捌
工場が燃え上がるのを、遠くで見ていた。
消防車が到着したのは工場全体が炎に包まれてからだった。
律はあえて通報を遅らせた。
それが、彼の望みに繋がるから。
楽田は消防車についてきた救急車に乗せられていった、命に別状はなさそうだ。
よかった、本当に。
「人を喰らって自分の生命力、または体の一部にする、それが彼の力。でも死に浸り過ぎていて、理性を失いかけ、思考も低下し、体は崩れ始めた。一度死んで、不完全に力と共に目覚めたのがいけなかったのさ。そして、崩れを抑えるために思考よりも本能が働いて猟奇事件が起きた」
最初の遺体消失事件は彼自身。
次からは、彼が喰らった人間……という事。
その後は猟奇事件を起こし、喰いちぎられたような跡は彼が喰らったから……。
「事件が起きるたびに、資料を見て更に力を使って収集して、相手が特異者なのが解った。外見もある程度把握して、私はもしかしたら犯人は彼なんじゃないかと思った。いや……彼が犯人だと、私は気づいていたの」
律の瞳に涙が溜まっていた。
それを見せまいと彼女は指で拭って、空を見上げて再度口を開く。
「でも貴方が既に完成していた。祈莉にも事件の事を話したわ、犯人が彼だとは言わなかったけど、祈莉ももう気づいてたと思う。そうでしょう?」
祈莉は小さく頷いた。
……そっか。
俺がタイムスリップしちまったって、騒いでたあの日から、祈莉は……。
「最初はこのまま貴方をタイムスリップと信じ込ませて、有耶無耶にして生活させてしまおうと思った。でも隠しても状況は酷くなるばかり。だから途中から私は貴方をこの状況に誘導すると決めた。真実を話すと決めた。すまない、貴方を私の身勝手な我侭に振り回してしまって」
謝らなくていい。
謝る必要なんて、無いのだ。
おかげで真実を知れるのだから、俺が感謝すべきなのである。
「祈莉とは、本当は昔から知り合っていたの」
「そう、なんだ……」
「貴方の事も知ってた」
「俺の事、じゃない。彼の事だ」
「……そう、そうね」
別に揚げ足取りをしたいわけではないが、正しく言って欲しいってだけだった。
俺は、俺という存在は、祈莉が作った彼と同じ形をしたもの……だから。
「彼……の記憶を構成し、貴方に植え付けるために思い出の場所や貴方の部屋にも入って、ずっと記憶を集めていたの」
「一年二ヶ月間の空いた記憶を作れば、タイムスリップとか嘘を付く必要は無かったんじゃないか……?」
「祈莉の力が働いてたのよ、それも私には干渉できないくらいの強い力。だから記憶を作っても一年二ヶ月という期間には植えつける事が出来なかったの」
祈莉も、特異者……。
そうだ、そうなんだよな。
俺を作った特異者、いわば俺の母親みたいなものだ。
「許してとは言わない、でも解って欲しい。祈莉は代用品として貴方を作ったんじゃないという事を。貴方と一緒にいられる生活を、求めてたの」
「……ああ、解ってる」
……大丈夫、解ってるさ。
「彼は……俺に何をさせたかったのかな」
あの手招き、きっと俺に何かさせたくて、工場に来て欲しかったからしたのだ。
工場自体は意味は無いだろう、彼の隠れ家ってところか。
「何をさせたかった? いえ、もう用は済んだと思うわ」
「済んだ……?」
「そう」
それ以降、彼女は俺に口を開こうとはしなかった。
祈莉の母親に連絡して、彼に殴られた腹部が痛むのか、その場に座り込んでただじっと空を見上げていた。
祈莉はずっと泣いていた。
地面に伏せて、大声を上げて。
俺は燃え上がる工場を見つめていた。
一年二ヶ月前じゃなく、今日……彼はここで、死んだのだ。




