十八話
ソラはクルト村に徒歩で向かう事にした。スモールラビットの皮を繋ぎ合わせて作られた寝袋は魔法袋の中に入れられている。
魔法袋は魔法適性の高い生地を袋型に型どられた物であるが、刻印魔法によって空間拡張の魔法が掛けられた袋でしかないため生物を入れる事は不可能ではないが空気が存在しないため現実的ではない。
そうでなければわざわざテント等という物を購入する必要がないからだ。例え魔法袋に生物を入れられる事が出来てもお奨めはしない。
重い物も入れられ手に持てない物も簡単に持ち運びが出来る様になる魔法袋だが、逆を言えば外とは隔絶された空間であり、拾得した者が移動し、見知らぬ土地に移動をさせられる事も有り得るからだ。
と言うことは表沙汰に出来ない様な人拐いが使用することも可能性がある。そうなれば人を魔法袋に入れただけで治安維持組織に目を付けられるばかりか冤罪で処刑とか冗談ではない。
魔法袋が高額なのは素材が貴重と言うこともあるが刻印魔法によって刻まれた空間拡張と重量軽減の技術が魔法ギルドによって秘匿されているからでもある。
魔道具や魔導具を作る者を総称して魔工師と呼ぶが、魔石を燃料とする魔道具は素人が作れる様な代物ではなく、使用者の魔力を消費する魔導具のほとんどが古代遺跡で見つかった遺物を模倣したものに過ぎない。
精霊鍛冶師によって属性や特殊能力が与えられた武器には劣るが、刻印魔法の扱えない鍛冶師が鍛えた武器に刻印魔法で強化するのも魔工師の仕事の一つである。
因みに一流と言われる鍛冶師でも刻印魔法が使えない者は多い。超一流と呼ばれる者だけが両方を兼ね備えており、武器が高額となるのが一般的な認識である。
口伝される技術であり、後継者がいなくなったことで失われた技術も多いと聞く。遺跡を調査するのは冒険者の仕事であり、ガラクタだと思って持ち帰った物に高額な値段が付けられる事も珍しいがある。だから冒険者は命を賭け金として博打をするのだ。
お金に余裕があれば護衛を雇いたかったが、好んで魔境に向かう者は一握りの実力者と己の実力をわきまえない愚か者だけだ。
剣聖とのコネは必要だが絶対という訳ではない。それでもソラが向かうのはMWOの中でカイトは重要な位置を占めるNPCだと考えていたからだ。
魔族と人類が敵対するのはファンタジー小説ではありきたりな設定だが、MWOも例外ではない。
同じ人種の国同士あるいは異種族国家間での戦争もあるが過去に居たとされる魔人を統べる者【魔王】は人類に敵対し、いくつもの国が歴史から存在を消された。
プレイヤーが魔族を選択できる以上は魔王が復活する事は規定路線だろう。まだ情報はないがプレイヤーの数が増えたところで大規模イベントが発生する可能性がある。その戦争で人類の盾となり矛となる聖人達は無視できる存在ではない。
ある意味では国を統治する王や皇帝、教皇より重要な存在となるだろう。達成困難なクエストから初心者でも達成できる簡単なクエストと様々なものがあるが、プレイヤーの働き次第では歴史が変わる。
それが良い事なのかは分からないが、限りあるソースを奪い合い時にはプレイヤー同士で対立するMMOだからこそ運営が意図していない方向に進む事もある。
その布石を打ちにクルト村を訪れるのだ。辺境の小さな村でしかないクルト村を重視するプレイヤーは少なく、一時的に滞在はしても直ぐに移動するプレイヤーは多かった。
ある程度の規模がある街とは違い不便であることは否定しない。まずクルト村には冒険者ギルドがない。冒険者ギルドはある程度の発展をした場所でないと支部が置かれる事はなく、職員を危険に晒してまでクルト村に支部を創設する必要がなかったからだ。
そのためプレイヤーは素材の換金と討伐報酬を受け取る為にわざわざ移動しなくてはならず城塞都市が討ち漏らした魔物はそれなりの強さであるためベータテスターにとって旨味がなかったのだ。
