十七話
タイラーからの返事は翌日になって届いた。短剣を作るのは問題ないが、それなら鉄ではなく、耐久度に優れた黒鉄で作るべきだと言われた。
鉄より加工が難しく、二本分を注文するための値段は一万コルとなるそうだ。材料を持ち込めば少し安くなるが、この辺りで黒鉄が採れる場所をソラは知らない。
インゴットではなく鉱石のまま持って行ってもタイラーは文句は言わないだろうが持ち運びは不便となるだろう。
「今はどの鍛冶師もマニュアルで作る奴はいない。最初のうちは鍛冶師ギルドに紹介された師に学ぼうとしたらしいが素人に扱える物ではない」
メッセージを送っての返事だが、それもそうだろうと納得できる話だ。鉄を鍛える伝統的な刀鍛冶の数を考えれば、趣味と実益を兼ねてMWOをプレイしているタイラーの方が少数派に過ぎない。
マニュアルで作られた武器はオートで作られた武器に比べて三倍から五倍の価値が付く。
オートはステータスに依存し、叩く回数やリズムが決まった音ゲーみたいなものらしいがそれではいくら頑張ってもベータテストでは普通品しか出来上がらなかった。
数打ちであれば問題はない。武器に依存した戦い方をしないプレイヤーであれば武器の性能はおまけでしかないのだから。
だが高レベルの戦いにおいて技量に差がない場合は武器の質で勝敗が決することは多々あることだ。そう考えると+が付く程の性能を出せるタイラーと出会えた事は行幸だった。
俺が冒険者ギルドで登録するのにモタモタしていた数十分の間にタイラーは鍛冶師ギルドで登録し、作成されたのが入手した短剣だろう。
殆んどの者が冒険者を選ぶ事になるとはいえ、他の職業が選べない訳ではない。初めてのギルド登録は無料ででき、鍛冶師ギルドに登録すれば短剣を鍛えるのが初期クエストとなるだけなのだろう。
マニュアルで数本作ったとはいえ刀鍛冶であるタイラーは鉄の温度から最適な回数とタイミングを長年の勘で掴んだのだろう。
それにインゴットがいつも手元にあるとは限らない。受注生産だけ出来るのであれば在庫ロスは起きないが、そのレベルに行くまでには時間が掛かりプレイヤーも発注できるだけの財力を持たないからだ。
序盤はとにかく生産職は金が掛かる。鍛冶師の場合、作った武器が売れなくては腕を上げたくても武器を作る財力がないため他のプレイヤーを頼って素材を集めるか、プレイヤーが作成した武器を購入するのを待つしかない。
それが嫌なら自分で素材を集める必要があるが鍛冶師は戦闘向きのビルドでないことが多いため難しいのだ。
タイラーに戦闘をさせるくらいなら素材もしくは金を融資して、鍛冶に専念させた方がプレイヤー全体の利益になりそれは間接的に専売契約を結ぶことが出来た方が、ソラの利益になる。
人との繋がりは打算的な面もあるがそれが全てではないと思っている。互いに利益があるのなら尚更である。
商人で成功したのであれば、プレイヤーに投資をするのも一つであり、その投資先の候補が、タイラーであるというだけだ。
元手はクライン伯から貰ったコルがまだ残っている。ノウハウがなく売れ筋となる商品が無い状態で商売を始めても損をするだけだ。
他のプレイヤーがどのくらいのレベルになっているかは分からないが余程の廃人でない限りは差はあまり無いと思いたい。
エバンスとの朝練を続けながら可能な限り魔物を倒して経験値とコルを稼いだ。ボブゴブリンと戦闘をしまくり、各種スキルとレベルが上がった。
そろそろEランクに上がってもよい頃だが、依頼達成を報告してもギルド側から何も言われないので不思議に思っている。
物品鑑定も暇を見つけては市へと顔を出し、その際には農家からリコの実を購入してスモールラビットの肉を売っている。
村では物々交換が主流だそうだが流石にポートロイヤルではお金しか使えない。カイトが治めるクルト村も村人同士なら物々交換もするが外部の商人とはお金を介するので文明的には現代日本と比べるまでもなく遅れている。
