十四話
ソラ一行を迎えたのは、クライン伯に仕える執政官のメイドと執事であった。訓練された動きを見ると秋葉原で見かけられるなんちゃってメイドではなく職業メイドである。
執政官は執務室にいるらしくソラ一行は武器をメイドに預け後に続く。本来であれば魔封じの腕輪と気封じの腕輪をつけるのが礼儀ではあるが、今回の訪問はクライン伯からの謝罪の側面が強く武装解除で良しとされた。
魔封じの腕輪は魔法師・魔導師に魔法を使えなくするための魔道具であり気封じの腕輪は気闘術を使えなくする魔道具である。
貴人に面会する時もそうだが一般的には犯罪を犯した罪人や魔力保有量は多くても制御が未熟な者が暴走させない様にする為に使用される。
魔封じの腕輪や気封じの腕輪を装着させるということは相手の事を信用していないというのと同義であり、気封じの腕輪は何故か覇闘術を封じ込める力はないため例え無手であろうと本気になったエバンスを止める事は執政官が雇っている護衛でも難しい。
なら敢えてエバンスと敵対する様な行動を執政官がとる訳がない。エバンスの純粋な力は強く、持っている権力も一冒険者ギルドマスターとしては破格な物であるからだ。
それでも敵対せざるおえない状況に陥る可能性は零ではないが、例え四人を殺害することが出来ても冒険者ギルドは必ず報復するだろう。
そうなれば冒険者ギルドの威信を懸けて執政官を殺害し、辺境伯も殺害もしくは強制隠居となるだろう。
武器を預けた事でソラは緊張の度合いが増していた。当然の処置であり、傍らにエバンスとマルコがいても良く知らない人間の前で武装を解除することは、リスクを負うことである。
エバンスは慣れた様子であり緊張感は全くない。マルコは鎧を到着後に外し馬車の中に置いてきているので何かあればその身を盾にしてでもエバンスとソラを護るつもりである。
アリシアはソラ同様に緊張した面持ちであるがエバンスの実力と逸話を知っている為、ソラよりは平静を保てていた。
「こちらで暫し御待ち下さい。主を呼んで参ります」
執事はそう言って席を外し、メイド達はソラ一行を部屋の中に案内してお茶の準備をしている。客間なのだろう。テーブルと椅子が用意されエバンス・ソラ・アリシアは席につくがマルコは護衛であるが為に立ったままでいる。
武器はないとはいえ気闘術が使えればそれなりに戦える。敵兵を殴り倒し、武器を奪う事くらいは出来るとマルコはその人物が入ってくるまでそう考えていた。
入ってきた人物は五十を越えており、背は高いが身は細い。細いとは言っても痩せているからという訳ではなく、無駄な脂肪がなく身が引き締まっているからだとそうマルコとソラは感じた。
その人物の後ろには如何にも文官ですと見本の風貌の男が続く。口を開いたのはエバンスであった。
「ジョセフ様。貴方様が赴く様な案件ではないはずです。家臣に任せておけば問題なく解決した筈です」
「エバンス殿。そう言うな。重要な案件だからこそ儂が出向いた。久しぶりに貴殿の顔を見たくなったという理由もあるが、先ずは楽にしてくれ」
立場上、貴族であるクライン伯が公の場で謝罪することは不可能に近い。貴族と平民の身分差は絶対であり、そこには厚い壁がある。
エバンスはクライン辺境伯の領地の中で活動する冒険者支部のトップであり、その職責の関係上、クライン伯とも面識があった。
お互い武人であり、気性の近い二人が身分を越えて友となるのには時間はかからなかった。公式上は領地を治める伯爵とその領地の一部を統轄するギルドマスターだが、クライン伯は身分に拘らず実力のある部下に要職を与えていた。
反感はあったが、クライン家は元々、長男が家を継ぐものの初代の遺志によって武に優れた者が家を先導してきた。
でなければ歴史あるクライン家とはいえ数ある男爵家の中から最終的に侯爵と同等の爵位である辺境伯に王家から任じられる程の信頼を勝ち得る事はできなかっただろう。