それなら多少得られる経験値が少なくても安全な狩場を活動拠点にするか死に戻り前提で魔境に突撃するかの何れかであった。
魔境でも浅いところであれば強い魔物は出ない。それでもランスカ王国の中で出現する魔物と比べて強いのは確かだ。
効率の良い魔境の浅瀬でポーションを消費しながら狩るか、安全マージンを多目にとり、効率の悪い狩場で狩るかはプレイヤー次第だ。
NPC(大地人)ならそんな無茶は出来ない。NPCの死は仮想現実の中での死であり、稀人とは異なり死に戻りなどできないのだから。クエストによってはNPCは死ぬ事がある。
それは重要な役割を占めている王・皇帝・教皇も例外ではない。重要な人物が居るのに放置されているのがクルト村であり、廃人達はクエストを達成することよりかは自身のステータスを強化するのに躍起になる為に仕方ないことだった。
食べ物を魔法袋に入れる事も出来るが、時間停止の刻印魔法が刻まれていないと中に入れている物は普通に劣化する。
クライン伯が権力者であるとはいえ時間停止の刻印魔法は喪失魔法である為に遺跡で取得した場合には莫大な金額を積まないと冒険者以外の手に渡る事はない。
魔法袋に入っていた素材は全て売り払われ、長期保存に適した干し肉や野菜・乾燥させた薬草が所狭しとなって入っている。
道中に出会う魔物は魔石と討伐部位だけをとって後は焼き払う事にした。急ぐ旅ではないため寄り道したい所だが寄り道できる場所がない。
魔境に近い程に普通に生活するだけでも困難になる。他の場所に比べて魔物の襲撃回数は多くなり、一体の実力も高い。
生活をするのには、食べる必要があるが、作物の栽培を行わなければ周辺の大きな都市から購入しなくてはならず、自分達で出向くとしても時間と費用が掛かる事になる。
確実に撃退する為には武力が必要で生活をするためには農民や職人が必要になる。だから広いクライン伯領と言えどポートロイヤルと城塞都市アンデスの間には開拓村の数はそう多くはない。
クライン伯がランスカ王国から下賜されている領土は城塞都市より内側で騎士爵としてクルト村を運営しているカイトより内側にある。
城塞都市は各国が所有権を主張していない土地をクライン伯が実効支配しているだけであってランスカ王国は黙認しているだけだ。
歴史的にも辺境とされ荒れ放題だったアーノルド地方がクライン伯爵家が王国から与えられた土地である。
この世界の土地の所有権は国同士では書類上のものよりも如何にして実効支配をするかに掛かっている。所有権を主張したところで大国で無い限りは無視されるのが普通だ。
隣国と戦争状態になっていないのにも関わらず国同士の境界線に領地を持つ貴族は小競り合いを年がら年中している為に仲は悪い。
武家として他国にも名が知られているクライン辺境伯家だが、隣接する国が無いのは類い稀なる武力を人間同士の争いに使われるよりかは対魔物に使った方が効果的だ。
大国となったランスカ王国が小国でしかなかった時に他国に侵略戦争を仕掛けられなかった理由である。
ソラはゴブリンが沸くのをうんざりしながら歩く。弱い魔物とはいえ数は脅威になる。既に回収したゴブリンの魔石は十を越えボブゴブリンは三だった。
確かにこのレベルならまだ余裕はある。ボブゴブリンが複数で出てくると余裕は無いが勝てない訳ではない。
新調した武器は鉄だった頃に比べると切れ味が上がっており使い易い。最初にタイラーから購入した鉄の短剣+一は投擲用となっている。
今はスキルのアシストは無くても双剣に慣れる為に両手で黒鉄の短剣+三を戦いに用いている。
【短剣術】が【双短剣術】に派生するのはまだ先のことではあるがスキルはあくまでも補正や習熟度でしかない為に剣術を持たない農家でも剣を扱い戦う事が可能である。
出発前に準備期間もあって今のレベルは十一だ。出発前はレベルが十だったがさっきの戦闘でレベルが上がった。
