参
昼休みが終わっても、祈莉は教室に戻っては来なかった。
律の話によると、具合が悪くなって早退したらしい。
帰り道にて。
俺の隣には律が歩いていた。
ついてこようとする楽田は律が全身全霊を込めた腹パンで悶絶させて、その隙に彼女はおい行くぞ阿呆と俺を罵りつつ帰路へ。
阿呆……やっぱり昨日の事、怒ってるようだ。
「特異者と遭遇しても、私の力を簡単に教えるな阿呆」
「……ごめん」
「私は戦闘には向かない力なんだ、他の特異者にそれを知られるというのは非常にまずい。楽田は君と同じく阿呆で縄張り意識も無くて助かったが」
「縄張り意識ねえ……特異者同士ってそんなに仲良くないのか?」
「縄張りを意識してる奴が多くて、縄張りを荒らされると喧嘩になる。私は縄張りなんてどうでもいいが」
なんか犬みたい。
「犬みたいだなあ、とか思ってるんじゃないだろうな」
「えっ、あ、いや……」
「……まあいい、一先ずここ一週間に色々と葛谷に調べさせた」
そのようだね。
いつの間にか指紋取られてたし。
「一年二ヶ月前、私達がいつも合流するあの交差点では轢き逃げ事件が発生していた」
「ああ、そこは楽田にも聞いた。詳しい話は解らなかったけど」
楽田という名前を出すだけで、律の眉間にはしわが深く刻まれた。
彼の名前を出すのは控えよう……。
「犯人は未だに捕まっておらず、被害者は病院に搬送されてその後死亡している」
「被害者はどんな人か解る?」
「それがね、葛谷が使えなさ過ぎて書類に不備があって被害者はどんな人物か解らなかったらしい」
書類に不備、ねぇ……。
肝心なところが解らないのは中々の痛手だ。
「さらにその被害者の遺体が消え、遺体消失事件が始まった」
「……遺体消失事件かあ」
ここまで聞くと、自分の頭の中で整理していたものは、一年二ヶ月前に轢き逃げ事件が発生し、轢かれた人は死亡、遺体は消えた。祈莉はその轢かれた人を知っていて、交差点に花を手向けていた。
そして猟奇事件の犯人はある日、俺の家の前で考えていたのは二月三日、交差点、祈莉。その交差点の事件には祈莉とレインコートの男が関わっている。
ひき逃げ事件が発生したその日、俺はタイムスリップ。
駄目だ、何故自分がタイムスリップさせられたのかの目的が見えてこない。
「半年後には猟奇事件発生。奇妙なのは、現場で出てくる指紋や靴の跡が毎回大きさが違い、警察はそれらの証拠に振り回されて捜査の停滞を招いている一つになってるんだと」
「毎回大きさが違うって、なんだそりゃ?」
「私が知るか」
それはそうだけど、ほら、君の見解とかないのかなぁとか思ったりしたんだ。
「しかし君がタイムスリップさせられた目的が浮かんでこないな」
「……だな。でも昨日さ、レインコートの男が俺の家の前にいて、俺はそいつについていったんだけど、どこかに連れて行きたい感じだったんだよな」
「どこかに……?」
あのままついていけばどこにたどり着いたんだろう。
建物はそれほど無く、さらに先に進めば田んぼに囲まれる。
奴はどこに連れていこうとして、何をさせたかったのか。
「あの近辺、葛谷に調べさせるとするか」
「……そういえばさ」
一つ、気になってた事があった。
「何?」
「どうしてお前は昨日、あんな時間にあんなところにいたんだ?」
「散歩」
楽田にも同じ事言ってたよな。
散歩するには遠すぎる、不可解だ。怪しいと言ってもいい。
「……嘘」
「……本当」
「絶対嘘」
「絶対本当」
「ガチで嘘」
「マジで本当」
「本当は?」
「嘘、あっ」
……やっぱり。
「引っ掛かった」
「不愉快」
「教えてくれたっていいじゃんか」
「……」
沈黙、そして小さな溜め息。
多分、溜め息を終えたら喋ってくれるのだろうと俺は待つ。
「……祈莉を尾行していた」
「祈莉を?」
「葛谷が話していた、ここ最近君の近くで行動しているのだが夜に周囲を巡回していたら渡会祈莉を何度か見掛け、声を掛けてすぐ家に帰していたとな」
昨日の夜に祈莉が交差点にいたと楽田が話していたな。
葛谷さんに言われても構わず何度も夜に外出しているのは気になる。
「だから私は夜に外出し、祈莉を探していた。彼女は見つからず、楽田を見かけたので気になりそっちを尾行していたから昨日会った。それだけ」
「そういう事ね」
「そういう事。楽田は信用するなよ」
