リゼリアとウエスキン
「僥倖」
リゼリアがリースの写本から一つ呪文を詠唱した。
「えっ? どうしてリゼリアが……」
「ゴメン、よく分からないけど、使える気がしたし実際使えた」
強敵に遭遇した際にあらゆる効果を期待して放つ最上級の補助呪文である僥倖。しかし、この呪文は術者に対して功を奏する効果があるが、実際何がどうなるかは、使って初めて判るというデメリットもあった。
「……なんだこれは」
詠唱後、次第にウエスキンの体の動きが鈍くなってゆく。まるで油の切れた機械のように、カクカクと、小刻みに震えることしか出来なくなってしまった。
「何だぁ!?」
「見て! リゼリアが……!!」
フェリーが陰から声を放つと、エルの視界に元気に立つリゼリアの姿が見え、思わず涙が溢れてしまった。
「おい!! 起きるのが遅ぇぞ!! タコ! ボケ! ナス! ナス!!」
「ご、ごめんなさい!」
咄嗟にリゼリアが謝るが、子ども染みた罵倒ではあまり心は痛まなかった。
「む、むむぅ……これはいかん。何をしたのだ……!?」
ウエスキンが何とか人差し指を強く伸ばし、リゼリアの方へと向けた。
「気を付けろ! 何か飛ばしてくるやつだ!!」
「おっと!」
──キィィィ…………
静かな余韻が鳴り響いた。指先の関節からゴトリと地面に落ちるウエスキンの人差し指。フェリーの小刀がついにその硬き肉体を切断する事に成功した。
「ク、ククァァ……!!」
ぎこちない動きで、ウエスキンは大きく息を吸い込んだ!! それを見たリゼリアはあることに気が付いた。
「……あんな体なのに息は吸うんだね。フユハ、息を止める呪文ってある?」
「72ページにあります!!」
「了解!」
リゼリアは写本のページを勢い良く捲り、該当する呪文を探し当てた。そして満面の笑みで詠唱を始めた!
「生者の象徴たる息吹! 神よ、その祈りを嘲え──窒息!!」
ウエスキンの周囲の空気が薄くなり、ウエスキンの息が止まった。気圧が下がり、逆にウエスキンの肺の空気が外へと押し出されてゆく。
「ウガ……ガ……!」
首に手を当て苦しみだすウエスキン。メンバーはこれを好機と見て攻勢に出た。
「すっ転べアホが!!」
オズワルドが足払いを仕掛けると、踏ん張りの効かぬウエスキンは直ぐさまに足下を掬われ、轟音と共に盛大に尻餅を付いた。
「アイシア! 殺さないように壊せ!!」
「無茶をありがとう御座います!」
勢い良く突き出したアイシアの曲刀が、辛うじて柔らかいウエスキンの口から、喉の裏までを貫いた!
「すみません。これしか思いつきませんでした」
「ならしゃあねぇ……」
ウエスキンの口から、喉からドス黒い液体が流れ始め、目はその機能を失い、そしてそのまま動かなくなってしまった……。しばし様子を窺っていたメンバーは、喉に曲刀が突き刺さったまま、いつまでも微動だにしないウエスキンを見て、勝利を確信した。
「……終わったな」
「アンタ等はな」
エルが静かにリゼリアへと近寄った。その顔は気迫に満ちており、リゼリアは思わず肩をすくめ、下を向いてしまった。
──ポンッ……
頭に乗せられた手は暖かく、そして大きかった。
「チビを助けに行く。お前も来い」
「……えっ?」
「きっとアイツは、チャイナの姉ちゃんに誑かされたんだろう。フランシスはきっとこの下のずっと下に居る。連れ戻すぞ」
「……分かった」
リゼリアは静かに、そして強く返事をした。
「アイシアさん……?」
「なりませぬ。中央よりお越しのヴィダ様に咎められております故……それに、私はもう武器がありませんし、副局長はもう精神的に戦闘不能ですので帰るのがベストかと……」
ウエスキンに突き刺さったままの曲刀を指差すアイシア。オズワルドが引き抜こうと力を込めるが、硬い無機質な体と一体化したかのように、曲刀はビクともしなかった。
そして治癒を終えたが遠くで怯え蹲るメイデアを見たオズワルドは、仕方ないと言った顔でため息を一つ漏らした。
「崙崙、お前も戻れ。深部は魔力で溢れてる。お前の呪詛が消えちまわねぇか心配だ。帰ってアイツ等からオレンジジュースでも奢ってもらえ」
「御意!!」
素早い敬礼でオズワルドの後ろにピタリとつく崙崙。全てを静かに見守っていたフェルールも「どうやら私の出番は無さそうだ。地上で待っているぞ」とオズワルド達について行った。
「行きましょう!」
「はい」
「怖いけど……けど、行かないと……!!」
フユハは静かに、マニエルは恐る恐る。リゼリア達は鍾乳洞の広場から深部へと繋がる通路を進み始めた。




