肆
翌日、学校へ向かう道中はやけに騒がしかった。
道行く人、すれ違う人は皆不安そうに表情を固めており、朝から警察官がやけに多い。
ああ……。
また猟奇事件が起きたのだろう。
そうじゃないのかもしれないのに、どこか確信を俺は持っていた。
この騒がしさ、警察官の多さ、肌に感じる重苦しい空気。
通り過ぎる人の話が少しだけ耳に入った。
予想通り猟奇事件が起きたらしい。
今日はいつもの交差点についたものの律一人。
「祈莉は?」
「さあね、休むんじゃないかな」
また休みか、最近の祈莉はどうしたんだろう。
「事件があったのを君はもう知っているかい?」
「ああ、らしいね。最近朝はニュース見てないから詳しくは解らないけど」
ここ最近はずっと朝のニュースを見るや猟奇事件、家族はそれを嫌がってニュースを避けていて、俺もそれがいいと内容が全然解らない途中から見始めたドラマや母さんがいつだか録画していたテレビ番組ばかり流している。
「その被害者なんだがね」
「……何? まさか知り合い?」
朝から重い話になりそうだ。
「葛谷よ」
「……え?」
思わず足を止めてしまった。
通行人が邪魔そうに避けていっても、しばらく俺の足は動きそうにない。
「おそらく、ではあるがね」
「……おそらく?」
「昨日葛谷に君が話していた場所近辺を調べるよう電話で頼んだの、彼が調べてる最中にまた電話をしてきたが、その時誰かに襲われたらしく、激しい雑音の後に電話は切れた」
「でも、葛谷さんだと決まったわけじゃあ……」
「その後、葛谷から電話が掛かって出たの」
彼女は一呼吸おいた。
俺はただ無言で、彼女の言葉を待つ。
「猟奇事件の犯人と遭遇した、こう――それで電話は再び切れた」
「葛谷さんは、大丈夫なのかな……?」
「ニュースでは意識不明の重体と報道されていた、一命は取り留めたようだ」
それはよかった……。
「……にしても、こうって何を言いたかったのかな。場所?」
「場所だとすれば交差点、工場、高校……昨日調べていた場所から考えるに工場かしら」
昨日俺がいた場所よりも更に行けば工場がいくつかある、レインコートの男もその方向へ向かっていた。
まだ断定はできないけど、調べてみる価値はありそうだ。
ただし、調べる勇気が沸いてこないがね。
学校は両肩に重石でも乗せられたかのように空気は重く、事件現場は学校から遠いとはいえ事件が収まるまでしばらく終業時間を早め、部活動の練習時間は一時間で終了らしい。
しかし今日はまた、つまらない学校生活だった。
祈莉がいないっていうだけで本当に学校というものはつまらない。
楽田のギャグよりはつまらなくないかも――いや、つまらない! 退屈だ。
今日は祈莉の家に寄ろうかな、担任に聞いたら風邪をまた引いての欠席らしいからお見舞いにね。
そう決めたら、午後から既に俺はそわそわしていた。
早く終業のチャイムを鳴らして欲しい。
授業を終えて、掃除を終えて、終業の礼を終えたら、すぐにでも向かいたい。
授業中に楽田が何度か話しかけてくるが、俺はほとんど空返事。
面倒だと思ったときには喉を指で一突きしてやった。
全ての授業が終わるまで大体……十五回くらいやってやったかな?
掃除の時間に楽田は避けてるのか、嫌いになったのかと俺に聞いてきたが首を横に振って、溜め息。
その溜め息で楽田の切ない表情を誘ってしまったが、しかし。
楽田とは学校で一緒に過ごす時間はなんだかんだいって長く、陽気で人付き合いも良く毎日笑顔を纏う良い奴だと認識している、ちょっと大変な力を抱えてはいるけど。
だから明日にはまた笑顔でいつもどおり接してくれるはず、問題は無さそう。
授業が終わるや、俺は早足で玄関へ。
「早い」
「あ、ごめん……」
律とは途中まで――今日は家まで送るとする、祈莉の家に行くついでだ。
「どうしたの、早足だなんて。夕方に見たい番組でもあるの? まさか夕方によく放送している子供アニメでも見ようと?」
お前は俺をどういう奴だと思ってるんだ。
「いや、祈莉の家に行こうかなって」
「そう……なら私も行こうかしら」
「そうだな、一人より二人でお見舞いがいいな」
祈莉とは仲良さそうだし。
気持ちを押さえ込んで、ちょっと早足に近いけどいつもよりは早い、そんな歩調で学校を出た。
ふと校門近くにスーツ姿の男性が一人、こちらを見ているのは気のせいだろうか。
「あの人達、何かな……?」
「刑事、かしら」
「解るの?」
「おそらく二人組みで、一人はわざと姿を見せてもう一人は多分近くの電柱の影にいる。一瞬だけ視線を向けてた。誰かを待つにしては妙な身構え」
校門に近づくと、律の言うとおり二人組みでもう一人は電柱の影に隠れていた。
姿を見せまいとしても、夕焼けに照らされて出来た人影は隠しようが無い。
彼女の言うとおり、刑事っぽい。
まあ俺は何も疚しい事もしてないから関係ないね。
「君、ちょっといいかな」
……関係あるの?
