リゼリアとマニエルとフェルール
馬車が宿屋の前へと止まっていた。馬車からは猫の女獣人であるフェルールが陽気な顔で現れ、のびを一つした。
「んー! やっと着いた……!」
宿屋に滞在の旨を伝え、フェルールはカフェテリアへと向かった。フユハから、いつもここで仲間と楽しく談笑をしていると聞いていた為、カフェテリアに行けばフユハに会えると思ったのだ。
「……居ない」
しかしカフェテリアにはフユハの姿は無く、俯くリゼリアとテニスウェアのマニエルが、お通夜さながらの暗さで向かい合って座っているだけだった。
「ちょっといいかな?」
フェルールがマニエルに話し掛けると、フェルールは何かを感じ取り、鼻を何回か鳴らした。
「もしかして……フユハの知り合いかな?」
マニエルはいきなり話し掛けられ少し戸惑ったが、フユハの名を聞き、悪い人では無いと思い正直に「はい」と答えた。
「そうかそうか! 実はフユハに会いに来たんだが、フユハは家かな?」
「……多分そうかと。案内しますか?」
「おお! それは助かるぞ!」
マニエルは席を立ち、リゼリアも俯いたまま立ち上がった。
「…………」
そして、テーブルの下に僅かに垂れた、橙色の滴を見つけると、表情が一変した。
「──えっ?」
その滴は街の外れにあるダンジョンの方へと続いていた。リゼリアとマニエルも変動期が訪れる事をエルとフェリーから聞いていた為、ダンジョン探索は暫し休みとなっていた。しかし、そのダンジョンへ、しかも変動期が訪れより危険な場所へと続くこの橙色の滴が何を示すのか。リゼリアの脳裏に嫌な予感が過った。
「待って……もしかして…………私達の知らない所で何かあったのかも……」
リゼリアが不意に走り出した。
「待ってよー」
マニエルとフェルールが後に続く。フユハの家は不在で誰も居らず、フランシスの家も鍵が掛かっており、呼びかけに応じる者は居なかった。
「何処へ行ったの……!?」
リゼリアはエルの家へと向かったが、同じく不在で人気は無く、リゼリアは焦りを覚えた。
「リゼリア落ち着いて! もしかしたらエルさん達とダンジョンへ行っただけかもよ?」
「だって、おかしいよ! 『絶対に行くな』って言ってたのにそれは……!!」
「た、確かに……!!」
ダンジョンからは、逃げ遅れた者、挑み敗れた者達が、傷付き、逃げ惑い、そして嘆き悲しんでいた。
「あ、あの……」
リゼリアが入口で救護に当たっていた探索者に声を掛けた。
「この位の小さな、私と同じくらいの年齢の女の子の白魔道士っぽい見た目のチビガキを見ませんでしたか?」
探索者は眉をひそめたが、直ぐに口を開いた。
「さっき、胡散臭いエルフの男に同じような事を聞かれたよ」
「えっ!? それで、どうなりましたか!?」
「いや、見てないが誰かを連れたチャイナドレスの女とダンジョンですれ違ったと言ったら、慌てて中へと向かっていったよ」
「──やっぱり! 皆、中に居るんだ!!」
リゼリアがダンジョンの入口から吹く瘴気に息を飲んだ。フェルールが鼻を慣らし、何かを感じ取った。
「瘴気に混じってフユハの匂いと……何故かオレンジジュースの匂いがする」
「えっ!?」
「何があったと言うの──!?」
リゼリアはダンジョンへ飛び込みたい衝動に駆られたが、自分の弱さから来る恐れがそれを躊躇わせた。
「行きましょう……!」
そんなリゼリアの背中をマニエルがそっと押した。
「……遊びに来ていきなりダンジョンとはね。まあいいさ、フユハには貸しがある。私で良かったら手を貸そう」
「ありがとう御座います! でも、その前に……」
「?」
「?」
リゼリアは再びエルの家を訪れた。
──ガシャーン!
窓を突き破り、鍵を開けて中へと侵入すると、整理整頓とは対極にある、カオスな物置部屋の襖を開けた。
「後で怒られるのは覚悟するとして、先ずは装備を整えないとね」
「リゼリア大胆……」
ガラクタの山をかき分け、使える物が無いか漁る二人。フェルールは割れた窓ガラスの上から『修理中』の紙を貼り付け、外で待機をしていた。
リゼリアが机の引き出しを開けると、そこには写真が何枚か入っており、その一枚には、生まれたいばかりの赤子を抱えるリゼリアの母と、その周りにはリース、エル、フェリー、そして見たことの無い、探索者と思われる出で立ちの者が沢山写っていた。
「おばあちゃん……」
写真は色あせ、鮮明さを失っていたが、それでも当時の面影を感じ取るには十分であった。
「リゼリア……これ何だろう?」
マニエルが古ぼけた杖とローブを差し出した。杖は装飾も何も施されておらず簡素な造りではあったが、使い込まれた感じが随所に見受けられ、唯の杖にしてはこの場所にある理由が浮かばなかった。ローブは懐かしい匂いがし、心穏やかに、実に落ち着く感じがした。
「……もしかして、おばあちゃんの?」
写真に写り込むリースの手には、杖が写っていた。それはリゼリアが今手にしている杖と瓜二つであり、それはかつて探索者としてリースが愛用した杖であった。
リースが杖とローブを抱き締め、かつての祖母との思い出を振り返る。涙が一滴流れ、リゼリアは決意を新たにした。
「私……負けない!! 行こう! マニエル!」
リゼリアが振り返ると、マニエルは着替えの真っ只中であった。純白のナース服に身を包み、背中のファスナーを上げようと、手を背中に伸ばしていた。
「リゼリア……きつい……チャック上げて、お願い」
「……何やってるの?」
センチメンタルな気分が吹き飛んだリゼリアは、あきれた顔で背中のファスナーを上げる。
「だって……」
ほんのり頬を赤らめるマニエルが指差したのは『HAPPY BIRTHDAY ぷに子ちゃん!』と書かれた箱であった。
「へへ、エルさんが私の誕生日に買ってくれたみたいなんですよ! 嬉しくてつい着ちゃいました♪」
リボンが開いた箱には、何やら取っ手のような物が見えており、リゼリアが手を伸ばしそれを取ると、羽のような軽さのフライパンが姿を現した。
「……組み合わせ悪っ」
「ほい……」とフライパンをマニエルに投げるリゼリア。マニエルが慌てて受け止めると、その驚愕の軽さに驚き、喜々として振り回した。
「わーっ! 嬉しいです!」
箱の中には紙が入っており、装備の説明が書かれていた。
──呪文無効75%、オート治癒、即死無効、状態異常無効、やすらぎ付与25%──
訳の分からぬスキルの数々に、リゼリアは一言「あの人やっぱりアホなだけだわ」と漏らした。
支度を終えた二人は普通に玄関から外へ出てフェルールと合流した。向こうはダンジョンだが、何が待ち受けているか分からぬまま突入するには、志と新装備だけでは不安であった……。
そして成り行きでついて行くことにしたフェルールは少し考えた。
(この街には変な奴が、多いな……)
テニスウェアからナース服に着替えダンジョンへ向かうマニエルと、ガラス窓を突き破り泥棒を働くリゼリアに、フェルールは少し興味が湧いた。