だが、魔法があるため独自文化が形成されている事もあわせると、如何に歪な進化を遂げているかが分かる。
怪我をすれば薬を飲み時には外科手術も行う日本に対して、この世界では外科手術は一般的ではない。水か光に適性のある人間が魔法を用いて傷を再生させてしまう。
初級回復魔法では、擦り傷くらいしか治せず、解毒できる毒も限られているが一部の上級治癒師は、一つの呪文を唱えるだけで数十万コルから数百万コルを稼ぐ事も可能だ。
回復魔法は教会が一番優れているとされているが信徒の中には破門されたり教義に合わなかったりで一定数は、教会と道を違えており、市井や国に仕えている。
報酬は先程、述べた通り生活に困らない事が多いので冒険者になる事は少ないが、個人の事情により、冒険者となるものもいる。
そう言った経緯で全体から見ると治癒師は貴重で更に高位の治癒魔法が使える治癒師は少ない。
ソラがこのまま冒険者を続けるのであれば治癒師は必要だが、商業クランを設立するつもりであるのなら不要とは言わないが、必要になる機会は限られる。
しかしソラが構想するクランには、冒険者ギルドの言わば派遣業の様な形態も必要になる。鍛冶師を例に上げたが薬師が使用する素材の中には魔物が多く発生する領域でしか採れない物も多く、龍種の涙は秘薬の材料になるとされている。
素材を手に入れる為に冒険者に依頼をするとなると薬自体が高額となり、利鞘が減る。
確実に採取できるのならそれでも良いが、顔も知らない誰かを信用する者がいたらその人は愚か者だろう。また荷を安全に輸送しようと思えば護衛も必要になる。
盗賊や魔物だけが商人の敵ではない。商売敵も無論そうだが荷の護衛を依頼した冒険者が敵になることもある。食い詰めた人間は何をするか分からずまた、敵わない魔物が出た時に冒険者が逃げ出せば荷だけではなく同行した商人の命も危なくなるのだ。
中には盗賊と結託した冒険者が護衛依頼を受けて荷馬を襲う事件も発生している。
弱いことが悪だとは言わないが、弱ければ守れないものがあるのは事実だった。だからソラは淡々と危険を犯してでも魔物を狩り続けている。
クランを結成する前に有力なプレイヤーと知り合いになる必要があるがそちらは上手く行っていない。力のあるプレイヤーは既に以前からの知り合いとパーティを組んで攻略にあたっており、ソロでプレイすることは効率が圧倒的に悪いため少数派だからだ。
ギルドに依頼達成の報告をし、ギルドプレートに入金をして貰う。めぼしい依頼は既になくなっており、残っているのはお使い系と呼ばれる初心者冒険者向けの依頼だけだ。
【ローチ駆除依頼】
宿場を営む夫婦からの依頼で報酬はニ千コル。人気がないのは駆除自体は簡単だが、地球に存在しているゴキブリをそのまま大きくした様な存在で魔物でない為に魔石が採れない。
一匹見掛けたら三十匹居ると言われているのは地球と同じで生命力がやけに高いのが特徴である。
時間もあるし、魔物だけではなくこういう仕事をしてもいいかと思い依頼票を持ってアリシアの列に並ぶ。数分待たされて自分の番がやってきた。
「ソラさん。御用件を伺います」
依頼票を差し出して依頼受付済みにしてもらう。
「ローチは弱いとはいえ幾らでも発生します。依頼主の宿は分かりますか」
泊まっている宿とは異なるが大体の場所は依頼票に書いてあった。
「大丈夫です」
「かしこまりました。気を付けて下さいね」
アリシアに見送られてギルドを後にする。人が少ない時間帯が指定されており、暇な時間に来るように指定されていた。今日はまだ時間が過ぎていないため、早速向かう事にする。
「すみません。ギルドで依頼を受けてやって来たんですけど」
「はいはい。ちょっと待って下さいね」
出てきた女将さんは三十半ば位で恰幅の良い女性だ。話をしてみると中々、依頼を受ける冒険者がいなくて困っていたらしい。