「は、はい……?」
意味も無く緊張して、声が震えてしまった。
「猟奇事件について話を聞きたいんだが、今時間はある?」
「え……」
祈莉の家に早く行きたいのが正直なところ。
しかし、ただならぬ雰囲気に呑まれて俺は頷いてしまった。
もう一人の刑事も合流し、刑事が乗ってきたであろう車まで誘われるがままついていった。
律も同行すると言ったもののそれは許されず、俺一人だけで心細さが増す。
「前回の事件、君が事件を目撃して通報したんだってね」
「ええ、そうです」
……なんだこれ。
「葛谷刑事と君が次の日に話をしてると目撃があったんだが、何を話してたんだい?」
「……向かいの家の塀に、手形があったのでそれについて」
「なるほど」
手帳に何か書き込んでいたが、刑事さんはもう一冊手帳を持って開いており、視線を交互に移していた。
開いたままで、何も書き込んでいないがその手帳は何が記されているのだろう。ちょっと気になる。
「昨日の夜は何を?」
「自宅にいました」
「誰か証明できる人は?」
「か、家族ですけど……」
何か、妙だ。
疑われてる……?
「ここ一週間、葛谷刑事とは会った?」
「ニ、三回程度会いました。あの、葛谷刑事は……?」
「今回の事件……ここだけの話だが、葛谷刑事が被害者でね。今は病院で意識の回復を待っているところだ」
「そ、そうなんですか……」
律の言っていた通りだった、心のどこかで違っていてくれと願っていたが、見事に打ち砕かれた。
「葛谷刑事は独自に捜査をしていてね、君の名前が多く記されていたんだ。どのような捜査をしていたのか、気になってね」
「は、はあ……」
「それと二日前、今回の事件現場付近にある資材置き場で若い男性二人が言い争っていたという話があったんだが、心当たりは?」
……自分です、と言ったら何かまずいような、気がする。
「い、いえ……」
「近隣の住民は君がその日深夜に外出していたのを目撃しているんだが」
「自分は……ただ近くの自販機に飲み物を買いに」
と嘘を言ってしまった。
後ろめたいが、説明なんてしづらい。
レインコートの男を追いかけてたら友人と会って友人は特異者という存在で、俺は襲われて誤解を解いて家に帰宅しましたなんて。
「ふうん……」
刑事さんは意味深そうに声を漏らす。
「もう一人、誰かいたらしいが」
その誰か、とはレインコートの男。
「さあ……気づきませんでした」
そいつは猟奇事件の犯人で、俺に何かさせたいような雰囲気でしたのでついていきましたとか説明したところで信じてはもらえないだろう。
客観的には一緒に行動していない、この嘘はついても大丈夫だ。
あまり変な嘘をついて捜査を撹乱させてしまいそうで不安ではあるが。
しかし今は必要な嘘である、これは。
特異者とか、そういう話をしたところで結局捜査の撹乱を誘ってしまう。
「同じ方向に歩いていったとか、向かいの住民が話していてね」
「ぐ、偶然じゃないですかね」
いかん、緊張で声が震えてしまいそうになる。
「帰宅は何時頃?」
「さあ……時計を確認しなかったのでよく憶えてません」
これは本当。
「……まあ、いいでしょう。また話を聞きにくるかもしれないからその時は是非協力を」
「……はい」
刑事さんに解放されて、俺は律の元へ向かった。
背中に視線を感じつつも足を進め、視線が感じられなくなった頃、律は口を開いた。
「何聞かれた?」
「葛谷さんの事と二日前の事」
「二日前……あの馬鹿に絡まれた時のか」
「……なんか疑われてるかも」
気のせいであって欲しいが、刑事さんの目はただ話を聞くっていうより探りをいれるみたいな雰囲気だった。
「疑われていたとしても私が無実を証明できる、それに見張っていてくれれば犯人逮捕のチャンスもある。好都合と考えようじゃないか」
「……それもそうだな」
疑われていい気はしないが。




