弐
夕方になると、時々眠くなってベッドで夕食後に軽く眠る時がある。
食後に横になって眠るのはあまりよろしくないらしいが、漂う睡魔に逆らえずちょっとだけ、とついついベッドに倒れこんでしまう。
一時間くらい眠って、その後は目を覚ましてまたごろごろ。そういう日が今日だった。
しかし今日は一時間すら眠れなかった。
というのも、眠りについておそらく数十分程度経ったあたりか、なにやら耳障りな振動音が鼓膜を刺激して起こされたのだ。
まったく、心地良かったのにいきなり引き戻されると少し不愉快。
振動音の正体は、携帯に誰か電話をかけてきていたものだった。
俺の携帯に誰かが電話やメールをする事自体珍しい、俺の携帯に連絡をしようとする奴は大抵祈莉。
画面を見てみると、祈莉……ではなく、祈莉の家の電話から着信。
自分の携帯から何故連絡しないんだろう、まさか携帯が壊れたとか?
気になって俺はすぐに電話に出た。
「もしもし」
『あの、祈莉の母です、そ、そちらに祈莉お邪魔してないかしら……』
意外な人物で驚いた。
「あ、どうも。祈莉……ですか? いや、うちには来てないですよ?」
『そう……う、うちの子、今様子見に部屋に行ったらいなくなってたの……』
「いなくなってた……んですか?」
『ま、窓が開いててね、どうやって降りたのかわからないけど、と、兎に角いなくなってたの!』
「お、落ち着いてください! あいつの行きそうなところを探してきますから見つけられなかったらその時は警察に連絡お願いします」
『わ、わ、わかったわ』
「だ、大丈夫です、すぐ見つかりますよ!」
祈莉のお母さんは取り乱すと祈莉そっくりの口調になる。
今それはいいとして、俺はすぐに出かける準備をした。
何か嫌な予感がする。
祈莉がこっそり夜に家を出る、今まで何度かあったとは聞いていたが……胸の奥から滲み出るような不安がこの嫌な予感を増大させていった。
祈莉のお母さんも最近は心配してよく部屋に様子を見に行っていたはず、それなのに、それを解っているのに祈莉は夜に窓から出ていったのは、何かある――何か起きるかもしれない。
ああ、駄目だ、混乱するな。
落ち着いてくださいなんて言った本人が落ち着いていない。
よくよく考えればこの時期は警察にすぐ連絡したほうがよかったかもしれない。
電話を切ると同時に、俺は律に電話をかけた。
「もしもし!」
『君からの電話は初めてだ、少し嬉しかったりする。どうしたのかな、私が恋しくなったりでもしたのかな、それとも――』
「恋しくはなってない! 祈莉がいなくなったんだ! 一緒に探してくれないか!」
『とても傷ついたが、今すぐ家を出るとしよう』
一先ずは、交差点で合流しようと言って俺は話を終えた。
彼女との通話が切れてその次に、俺は楽田に連絡した。
人手が欲しいのと、楽田の力はもしもの時に役に立つ。
「楽田! 今暇か!」
『情報収集中』
「暇だな! 祈莉探すの手伝ってくれ!」
『……あ、はい』
楽田にも律同様、交差点での合流と話す。
家を出て俺はすぐに交差点へ。
レインコートの男がもしかしたら近くにいるかも知れない、とこんな時間なら不安であまり出歩きたくないが、今日は俺の家の近くにはいないかも。
祈莉の近くにいる、そんな気がした。
交差点に行って律と合流、楽田はここまで来るのにまだ時間が掛かるだろう。
「警察に連絡は?」
「祈莉を見つけれなかったら連絡するよう祈莉のお母さんに言ってきた、もしかしたらすぐ見つかるかもしれないから」
「しかし……今は事件もあるし警察にすぐ連絡したほうがいいのでは?」
「で、でも夜は警察官の見回りも多いから見つけたらすぐに事情を話す事も出来るから、いや、ああ、うん……」
「冷静なようで落ち着いてないな君は」
まったくその通りです。
「とりあえず手分けして三十分ほど周囲を探そう、三十分後にここへまた集合、警察に連絡もしくは見回り中の警察官に事情説明。楽田は放置」
楽田が可哀想だけど今はそれどころじゃない、俺は頷いて探す前に祈莉の行きそうな場所を少し考える事にした。
祈莉がいつ家を出て行ったのか、その時間がわかれば彼女の行動範囲をある程度絞れるのだが……。
先ずこの交差点は真っ先に候補から消えた。
次の候補は……。
「彼女が行きそうなところはどこか知ってる?」
「公園……いや、どうだろう……」
「公園とは?」
「ここから十分くらいの場所かな、昔祈莉とよく遊んでた公園があるんだ」
ここ数年はまったく行っていないが、場所は解る。
祈莉と初めて会った思い出の場所だからね。
「ああ、確かにあるな。よし、私はそこに行こう」
「場所は解る?」
「大丈夫だ、私も昔よく行った事がある」
へえ、なら昔に俺達三人公園に居た時もあったかもしれないね、まあ今は思い出話を引き出しそうな、懐かしむ暇は無いのでそんな思考は雲散。
「しかし、変な点が一つ」
「変?」
「今は夜も刑事に監視されていると思ったのだが、そんな気配は無く、外に出たら流石に刑事に止められるかと思ったが現れもしない」
ああそうだ、俺、監視されてたんだったと今更ながら思ったものの周囲を俺は見回してみるが、物陰に刑事が隠れてたり、姿を現したりというのはまったくなかった。
色々と考えられるが、
「様子を見られてるんじゃあ?」
何かやらかしたら出てくるという魂胆かも、現行犯ってやつ?
「出てこないならそれはそれでこちらとしては祈莉探しに集中しよう」
「ああ、そうだな! じゃあそっちは頼んだぞ、俺は街のほうを探してみるよ!」
俺は街へと向かった。
向かう最中、頭の中に浮かんできたのは今日、最後に祈莉と別れる時のあの様子。
何か話したそうにしていて、結局話してはくれなかったけど、きっと二月三日や交差点、それにレインコートの男に関する事、それかこれらに関する隠し事や彼女が知っている事を俺に話そうとしていたのではないかと俺は思う。
……もしも。
もしも、祈莉が事件に大きく関わっていたら……?
……いや。
それを考えるのはやめよう。
そんなわけ無いのだから。