厨房に案内されて孤独な戦いが始まる。ゴソゴソと奴等の気配は感じるが、姿を一向に現す事はない。間抜けな一匹が出てきた隙に貸与された木の棒で叩く。
グシャ。嫌な感触と共にまずは一匹を仕留めた。仲間意識が高いのか仇を討つ為に二匹が向かってくる。這いずり回るのならともかく一匹は飛んでいる。
魔物との戦闘には慣れて恐怖を感じることと抵抗が少なくなっていたソラだったが、生理的嫌悪から軽い【混乱】に陥る。
飛んで来るローチを空中で迎撃するが攻撃は回避される。服の上からとはいえローチが直ぐ肌の上にいる事が混乱に拍車を掛け【恐怖】状態となる。
体は一瞬硬直したが、ソラの意に反して体はローチを振り払い棒で叩き潰す事に成功した。
二時間かけて徹底的に駆除した頃には宿も忙しくなる時間が近付きそのまま女将さんから依頼達成のサインを貰ってギルドに向かおうとするが、服の汚れに気付いた女将さんの好意で湯を貰い体についた埃を払った。
湯は一般的には魔石を使用して沸かすか、火を焚いて沸かすかのいずれかであったが、女将さんは何かを察して成功報酬とは別に無料でくれた。
憔悴したソラは二度とローチ駆除を受けない事を誓った。不人気な依頼にはそれなりに理由がある。それなら魔物相手に戦っていた方がましだった。
だが【恐怖耐性】を得たのは良かった。混乱になる可能性が低下し、体が硬直する確率も減る。運営が用意したローチ駆除依頼は掲示板でトラウマ製造機として話題になっていたがソラはなるべく攻略情報を見る様にはしていたが、掛けられる時間が有限な以上は全てに目を通す時間はないが故の悲劇だった。
低報酬ではあるがゴブリンとスモールラビットを相手にする傍らでお使い系クエストを消化していく。庭の草むしりからペットの世話、郵便の配達など多岐に渡った。
採取系クエストを頻繁に受けて道具屋のおばちゃんとも知り合いになった。Fランクの依頼を十ほど達成した頃にやっとEランクとなった。
アリシアに話を聞くとボブゴブリンを討伐出来ればDランク相当の冒険者と認識されるが、FランクからEランクに上がる為にはFランクのお使い系の依頼を達成する必要があるらしい。
冒険者として活動するには討伐だけではなく誰かの役に立つことが要求されるからで、その中でも必ずローチ駆除依頼は受けなくてはならないらしい。
直接、殺さなくても駆除剤で駆除する事も出来るが食べ物を扱う場所であるためそれも難しく、宿を営む者は冒険者に一定の理解がある者が多い。
危険は少ないが報酬が出る依頼を出す事の重要性を理解しており、ギルドも格安で依頼を受けて冒険者が先ず生活できるようにと配慮した結果の依頼であることが察しられた。
宿屋からしてみれば泊まっていた冒険者が依頼に失敗して帰って来ない事はよくあることだ。前金で貰っている間は荷物を預かるが、それを過ぎたら処分する。
依頼が長引く事も考慮に入れて多目に前払いする者が多いが、計画性のない冒険者は宿に泊まる金も使い果たして野宿する者もいる。
ソラには野宿するスキルが足らず火を起こすのもテントを張るのも経験がない。インドアで運動と言えば会社まで歩いて移動する位しかなかったソラが特別な訳ではない。
この世界では当たり前の生活魔法もソラは使えない。サバイバル能力に欠けると言われれば反論できないが、現代っ子にそれを求めるのは酷だろう。
拠点をポートロイヤルに置くのは変わらないが、ソラは薬草を大量に採取して、スモールラビットの肉を乾燥肉にする依頼を商業ギルドに出して手に入れていた。
カイトが治めるクルト村に行く事にしたのだ。食料と薬草ならば需要が無くなる事はなく。カイトを訪ねる体裁を整えるには十分だ。
ソラは平民だが、カイトは同じクルト伯爵家の庇護がある者同士で無下に扱う様な性格もしていない。利がなくても歓迎してくれるだろうが、ベータ時代には顔見知りでも正式サービスが始まってからは他人同然であり、友好値も零に近いだろう。