「エバンス殿。紹介をしてくれないかな。貴殿以外は見知らぬ顔ばかりだ」
「はい。こちらの青年が今回の直接の被害者であるソラです。後ろに控えているのは護衛のマルコであり、女性はうちの職員のアリシアです」
「そうか。しかし、エバンス殿には護衛など不要ではないのか。槍がなくともここから三人を連れて逃げ出す事くらいは朝飯前だろう」
実際、エバンスはやろうと思えば素手で武器を持った人間を簡単に制圧できる。覇闘術は制御が難しく、エバンスですら戦闘で滅多に使うことはない。
気の消費が大きく長期間、使用すれば立っていられない程の疲労を感じる。生命力である気を使う為に扱いが難しく武器を持っていれば殆んどの相手が気闘術で対応可能なので奥の手として隠しているのだ。
「ジョセフ様が育てた精鋭を老兵である儂が倒せるわけがありませぬ」
これは真実ではない。相手が武器を持っていても負傷することさえ躊躇わなければ、一方的な虐殺とまではいかないものの手痛い反撃は必至である。
「上級がいくら集まろうとも選ばれた聖級には勝てん。それは世界の真理だ」
クライン伯は上級剣士ではあるが純粋に剣術だけを極めた者には負けるし、上級剣士の中では弱くはないが他者を圧倒できる程の実力もない。
カイトは歴代の剣聖のなかでも指折りの実力があり、それでも神級に至っていないのだから上級と王級の壁は厚く王級と聖級の壁は更に厚い。技術的な実力差も大きいが武技の威力も桁違いになる。
稀人と同様にレベルという概念はこの世界にもあるがステータスによるものであって明確なものではない。
魔物を倒す事によりステータスは上がるが多くの人間はそもそも魔物を倒す事は出来ても低位が精々であり村人の平均レベルは十以下である。
中には元冒険者でレベルが高い者もいるが、絶対値は低い。稀人とこの世界に住む住民では成長率が異なるからだと言われている。
だからこそ貴族は稀人を物量で殺そうとするか、己の権力で従わせようとするかの何れかの行動を取る。
上手く取り入れることが出来れば己の権力を更に強める事ができ、下手に敵対すれば貴族と言えどその身を危険にする。
天使にも悪魔にもなる存在が稀人なのである。伯は己が持つ情報網から最近、大量に稀人らしき人物達が領内で活動を始めた事を確認し、弟からも聞いていた。まだ倒せる魔物は少なくクライン領主軍の新兵と同じ位の実力位しかない。
稀人の中でも前線組と言われる人達でさえ十から十五レベル位なのだが、死んでも復活する事が出来る稀人と死んだらそこまでのこの世界の人物とでは大きな壁がある。
クライン伯は脅威となる前にある程度まで行動を観察しぎりぎりまで見極める時間を稼ごうとしていた。自領に出現した稀人が、他領に移動するまでには時間があり、ポートロイヤル周辺は領主軍によって魔物が討伐されているのが理由だった。
下手に虎の尾を踏む人間には貴族は務まらない。クライン伯は武人であり敵や魔物を率先して狩ってくる様な貴族の概念では変人とされていても広大な土地を治める大貴族である事は間違いない。
鑑定スキルによってソラを見極めようとしたが、分かったのは名前、ジョブくらいだ。判定神の水晶を使用すればもっと詳細を知る事は出来ただろう。一部の人間だけに開示される情報があり、領主やギルドマスターだけが知る事が出来る情報もある。
会談前に情報をなるべく得ようとして奔走したが、それで得た成果はソラが稀人であると言う事実だけだった。
クライン伯としてはそれで十分だったのかも知れない。コルナー男爵家から対価を引き出すにはあまりある情報で元々、冒険者ギルドとは敵対するつもりがなく、被害者には金銭を与えて解決しようと考えていたのである。
しかしクライン伯は更に踏み込んだ決断をした。ギルドマスターエバンスとの会談次第では己の庇護下に置くことにしたのである。
