壱
翌日、祈莉はいつもの交差点にいて、いつもの無表情で、いつもと変わらぬ様子で俺を待っていた。
抱きしめてしまおうか、それとも抱きかかえて歩いてしまおうか。
朝から気分は上々だ。
肩を並べて歩くも、少し沈黙が続いた。
彼女の口から、仮病や二月三日、交差点の話、どれかが出るかなと期待していたがちょいと残念。
俺が気になっているのは察しているだろうが、あまりそういう様子は見せないようにしよう。
俺の予想では、そろそろ自分から話してくれるはず。
……多分。
「律はどうしたんだ?」
「す、少し遅れるから、先に行ってて、だって」
……何だろう、寝坊でもしたのか?
それとも朝食を食べ終えるのに時間が掛かっているのかな、あいつかなり食うし。
しかし今日は二人きりでの登校だ。
何を話そうかな。
ああ、そうだ。
ここは、明るい話をしよう。
暗い方向の話は無しで。
「事件が収まったらさ、どこか遊びに行こうか?」
「……たとえば?」
「遊園地とか」
今まで一度も行った事は無かったけど、街から出て海方面に向かっていけばあるらしい。
ちょいと遠いがバスも出てるから行ける。
「駄目、かな?」
祈莉は首を小さく横に振る。
歩きながら、視線は地面へ少し落として瞬き二回。
顔を上げて、俺の目を見て、彼女は言う。
「……楽しみ」
久しぶりに見た、祈莉の笑顔を。
その笑顔を延長させたくて、俺は祈莉の頭を撫でた。
数秒だけでもいいから、もう少しこの笑顔を眺めていたい。
しかし撫でてもそれほど延長は出来ず、祈莉は口をへの字にしてそっぽを向いた。
「は、恥ずかしい」
周囲の通行人に、ちょいと見られていた。
朝からお熱いねーとかカップルかな? とか、そんな声が耳に届いてくる。
「いいじゃん、撫で撫で」
構わずに撫でる、祈莉が照れつつ困るその姿。
うん。
まさに。
萌えっ?
「やめちくりっ」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「髪の毛が減る、一本につき一円の損害賠償を求める」
安いなおい。
「まったく、照れ屋なんだから。ちょっとは見られたりするのも慣れろよ」
「慣れなくても生きていける」
そりゃそうだけど。
「生きる上で苦労するだろう?」
「……ぬぬっ」
ぬぬっじゃないよ。
しかしあれだ。
こうして自分から別な話をする――まあ、俺から話を逸らしているだけだが、祈莉は自分で言うタイミングを見つけて隠している事、抱えている事を話してくれるだろうと待つ体勢にしたが、いつもの会話がやけに楽しい。
学校に到着するまで俺は祈莉にちょっかいをだして、祈莉を困らせて、それを見て楽しんでの繰り返し。
席に着いた頃には祈莉はやや疲れ顔。
やりすぎたかな、なんて思ったり。
それからホームルームが始まる一分前、律の奴は遅刻かな? と教室の扉を見るや、ゆっくりと扉が開いて律のご到着。
遅刻しなくて何より。
律が席につくや、今まで携帯をいじっていた楽田は携帯をしまい、律に早速話しかける。
「おはよう」
「死ね」
「なんでっ!?」
律の機嫌はかなり悪そう。
背中からは黒い煙でも出ているような、一目見て怒気を纏っているのが解る。
加えて、律は楽田があまり好きではないのもあって不機嫌は超不機嫌ってところかな。
律の不機嫌さは午前では収まらず、昼休みになっても眉間に刻まれた深いしわは残ったまま。
このまま残り続ければ固定されるんじゃないかと心配になるね。
楽田は休み時間や昼休みの時間を使って、周囲に人がいないのを確認しては、
「警察関係に知り合いいるって言ってたよね? よかったらさあ……何か猟奇事件の情報教えてくれないかな?」
「死ね」
「なんでっ!?」
何度か情報を聞き出そうと試みていたものの、酷い返しの言葉を投げられていた。
それにしてもどうして今日はこんなに不機嫌なんだろう。
何かあったのかな。
放課後も俺達とは一緒に帰らず一人ですぐ教室を出て行ってしまったし。
楽田が駆け足で追いかけて、また聞き出そうと試みようとしていたがきっと律は死ねの一点張りで終わりそう。
楽田も興味本位で事件を漁っているわけではない、彼の姉が猟奇事件の被害者だから、犯人を捕まえようと……いや、捕まえるどころか半殺しくらいにするかもしれないが兎に角、姉を想うからこそ漁っている。
律がそれを知っているかは定かではないが、事情を知っている俺なら協力はしたいところだ。
俺が教えられる情報はレインコートの男の外見くらいしかないけど。
律にも楽田の事情を話しておきたいな、そうすれば協力してくれるかもしれない。
一先ず頑張れよと彼の背中に無言の応援をしてやって、俺は祈莉と一緒に教室を出た。
今日も祈莉を家まで送っていった。
結局、祈莉は俺が知りたい事を一つも話してはくれなかった。
時折、俺の顔を見て、何か言いたそうに口を動かすも言葉を出せずに俯く。
その様子が、きっと俺に隠している事を話そうと努力しているのは見て取れる。
「あ、あの……」
「ん? どうした?」
「……あの、ね」
最後に、彼女は口篭りつつ何か言おうとしていた。
心の底から振り絞って、言葉を出そうとしているような、そんな感じで。
「あ……う、ううん。ま、また明日」
「……ああ、また明日」
期待はしていたものの、また先延ばしになった。
でも、やはり確実に祈莉は俺に何かを話そうとしてくれている。
大きな進展だ。
明日には、話してくれるかもしれない。
明日また期待して彼女から話してくれるのを待つとしよう。
祈莉と別れて交差点まで引き返そうと歩いていると、律がこちらに向かって歩いて着ており、目が合った。
先に帰ったはずなのに、俺達よりも遅い帰宅。どこかに寄り道でもしていたのかな?