御用商人と領主。そういう関係でも信頼関係を築きたいとソラは考えていた。打算もあるがソラも男だ。強い者には憧れていた。恒例の朝練にてエバンスにソラは切り出した。
「エバンスさん。生活魔法を教えて下さい」
「悪いがソラそれは出来ない」
エバンスは気は扱えるが属性魔力は全くなく、生活魔法が扱えないという特異体質であった。
ソラは念願の魔法を教えて貰えないと分かるとがっかりしたが、今もただで教えて貰っている以上は我が儘は言えない。
「そうですか」
「ソラ。勘違いするな。儂は生活魔法が全く使えないから教える事が出来ないだけだ。良ければリースに相談してみると良い」
治癒師であるリースが生活魔法を使えない事は有り得ない。また水の攻撃魔法が使えるリースであれば魔法について簡単にではあるが教える事もできる。
リースはエバンスに指名された頃くしゃみをしていた。
「風邪ひいたかな」
ただのギルド職員でしかないリースがギルドマスターのエバンスの命令を断れる訳がない。出世にも響くし、給料にも響く。エバンスも簡単にソラに教授すれば良いと考えていたが、リースはそう受け取らなかった。
そのせいでソラは【土魔法】を取得して生活魔法と土魔法の扱い方の指導を受ける事になり、クルト村への出発が遅れた。
クルト村への出発には準備が必要となる。それは食料だったり細々とした消耗品の購入だったりと様々だが一番必要とされるのは純粋に戦闘能力だけである。
ポートロイヤル周辺の治安は自警団と領主軍によって守られているが当然、魔境に近づく程に危険は増す。クルト村はポートロイヤルより魔境寄りにあり、護衛を雇わなければ最低でもレベルが十五は必要とされる。
最前線でありランスカ王国の最終防衛ラインである城塞都市アンデスに行くのには更に適正レベルが上がり、初心者にとって魔境に入る事は自殺行為となる。
ギルド職員であるリースはそれを承知していたからこそ生活魔法だけではなく、【魔力操作】を習得するまでエバンスと共に付き合ってくれたのだと思う。
本来であるならば魔法適性の高い者でも師を見つけるのは難しい。だがランスカ王国では、魔法の才がある者に対して優遇措置をとっており、それは魔法学園への入学支援を行う。
税金の軽減など多岐に渡るが、親にとっては子供は例え小さくても労働力であり、裕福な家庭ならまだしも平民の一般的な家庭には生活にゆとりがないものが多い。将来生活が楽になると頭では理解していても現実は甘くない。
ランスカ王国の支援制度は強制ではなく、あくまでも任意であり、魔法学園の教師達は、宮廷魔法師になれる才能がなかったものかあるいは、魔道の研究に生涯を捧げる様な変人しかいないのであくまでも最低限の教育だけを施して、王国民の生活水準を上げる為に創立されている。
最低限ではあるが魔法を使えるだけでも王国ではエリートとして扱われる。
一般的な平民よりは豊かな生活が出来るのは間違いない。攻撃向きとされている火に適性があれば兵士になっても良いし柵が嫌なら冒険者になるのも一つの手段だろう。
水に適性があれば貴重な治癒師として生活が保障されるだけでなく、飲料水の数が限られているため都市部には水を生み出す専用の魔法師もいる。
魔法耐性の低い子供や老人であれば魔力によって生成された水は避けた方が良いが健康な成人であれば多少であれば問題はない。
土魔法に適性があるのであれば仕事に困る事は少ないだろう。木造の建物が多い事は事実だが土魔法は建築魔法と呼ばれる位には頑丈な建物や防壁を作り出すのに適している。
風魔法は他の属性に比べると地味に思われがちだが、その発動速度には目を見張るものがある。戦場において一瞬が致命的となることは有り得る。
風魔法は感知能力が優れた者でなければ避けられない不可視の攻撃を行う事が可能であり、風に指向性を持たせてスピードを上げる事も出来るので有事の際には伝令として良く使われる。
リースさんに叱られながら魔法習得に奮闘した事を思い出しながら、ソラはポートロイヤルを後にした。