貴族が自家の紋章が入った短剣を冒険者や領民に与える事がある。有望な人材を保護する意味合いが強く、平民は貴族の後ろ盾を得る事ができる。
与えた貴族の領内で効果を発するばかりか、格によっては他家にまで影響を与える。因に騎士爵を得た剣聖カイトは平民時代にジョセフから庇護を与えられており、貴族になった今では寄り子と寄り親の関係である。
「ここに赴いて貰ったのは謝罪の為だ。ソラ殿には伯爵家として正式に謝罪する事は出来ない。だが、今回の被害者であるソラ殿には誠意と謝意として伯爵家の庇護の証明である短剣と謝罪金として大銀貨三枚を用意した」
クライン伯ジョセフは冒険者ギルドと敵対するつもりがないとエバンスに示す所か将来に有能な駒になりうるソラを取り込みに来たのだ。
それほど短剣を与える意味は大きい。鞘につけられる帯の色でその人物の身分を示している。金であれば王家に縁のあるものであり、銀であれば貴族に縁のあるものである。
他の色にも意味はあるが短剣とはいえ武器であるのには意味がある。人の命は軽い。少しの争いで簡単に零れ落ちてしまう位には。だからこそ命を預ける武器に対する思い入れは重い。
卑怯かもしれないが伯爵家当主としてのジョセフの行動は正しいものだ。だからこそエバンスは口を挟まない。
「ソラ。ジョセフ様の謝罪を受け入れるかはお前次第だ。ギルドとしてはジョセフ様の謝罪を受け入れる」
ソラにとって大銀貨三枚は大きい。クライン伯にとっては端金もいいところだが冒険者として駆け出しに過ぎないソラが稼ごうとすれば危険を承知で賭けに出るか、ちまちまと下級の魔物を狩るしかないのである。
それに短剣の効果は絶大である。貴族との繋がりは金で買えるものではない。街を護る門兵に見せれば優先的にポートロイヤルに入る事も可能で税も免除される。
稼ぎの半分近くが人頭税や各種税金で消えていくのが当たり前の世界であり冒険者も優遇されているとはいえ、報酬から天引きされている。
単純に利益が増えるばかりか、少しのリスクに目をつむればリターンとしては十分どころか余りある。
「謝罪を受け入れます」
試す様な視線を向けていたクライン伯だったが、ここは戦場ではない。宮廷の喧しい人間からしてみればソラは状況をよく見ている。
ここで断る様なら問題を起こしたコルナー男爵家の問題児を賞金首として領内に触れを出さなくてはならなくなるところであった。
ランスカ王国として正式な裁判の結果によるものではないが、クライン伯爵家とコルナー男爵家の関係は血を血で洗う関係となっていただろうし、下手をすれば王家の介入を許していた可能性が高い。
執政官に目配りをして短剣と大銀貨三枚が入った最下級の伯家の紋章が入った魔法袋を渡す。ミスリルで作られた短剣は、魔法との相性も良い。
魔法使いでなくともオーラブレードは使えるため貴重な一品である。クライン伯家の紋章は鞘にあるため武器としても使う事ができる。
最下級の魔法袋を渡したのは、ソラが冒険者をしているからである。容量は少なく、一室くらいの体積しか入らないが、下級の冒険者であればそれで十分である。
簡単にクライン伯爵家の庇護があることを周囲に知らしめ、つまらない嫉妬を買わないためである。魔法袋は本人の魔力でしか中身を取り出す事が出来ない特性を持っているためそれがクライン伯家から庇護を与えた証明になる。
辺境においてのクライン伯の人気は絶大である。人類の生存領域を拡げ率先して魔物を狩る。税は他領より低くそれも殆んどがインフラと領主軍の維持に使われている。
王都にあるクライン伯家の邸宅は大商人の邸宅よりは広いものの伯爵家としては最低限の広さでしかない。
「エバンス殿。少し殺気を抑えてくれませんか」
執政官は申し訳なさそうにエバンスに伝える。この部屋にある隠し部屋に兵が伏せられており、巧妙に隠されていたがエバンスは見抜いていた。
