めている者もいる。


 聖騎士の頂点である聖光騎士は教皇と同程度の権限を持っており、聖戦においては麾下の教会騎士を率いて神敵を滅ぼすまで止まることのない死兵となる。


 包囲戦を敷く時に指揮官が考えなくてならないことは相手を追い詰め過ぎない事にある。圧力をわざと弱め逃げ場を作る事で死兵となる者を減少させ、自軍の消耗を最小限にして敵には最大の損害を与えるのである。死兵とはそれだけ厄介なものなのである。


 自力で何とか出来る力を得る事は必要だが、一人で出来ることも限られている。ならば今はアルトから少しでも戦闘技術を盗む事だけを考えた方が得策だろう。


 頭を切り換えたソラは先にポートロイヤルへ向けて移動し始めたアルトの背中を追いかけるのであった。

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