「やあ」
「……祈莉を送っていたのか」
「うん、そう。どこかに寄ってた?」
「これ」
すると律はバクドナルドの紙袋を見せてきた。
「ああ、それを買いに行ってたのか」
「安い、美味い」
そうだね、安くて美味しいからつい買っちゃうよね。
つい買っちゃうといっても俺は二個か三個、彼女の持つ紙袋のふくらみから見ると二個、三個どころではない量が入っているように見られる。
「君は気づいてたかい?」
「何が?」
「刑事に監視されてるのをさ」
「……えっ?」
「見回すなよ、怪しまれる」
思わず見回したくなったが、彼女の言葉で首はそれほど動かず。
「朝からずっとだ。私に一人、君に一人」
「君にも?」
「そう、私にも」
ここでただ立ち話も何なのでと、そこらを俺達は歩き回りつつ話をする事に。
角にミラーが設置されてる道を選び、彼女はミラーをちらりと見ては溜め息。
俺もミラーを見てみるが、すぐには見つけられなかった。
でも彼女の様子からして確実に今も監視されているのだろう。
「私も夜よく出歩いてたのと、葛谷と知り合いだったのが疑われる点になったのかもしれない」
「レインコートの男をあの人達は知らないのかな」
「さあな、葛谷も捜査手帳を見れば何か書いてあるだろうが、奴の正体は誰も知らないんだ。私達の中に犯人がいると思っているのか、私達を監視すれば犯人を見つけれると思っているかのどちらかだな」
前者はよして欲しいな。
「監視されてるのは本当に気分が悪い」
「それで朝から不機嫌だったの?」
「それもある」
「ほかは?」
「……色々」
なんか、一瞬妙な間があったな。
何かを思い浮かべて、しかし言えないような、そんな間。
「しかし夜も監視されていたら面倒ね」
「夜に出歩く予定でもあるの?」
今はあまり出歩かないほうがいいと思うよ、自分が言えた事じゃないけど。
「祈莉がね、夜にどこかへ行く事があれば後をつけたいから」
ああ、何度か祈莉は夜に出歩いてると話していたな。
後をつけてみるのも祈莉の隠し事について何か手がかりを得られるかもしれない。
「もし、祈莉がレインコートの男と深い関わりがあったら君はどうする?」
「……深い関わりって、何さ」
「たとえば、この猟奇事件に関わっている……とかね」
「そんなはずわけだろ!」
祈莉が関わっているわけ無い、絶対に。
「どうだろう、ここ最近のあの子の様子は本当に不審。君も薄々気づいてただろう? 祈莉とレインコートの男とは関わりがある、おそらく小さな関わりではないという事を」
「……その」
言葉が見つからない。
自分が見ようともしなかったものを突きつけられた気分で。
「君がどう思おうと勝手だけどね、もう待つよりも自分から知ろうとしなければならないんじゃないか?」
「……けど」
「事件解決と、君が一年二ヶ月前に戻れる可能性はぐっと高くなると思うが。もしかしたらタイムスリップには祈莉も関わっているかもしれないしね。ま、どうかは解らないけど、私は一先ず動くのをやめるよ。君が自分で足を進めるべきだ」
律はそう言って、ハンバーガーを頬張って家まで近くまで来た辺りで会話を止めて家に駆け足で帰っていった。
最後に、小さく手を振ってお別れ。




