弐
夜に一人取り残されるっていうのは、とてつもなく寂しく、とてつもなく怖かった。
ましてやレインコートの男が近くにいるかもしれないと思うと気が抜けない、どうせ家は知られているからつけられないように帰っても無駄だが何かされるかもという不安が腰を低くさせていた。
翌日、目が覚めて自分が無事に朝を迎えられた事に心底から安堵と喜びが湧き上がった。
ただでは済まなかったであろう昨日。
ただでは迎えられなかったであろう今日。
でもこうして何事も無く済んで、母さんの作る朝食を完食できて、家を出るや陽光に迎えられている。
残念なのは疲れが残っているのと寝不足で目がしぱしぱするくらい。
あとは、
「おはよう、いやあどうも昨日はあんな謝罪だけでは済まないなって思ってね、すまないなって謝るだけに。あ、これよかったら」
楽田が家の前で待ってた事。
しかも寒い挨拶付きで。
よく早朝に俺の家まで来たもんだ。
菓子折りを渡されたので玄関に置いてきた。おまけなのか、飴玉を二つ頂いたが口に入れた瞬間に重みを付加されそうで食べる気が起きない。
絶対この飴玉、わざとよこしたろ馬鹿野郎。
楽田はいつもと変わらぬ笑顔。
昨日俺を殺しに掛かったとは思えないな。
ああ、殺しにといっても殺すつもりはなかったようだから半殺しに掛かったってのが正しいか、どうであれ、警戒してしまう。
「そんなに警戒しなくても」
「無理な話だ」
「今日は球体一個も持ってないよ、ほら、安心した?」
「球体じゃなくても重みを付加できるだろ」
「まあそうだけど」
やらないとは解っていても、危険人物が隣にいるようで気になる。
「……俺の周りにはろくな奴がいないなほんとに、特異者とかさ、どんだけ俺の平和で退屈な日常をぶち壊してくれるんだよ」
「特異者はそこに一人いたら十人いると思えってね、案外クラスにまだ特異者がいるかも」
ゴキ○リみたいな言い方はよしてくれないか。
「渡会さんも、特異者だったりして」
「祈莉が? なんで?」
「……先ず、僕達特異者は生きていれば必ずお互い出会う。力を使うと磁石で引っ張り合う、って感じかな。そういう関係は他にも影響するのさ」
「他にもって、たとえばどんなだ?」
「たとえば、学校に入学したら同じクラスだったりとか、席が近くになるとか。部活が一緒になるなんてのも。僕は前後左右斜めの席に座る生徒は誰かが特異者かもといつも警戒してたよ」
楽田の隣の席は律。
彼の説明は間違い無さそうだ。
「そうだ、渡会さんで思い出した。昨日さ、夜に彼女を見かけたんだよね」
「……祈莉を?」
「学校近くの交差点にいたなあ、ガードレールの下にあった花瓶を見てたりして。あそこの事故、亡くなった人と知り合いだったのかな?」
図書館で交差点について調べたけど詳細が載ってなくて何もわからなかったな、楽田は知ってるのだろうか。
「交差点の事故、何か知ってる?」
「知ってるよ。一年前にあそこで轢き逃げ事件があってさ、一人亡くなったんだよ」
轢き逃げ事件……そんなの載ってなかったな、パソコンに触れてないから検索の仕方がよくなかったのかもしれない。
「亡くなった人については何か知ってる?」
「そこまでは解らないなあ、調べようにも詳細はもう出て来ないだろうし出てきたとしてもデマや噂の影響で真実とは限らない、正確な情報を求めるなら事故の目撃者に聞くのが一番じゃないかな。それか瑠璃垣さんは警察関係に知り合いがいるって言ってたから、その人に聞くとか」
祈莉に無理して聞かなくても葛谷さんに聞けば何か解るかもしれないな。
「では、菓子折りと情報提供でこれにて昨日の件は水に流してもらうという事で」
「ああ、いいよ」