冒険者ギルドのクエストを達成するとギルドポイントと多少の経験値を得る事が出来る。正規の依頼で無いために村に食料を売りに行っても依頼達成とはならない。
カイトが発注している運搬クエストは受注するのに最低でもDランクが必要で余裕を見るなら複数のCランク冒険者で当たるのが良いとされる。
ギルドが示す危険度は目安でしかない。街の中でであれば危険度は低く、その殆んどがFランク相当となるが街の外で活動し尚且つ魔物との戦闘が予想されるDランク以上の依頼は例えば受注した討伐依頼がランクDであるのであればソロならCランク、複数でやっと適正ランクとなるのが冒険者達の認識だった。
冒険者ははっきり言えば依頼を失敗しても生き残る事が出来れば勝ちである。逆に言ってしまえば死んだらいくら金や権力を持っていても無意味である。
冒険者ギルドとしては現時点でソラがクルト村に赴く事を好ましく思ってはいない。
クライン伯領内ではある程度の自由を得たソラであったが、魔物に人の理を理解しろと言う方が無謀であり、ギルドとしては一冒険者でしかないソラに特別な事情がないのに護衛をつける事は出来ない。
出来るのは、村へ物資運搬の依頼を受けた冒険者に対して注意を促すだけであり、ギルドマスターの職務は激務であるためエバンスがソラの希望を叶える為に同行する事は不可能だった。
エバンスができたのは魔境の調査依頼に派遣したAランク冒険者にソラの人相を伝える位である。
ソラは窮地に陥っていた。二体のボブゴブリンを相手に奮闘し、勝利した所で回復薬を飲み休憩をしていた所でシャドウウルフに襲われたからだった。
シャドウウルフの由来は素早く農民が影しか見る事ができなかったと新種として発見された時に報告されたのが切っ掛けで単体でもボブゴブリンより強い。
そのシャドウウルフ三体に囲まれ、包囲半径は徐々に狭められている。一対一であれば問題なく勝てる。一対二でも苦戦はするだろうが負ける事はないだろう。
一対三となってしまえば逃げる事が可能かと言った所だろうか。狼系の魔物は総じて鼻が良く、風下に居れば広範囲の匂いでも嗅ぎ分ける事が可能だ。
ソラは戦闘でゴブリンの返り血を浴びており、消臭用のアイテムを振りかけながら移動してきたが捕足されたらしい。
防具は新調することなくスモールラビットの素材のままだ。武器を新調し土魔法を覚えたことで攻撃力は増している。【クレイクリエイト】土魔法の根幹魔法であり基本だが極めれば奥義となる魔法である。
土を固形化し攻撃に用いる事も壁として防御に用いる事も可能だ。成形し魔石を填め込めば、作成者の命令を聞くゴーレムを作る事も可能だ。
中には魔石ではなく自身の魔力で複数体のゴーレムを操る土魔法師もいる。水魔法に弱いという欠点はあるが建物として使われる位なので魔力を含まない水によって崩壊する危険は殆んどない。
無論、耐久度を上回る攻撃に晒されれば破壊することは可能だ。土魔法で作った盾は何とかシャドウウルフの攻撃を凌いでいるが三体のうちの一体は体格が一回り大きくリーダー級なのかも知れない。
魔法師として研鑽を積んだ訳ではないソラは魔法を連発するには魔力が圧倒的に足らない。
牽制で敵の体力を削りつつも戦闘を長引かせているのが現状でRPGのゲームとは異なり戦闘中に新たな魔物に乱入される事も普通にある。
しかも魔物は種族が違えば殆んどの確率で三竦みの状態になり、弱い者から狩られるのは当然の結果なので多対一の戦闘を強制されるのだ。
只でさえ厄介な状況で増援が来てしまえば状況は詰む。プレイヤーも戦闘中にフレンド登録した者や顔見知りでないプレイヤーの戦闘に割って入る事はマナー違反とされる為に自力で何とかするしかない。
この状態で逃げ出せばモンスタートレインもしくはMPKと呼ばれる非マナー行為となり行き過ぎれば運営に報告され、冒険者ならバスターが職人系や農民なら衛兵がやって来る事となる。