襲われたとはいえ楽田の事情を考えると、不思議と信用してしまうがね。
悪い奴じゃないし。
「……あ、ああ」
ただ、ここでは頷いておく。
深々と刻まれた彼女の眉間のしわが、信用するんじゃないと命令しているようだったから。
「そういう貴方は昨日あそこで何を? 楽田に殺しますって誘われてほいほいついていったとか?」
俺は自殺志願者じゃないんだが。
「またあいつだよ、レインコートの男」
「いたの?」
「ああ、家の前にな。しかも俺をどこかにつれていきたそうに手招きしててさ」
「よくついていったわね」
俺もそう思う。
一応いつでも警察に連絡と、逃げられる準備はしていたけど、今更ながら無謀だったなと。
「それで追ってたら楽田に会って、襲われたと」
「そうだよ、お前がいなかったら今頃どうなっていた事か」
「私は命の恩人ね」
そうなるね、ありがとうございます。
「バクドナルドのハンバーガーを五つ所望する」
ならばちょっと街のほうに足を運ばなければな。
「行くわよ」
あ、街に行くのね。
了解了解。
そうして街にちょっと寄り道、ハンバーガーを購入して、帰路へと再び戻った。
早々に戻らねば巡邏している警察官に注意されかねない、加えて街のどこか緊張感帯びた雰囲気はあまり留まりたいとは思わなかった。
歩きながら彼女は一つ、二つ、とハンバーガーを食べていき、俺なら二個で腹いっぱいなところを何の苦も無く、表情は何も変えずに三個目。
食べたものは全部胸に行くのかな?
「それにしても……最近祈莉は学校休んだり、早退したりしているが昔から休みがち?」
「いや、学校休むだけで珍しい。最近はたまたま体調がよろしくないだけじゃねえの?」
「そうだといいけど」
律は顎に指を当てて何か考えていた、ちょっと考えつつ、あてた指は四個目のハンバーガーが入った紙袋へと飛び込んでいく。
祈莉にちょっと不審な点があるのは俺も感じている。
二月三日、交差点、これらについて問うと過剰に反応、加えて夜間の外出、それも何度も。
「しかしながら、彼女の過去を読み取れるよう接触を試みてるが警戒心が更に高まってうまくいかない。やはり……」
「やはり?」
「睡眠薬と自白剤を葛谷から提供してもらうのはどうだろう」
「やめてさしあげて」
祈莉は映画でよくある大きな情報を頑なに隠して拷問にも耐えるテロリストではないんだから。
「冗談よ。葛谷は今忙しくて会う機会も少ないからもしやれたとしても先の事」
絶対にやめてよね。
「だから葛谷からの伝言、夕方はなるべく早めに帰って外出は控えるようにだって」
「そう、わかったよ」
刑事は忙しそうだ、俺の近くに潜んでレインコートの男を見つけるべく張り込みも毎日できるわけではなさそう。
「外出しても問題は無さそうだけどね」
律は最後のハンバーガーを食べ終えてそう言った。
てか食べ終えるの早っ。
「えっ? どうして?」
「貴方がレインコートの男の殺人現場を目撃し、顔を見られ、家を知られ、私達は奴が目撃者を殺害しようと思っっていたがしかし昨日、レインコートの男は貴方をどこかにつれていきたそうとしていた、のならば……目的は殺害ではない。“まだ”殺す気が無いのかもしれないが」
「……なるほど」
ただ後者の事を考えると安心は出来ない。
「それかレインコートの男がタイムスリップさせられる特異者で、目的を果たしたら過去に戻れる、とか」
「それなら嬉しいね、ハッピーエンド」
「しかし殺人現場を見られたから、自分は捕まるわけにはいかないのでやはり目的を果たしたら殺そう、という事でバッドエンド」
「おいやめろ」
俺に向かって両手を重ねてお祈りするな、縁起でもない。
律とはいつもの交差点で別れ、俺は自宅へ真っ直ぐ帰った。
時々後ろを振り向いてみたり、脇道は近寄らず、そっと顔を覗かせて誰もいないのを確認しながらの歩行。
その夜、レインコートの男は姿を現さなかった。
カーテンを開けて、家の前をしばらく覗いていたが周囲には人の気配は無く、今日はもう現れないだろうと俺はカーテンを閉める。
ほっとすると同時に、奴が現れて現状に何か進展を与えてくれて、それが一年二ヶ月前へ戻る繋がりになるかもしれないと考えると、出てきて欲しい気持ちもあったりする。
寝る前に窓の鍵が掛かっているのを確認して俺は眠りについた。