楽田はほっと胸を撫で下ろし、油断したその時、俺は彼の喉に水平チョップをかました。
「――イゴッ!」
「水に流そう」
交差点に到着すると、祈莉と律は俺を待っていた模様。
何か話をしている、普段こいつらはどんな会話をしてるのかとても気になるな。
二人と合流するや、律は楽田を確認するや見るからに嫌そうな顔をした。
「や、やあ……」
楽田は律へコミュニケーションを求めるも、律は舌打ちをして応答せず足を進めた。
「なんか切ない」
同情してしまうくらいに、弱々しい声を楽田は漏らした。
「どんまい」
「ど、どんまい……」
祈莉と一緒に励ましてやるとする。
「ふぐッ……!?」
そして何故か律に腹パンされる。
俺が楽田と一緒にいるのをよろしく思ってないのかな。
「……どんまい」
「ど、どんまい……」
楽田と祈莉に励まされた。
学校では、それなりにいつも通り。
楽田は異常に親切な態度で接してきてちょっと気持ち悪かったけど。
昼食も皆でと楽田は話すも律は祈莉をつれてどこかに行ってしまい、不本意ながら楽田と一緒に昼食。
気になる事でも話すとしよう。
「特異者ってさ、どうやったらなれるんだ?」
「うーん、なれるっていうよりも、いつの間にかなってたって感じ?」
「なってた?」
「そう、なってた。僕は子供の頃、自分の異変に気づいたよ」
「……異変って、あれか?」
あれ、というのは重みの付加だ。
「最初は自分も驚いたね、ちょっとした事でイラッとして、空き缶をゴミ箱に投げつけたらゴミ箱の底から床にめり込むくらいに空き缶が潰れてたんだから」
それは驚くだろうな。
「思い返すとその一ヶ月前に病気を患ってさ、生死を彷徨うくらい危険な状態だったらしくてね、きっかけはそれだったのかなって。こう……生死を彷徨った時に、なにか自分の身体に変化があったとか」
「ふうん……生死をねえ」
「正確には解らないけどね。何人かの特異者とは会った事があるけど皆、自分がいつ特異者になったのかさ解らないものなんだ。元から特異者だったのかもしれないし」
何人か、ねえ。
弁当に入っている玉子焼きを口に放り込んで、俺は教室内を一瞥。
「この町にはどれくらい特異者がいるんだ?」
もしかしたら楽田や律の他にもクラスに特異者がいるかもしれない。
「僕が今まであったのは六人、かな。もっといると思うけど、名乗り出る人はほぼいないね。引き寄せあうけど、近しくなってしまったら遠ざかろうとしちゃうなあ」
今日の律はまさに遠ざかろうとしていたね。
「あと自分の力を教える人はほとんどいないから、他の特異者に会ったとしても誰かの力を知ってても教えちゃダメだよ。瑠璃垣さんが朝に君へ腹パンしたのは多分それ」
「……なるほど」
あまりの恐怖に律の力を楽田に昨日教えてしまったもんな、気をつけなくては。
「もし特異者と会っても僕の力は教えないでね」
「断る」
「えっ」
「断る」
今日の弁当美味しいなー。
「あのっ」
「はい?」
なんだよ、弁当食べてるんだよ、邪魔するなよ。
「……教えないでください」
「考えとく」
「……なんか切ない」
「どんまい」
そうだ、一つ気になる事があった。
「お前さ、これからどうするんだ?」
「これからっていうと?」
「犯人、また捜すの?」
「もちろんさ」
楽田の笑顔は、怒気を含んでいた。
俺には見せまいと、普通の笑顔を作ろうとはしていたが眉の一瞬の動き、右手に力が入った動きが、彼の内なる復讐心を伝えてくる。
「ふりだしには戻ったけど、めげずに探すよ」
「あまり無茶はするなよ」
看板落としたり、重さを付加させて襲ったりとか。
「うん、解ってる」
「まぁお前がどうなろうと俺は知ったこっちゃないけど」
「ちょっ……」