膠着状態を解消する為にソラは地面に手を置き形質変化を強制的に行う。それまで固かった地面が急に雨水を十分に含んだ泥状となり、一体のシャドウウルフの足を絡み取る。
その後、元の状態に戻してやれば拘束出来るのだ。深く嵌まれば行動を制限し、そのうちに態勢を整える事も可能だが、MPをかなり持っていかれる。
自然回復量が多く無いためにMPポーションを飲まなければ連発できず、ポーションは一本でもそれなりの価格がするので安易に使用すればポーション破産する事になる。
現状では購入するしか方法が無いが、錬金術師は薬師の上位もしくは派生ジョブであるために高性能なポーションや薬を製作しようとしなければ、自作することは可能になる。
少なくとも二十レベルを越えなくてはSPの関係上で【錬金術】を取得する事は出来ないが、便利な分コストは重くなるものなので文句は言えない。
従来であれば薬になる素材に対する知識、鉱物や魔物の素材に関する知識と魔法に関する深い造詣がなければ取得不可能な錬金術師に経験を無視してなる事が出来るのだ。
対価としては相応であり、師を探してその上で取得しなければならないと考えるとSPは貴重だがあまりある恩恵となる。
因みにソラはSPを消費して土魔法を取得したが、普通であれば魔導具で魔力を消費する感覚を覚え生活魔法を発動できる様に訓練して、その後に魔力操作を得て初めて属性魔法を覚える手順を踏む事になる。
この世界に生きている者なら魔力を感じる事は出来るが、稀人なら時間短縮の為に魔力操作をSPを消費して覚えて後は魔法関連のクエストを進める事で魔法を習得する。
冒険者ギルドは魔法師、とくに回復魔法が使える治癒師が居ればパーティの生存率が上がるため希望する冒険者に対して素質がある者に関して教える事に躊躇いを見せないし、ギルドは若い冒険者希望者に対して訓練校も設置している。
千載一遇の機会を見逃しては危険に満ちた冒険者などやってはられない。まだ様にはなっていないが攻防一体となる双短剣でリーダー級を牽制して地面の中に足をとられているシャドウウルフに先ずは確実に仕留めるべく渾身の一撃を見舞う。
左手での攻撃は割って入ったシャドウウルフにいなされたが、右手には確かな手応えがあった。
残りは二体。状況によってはいま仕留めたシャドウウルフの魔石と素材は諦めなければならない。それよりは確実に残っているシャドウウルフを始末した上で考えれば良いことだ。
頭を切り替えようとしたところで闖入者に気付く。ビルドアントかソルジャーアントかはまだ遠目で判断する事は出来ないが、状況は良くなるばかりか悪くなる一方だ。
蟻系の魔物は一体の力はそう強くはないが蜂系と同じく脅威になるのは数と連携である。昆虫系の魔物に良くある仇討ちと呼ばれる習性も敬遠される理由の一つだ。
人間には感知できない匂いで敵の所在を知らせる。ストレス発生時に混じる匂いが原因とされるが襲撃される側からしてみれば無関係で襲われるなら撃退するしかない。
ソルジャーアントやビルドアントの一つ前の形態のスモールアントは小さいと言う意味ではなく幼体という意味だ。
兵→騎士→王・女王と群れの中で階級があり、コロニーの中には必ずキングとクイーンがセットでいるがこちらは蟻系や蜂系の中でのキングやクイーンであって魔物の等級である王級とは無関係である。
クイーンから産まれる個体の中で極少数しか生まれないという観点では全く無関係とは言えないが、単体で村を半壊もしくは全壊する能力はない。
群れとしてなら十分可能であり、脅威という意味では変わらないが、規模に比例する為に冒険者ギルドが出すランクには幅が出てくる。
焦ったらそのまま餌食にされると自覚しつつも地面に対して警戒を怠らない様に気を配るソラの姿がそこにはあった。