「敵対する気がないのであれば兵を潜ませる理由がない。勘違いで殺すことになってはジョセフ様に申し訳が立たない」
「良い。出てこい」
伯が命じたことで壁の一部が動き三名がそこから出てきた。一人は杖を持ち、導師服を来ていることから最低でも上級の使い手だろう。
一名は軽装でまがまがしい色をした短剣を持っている。ある程度の毒耐性をもつエバンスとマルコなら即死はしないだろうが、ソラとアリシアは分からない。
一人は剣士の格好をしておりその剣は安物ではない。また儀礼用でもなく実戦で使われている漆黒の輝きがあった。
ソラは剣士の一人には見覚えがあった。騎士爵を王国から拝命し、剣聖の名で王国に住む者なら知らぬ者はいないくらいの実力者である。あとの二人には見覚えはない。
「カイト殿までこの茶番に付き合わされていたのか」
「エバンス殿。お久しぶりです。この様な機会でもないと中々、会う事が出来ないので便乗させて貰いました」
後の二人はクライン伯の後ろに控えた事から領主軍の精鋭なのであろう。カイトはソラ達に一度だけ目線を送り、部外者であることをそれとなく伝える。
「エバンスさん。慣れない場で少し疲れたので控え室で休ませて頂ければと思います」
ソラはエバンスに空気を読んでそう申し出た。
「ジョセフ様。申し訳ありませんが三人が休める場所を暫し貸して頂けませんか」
目線を執事へと送ったクライン伯は案内を命じた。阿吽の呼吸で幼い頃より仕えていた執事は別室へと案内する。
「カイト殿を呼んでまで話したかった事は何なのでしょうか。ジョセフ殿」
部外者がいなくなった今は、王国内の立場で言えば対等である。ランスカ王国は聖級までに至った者を重用しており、エバンスはギルドマスターという立場ではあるが、平民としては破格の待遇を受けている。
ランスカ王国としては貴族として取り込みたかったが、エバンスはそれを拒否した。その際に王国は敵対・友好・中立から中立をとった。
王命として槍聖エバンスに対する敵対行動を自粛させ、交流のあるカイトを窓口としてクライン伯と接触させた。
ランスカ王国の生まれとはいえ貴族を敵視していたエバンスを何とか取り込もうとしての行動だったが、敵対行動を取らなかっただけ良かったとされている。
小国の軍事力を上回るエバンスがかつて所属していたクランは新人でもBランク冒険者であり幹部クラスは例外なくSクラスである。
金で雇われる傭兵とは違い冒険者は義や情で動くことが多い。竜をも狩れる武力が一つの国に向いたともなれば、それは戦争だ。
数は多くても質で劣る国は例え彼等を殲滅することが出来ても受けた被害は簡単に癒す事は出来ない。戦略級とも言える魔導師を複数抱えその魔法は一軍をも飲み込むだろう。
大魔法は詠唱に時間が掛かり術者を害することで止める事は出来るが、前衛を抜く事は容易ではない。一人一人が精強でエバンスの様に竜を単独で仕留める実力者がいる。
実際に彼等と対立した貴族は破滅している。領内にAランクパーティが居れば大抵の魔物は何とかなる。人外とされるSランクは一人居れば安全が確保されている様なものだ。
冒険者は魔物から身を護る手段になるばかりか、狩った魔物の素材は貴重な品々になり得る。特定の病に対する特効薬の素材がAランクに認定された魔物からしか取れないという事は良くある事だ。
軍事力としても経済力としても冒険者と領地経営は密接な関係にあると言える。
クライン伯がこの場を用意したのもここ最近、領内に現れる魔物の質が変化した様に感じたからであった。公表できることではなく、領民に覚られるのは不味い。
密談の場として隠れ簑にするための行動だったがエバンスもカイトも文句をいう気配はない。薄々ではあるが三人は魔物と対峙してきた者としての勘が警鐘を鳴らしていたのだ。
ランスカ王国は動乱に巻き込まれる事になる。




