第13話
住宅街は央華学園都市の南側に位置している。
真ん中に学園の在る小高い丘を中心に、東側に昔ながらの商店街を中心とした町並みがあり、西側には繁華街を備えている。
商店街側は古くからこの央華の地にあった小さな町に元々存在したもので、学園都市になる際にそのまま取り込まれた形だ。
繁華街は学園都市の計画後に出来たものだが、こちら側には幹線道路があり、流通の要となっているためモノの出入りがやり易く、あっという間に成長した。
どちらも学園からはほぼ等距離に有り、学生が用途に応じてそれぞれ利用するため、住み分けは成立している。
とはいえ、やはり商店街側は繁華街の成長に押され気味ではあるのだが。
住宅街から歩いてきたひばり、麟、アヤノ達はその商店街と繁華街の近接点。学園へのメインストリートと言うべき場所へと到着していた。
「ここから登っていけば学園へと着くよ」
「……」
「すっげえ坂」
見上げるほどの坂道を指差してひばりが告げると、麟もアヤノもぽかんとしたように坂を見上げた。
その様子にひばりが苦笑した。
「まあ、毎朝大変ではあるよ」
「よ、良い運動になりそうですね」
「あはは」
ひばりがうんざりしたように言うと、麟がひきつりながら答えた。
その横でアヤノが乾いた笑いをあげていた。
ひばりはひとつ息を吐いてから、気持ちを切り替えて二人を見た。
「じゃあ大変だけど行こうか?」
「ええ」
「おー♪」
それに対して麟が覚悟を決めたようにうなずき、アヤノが気合いを入れるようにヤケクソ気味に拳を突き上げた。
そうして三人で坂道に向かおうと足を踏み出した時。
商店街方向から黒いスーツにサングラスを掛けた男の姿が現れた。
その異様な風体に、ひばりは一瞬足を止めるが、自分には関係ないと思い直してかそのまま歩き出す。
アヤノもまた、同じように歩き出していた。
しかし……。
「……」
「麟ちゃん?」
「麟?」
歩き出していない麟に気付き、ふたりは彼女を振り返った。
その視線の先で麟は固まっていた。表情は困ったような悲しそうな……。
その体が、ピクリと跳ねた。
それに気付いたひばりは、ふたたび黒服の方を見る。
すると、黒服はこちらを……麟を見ながら近づいてきていた。
ひばりは今一度、麟をみやる。彼女は観念したようにうつむいていた。
その様子に一瞬だけ思案するが、すぐにはじかれたように駆け出した。
「麟ちゃんこっち!」
「え?」
麟の手を引き、ひばりは繁華街の方へと走った。
半瞬遅れてアヤノがそれに続いた。そんな三人に気付いた黒服も、あわてて走り出す。
そして、まっさきにひばりが遅れ始めた。
もともと運動は苦手で、体格に見合った体力しかないひばりと、見るからに屈強そうな黒服の男ではその差は火を見るより明らかである。
プレマッチ後も綾香らとアバター訓練の中で体力トレーニングも組み込んではいるが、まだひと月も経たないでは、目に見える効果など期待はできない。
そんなわけでみるみるペースダウンしたひばりは、あっという間にアヤノに追い抜かれ、麟と共に息を切らせ始める。
どうやら麟も体力はひばりなみのようだ。
あっというまに黒服に追い付かれ、その手が伸びる。
「! あぶないっ!」
アヤノが黒服の脅威に気付いて反転するのと、ひばりの肩が掴まれたのは同時だった。
「待て!」
「あう?!」
無理に止められてひばりは小さく悲鳴をあげた。
次の瞬間。
『その手を離しやがれっ!』
叫びと共に、黒服の腕が蹴り上げられた。
「ぐう?!」
黒服は呻いてひばりから手を離す。
「てやあっ!」
さらに素早く回り込んだアヤノが黒服の膝裏に一撃を入れた。
たまらず膝を着く黒服。
その隙を衝くように、ひばりと麟の腰に腕が回り、そのまま持ち上げられた。
「え? ひゃあっ?!」
「きゃっ?!」
小柄な少女二人が揃って悲鳴をあげた。
ふたりを抱えた人物は、そのまま走り出す。
ひばりは自分を小脇に抱えているその人を見上げた。
つんつんに立った赤い髪にイタズラ小僧のような顔つき。しかしそれが、凛々しくも見えて……。
「……ふわ、しゅ、秋人くん?」
ひばりはわずかに頬に朱を散らしながらクラスメイトのなを呼んだ。
秋人はひばりにニッと笑い掛けた。
「よ、ひばり。今はあんまりしゃべんなよ? 舌噛むぜ?」
「う、うん……」
秋人にうなずくひばり。
だが、小柄とはいえ女の子ふたりはそれなりの重さだ。
『待てぇっ!』
体勢を立て直して追ってくる黒服は、ぐんぐん迫ってくる。
すると、秋人に並走していたアヤノがあるものに気付いてニヤリと笑った。
「ちょわっ!」
すばやくそれに回り込み、蹴りを見舞う。
水色の大きなごみバケツ。それが勢い良く転がり、タイミング良く黒服の足に命中した。
「ぐわっ?!」
たまらず転倒した黒服にアヤノはべーっと舌を出して走り出す。
秋人も足に力を込め、無理矢理加速した。
ゴミまみれになった黒服が顔をあげた時には、四人の姿は繁華街の雑踏に紛れてしまっていた。